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Phase012『エルフさんと闇の力2 July 15, 2012』


「どうしてこうなった!?」


「手前ぇが馬鹿な事ベラベラ喋ったせいだろうが!」


「お前のなんちゃって経絡秘孔のせいだ!」


「はっ、そんな物騒なもん、使えても使わねぇよ! あれは単純に痙攣させてただけだ!」



ギャーギャーと言いあいながら、俺はその体をルシアの小さな肩の上に乗せられ、ルシアは俺を仰向けで頭を前にした形で、丸太を運ぶような状態で担ぎながら走る。



「おおおおおっ!?」



そしてまた急加速。ルシアは俺を担いだまま、一気に前へと加速した。しかも、あろうことか、その足は大地を踏みしめていない。


何もない虚空を足場として、コイツは恐るべき速度で走っているのだ。



「つか喋んな、舌噛むぞ! くそっ、くそっ、七面倒臭ぇっ!」





Phase012『エルフさんと闇の力2 July 15, 2012』





無人の街。ここいらはもう避難が済んでいるのだろう。事故を起こして店舗に突っ込んだ車や、窓ガラスの割れた店舗が並ぶゴーストタウンを駆け抜ける。


そして、コイツはまるでジェットコースターのようだ。体重60はある俺を軽々と肩に乗せ、自動車と同じぐらいの速度で上に下に縦横無尽に通りを抜ける。


アスファルトを足場にしていないので、あまり揺れないのは助かるが、斜めに横にとGがかかって生きた心地がしない。



「はっはー! 追いつけるもんなら追いついてみな!!」


「ぎゃぁぁぁぁっ!?」



恐怖で叫び声を上げる俺と対照的に、ルシアはハイなテンションで中二病を挑発し、虚空を蹴って方向転換する。


そのすぐ後ろを黒い奔流が過ぎ去り、それを浴びた建物の一部などが豆腐のように抉られていく。


あんなものを浴びたらと思うとゾッとするとともに、調子に乗って余計なおしゃべりなどした自分の浅はかさを後悔する。


後悔は不安を増大させた。


今の俺は明らかに足手まといだ。はっきりいって、俺をその辺りに捨てた方がコイツにとって逃げやすく、あるいは戦いやすくなるはずだ。


今は友情という絆で俺を助けてくれている。だが、もう少し状況が悪くなったらどうだろう?


疑念と不安が渦巻き、しかし俺は何も出来ない。



「ぜぜぜ、絶対に離すなよ!」


「なにそれフリ? 絶対に押すなよ的な」


「ちちち、違う!」



こちらの言葉を冗談と受け取る少女。だが、それすら前置き、予防線とすら思えてしまう。そのままあのコントのように、俺を真っ逆さまに落とすんじゃないかと。



「あんま喋るな舌噛むぞ」


「い、いいから、約束しろ!」



自分でも馬鹿な事を言っていると分かっている。けれども、言葉を、ちゃんとした確約が欲しい。


ルシアは少しの間返事を返さず黙り込んだ。不安が広がっていく。歯が震えてガチガチと音を鳴らす。


俺は邪魔なんじゃないだろうか? コイツと佳代子、二人だけなら話は単純だっただろう。俺がいなければ、この二人は何の気兼ねもなくヨリを戻せる。


もし、コイツがそれを望んでいたら? ここで俺を見捨てたところで、仕方なかったと言い張れば誰も疑わない。


そんな考えがグルグルと頭の中を巡り、恐怖と無様さに涙が出てきた。


しかし、



「信じろ後藤。アタシはお前を見捨てない。絶対にだ」


「圭介…」


「その名前で呼ぶなって言ってんだろう、このすっとこどっこいが!!」



その、どこか照れくさそうな表情が垣間見える言葉に、ふっと渦巻いていた不安とか恐怖が治まっていく。


まだ恐怖は消えず、不安は拭えないけれども、それでもコイツを信じたいという思いがそれを上回っていく。


だから、こんな状況にもかかわらず、何故か笑みがこぼれた。


だから、恐怖を振り払うように、それを直視しないために、俺は目の前の事象について話題を投げかける。



「つか、あの黒いのなんだ?」


「闇のぱぅわーだろ?」


「なんだよ闇のパワーとか…」


「フォースの暗黒面とか?」



闇の力。言葉にするのは簡単であるが、その実態を説明することは難しい。なんなの闇って? どんな効果なの?


