表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/16

Phase011『エルフさんと闇の力 July 15, 2012』

違う。違う。違う。どうしよう。嫌われた。気持ち悪いと思われた。あんな冷たい顔で、迷惑そうな表情で。どうしようどうしようどうしよう?


警察なんかに訴えられたら、僕が犯罪者なんかになったら、彼女の隣にいる資格がなくなってしまうじゃないか。


そうしたら、僕はアイツらみたいな落伍者になってしまう。将来も何も考えずに享楽的に生きているだけの、いや、アイツらよりも悪い社会不適合者になってしまう。


どうしようどうしよう? 僕は悪くないのに、あの写真だってヤバいと思ったけれど、彼女を守るためには必要だったのに。


ビルの壁に寄りかかり、まるで浮浪児のように丸くなって、惨めに敗残兵のように震える。視線が集まる。集まるように思える。恐怖と不安が際限なく湧き起ってきた。



「何見てんだよ!」



怒鳴ると、周囲にいた奴らは露骨に僕から視線を逸らした。バカにしているんだ。僕の事を、憐れでバカな奴だと指をさして笑っているに違いない。


まるで世界中が敵になったような気がして、途方もなく不安になってくる。悪い事ばかりが思い浮かんで、いい事なんて一つも思い浮かばない。


嗚咽交じりに咳をする。しんどい。苦しい。悲しい。何よりも、誰も本当の僕を見てくれない事が悔しい。


アイツらはクズだ。僕の本当の価値を理解しようともしない。だけど、彼女だけは僕の事を理解してくれた。理解してくれたはずだった。


僕は縋る思いでポケットを探る。スマホに彼女の画像が入っていて、僕のことを誰よりも正しく評価してくれる。


だけれども見つからない。僕の春奈が見つからない。どこだ? そうだ、アイツに奪われたんだ。僕の春奈が、僕だけの春奈が。


取りに行く? バカな。アイツは卑怯にも格闘技をやっていると言っていたじゃないか。僕に先んじて、僕をバカにするために。


目前にまで振り下ろされた拳が脳裏によぎり、手が恐怖に震える。動けよっ、動けよっ!


僕はガクガクと震える膝に喝を入れて立ち上がり、再び歩き出す。周りの視線は全て敵だ。僕は人気のないビルの合間へと入り込む。逃げたんじゃない。



「クソッ、クソッ、全部アイツのせいだ。アイツのせいで僕の春奈は変わってしなったんだ。取り戻さないと」



春奈が変わってしまったのもアイツのせいだ。今までの彼女なら僕にあんな視線を送ってくることはなかった。


あの男が、二股なんてかける唾棄すべき男が、僕の本当の理解者である彼女を俗世に染めてしまったのだ。


取り戻さなくては。僕の本当の力で。


心の中の僕は理想の僕となって颯爽と彼女を救い上げる。普段は巧妙に隠している知恵とスマートな動きであの男を軽くひねってやるのだ。



「ふひっ、ふひひひっ」





それは本来ならばただの妄想でしかなかった。多くの無力な人間が当たり前のようにたれ流す自分本位の現実逃避。


しかし、その身勝手な空想は確かに発信され、そして受信された。彼の足もとの小さな黄緑色の宝石板がにわかに震えだし、そして光が溢れた。



「え、あ?」



その時、世界が切り替わった。


あくまでも少年にしか認識できない世界の変化。相転移。彼の外の世界にはなんら変化はなく、しかし、劇的な変化が彼に生じたのだ。


切り替わったのは少年と世界を隔てる境界の内側。まるで表と裏を一瞬で反転させたかのように、彼は切り替わった。


外部から観測していたなら、相転移に伴う少年の外的特徴の変化に戸惑い腰をぬかしただろう。あるいは手品か何かと解釈しただろうか?



