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Phase013『エルフさんは星を喰らう July 15, 2012』

ちょっと短い。


「我は蛇、私の顎門は星を喰らう」



言葉はトリガーだ。その言葉には大きな意味や力は存在しない。言葉に力は宿らない。言葉は切っ掛けを与えるだけだ。


定型句をもってルシアの右腕に埋め込まれた魔術式が駆動を開始する。外科的に式の結節点に移植された妖精文書の小片が励起を開始する。


次に葉脈か電子回路にも似た七色の光のパスが右腕に浮かび上がり、腕の周りに輝く腕輪のような円環が7つほど形成され、激しく回転を始めた。


円環は発生させた重力によって空間を捻じ切り、内部空間と外部空間を強制的に切り離し、腕の内側に一種の異界を形成する。


外側の世界の物理法則から切り離され、位相の異なる異界と化した腕の内側にて、世界の基盤たる原則が覆された。


この間、外部の、外側の世界の観測者から見ればコンマ一秒にも満たない刹那の時間。


人間という生物の知覚能力においては限りなく無意味で、しかし物理的には意味のある一瞬を経てそれは進行した。



「っ!?」



解き放たれようとするモノに、その言いようもない圧力に、襲い掛かる側だったはずの狼の化け物は明確な死を幻視した。


だが、彼には彼が視た未来を覆すための時間は与えられなかった。


外的要因によって極限までに進化洗練された彼の反射神経をもってしても、あまりにも刹那の時間では彼に次なる行動は許されなかった。


かくして、解き放たれたものは、青みがかった輝きの瀑布は、ルシアの小さな掌から、異界から世界へと射出された。


眩いばかりの光は、彼を容赦なく飲み込む。次の瞬間、狼を悪意に満ちた思想で歪めたような姿の化け物は内側から爆ぜた。


彼は、本能的にはその光が恐ろしいものであると見抜いていたものの、何故その光が己の肉体を滅ぼし得るのか理解できなかった。


彼は先の白髪の少年が有していた能力の発露、黒い霧状の場を細胞内に保持し続ける特異な性質を獲得していた。


その場に触れたなら、あらゆるものは乱雑さ、エントロピーを無限大に増大させられ、無秩序で無意味なものへと強制的に変化させられるといった強力なものだ。


光は確かに眩いものであったが、その程度ならば彼の身体を貫くことなどできないはずだ。にも拘らず、光は黒い泥を透過し、彼の肉体を蹂躙していく。


そうして、彼の肉体を構成する細胞は一つ残らず瞬時に蒸発し、プラズマ化し、焼きつくされ、元の分子構造を一切残さずに破壊し尽くされ、彼の思考は途絶えた。


そして光の瀑布は化け狼を焼き尽くすに飽き足らず、向かいのビル群へと突き進む。


円錐状に広がり多少は薄まっていくとはいえ、彼の化け物を滅ぼした有害極まる光の奔流だ。そんなものが、もしかすればまだヒトが残っているビルを貫いた。


だが、いかなる原理か。光はそのコンクリートを、傷一つつけずに透過していく。まるで、はなから障害物などなかったかのように、ただ光を周囲に放ちながら通過した。


もし、この建物の中に人がいたとしても、この光に曝されたとしても、多少の熱さを肉の内側から感じただけに終わっただろう。


多少の被曝は免れなかっただろうが。


そうして光は遥か彼方、僅か0.0045秒の行程、1,000kmを超える距離を踏破し、ようやく消滅した。


とはいえ、いくら他の建物や人々に無害であったとはいえ、目と鼻の先で化け物を跡形もなく消し去るようなエネルギーが解放されたのだ。


その余波は暴力的な圧力、爆風と熱となってルシアとそれを庇うような体勢の後藤に襲い掛かった。



「おおおおおっ!!?」



皮膚をジリジリと焦がす熱線と遅れてやってきた猛烈な爆風。台風のまっただ中のような風圧に後藤が雄叫びのような悲鳴を上げ、ルシアを庇うように強く抱きしめた。







「きゃっ!?」