抉られたビルは、その重量を支えられなくなり、中折れするように崩れて崩壊していく。


だが、こちらも負けてはいない。ルシアは空中で半回転すると、振り向きざまに指に挟んだ3本のダーツのようなものを放り投げた。


それらは不可視の、しかし僅かに放電する何かに捕まり、そして異様な加速を開始して3つ別々の赤い軌跡を残して飛翔した。


それら3つの軌道は一度、別々に見当違いの方向に飛んだが、途中で軌道を急変更し、空を飛んで追いかけてくるイケメソに向かって殺到する。


赤い軌跡は取り囲むように、男という焦点から少しずれた形で立体的に集束交差し、そして爆発を起こした。



「やったか?」


「フラグ乙」



しかし、その爆発は黒い墨のような靄に阻まれ、男に何の被害も与えることが出来ていない。若干、男をひるませ、僅かに追跡が鈍ったぐらいのもの。


分かります。こちらの攻撃の後、爆発とかで相手が見えなくなった時に「やったか?」と発言すると、ほぼ確実に無傷で敵が現れるんですね。



「全然効いてないぞっ」


「うっせぇ、これでも戦車ぐらいならぶち抜けるんだ! アイツがおかしいだけなんだよ!!」


「まじかよ…。どうにかならんのか、アイツ」


「どうにかしようにも、お前を担いでちゃ何にもできねぇな」



とはいえ、ルシアの攻撃は確かに足止めの役割を果たしている。あの即席はついさっきまでは一般人だったのだから、超高速で飛来する矢に怯むのは当然だ。


例え効かないと、防げると分かっていたとしても、それを無視することは出来ないようで、ルシアがそれを放つごとに彼我の距離が開いていく。


何度か目の攻撃で、逃げ切るのに十分な距離が稼ぎ出されると、ルシアは十分に相手の視界から死角になっていることを確認し、ビルの合間に着地した。


地元の銀行と証券会社の建物に挟まれた、人一人がどうにか通れる程度の細い路地。たばこの吸い殻などのゴミが散乱し、不潔で暗く狭い都市の谷間だ。


俺を肩からおろすと、両腕を万歳してルシアは伸びをして、柔軟体操を始める。


俺は先の、コイツのことを信じ切れなかったことの罪悪感がぶり返してきて、謝らなければならないと、気恥ずかしいけれども声をかける。



「さっきはスマン」


「ん、なんの事?」


「お前の事、信じられなかった。俺、マジで最悪だったわ」


「気にすんな。カヨから聞いてるだろ? 今、この周辺にそういう術式がかかってる。何でもない不安とか疑念を増大してく奴だ」


「…それでもだ。ただの自己満足だけど、ちゃんと謝らないといけない事はあるんだ」


「そっか。じゃあ、受け取っとく。あとでプリン奢れよ」


「安いな」


「は? プリン舐めんなよ。向こうにもあるけど、こっちのが絶対美味いんだかんな」


「分かった分かった」



本当に笑ってしまう。コイツには何でもない、当たり前の事を疑った自分の狭量さに。


外的要因があったとしても、トリガーを引いたのは間違いなく自分だ。その不安を抱いた事にこそ罪があり、だからこの可愛らしい罰を甘んじて受けるべきだろう。


ルシアは準備体操を終え、トンと軽くジャンプして立ち上がった。



「じゃあ、アレとガチで殴り合ってくる」


「一応聞いとくが、大丈夫なのか?」


「死にはしねぇよ。まあ、軽く揉んできてやる」



ルシアは豊かではない胸をはってそう答える。気負っている様子はない。まるで散歩にでも行くような軽さ。


それでも俺の不安は消えない。増幅する一方だ。コイツはいつだって無茶をするから、無茶をするときは大抵誰かのためだから、だからこそ手を貸してやりたいのだけれど。


俺にはその力はない。ただ心配して、応援してやることしかできない。



「そうか、なら勝てよ。あとで洋菓子屋のプリン食わせてやるから」


「美味いやつ?」


「佳代子と春奈が美味いって言ってたから、大丈夫だろう」


「そっかそっか、ぷーりーん♪ ぷーりーん♪」



また奇妙な歌を歌いながらクルリとターンを決めるロリエルフ。やだ、鼻血でちゃう。



「じゃあ、後藤、基本的にはここから動くな。たぶん、不安になると思うけど、あの術式がかかってる以上、自前の判断は危険だからな」


「ああ」


「でも、本当にヤバいと思ったら、自分の本能信じて逃げ回れよ。例えば近くのビルが崩れたりさ。アタシも全部面倒は見れねぇから、高度の柔軟性を維持しつつ、臨機応変に」


「分かった…。ってか、それ、いきあたりばったりって意味じゃ…」


「同盟の大戦略だぜ」


「信用ならないなおいっ」



ニヤリと笑うルシアに呆れながら、互いの拳をつき合わせてスタートの合図。


踵を返してルシアが細い路地から駆け出していく。俺はアスファルトの上に座込み、ため息をついて狭い空を見上げた。


元男とはいえ、今はあんな幼い少女の姿のアイツ。そんな奴に全部任せて、俺はこそこそと路地に隠れるという状況に酷く無力感を感じる。


助けたくても助けられない。たとえ俺が銃とか持ち出したとしても、何お役にも立たないどころか足を引っ張るだけだ。


所詮、俺はマンガの主人公になんかなれない。いや、まあ、役に立てる高校生男子なんてものがいたら、逆に見てみたい気もするが。


