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Phase014『エルフさんとたくさんのプリン July 18, 2012』


「ほら、食え」


「はわわわ…」



後藤が洋菓子店のロゴが入ったビニール袋から、大量のプリンを取り出し私の目の前に積んでいく。


そう、積んでいくのだ。


山のようなプリン。確かに子供の頃、お腹いっぱいのプリンとかメロンを食べたいと無邪気な希望を口にしたことがある。


それは邪悪なる幼馴染み(カヨ)によって実現され、軽くトラウマになったことがあるのだけど…、あれ、アタシ、虐められてた?


閑話休題。



「約束だからな」


「お、おう」



そうして後藤は黙って再び家から出て行った。わぁい、ゲロ吐くほどプリンが食べられるぞぉ。


誰か助けてください。


私はリビングで涅槃仏のごとくのんべんだらりとしている咲姉に助けを求める視線を投げかけた。



「ああ、私は昼から学校の方で会議があるから。無理」


「まあまあお代官様、そんなことをおっしゃらずに。山吹色の菓子でございます」



そうして私はこっそりとプリンを咲姉に差し出す。先の事件に多数の生徒が巻き込まれた関係で、学校はてんやわんやらしい。


そんな私の労りの心遣いに対し、咲姉は素気無くそのプリンをアタシの頭の上に乗せた。解せぬ。



「というか、お前たち、何かあったのか?」


「んー、まあ、その、色々と」



言葉を濁す。咲姉は私の頭の上に載ったカップ入りのプリンの上にさらにプリンを重ねて乗せた。解せぬ。



「まあ、話してみろ。私も教師だからな」


「ん、まあ、かくかくしかじかで…」



私は咲姉に事のあらましを話すことにした。煮詰まっていたところだから、相談できる相手がいるのは頼もしい。


そうして話し終わる頃には、私の頭の上には4つのプリンが積み重なっていた。解せぬ。



「なるほど。つまり、私のために争わないで?」


「そうなのか? 微妙に違う気が…」


「で、お前はどうしたいんだ?」


「アタシは、多分、そこまで長くこの世界にはいないから。だから私のせいで二人が疎遠なんかになったら絶対にヤダ」



本当はすぐに二人から離れて、この家からも出て、この街から去るつもりだった。文書災害にこれ以上大事な人たちを巻き込みたくないからだ。


だけれども、今、あの二人を放って出ていくようなことはしたくない。それだけは、絶対にダメだ。


そんな事をしたら、私はただあの二人の仲をぶち壊すためだけにこの世界に来たことになってしまう。



「なるほど」


「そろそろいい加減にしろよ」



頷きながら私の頭の上にさらにプリンを乗せようとした咲姉を静止する。静止された咲姉は恨めしそうな表情をしながら口を開いた。



「3人仲良くしたいということだろう?」


「おう」


「うむ、なら、佳代子のやつを寝取ってしまえばいい」


「ふぁ?」



え、何言ってるのこの人、バカじゃないの。驚きのあまり、頭あの上のプリンが落っこちる。慌ててお手玉のように全部キャッチ。あぶねぇ。



「タカシは佳代子のこと、まだ好きでいるんだろう?」


「多分」



アイツの想いは、ああいう事があったとしても、はいそうですかと好きという感情がなくなるような、そんな簡単な想いじゃなかったはずだ。



「佳代子はタカシと付き合っているが、お前に未練があるんだろう?」


「……みたいだな」



本当にバカな奴。もう3年も前に死んだはずの、しかも戻ってきたって言ってもこんな幼女みたいなナリになった奴にまだそんなことを。


だけど、感情というのは理性でどうこうできるもんじゃない。出来るのは抑圧して、表に出さないようすることだけだ。



「だが、佳代子はああ見えて義理堅いからな。タカシからお前に乗り換えるなんて、そんなことを自分に許すはずがない」


「ん」



交友関係が猫の額なみに狭い奴だけど、その分、木之本佳代子という女の子はその狭い範囲の相手には真剣だ。


約束は絶対に守るし、困っている時には必ず助けてくれる。まあ、その、手段と容赦のなさに関してはお口チャックだけど。



「だから、お前が奪い返したっていう建前を作ってやればいい。お前がタカシから佳代子を奪い返すなら、それは筋が通っているからな」


「いやいやいや、アンタ、何弟の彼女を奪えなんて唆してんの!?」


「お前も私の弟みたいなものだから…、あー、今はなんだ、その、弟のような妹?」


「それはありがたいけど、言ってることがな…」



しかし、そんな行動で本当に大丈夫か? 問題あり過ぎだろう。だいたい、私はいつまでもこの世界には居られないのだから、二人の仲を修復するのが筋だろうに。



「あの二人はそもそも始まってすらもいなかったんだ。付き合うだなんて言っても、口約束みたいな、ただの契約上の関係でしかなかったんだろう」


「そう…なのかな」



確かにあの二人には恋人らしい甘やかな雰囲気が感じられなかった。付き合って半年も経ってないにも関わらずだ。


あの時の後藤の言葉が正しいのだとしたら、このまま二人を無理やりに修復してみせても、外見だけの関係になってしまわないだろうか?