強烈な爆風にあおられて、佳代子は右腕で顔を庇うようにしてコンクリートの壁に寄りかかり体を支えた。


何故、こんなにも危険な場所に足を踏み入れているのだろう。冷静な彼女、理性が足手まといだ、はやく戻れと警告を頻りに発している。


それと同時に、本能に近い部分の彼女が早く二人の元に行かなくてはとしきりに急かす。その声は理性のそれよりもはるかに大きい。


普段の木之本佳代子ならば理性の声に耳を傾けたはずだが、今の木之本佳代子はそんな冷静さを著しく欠いており、そしてそのことに彼女は気づくことが出来ないでいた。


さから、普段は大切に手入れを怠らない長い黒髪が乱れ、髪型はかなりみっともなくなっていても、今の彼女はそんな事に気を遣うこともできなかった。



「あそこ…なの?」



春奈を置いてきたのは正解だったと思いながらも、破壊の中心地に彼女は足を進める。同時に、彼女が想う二人が驚くほど危険な事態の中にいるだろうと想像した。


悪い想像を頭から追い出し、佳代子は光が放たれた場所を目指し、無人となった街を慎重に、祈るような思いで進んだ。



「二人とも…無事でいて……」



彼女の携帯電話に届いた平山咲からのメールによれば、狼のような巨大な獣が現れて暴れまわりながら街の方向へ走って行ったらしい。


その方向は間違いなく、あの二人がいる場所だった。おかしな力をもった男が、後藤隆に襲い掛かっていると聞いている。


先程から不安ばかりが彼女の胸の中に渦巻き、その足は何度もすくんで動かなくなりかけた。


二人が怪我を、あるいは致命的な怪我を負っているのではないかという後ろ向きな想像。少女がコンクリートの壁に叩きつけられて血を流すような恐ろしい妄想。


今の『彼女』は物理的にはずいぶんと強くなったようで、滅多な事は起こっていないと信じたいが、過去の実績がむしろ不安を呼び起こす。


また、《彼》を失ってしまうのではないだろうか?


そんな恐ろしい想像が脳裏に浮かぶ度に、彼女は叫びだしたくなるほど胸が苦しくなる。早く会いたい。会って、安心を得たいと願った。


そうして、しばらく進んで瓦礫と化した区画を横目に大きな通りに出ると、見知った背中を見つけた。



「いた…」



あれは後藤隆の背中だ。怪我はなく無事のように見える。無事だと思う。彼が、後藤隆がいるなら、『彼女』も近くにいるはずだ。


佳代子は慎重に周囲を見回し、危険がないことを確認した後、私は二人の無事を確かめるために、普段では考えられないような必死さで駆け出して、手を振って声をかけようとして、


目にした光景に、何故か足が止まり、声を発せなくなった。指先は震え、急速に冷えていくような錯覚を覚えた。





「え…?」



二人は抱き合っていた。金色の髪の『彼』であった少女は、慈愛に満ちた笑みを浮かべてタカシ君の頭を撫でていた。


少女はあの頃の『彼』とは違って、明らかに女の表情だった。


おそらくは、本人に面と向かって告げればムキになって否定するだろうが、その表情には明らかに母性的なものが見て取れた。


それは、『彼』が『彼女』となって、女性としてあることを完全に受入れ、今は女として生きていることをはっきりと私に理解させる。


だからこそ、不安が芽生えた。


まるで気の置けない中のように、楽しげに会話しているように見える。いや、二人は親友なのだからおかしくはない。おかしくはないはずだ。


だが、それは本当だろうか?


よく言うではないか。男女の間に真の友情は成り立たないなんて。事実、彼は私に恋愛感情を抱いたじゃないか。


なら、今や女性となった、そして女として歩んでいる『彼女』となったあのヒトはそういった感情を男に抱かないと言えるだろうか?


なら、後藤隆という男は、今や『彼女』となってしまったあのヒトに、そういった劣情を抱かないとどうして言えるだろう。


馬鹿な。


頭を横に振って否定する。冷静な自分は、理性は、こんなものは詰まらない嫉妬だ、とるに足らない誤解だと判断する。


だけれど、だけれど、本当に?