暇を持て余し、佳代子への連絡のためスマートホンを取り出す。すると、姉貴からのメールの着信に気付いてそれを開く。


開かなければよかった。


見てしまえば不安が異様に増大してくる。悪い想像ばかりが頭の中に浮かんでくる。それが外的な要因に促されていることに気が付いていても、焦燥は止められない。


俺は再び空を仰ぎ、少しだけ逡巡した後、重い腰を上げた。



「まったく、厄介事だらけだ。くそっ」







「さぁ、どうする?」



後藤を下ろした地点から少し離れ、アタシは黒ずんだコンクリートがむき出しのビルの屋上に陣取り、大きな空調の室外機の物陰から敵を伺う。


低い音を立てて熱風を噴き上げる室外機の向こうに、白髪の少年は後藤を探すようにキョロキョロと顔を左右にしながら空を低速で飛んでいるのが見えた。


とはいえ、探索能力自体はそれほど高くないらしく、手当たり次第、関係のない逃げ遅れた人を脅かしまわっているようだった。


原則的に他人を害する気はないようで、その辺りは安心できる。もっとも、巻き込むことに戸惑いはなさそうであるが。


直接的に関係のない人間は狙わないようだが、ビルの倒壊を引き起こして、それに伴う被害で害する可能性は高い。


行動原理に人間的な良心を未だ有しているようだが、怪物的な力を手に入れた人間は精神まで怪物的になる可能性がある。


それに、あの男が手にした力は…



「闇の力…ね。なんて曖昧なオーダーだ」



闇。光と対になる概念。だが、基本的に闇とは光が届かない状態を指すために、闇が存在するという表現そのものがナンセンスだ。


しかし、あの男は確かに闇らしきものを操っている。他にも空を飛ぶとか身体能力の向上みたいなものもあるようだが、その辺りは大きな障害にはなっていない。


さて、あの能力は何なのか。


触れた物質やエネルギーを跡形もなく消失させる黒い雲。気体のようでも液体の様でもあり、とてもじゃないが接近戦を選びたいとは思えない。


消滅は第8類型の特徴的な機能であるが、あれに身体能力向上などといった能力は存在しないし、何より姿かたちが変化するような願いを叶えるものではない。


所有者の姿形に強く影響を与える妖精文書は、第4類型と第6類型の二つが真っ先に候補として挙げられる。


このうち、本来持ちえない能力の獲得に関わるのは存在の改竄を主たる機能とする第4類型だろう。


まあ、それが分かったところで特に意味はなさそうなのだけれど。



「魔弾は…あんまり効果はなさそうだし……」



魔弾の射手。


ローレンツ力を利用して矢玉を加速する仮想の砲身を魔術的に展開する術式。砲身一つにつき、矢玉に700キロジュールに相当する運動エネルギーを加えることが可能だ。


既に仮想砲身は6個展開している。これは今の私の限界に近い行使だ。最大は7だけど、もう一つ展開した場合は狙いが定まらなくなる。


複数の弾種を使い分けることが可能で、攻撃力や汎用性が高く、周囲への被害を少なく済ませるという意味で私が多用する魔術の一つだ。


とはいえ、今回のように物理的な衝撃力のみで突破できない防御を有する相手には相性が良くない。


相手の防御のタネが分かれば、即興で徹甲弾を用意することも可能だが、それにはまず相手の能力の把握が必要になる。



「さて」



各砲身の位置取りと角度を調整してゆき、物陰からの曲射を狙う。


使用弾種は対霊聖別塩榴弾。精霊や神霊といった霊的存在に対して絶大な効果を有する弾種である。


純粋な魔術的防壁の打破にはそれなりに有効な手段であり、つまりそうでない防壁に対しては高速で塩をぶっかける程度の効果しかもたらさない。


とはいえ、霊的に強い特徴を持つ物質のため、防壁表面での挙動を観測するためのマーカーとしても有用である。


弓に矢をつがえるように、銀製の矢を右手にとって構える。狙いを定め、そして放とうとした瞬間、



「っ!?」



唐突に叩きつけられた大音響にビクリと反応して、しまったと思った時にはもう遅く、私は指先を狂わせてしまう。


狼の遠吠えのような獣の雄叫び。まるで音響を用いた暴徒鎮圧用の兵器のように私の鼓膜を貫き。


僅かにずれた狙いは、すでに飛翔を始めた矢の軌道に無視できない影響を与えた。ほんの僅かであるが、距離がある以上、最初のずれは修正が効かないほど大きい。


必死に展開している仮想砲身を制御して軌道修正を図るが、放たれた矢は大きく目標、から離れた場所へと飛んで行ってしまう。


そして榴弾は炸裂し、特別な処理を施した塩の結晶が熱とともに周囲に飛散して、白髪の男が驚いたような声を上げた。


もちろん黒いベールをなした闇は揺らぐことは無かったが、それでも聖別塩の挙動から、いくらかの有用な情報を取得できた。


それにしても、軌道変更が間に合ったからいいものを、いったいあの咆哮は何だったのか。



「ちっ、呼んでもいねぇのに乱入者か?」



音の出所に振り向くと、視線の先には馬鹿でかい、体長3mを超える毛を剣山か何かのように逆立たせた禍々しい狼のような化け物が目に入った。


一瞬だけ少し前の大蛇やネズミの群れの件が脳裏によぎる。連中がまた仕掛けてきたのか? このタイミングで?