そうして悩む私に咲姉が耳を寄せて呟いた。



「佳代子の事、まだ好いてるんだろ?」


「うう…」


「なら、押し倒してしまえ」


「アンタ、教師失格だな」



私は呆れかえり、そしてとりあえず大量のプリンの山の一角を何とかすべく挑戦を始めた。


このあと滅茶苦茶プリン食べた。





Phase014『エルフさんとたくさんのプリン July 18, 2012』





「はぁ」



ここの所、あまり良くない感じだ。後藤の家にいても息が詰まるような気がする。いや、プリンの食べ過ぎというだけの話ではなくだ。


まあ、別に後藤が私に何か責めるようなことを言ってくるとかそういう事はなかったのだけど。


ほら、プリン買ってくれたし。量が半端なかったから、多分、当てつけ的な感情はあるのだろうけど、それは怒っているというのには入らない。


きっと、アイツもイライラしているのかもしれない。


どうせ、私になにか言うのは筋違いだとか考えて、どうしようもない感情のぶつけ先としてプリンの爆買いに走っただけなのだ。きっと。


この所の後藤は明らかにおかしく、いつものセクハラ発言も行為もせず、録画した深夜アニメも視聴しない。


この前の街での事件の煽りで学校が休校となったため、学生は自宅待機なのだけど、アイツは昼間は友達と遊びに行くといって家を出て、夜遅くに帰ってくる。


そして私の誘いには載ってこない。異常である。あの変態である後藤が、この超絶美少女である私がテレビゲームに誘ってもホイホイついてこなかったのだから。


せっかく、必殺のエルフ耳旗振り体操を見せてやったというのに。


普段はむしろ、自ら私にエロゲをプレイさせて私の反応を楽しもうとする変態なのに。変態なのに。


おかしくなった原因というか、その引き金を私が引いた以上、どうにかする責任というものがある。


特に、カヨとアイツの事についてはちゃんとしないと向こうの世界にも帰れない。


というわけで、思い立ったが吉日。私はまずカヨを説得するために、あの女のハウスに向かう事としたのだ。



「ここも久しぶりだな…。あんまり変わってない」



カヨの家族、木之本家は街の北東の一角、集団住宅が集まった団地の、少し古びたマンションの一室に住んでいる。


まあ、アタシがかつて住んでいた、今も春奈と両親が住む部屋もこのマンションの同じ棟にある。


まるでコピー&ペーストしたように代わり映えのしない、白い外壁の集団住宅が6棟ほど並んでいて、そのマンションの形状も単純に分厚い辞書を横に立てたような。


実に単純な造りの建造物群。記憶の中にあるものより若干くすんで、ヒビが増えたような気もするけど。


こんな代わり映えのしない無個性な集団住宅で生まれ育ったためか、昔は庭付きの一戸建ての家に無性に憧れたものだった。


まあ、一戸建て庭付きというのも以外に面倒があるのだと後に知ったのだけど。


さて、この棟の2階にはカヨの住む木之本家があって、私、春奈の家は4階にある。ちなみに、昔は高いところに住んでいる方が偉いと信じていた。


なお、カヨにその事を告げて自慢したところ、可哀そうなものを見る目で撫でられた記憶がある。


階段を登るたびに足取りは重くなっていく。


行ったのはいいけど、いざ目の前にするとやる勇気が出ない事ってたくさんあるよね。私もそうだ。いつもだいたいそんな感じで後悔先に立たず。


目の前の問題から目を背けたい。現実と戦わずに逃げ出したい。先延ばしにしてもいいじゃない、にんげんだもの。


そうして、カヨの家の玄関の扉の所まで来る。金属でできた素っ気ない扉を見上げた。視線の先には扉に張り付けられた、木で出来た表札。



「懐かしいでしょ?」


「まーな」



不格好な、木材の切れ端の形をそのままにした表札。下手くそな字で『木之本』と刻まれている。


表面はニスで少しばかり光沢があるも、なんでまだこんなものが掛かっているのかと首をひねるばかりだ。


昔、私が品行方正なクソガキだった頃に作った黒歴史である。


後ろを振り返ると、買い物袋を手にしたカヨがいた。



「いらっしゃい」


「おう」


「久しぶりね。アナタが私の家に来るだなんて」


「カヨにとっての久しぶりは、アタシにとっては遠い時代の話だぜ」


「18年だものね」



カヨがドアの鍵を開け、玄関に通される。カヨの家の匂いが一瞬、泣いてしまいたくなるほどの行き場のない感情を呼び起こし、波のように引いていった。


匂いが蘇らせた記憶の中のカヨの家と、今の家の内装はそれほど変わりがない。


正直、もう何が変わったのかも分からないほど擦り切れた記憶だけれども、前川の家と似ているからか、後藤の家のそれとは違って、より強く感情を揺り動かした。少しばかり涙ぐんでしまって、私は気恥ずかしさを誤魔化すために目をこすって笑う。


と、カヨが私に手を伸ばそうとして、躊躇して再び引っ込めるなんて意味不明な行動をとった。



「どした?」


「いえ…、なんでもないわ」



カヨは俯いてそう答えた。やはり本調子じゃないのだろう。普段ならもっと皮肉とか意地悪なことを述べ立てて私をからかうのだから。



「こんな所じゃあれでしょ。中に入りましょう」


「だな」



佳代子の言葉に促され、私はそのまま家に上がる。


この集団住宅の部屋はどれもが変わり映えのしない間取りで、だからかつて私が住んでいた家もカヨの家と同じような間取りになっている。


申し訳程度の小さな玄関、右には合板製の靴箱、その上には消臭用の芳香剤と造花が活けられた洒落たデザインのガラス製の花瓶。


玄関マットは花をモチーフとしたくすんだ色の絨毯で、板張りの廊下が続いている。そうして左右にいくつかのドアや収納があり、廊下の突き当たりにリビングへのドアが見える。