ほんの少しの、まるで気の迷いのような不安と疑念が種火となり、心の奥底に沈殿していた泥炭のような何かに引火した。


ドロリとした熱く暗く醜悪な泥のようなものが胸から湧き上がる。それは気管支を焼くような不快感をもたらした。


泥は血流にのって脳に届いたのか、毒が回ったかのように思考が滞り、視界が歪み、クラクラとしはじめる。


そうして、脳裏に二人が他の人間とは絶対にしないような、私とすらしないような、気の置けない掛け合い、親しく語り合う姿が浮かぶ。


あの二人はなんだかんだ言って相性がいいのだ。


喧嘩してもすぐに和解して、無邪気な笑顔で笑いあう。思春期が近づいてからは、私よりも多くの時間を一緒にいたはずなのだから。


そもそも、あんなにも可愛らしくなった『彼』に、タカシ君が惹かれないはずないじゃないか。


押しの弱い『彼女』は、タカシ君が本気で迫れば流されてしまうかもしれない。ヘタレだから、迷っているうちにとか。


熱く醜悪な泥に私の身体は支配されていく。


「盗られてしまうぞ」とダレかの声が私の頭蓋骨の内部に反響し、干渉しあい、無限に大きくなっていく。


不安が増大し始めて、止められなくなって、気が付けば私は衝動的に二人に向かって走り出した。


金色の髪の少女が私に気付く。一転、にこやかな表情でこちらに手を振った。胸が苦しくなる。



「カヨっ、無事だったか。見ろよコイツ、腰が抜けて-」


「ケイ君を放してっ!!」



私は二人の元にたどり着くと、自分でも信じられないほどの力で男を『彼女』から無理やり引きはがした。



「うえ?」


「ちょっ、おまっ!?」



信じられないモノを見るような、理解できないとでも言うような表情で私を見つめる二人。だが、そんなことはどうでもいい。


ケイ君は私のものだ。もう二度とだれにも渡さない。私は男を力の限り突き飛ばして、そのまま勢いに任せて『彼女』を抱きしめた。







「え…え?」


「ケイくん……」



絶賛混乱中。化け物をこの世から退場させた後、ものすごい形相のカヨが走ってきて、後藤を突き飛ばしたと思ったらハグされていた。


んで、今は前世でのあだ名をうわごとのように呟きながら私を抱きしめている。なにこれ、わけがわからないよ。



「えっと…」



カヨの懐かしい甘い体臭に、遠い記憶が脳裏によぎる。必死な声音に感情を掻き立てられる。だけれども、カヨはもう私の恋人じゃない。


つーか、後藤がいる前でこれは拙い。とにかく私は助けを求める視線で立ち上がった後藤を見上げた。今はお前のヨメだろう、何とかしろ的な意味で。


だが、視線の先にいた後藤は異様に冷たい表情で私とカヨを見下ろしていた。なんだその表情は? 私はお前のそんな表情は知らない。


嫌な予感に背中がぞわっとして、とにかくこの場を丸く収めるにはどうすればいいかを考える。



「や、だから、これは多分、文書魔術の効果で…」



カヨのこの取り乱した状態は、きっとこの周囲を覆っている文書魔術の効果によるものだろう。



この程度ならば、抵抗力を高める護符を持っている私に対しては影響を及ぼさない。対抗措置として、こちらも文書魔術を使ったことも大きい。


けれども、この二人には抵抗力は備わっていない。私の対抗措置も、簡易儀式によるものだから完全ではない。


それは分かる。分かるのだが、どうしてこういう結果になったのか理解が及ばない。いや、まあ何となく理由については想像がつくんだけれど。


とかく、理由や原因は後回しだ。そしてすぐに解決は出来ないだろう。だとしたら、今はとにかくお茶を濁して、問題を先送りにしなければならない。


が、その方法をグルグルと模索している最中にも事態は転がっていく。



「佳代子、やっぱりお前、そいつの事、まだ好きなんだろう」


「……あ」


「ご、後藤! ぷ、ぷりんをだなっ!」



後藤の異様なほど落ち着いた低い声。その声に正気に戻ったのか、カヨが顔を上げた。そして、サアっと血の気が引いたような青い顔に。


私は悪い予感に総毛だって、後藤の言葉を遮ろうと声を上げる。だが、後藤は手の平をこちらに向けて、私を静止した。



「う、嘘、私……」


「ずっと思ってた。お前が俺と付き合うって応えてくれた時から、俺はコイツの単なる代役なんじゃないかって」


「わ、私はっ、違うのタカシ君っ」



ゆっくりとした落ち着いた後藤の声。カヨは血相を変えて振り向き、泣きそうな表情で違うと叫ぶ。


止めろと声を上げたいけれど、どう考えても二人の修羅場の中心に私がいて、何をしたらいいか、何て声を駆けたらいいか分からなくて頭がグルグルになる。