「何が…?」



四肢が急激に伸び、重心が上に上がったことに慣れず、覚束ない足取りで少年は歩く。視線が急に高くなり、手には部屋に置いてあったはずの指ぬきグローブが装着されている。


何か予想だにしない出来事が自分の身に起きた事だけは少年は理解した。だからこそ、鏡を探す。


再び通りに出る。未だこの身体に慣れなくて歩き辛い。なんというか、厚底の靴を履いているような感覚だろうか。



そうして街路樹に衝突して故障した自動車のサイドミラーを見つけ出し、彼は縋るように覗き込んだ。


そこには、見慣れぬ男が映っていた。



「は?」



いや、厳密には自分の顔の面影が残っている。しかし、それぞれのパーツの位置や形を少しづつ整え、顔の輪郭すらも少しばかり変容している。


どこか、数年後の大人になった自分像を美化したような容貌。凛々しく精悍で、かっこいいと言ってもいい。


瞳の色も黒から赤へと変わり、そして何より髪の色が大きく変わっていた。まるで雪のような白い髪。


髪は長く伸び、背中にかかるほど。髪質にはクセが抜けていて、柔らかな質感へと変容していた。


少年は何が起きているのか理解できず、両手で頬に触れ、形状を確かめてそれが自分のものであるか再三にわたって確認する。


その非現実に慄き、僕は思わず後ろに退いて、誰かにぶつかった。



「あっ、すみませ…」


「どこ見て歩いてんだ!」



ぶつかった相手の男は恐ろしい、余裕のない形相で大声を上げる。僕はビクリと身体を痙攣させて、何度も謝る。


男は舌打ちをして去っていく。なんて奴だ。ちょっとぶつかったぐらいであんなに怒る事ないだろ。こちらが下手に出たからって、調子に乗りやがって。


僕は内心愚痴をこぼしながら男の背中を睨む。そしてふと、何となしに、ただの冗談のつもりで、あるいは空想の続きとして、僕は拳を握った。


僕の右腕は空間を抉る。そういう力が眠っている。


ちょっとした設定だ。馬鹿げた、子供っぽい、まるで何の意味もない妄想。だけど僕はこの時それが出来るものとして、男の背中に向けて拳を突き出した。


不可視の力が大気を薙ぎ払う。螺旋の気流が大気を掻き乱して突風を生み出す。ゴォッという轟とともに、拳の先を向けた男が神か何かのように吹き飛んだ。



「……え?」



周囲の人々の視線が集中する。僕は拳を突き出したまま立ち尽くす。吹き飛んだ男は螺旋に回転しながら遥か前方の方に吹き飛び、街路樹に衝突した。


周囲の人々が黙り込む。先ほどまであった話し声が一切失われた。僕は拳を引き戻し、まじまじと見つめた。



「くくっ…、はははははっ」



自然と笑いが口から漏れた。


どうやら、秘められた力が解き放たれ、僕に覚醒の時が訪れたようだ。先の図書館での異常な事態、そして今日のこの街の惨状、そしてあの男の登場。


大いなる試練の前に追い詰められた僕の鬱屈した精神が、人間の限界を定める殻を突き破り、真なる力の目覚めをもたらしたの違いない。


そう、僕は、いや、俺は主人公になったのだ。俺は右腕を掲げて吼える。



「ねんがんの闇の力をてにいれたぞ!」





Phase011『エルフさんと闇の力』





「はぁっはぁっ、死ぬ、まじで死ぬぞこれ!」



騒然とした街を駆け回る。できるだけ人ゴミのない場所を選んで走る。被害が拡大しないようにではなく、逃げるのに邪魔だからだ。


色とりどりの看板に飾られたコンクリートで出来た高層建築の谷を走り抜ける。心を圧迫する恐怖に足が止まりそうになる。


疲れた顔の座り込んでいた人々が、はっと驚いた表情に変わって俺の後ろから空を飛んで追いかけるイケメソを見上げている。



「ははっ、無様だな。さあ次だ、上手く避けろよ!」



あの白髪中二病、標識とか看板とか自販機とか、当たったらタダで済みそうにないものをポンポン投げ飛ばしてくる。


ある程度周りに気を使っているようで、無関係な人々に当たったりしないように気を使っているのか、今のところ流れ弾的な感じで被害を受けている人間はいないようだが、


何百キロもするような重量物が宙を舞って、ズドンとアスファルトに衝突して破片をまき散らすのだから、やっぱり周囲の人間たちは悲鳴を上げて身をかがめている。


実に羨ましい。俺も連中の仲間に入りたい。一緒にキャーキャーと安全な外側の席でポップコーン食べながらスリルを味わいたい。


何度も角を曲がったりして、当たらないようにしているが、あっちは鳥でこっちは獣だ。機動力が違います。



「クソッ、俺は少年漫画の主人公なんかじゃねぇぞ!!」



不安を振り払うように悪態をつく。不安の増大に対する対処は、とにかくネタに走って気を紛らわせることだ。


つーか、主人公補正とかついていないのです。あの中二病患者みたいな隠された力とか持っていないし、そんな力を得るようなフラグを過去に建てた覚えもない。


無責任なマスコットキャラクターとかに「タカシ君、地球の平和を守るためにはキミの力が必要ななんだ!」なんて友情・努力・勝利な展開を希望したいところではあるが、あのヘタレエルフからはそんな言葉を承ってはいない。


角にあるオサレな美容室を曲がる。その直後、原動機付自転車が縦に回転しながら飛び去って行った。


いやいや、原付はタイヤを回転させるものであって、それそのものは回転しないし、そもそも宙を飛んだりしない。


馬鹿な事を考えていたら、飛んで行った原付が駐車していた自動車に衝突し、めり込み、変形し、爆発した。



「オイオイオイオイッ、映画みたいな展開だな!」


「今のを避けたか、褒めてやる」



イケメソは相変わらず傲慢な笑みを浮かべている。まるで虫けらをいたぶるような素振り。その余裕が今の俺を生かしている。


アレが少しでも本気で俺を狩りに来たら、およそ1分ももたないだろう。つまり、アイツが遊んでいる限りにおいては、まだ生き延びる目はあるということだ。


次の瞬間、本能が警鐘を鳴らした。



「ちょわぁぁっと!」



身体を限界まで伏せる。その直上を横回転する自動販売機が通り過ぎる。コーラ150円って最近高くなったよねって、服に引っかかった!?