リビングに続くドアはガラスの嵌まった、他とはちょっとデザインの違ったもので、私はその先のリビングへと上げられる。そして、



「どうしてこうなったし」


「あら、どうしたの?」



プリンである。目の前にはガラスの器に乗せられたプリンである。


そも日本人が想像するプリンとは基本的にはカスタードプリンのことだ。本来はプディングという多種多様な料理のひとつでしかない。


プディングは卵や小麦粉、はてはゼラチンなどを利用して《腫れ物》のような形状に固めて焼き上げるか、蒸し上げるかした料理の事だ。


ヨークシャープディングなんかはただのパンにしか見えないし、そもそも広い意味ではソーセージすら含むジャンルでもある。


まー、そんな事はどうでもいい。どうでもいいのだ。問題は目の前にある。



「なに、私のプリンが食べられないの?」


「いや、その、さっき大量にプリンを食べる機会があって」


「この前、貴方がプリンとか叫んでたから用意したのに」



やだ、佳代子さん、そんな残念そうな声で言いながら、ワザとらしく悲しい表情をしないでください。


分かってるんですよ、貴女が心の中で悪魔のように微笑んでいることを。



「残念だわ残念だわ。ああ、残念」


「おい、そう言いながら『あーん』させようとしてるんじゃねぇ」



カヨは心にもない言葉を吐きながら、スプーンですくったプリンを私の口元まで近づけてくる。やめろ、やめてくださいお願いします何でもしますから。



「私のプリン、食べてくれないの? 手作りなのに」


「ぐっ、なぜこのタイミングで…」


「気が向いたのよ。ほら、冷蔵庫にまだいっぱいあるから」



私は大人しく口を開ける。佳代子は超嬉しそうな表情でスプーンを私の口の中に投入した。あ、おいひい。


ところで、今、冷蔵庫にうんたらかんたらと不穏な発言をしなかったか? 気のせいだよね。お願いです神様。


あ、佳代子さん、なんでアイランドキッチンの向こうへ? え、冷蔵庫から何を取り出して…、ひぎぃっ、お盆にいっぱいのプリンが…。


ああっ、神様、どうして私をお見捨てになられたのですか!? やめて、そんな笑顔で運んでこないで! その笑顔、放送事故ですからぁ!!