化け物は私を一直線に目指して走ってくる。ビルの壁を蹴り、足場にして屋上に上がると、その肉食獣の瞳は寸分たがわず私を射抜いた。



「くそっ、前門の中二病、後門の狼ってか」



乱入者による異変は、白髪にも伝わったようで、あれの意識もこちらに向く。三つ巴とは本当に面倒な。


狼の化け物はあと数秒で私に襲い掛かってくるだろう。白髪は最短であれば、おおよそ同時に私に攻撃をしかけてくるだろう。



「しゃらくせぇ、両方相手してやるからかかってきな」



髪の毛を一本引きちぎる。金色の頭髪は光を纏い、そして急激に長く、太く拡大し、一本の槍を形成した。


透明感のある白い柄を、金糸で編まれた様な蔦植物をモチーフとした象嵌が彩る一本の槍。私はそれを脇に挟むように構えた。


そして屋上の空調の室外機などの構造物を足場に飛び掛かってきた狼の化け物に槍の穂先を合わせる。


そのまま串刺しになるかと思われたが、化け狼は空中で身をひねってこれを躱そうとし、私はそれに応じて槍を動かす。


穂先は化け狼の脇を切り裂き、鮮血が宙に吹き出るも致命傷には至らない。


狼は私の右傍らに着地し、私は槍を横薙ぎに振るうも、狼は後ろに飛び去って私の槍を回避して見せた。



「手伝ってやろうか?」


「はん、こんな犬っコロ、大した相手じゃねぇよ」



白髪は鷹揚に私に語り掛けてくる。どうやら化け狼を対処している隙をついて攻撃なんてことはする気はないらしい。



「あの男はどうした?」


「さぁ、ママのミルクでも恋しくなって家に逃げ帰ったんじゃねぇの?」


「……ずいぶんと口調が変わったような」


「こっちが素なんだよ。TPOは弁えなくちゃな」


「なぜあの男を庇う」


「腐れ縁って面倒だよな」


「……まさか、やはり惚れて?」


「ねーよ。あんな変態選ぶぐらいなら、独り身貫くわぁ」


「くくっ、今、ようやく理解したぞ」


「あん?」


「ルシアといったな」


「名乗るほどの者じゃねぇ」


「お前こそ我が運命の半身! 間違いあるまい」


「うわっ、私の男運少なすぎ」



男に告白されても正直なところ微妙な感情しか浮かばない。なんつーか、男を好きになるって言う感覚がいまいち理解できないんだよなー。


まあ、どちらにせよ目の前の中二病は論外だが。


さて、その間にも化け狼は低く唸りながらこちらを観察してきている。先ほど私がつけた傷はまたたくまに盛り上がる細胞に塞がれ、カサブタとなって剥がれ落ち、元通りに完治してしまっていた。