「コイツを、死んだ圭介を忘れるためってか? じゃあもう必要ないだろ! コイツは生きて戻ってきたんだ! 責任とかそんな理由で恋人続けられても俺が惨めなんだよ!!」


「あ…」


「後藤っ! 言い過ぎだ!!」



私の声を無視して、後藤は踵を返して走り出した。カヨは追いすがるように手を伸ばして、そしてそのまま下ろしてしまう。


そうしてカヨはうつむいて、静かに涙の雫を落とした。


「どうすんだよこれ…」



私はすすり泣くカヨの頭を抱き寄せ、頭を撫でて宥めるぐらいしかできなかった。







「えっと、二人ともどうしたの?」


「……」


「……」



私の目の前で佳代子おねえちゃんと後藤先輩が黙りこくって、ぎこちない雰囲気を漂わせている。


ルシアちゃんはガラスで切ったと体中が傷だらけになっていて、看護師の人に連れて行かれ、簡単な手当を受けているのでここにはいない。


そうして、残された私はこの二人の間でまごまごとしていた。



「うう…、ルシアちゃん、早く帰ってきて…」



1刻ほど前、大きな爆発音が轟いた後、事態は急速に収束に向かいだした。


街をあれほどにまで混乱に陥れた魔法の効果は、いつの間にやら消失し、人々は冷静さを取戻し、警察や救急に従い、理性的な行動をとり始めている。


大きなカメラを担いだテレビ局の人たち、上空にはヘリコプター、あちらこちらで消防車と消防隊員が忙しなく動き回る。


先の図書館の事件といい、今回といい、何か得体のしれない大きな何かが背後で蠢いているような嫌な予感。


でも、今は、そんなことよりこの二人をどうにかしてほしい。


とにかく、話題を提供しなければ。



「こ、こんな大きな事件が立て続けに起きたら、学校お休みになっちゃうかも」


「そうね。休日だから学生もたくさん街に出ているでしょうし、巻き込まれた子も多いでしょうから」


「だな。それだったら、デートのやり直しでもしたらどうだ?」


「……何、その言い方」



と、唐突に険悪な雰囲気となる二人。あれー、もしかして地雷とか踏み抜いちゃったかなー?



「別に」


「何か言いたそうね」


「いや。ただ、改めて二人で行って来ればいいって事だ」


「…っ、ルシアちゃんも言っていたでしょう? さっきのは魔法のせいだって」


「だが、本心なんだろう?」


「そう、そういう風に言うのね」


「ああ。俺は代用品じゃない」


「私は貴方を代用品にした覚えなんかないわ」


「じゃあ、踏み台か?」


「……」



だんだんと二人の言葉に棘が出てきて、言葉に含まれる怒りが増えていく。私はどうしたらいいのか分からず、ただ焦るだけしかできない。



「はわわわ」



いつもは完全に尻に敷かれてる後藤先輩が、佳代子おねえちゃんと真っ正面から喧嘩している。


険悪な表情でにらみ合い、一触即発というような危うい状態になりつつあった。


何があったのか。おそらくはルシアちゃんに関わることなのだろうけど、それがどういう事なのか全く想像が及ばない。



「もういいだろう。俺の役割は終わりだ」


「そんな言い方は無いでしょう!」


「いいじゃないか、お前もさ、願ったり叶ったりなんだろ?」



次の瞬間、パァンッと佳代子おねえちゃんが平手で後藤先輩の頬を叩いた。おねえちゃんの瞳は涙ぐんでいて、後藤先輩は反対に少しだけ笑みを浮かべる。



「最低ね」


「ああ、最悪だ」



二人はそんな言葉を交わす。そして後藤先輩は踵を返しておねえちゃんの目の前から去っていく。おねえちゃんはそれを目で追わず、反対方向を向いてしまう。



「えっと…、その…」


「ごめんなさい春奈ちゃん、変なところ見せちゃって」



話しかけると、反対に謝られてしまう。



「いえ、その、結局、何があったんですか?」


「そうね…、ちょっとした擦れ違いよ」


「……」



そうして私は何も聞けず、何を話していいかもわからなくなり、自然と言葉が尽きた。



「今戻ったぞー…、って、後藤は?」



そうしている内に、ルシアちゃんが戻ってくる。そして、キョロキョロと辺りを見回し、後藤先輩を探し始めた。



「帰ったわ」


「えっと、そっか。薄情な奴」


「そうね。ええ、そうね」


「カヨ?」



佳代子おねえちゃんはそう答えて黙り込んだ。ルシアちゃんが弱ったような表情で私の傍にやってくる。



「何があった?」


「えっと、二人が喧嘩始めちゃって…」


「……何やってんだアイツら」


「ホントだね」



本当にどうしてこんなことになったのだろう? 私たちは一緒に途方に暮れることになった。



以降、不定期更新になります。

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