このあと滅茶苦茶プリン食べた。





「ふう」



一仕事を終え、汗をぬぐう仕草をしつつ爽やかな表情の佳代子さん。目が死んでいる私。もう一口も入りません。



「ウップ、し…死んでしまうがな」



教訓:物量はただそれだけで恐ろしい。


テーブルの向かいに座る佳代子は、頬杖をつきながら実に楽しそうに口元を手で押さえるこちらを眺める。



「私、誰かに自分の作ったものを食べてもらう時、すごく幸せなの」


「ああ、そうだろうな」


「お腹いっぱいになってもらうと、この上なく幸せだわ」


「逆流しそうだよこんちくしょう」


「また作ってあげるわね。そして私を幸せにして」


「アタシ以外にもその幸せを分けてやってくれ」


「春奈ちゃんには闇鍋をふるまったわ」


「流石ですカヨさん、屈服します」 ※感服ではない。


「イカ墨も入れたのよ。こんど、一緒にやりましょう」


「勘弁ください」



闇鍋。それは料理の名を騙った食材への冒涜であり、古来から伝わる闇のゲームの一つである。ケーキと酸っぱくなったキムチ一緒に入れると死ねる。


それはともかく、カヨは料理が上手い。将来の夢は可愛いお嫁さんなどと嘯いて修行していた頃があったが、結婚相手は間違いなく裏から支配される。


閑話休題。


さて、本題に入ろうか。



「後藤の件だけど」


「……そう来ると思ったわ」



予想通りらしい。カヨは頬杖を解いて、椅子に座りなおした。



「単刀直入に。あの後、会ったり連絡取りあったりとかは…」


「ないわ」


「そっか」



まあ、そんな事だろうと思ったけれど。


いい加減気づいてはいるのだけど、カヨは後藤に恋愛感情を向けてはいないらしい。そして、いまだに私に感情を寄せているらしい。


それは純粋に嬉しいのだけれども、だからといって後藤とカヨの関係がこのまま拗れておかしくなるのはいやだ。



「なんて考えているんでしょう?」


「バカな、心を読まれただとっ!?」


「相変わらずね…」



カヨは優しく笑みを浮かべた。そして、携帯電話を取り出す。何をしようとしているのか分からないけれども、とりあえずカヨを見守る。


画面に映し出されたのは後藤と、見知らぬ女の子が親しげにしている写真画像だった。



「私たちの恋人ごっこはもうお終いなのかもしれないわね」


「なんだよ…これ……」


「私の《お友達》がご親切に送りつけてきたのよ」


「アイツっ」



怒りが込み上げてくる。それはつまり、カヨから他の女に乗り換えたということなのか。昨日の今日でこれはないだろう。


確かにこの前のカヨの行動は裏切りに見えただろうけれど、それは外側の原因にも由来しているし、その事はアイツも分かっている筈なのに。



「悪い。ちょっと行ってくる」


「止めておきなさい。これは私と彼の問題よ」


「断る。これはアタシの問題でもあるんだ。プリン、ごちそうさま」



私は席を立ち、後藤を問いただすためにカヨの家を出た。







「バカね」



怒りを顕にして席を立ち、家から駆け出して行った『彼女』。それが私のためであると思うだけで心がくすぐったくなる。


ああいう所が好ましい。愛しいのだ。ああ、まだ好きでいている。救いようのない話だ。


まあ、あの二人は喧嘩するだろうけれど、適当なところでまた仲直りするのだろう。昔もそれは変わらなかった。



「本当に不器用なんだから」



それは私もか。思わず笑みがこぼれてしまった。







「くそっ、電話にも出やがらねぇ」



後藤に何度も電話をかけるがつながらない。不在だなんて嘘っぱちだろう。


冷静になれば、アイツはあんな風に簡単に恋人を乗り換えるような軽い奴ではないと思い返す。


そもそも何年も想いを抱き続けて、ようやく少し前に告白したような奴だ。そんなにとっかえひっかえだなんて器用な事が出来る奴ではないはずだ。