「俺としては、この邪悪なる獣を先に片づけるべきだと考えるが?」


「好きにしろよ。つーか、お前、闇の力とか使ってるのに、自分自身は邪悪じゃねーの?」


「笑止。闇とは原初にして終末。正邪などといったつまらぬ二元論に縛られることなどない」



そして白髪は大仰に太極拳っぽく両手を円を描くように動かし、闇のオーラ的なものを生み出す。もうやだこの中二病。



「闇の炎に焼かれて死ぬがいい、邪王炎「おいやめろっ」龍波!!」



特に炎でも龍でもない黒の奔流が白髪の手から放たれる。というか、その邪気眼の使い手が使うような技名は痛いからやめろ。


黒の奔流はビルを噛み砕き、濁流のごとく化け狼に襲い掛かるが、狼は軽々と跳躍してそれを回避してしまう。



「流速はそこまで速くはない」



黒の奔流は鉄筋コンクリートを飲み込み、喰らい、抉り、破壊するが、回避できないほどの速度ではない。単位接触面積・時間当たりの破壊量は定量であることが垣間見える。


だが、厄介なのは物質としての性質も有している点だった。つまり、溢れ、流れるのだ。溢れ出た黒い泥のようなものは周囲に飛び散り、被害を拡大させる。



「こっちにも飛び散ってるっての」



溢れこちらにも飛んできた黒い泥を避けるために後ろに跳躍する。はた迷惑だ。飛び散った泥が周囲を侵食して、建物を傷つける。


もし構造的な基部を破壊すれば、また建物の倒壊を誘うだろう。なので、早くあの馬鹿を止めたいが、化け狼に隙をさらすことも出来ない。


あの馬鹿が狼となぐり合っている隙に、漁夫の利であの馬鹿を仕留めたいところだが、まずはあの化け狼を仕留めておくか。


ポシェットから3本のダーツを取り出し、投擲する。加速する3条の火線は衝撃波と轟音を置き去りに、跳躍した化け狼に襲い掛かる。


化け狼は驚愕すべき反射神経と巧みな姿勢制御でこれを避けようとするが、3発の内1発が彼の胴体を貫いた。


もとより主力戦車の正面装甲以外ならば撃ちぬけるほどの威力を持つ魔弾だ。いくら強力な魔獣であっても、命中すれば致命的な一撃となる。


絶叫。断末魔にも似た咆哮と共に、魔弾は化け狼の胴の肉を抉りとり、その身体を真二つに分断した。



「ははっ、よくやった。後は俺に任せろ!!」



すかさず、白髪が黒い奔流で死に体の化け狼を押し潰した。多量の黒い泥はビルを飲み込み溢れ、周囲の建物やアスファルトの道路を侵食していく。


そしていくつもの建物が基部を侵され、自重に耐え切れずに倒壊を始めた。加減を知れって言うんだ。



「ふはは、すばらしいじゃないか。この華麗なる連携。やはり、お前とならば俺はさらなる高みに行くことが出来る」



崩れゆく街を背景に男が私の傍にふわりと着地し、不敵な笑みを作って握手を求めてきた。やだ、一回だけ成り行きで共闘しただけで仲間扱いとか気持ち悪い。


きらりと微笑む口からこぼれる白い光。芸能人は歯が命。殴りたい。



「おとといきやがれ」


「ぐわーっ!?」



ということで、笑顔で握手を求めてきた無防備な顔に雷撃を叩き込んでみた。案の定阻まれたのだけど。


本当は握手と共に電撃ながしてやるのがいいのだろうが、相手側の罠という可能性もあるし、なによりもあの男の手を握るのが嫌だった。



「ちっ、防いだか」


「くっ、やはり一度倒さないと仲間にならないイベントか…」



私は舌打ちをして、男のゲーム脳丸出しの気持ち悪い独り言をスルーする。殴りあって生まれる友情は男同士で育んでください。



「ふっ、一度躾けてやらないとなっ!」


「街をぶち壊しまわってるお前に言われたくはないセリフだな」



距離を取るため跳躍し、他のビルの屋上へと飛び移る。追いかけてくる白髪に向けて、ホルスターからダーツを取り出し投擲し、そのまま一気に引き離す。


行政書士事務所なんて書かれた看板のかかるビルの5階ぐらいの高さの壁を蹴り、コンビニが一階に入っているビルと建設会社のビルの合間に入り込む。


その後ろを黒い奔流が押し寄せてビルの合間を埋め尽くさんと迫るも、私の方が先に谷間から脱出する。


構造的に重要な柱を失った二つの建物はハの字に傾き始め、多大に支え合うように衝突した後、崩落が一時的に止まる。


体を翻すと同時にダーツを投擲。すぐさま時限信管の作動によって榴弾の爆発音が届いてきた。


榴弾自体は煙幕のようなものだ。時間を稼ぎ、そのまま裏手の路地をなす建物の壁を蹴りながら白髪との距離を稼ぐ。


放つ電撃やダーツは黒い泥に阻まれて届かない。一方、相手の黒い奔流はビルのコンクリートを抉って容赦なくこちらに降り注いでくる。


私はビルの屋上や壁を足場に次々と空を渡り、白髪の攻撃を避け続けるとともに攻撃の正体を探っていく。


そして、激しい応酬の中で私は飛び散った黒い泥の雫を電磁場を用いて捕捉した。


先程の聖別塩榴弾での実験でも観測されたが、この黒い泥は元素を消失させたり分解させる力を有さないようだ。


物質を消失させているわけではない。もしも触れた物質を消し去ったりしているのなら、大気圏で用いた場合には急激な気流の変化を生み出すからだ。


それはいくら埋めても埋めきれない真空地帯が生じていることと同義であり、つまりそれがあるだけで暴風がそれに向かって吹き込むことになるだろうからだ。


そうして、捕捉した泥を使っていくつかの試験を行い、その機能のおおよそを把握する。


どうやら無制限な機能を有しているわけではない。表面に接触した物質を破壊するようだが、その量や速度には限界がある。


単位面積当たりで、単位時間あたりに定量の物質やエネルギーに干渉する。機能についてもある程度の目星がついた。


つまるところ、これは秩序を破壊する類のものなのだろう。接触したモノの秩序を強制的に乱し、乱雑さを高め、破壊ないし無力化する。


黒く見えるのは可視光を吸収しているのではなく、散乱方向どころか波長まで乱雑に乱しているからのようだ。


無制限に長い波長、短い波長に乱され、無限大に薄められるために、純粋な熱エネルギーですら無力化される。


ただし、単位表面積、単位時間あたりの能力が限定されている以上、過剰な物量か火力があれば突破することが可能というわけだ。



「呆けている場合ではないぞ!」


「なっ!?」



次の瞬間、傍らにそびえるビルの壁を突き破る形で白髪が目の前に現れた。先ほどから遠くから黒い奔流を放ってくるだけだったので、接近戦を挑んでくるとは思わなかったのだ。