だから真意を知りたい。


カヨの心が自分に向いてないと知って自棄になったのだろうか? 理由は分からないけれど、ちゃんと話をしなければいけない。


いや、まあ、私が話に行ってもいいのかは本当にアレなんだけれど。


私はこの周辺で一番高いビルから街を見回すと、仕方なく腰のポーチの中に手を入れる。四次元ポケット的なポーチであり、携帯型のコンテナだ。


投入した物は一つ一つ別の空間に分けられて収納され、検索機能により好きな時に欲しいものを取り出せる。しかも、入れた物の質量を外部から見てほぼゼロにしてくれる。


便利機能満載なんだけど、ディスプレイがないので、よく何を入れているか分からなくなる。入れたまま忘れ去られたものなんかあるかもしれない。


そうして取り出したのはオレンジ色の小さな妖精文書を嵌め込んだ振り子。探し物をおおよそ確実に見つけることが出来るマジックアイテム的なものだ。


妖精文書を素材に、その機能を限られたものに特化させたアイテムを文具と呼ぶ。


いちいち初期化や書き込みなんかせずに使えるので便利だけど、限定機能しか持ちえないという点では即席で構築できる文書魔術に劣る。


あと、破損すると暴走する確率が高い。



「詠え」



振り子の先端がゆっくりと旋回するように運動を始める。運動はやがて楕円へと収束し、最終的には往復運動へと収斂した。


私は振り子が往復する方向に対して垂直に移動する。すると、振り子運動の方向が少しだけ変化していった。


2地点から得られた往復運動の方向、その二つの軸の交差点にターゲットがいる。3地点でとれば高さも特定できるが、今は必要ない。



「首を洗って待ってろよ後藤。其は我が翼、我が身は鳥」



ビルから軽く飛び降りる。少しの無重力のあと、不可視の翼が背中から広がり、ふわりと私の身体は空に舞い上がった。







「ひどーい、覚えてないの? 小学校同じだったんだよ」


「すまん。しかし、えらい偶然だな」


「だよねー」


「しかし、良く覚えてるな」


「後藤君たちって有名だったし」



何がおかしいのかケラケラと笑いつつ、テーブル正面の女の子が次の曲を入力していく。


我ながらチャラいことをしているモノだと内心呆れつつ、炭酸の泡が浮かび上がる人口色の冷たい飲み物をストロー越しに口に含んで喉を潤した。


しかし、意外にどうにでもなるものである。


先日の事、近郊の都心に向かい、生まれて初めて一人でナンパなどをした。予め調べておいた方法で何度か試すと、本当に成功してしまった。


ちなみに、一人でという限定については、過去にあのヘタレと共にノリでやったことがあるからだ。


その時は俺たちがまだガキだったせいで上手くはいかなかったが。


そんな風にして、今日まで同じようなことを繰り返す。本日の戦果は女子2名、俺と小学校が同じだったらしいが、顔も名前も憶えてはいない。



「でも意外だよね。後藤君ってナンパとかするヒトだったんだ」


「そうか?」


「そーだよー」



確かに俺はそういう事には無縁だったし、今もやりたいと思ってやっているわけではない。


こんな事をする羽目になるとは思わなかったけれども、これが最善というわけでもないのだろうけど。


と、ふと外側からたったったっという騒がしい足音が。それが近づいてきて、俺たちが使っている個室の前で止まり、扉が唐突に開かれた。



「天知る地知る悪を知る!!」


「ぶっ!?」


「ええっ」



金髪エルフ耳の幼女が唐突に部屋に乱入してきた。思わず俺はジュースを吹き出しかけ、一緒にいた女の子二人も目を丸くして少女を見る。



「見つけたぜ後藤、こいつぁいったいどういう了見なんだ?」


「人を指差すなって親から言われなかったか?」


「ふもっ?」