意表を突かれた上に、白髪の次の行動に私は一瞬だけ狼狽する。引き抜かれた街路樹が投げ飛ばされてきたのだ。


私はとっさに電撃を叩きつけてそれを粉砕するが、その爆発をものともせず、黒い雲を盾に男が突っ込んでくる。



「うぁっ!?」


「もらった!」



迫る拳。黒い奔流で私を殺してしまわないようにする配慮なのだろうが、むかつくのでそれは受けない。


私は左手に持っていた槍の穂先を男…ではなく、見当違いの場所に向ける。



「あばよっ!」


「なっ!?」



次の瞬間、槍は恐るべき速度で伸びた。何十メートルもの長さに一気に伸長し、向かい側のビルの壁に突き立ち、反動で私は後ろの方へ引っ張られる。


そのまま建物のガラス窓を突き破って内部のオフィスへと飛び込む。


肌を切り裂くガラス破片を無視して、私はいくつもの事務机にぶつかり押しのけながら、高圧の電撃で壁を撃ちぬき、ビルの反対側へと突き抜ける。


ビルから突き抜けると、槍から手を放して虚空を蹴り、一気にその場を離脱。同時にポシェットから小さな皮袋を取り出した。


革製の巾着袋から一握りの宝石の砂、書片を取り出す。血は既にガラスの破片で傷ついて出ているからそれを使う。



「解凍完了」



ビルを突き破ったのは相手にとっても意表を突いたのか、白髪は追いかけてこない。なら、その隙を利用させてもらう。


私は宙に書片を撒き散らした。そしてすぐさま形成される規則的な文様。その配列にどのような意味があるかは、専門的な知識と高度な演算装置がなければ解析できない。


球状の針金細工の籠のような形状をとるのを確認し、私はそこに一つの、書片よりかは大きな3cmぐらいのサイズの、トルコ石のような色合いをした妖精文書を放り入れる。



「管理者権限により起動」



シアン色の妖精文書は、さきほどの騒動、急激に気温が下がり凍結が起こった文書災害の原因だ。基底状態にあったそれを無理やり励起させる。



「初期化開始…、完了。記述開始…、完了。文書校正…、完了」



脈動するプラネタリウムを思わせる文様。淡く輝くそれを手に、私は術式を発動させた。



「詠え、唄を、響け、声よ、届け、意志よ」



球状の文様が花火のように破裂した。弾ける光は流星となって地上に降り注ぐ。瞬間、空間がたわみ、世界が大きく揺らいだ。


キンッという音が一度だけ響き渡り、私の直下を中心として葉脈を思わせるシアン色の光の筋が大地とビルの表面に這うように同心円状に広がっていく。



「何をした!?」



ようやくの登場だ。だが、遅きに失した。魔術師の詠唱を妨害できなければ、そのあと何が起きるなど自明の理である。


大地が鳴動を始める。震度にして4ぐらいの振動であるが、不安を掻き立てる音が地の底から響き始めた。



「なに…が?」


「さあ、ショウタイムだ」



私の言葉を合図に、鳴動の正体があらわになる。アスファルトを突き破り、鉄筋コンクリートを食い破り、無数の鋼の柱が大地からそそりでてきたのだ。



「なぁっ!?」



直径5mはある鋼の柱が白髪に殺到するように急速に押し寄せる。白髪は黒の奔流でこれを阻もうとするが、泥が鋼を喰う速度を上回る速度で鋼の柱は突き伸びる。



「おおおおっ!? バカな、バカなぁぁっ!?」



男の能力では押し寄せる鋼を喰らいきれず、そのまま鋼の塊に取り囲まれると、鋼の柱は互いの圧力により接合と変形を始め、巨大な塊となって白髪の男を包み込んだ。


妖精文書第5類型の機能は《数》である。元素を構成する電子・陽子・中性子の《数》が変われば、元素は別の元素へと変換される。


元素そのものの数もまた《数》だ。速度も時間もエネルギーも、それらは全て《数》で表される。


トルコ石の色をしたこの妖精文書を以てすれば、一粒の麦を一国の国民すべての腹を満たす量へと増やし、石ころを金に変えることも、気温を下げることも思いのままとなる。


悪用すれば経済の根幹を軽く崩壊させるだけに、この妖精文書の暴走はある意味において非常に厄介と言えるだろう。