俺に向かって人差し指で指差す少女の口に、俺はテーブルの上にある、先ほど注文したプリンをスプーンで放り込む。



「ま、またプリン…」


「お前、好きだろプリン」


「モノには限度ってのがあんだよ! 今日はなんだプリンの日なのか!? 一年に一度エルフにプリンを吐くほど食わせる記念日かなにかか!?」



なにその記念日おもしろい。エルフ限定でプリン祭りとか存在が無駄過ぎるし、そんな結論に至ったコイツのおかしな脳みその中身を覗いてみたい。


ちなみに女子二人は「何この子カワイイ」などというお決まりの反応。もうちょっと個性的な反応を期待したい。


すると、イライラしているのかルシアは俺の耳たぶをつまむと、そのまま引っ張って俺を立たせる。



「畜生め、ちょっと面かせ」


「おい、耳を引っ張るな」



そのまま俺は店の外に連行されることとなった。まあ、いつかはこう来ると覚悟はしていたが。





「さっきいた女の子、写真に写ってたのと別人だったけど」


「やだストーカー? 怖い」


「え、お前、ここで死にたいの?」



軽いジョークに対する答えは放電。どうやら相当頭にきているようだ。


連れてこられたのは都心のちょっとした広場だ。時間帯の割にそれなりにヒトがいる。


俺はベンチに座り、正面に少女が立つ。ルシアの金色の瞳が俺を覗き込む。


ルシアの瞳には俺のこの裏切り行為に何か理由があるに違いないと信じる、あるいは信じたいという想いが見て取れた。


そこに純粋な喜びを感じ、そして同時に悲しくなる。



「それで後藤、お前、何考えてるんだ? キリキリ話せ」


「話す事はない」


「お前な…。そんな答えで、はいそうですかって、帰るわけにはいかねぇんだよ」


「俺の考えは、あの日、あの場所で全て言っただろう。佳代子の想いは俺には向いていない。これからも向かないだろう」


「そんなの分からない…」


「分かるさ。ずっと見てきたからな。だから、もう俺は降りさせてもらう」



ルシアの表情が陰る。なんて卑怯な物言いだ。吐き気がする。



「でも、じゃあ、カヨの事どうすんだよっ」


「俺の知ったことじゃないな」


「お前っ!」



ルシアが俺の肩を強くつかむ。今の言葉には流石に怒ったらしい。そりゃそうだ。俺がお前の立場ならブチ切れて殴り倒しているさ。



「なんだよっ、お前、そういう奴じゃないだろっ。別れるにしたって、もっとやり方があるだろ!」


「またお友達からやり直そうって言えってか? それはお前のエゴだろうが」



泣きそうな表情で声を荒げた親友に、俺は表情を変えないように努めて、声を押さえて応える。



「そうだけどさ! そんなんでアタシ達の関係が終わるのとか絶対に嫌だ!」


「それに付き合う義理は俺にはない。少しは俺の気持ちも察してくれ」


「っ……」



心にもない卑怯な言葉が少女の表情を悲壮なものに凍らせた。


大切なものに泥を塗りこむような作業。目の前の少女の表情に、胸のあたりが悲鳴を上げるように痛む。



「なんだよ…、どうしろってんだよ……」


「お前のしたいようにすればいいさ。だけど、俺を巻き込むな」


「っ!」



少女が肩を落とす。俺は立ち上がり、少女を置いてその場を去る。


なんてザマだ。全ての負債をアイツに被せて、俺が得るのは自己満足ただ一つ。


それでも、もう二度と、あの二人を引き離したくないから。アイツが佳代子には後藤がいるから大丈夫だなんていう逃げ道を断たなければならない。



「うわ、俺、滅茶苦茶かっこわるい」



本当に、他力本願とか最悪だな。




若かりし頃、神戸牛とか松坂牛を胃からあふれるほど食べたいと、そんな夢を語ったことがあります。


そのあと滅茶苦茶おなかこわした。


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