そしてほどなく抵抗はなくなる。私はすぐに鋼の柱の成長を止める。



「なんという米帝プレイ」



相手に捌ける量の限りがあるなら、それを超える物量で押し潰せばいいじゃない理論。米帝資本主義のそういうの大好きです。


あの鋼の塊の中は酸欠か、あるいは分解された鉄の蒸気か粉塵で充満していることだろう。放っておくと白髪が死んでしまうので、元に戻す。


低いズズズという振動をたてて鋼の柱が元の大地に戻っていく。中から気絶した白髪の男が崩れ落ちてきた。


私は傍に寄り、検分を行う。



「はん、案の定、第4類型か」



右腕の皮膚に埋まった、小さな青色の宝石板を見つける。本当に沈まれ俺の右腕だったとか、正直いって苦笑いしか出ない。


それを抜取り、改めて文書魔術を発動させる。この白髪から件の能力を消すためだ。なお、元の容姿が分からないので、姿はこのままで放置である。



「集え」



撒き散らした書片を回収する。これで一件落着。私は「んー」と背伸びをするが、『音』を耳が拾ってため息をついた。



「なんだ、死んだんじゃなかったのかよ、犬っコロ」



崩れた瓦礫の影から、黒い巨大な狼型の獣がのっそりと現れ、低い唸り声を上げながらこちらを睨んでくる。


正直なところ、あの白髪をようやく倒した後という事で、なんとなく消化試合っぽくてやる気をそがれる。


先程の立ち合いで、アレのおおよその戦闘能力は把握しており、正直なところ脅威を感じない。


そして、でっかい犬が涎を散らしながら、遠吠えを上げ、そして私に向かって突進してきた。


私はホルスターから一本のダーツを手にする。



「じゃあな」



投擲したダーツは仮想砲身に捕まり、急加速して狼の化け物の頭部へと向かう。途中にも設置された仮想砲身によってさらなる加速と軌道修正を経て、それは狼の頭部を一撃した。


が、



「な…ぁ!?」



命中したはずの魔弾は狼の頭部の表面で消滅する。それは、あの黒い泥の表面で起きた現象と同じだった。


狼は止まらない、迂闊だった。アレはあの白髪の黒の奔流の直撃を受けて消失してもおかしくない損傷を受けたのだ。


だが、あの狼の化け物を生み出したのは妖精文書第6類型。際限のない成長と進化をもたらす機能がもたらした文書災害だった。


元々はもしかしたら野良犬か何かだったのかもしれない。それが何らかの願いを受けてあの化け物へと成長を遂げた。だが、それで終わらなかった。


黒い泥の侵食を受け、致命的な損傷を受けた時、それはさらなる進化を遂げたのだ。あの黒い力を取り込み、自らのモノとして利用する能力を手に入れたのだ。


狼が牙を剥く。白かったはずの牙は黒く染まり、あの白髪の能力を有していることを示す。



「ちっ、しくじったか」



腕一本なら上々。倒す手段ならいくつかある。先ほどの再現をした後、閉じ込めたあげくに大魔術で跡形もなく吹き飛ばすのがセオリーだろう。


相手は生物である以上、細胞をひとつ残らず消し炭にすれば、これを撃滅せしめることは可能だとふむ。


囮としての左腕を突き出し、そして、



「ルシア!!」


「んあっ!?」



唐突に誰かに押し倒された。目の前には男の胸部、抱きしめられ、間一髪で化け狼の一撃が通り過ぎ、そのままアスファルトに転がる。


臭いからそれが後藤だと気づく。震える腕で私を抱きしめ、決死の覚悟で私を助けようとしたらしいことが分かった。


馬鹿な奴。震えるぐらいビビってるくせに、まだ自分の背中を盾にして私を守ろうとしてやがる。私は思わずニヤりとしてしまう。


唐突な乱入者に化け物は戸惑ったように一瞬だけ動きを止める。それだけで十分だった。私は後藤に抱きすくめられながら、その脇から右腕を伸ばし、手の平を化け物に向けた。



「我は蛇、私の顎門は星を喰らう」



光が世界を蹂躙した。


<エルフビーム>

エルフパワーを手の平に集中させ、前方に放つ究極奥義。相手は死ぬ。


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