「あぐぁっ!?」



乱暴に引き抜いただろう自動販売機、その底の部分にある金具が俺のシャツに引っかかる。ものすごい勢いで飛翔する販売機の勢いに巻き込まれ、俺はそのまま投げ出される。


自販機に巻き込まれはしなかったが、体は勢いよく放り出され、地面にたたきつけられて強かに全身を打つ。


半袖だったので肘などを擦りむき、血まみれになる。息が詰まるほどの痛みに気を失いそうになり、ゴホッゴホッとむせるように咳こむ。



「ああっ、クソっ」


「やあセンパイ、大丈夫か? 怪我はないかな?」


「今日のお前が言うなのコーナーはここですか?」



うずくまる俺の目の前にいつの間にか近づいていたイケメソが、おどけたように首をかしげて俺を嘲笑う。


デニムのパンツのポケットに両手を入れて、中二病はゆっくりと地上に降り立った。


マンガみたいに可愛い女の子にぶっ飛ばされたりするなら萌える展開なのだけど、正直いって、男にぶっ飛ばされて喜ぶ趣味は無い。


殴られるなら佳代子か、今は美幼女になったアイツがいい。わりとマジでそう思う。踏まれたりしたらご褒美です。


などという軽い現実逃避を交えつつ、さてどうするか。俺はイケメソを見上げて考えをめぐらす。


しかし、コイツがさっきまでのストーカーか。CGってレベルじゃない程の変化だ。以前の図書館では鼠が知恵を持ったらしいが、その類の事象だろうか?



「じゃあ、センパイ。そろそろ終わりにしてやろう」


「待てよ、その前に命乞いか語りの一つでもさせろ」



振り上げられた拳は、実働を始めた害意は、俺の放言によりピタリと停止した。やだ、本当に止めやがった。ヴァカじゃねーの。


まあ、その実、心臓バクバクなんですけどね。


しかし、さっさとその拳を降ろせばいいものを、余裕ぶって、傲慢ぶっている証拠だ。唐突に分不相応な力を手に入れて舞い上がっているのだろう。



「いいだろう。言いたいことがあるのなら行ってみるがいい、センパイ」


「聞いて驚け。二股をかけているのは俺ではない」


「はっ、何を馬鹿な」


「木之本佳代子はバイなんだ」


「ふぁっ!?」



恐るべき真相の開示。どうせこのストーカーの事だから佳代子のことも知っていると踏んでいたが、どうやら割と知っているらしい。


佳代子にはすまないが、ここはとにかく時間を稼ぐべきなので濡れ衣を着てもらう。なに、バレなきゃいいのである。


とにかく、ある程度の信憑性を持つでまかせで煙に巻き、救援がくるまで間をもたせなければならない。



「お前も木之本佳代子の噂ぐらいは知ってるだろう?」


「あ、ああ」


「おおよそ真実だ。そんな佳代子を怒らせる可能性があるのに、どうしてこの俺が二股なんてかけられると思っている?」



正直二股なんてかける気はないけれども、そもそも佳代子が怖いというのは事実だ。ウチの学校であいつに逆らう奴なんて教師ですら存在しない。


佳代子が歩けば取り巻きの女子たちが一斉に後ろにぞろぞろと列をなすし、アイツの顔を見れば人混みもザァっとモーゼの奇跡のごとく二つに割れる。


いや、基本的には正々堂々と立ち向かえば正々堂々と対応するし、搦め手で攻めると搦め手で返してくる、10倍返し系バイオレンス大和撫子なだけなのだが。



「春奈を見ていたお前だから覚えがあるだろう? 佳代子と春奈の仲ぐらい」


「う…」



基本的に取り巻きのような『お友達』相手には酷くドライな対応をする佳代子さんなのだが、身内と定めているごく少数にはとてもウェットだ。


特に春奈については猫っ可愛がりをしており、腕を組む、ハグする、一緒にお風呂に入る、同衾するはごく当たり前といった過剰気味スキンシップをよくしている。


ちなみに、俺も一緒にお風呂入りたいと発言した時は、笑顔でレバーに二撃をもらった。俺、アイツの彼氏なのに。


なお、俺の知るアイツが身内と定める人間は、家族とヘタレエルフを除いて3人ぐらいしかいなかったりする。



「つまり、二股をかけていたのは佳代子の方だったんだよ!」


「な、なんだってーっ!!」



俺の言葉にオーバーに驚くリアクションをとる厨二。わりとノリがいいなコイツ。



「だ、だがゼンパイ、お前はなぜそれを知って見過ごしている!?」


「知れた事。お前も分かるだろう? 美少女同士の絡みは美しいと」


「!?」



ふっ、案の定かかったか。



「い、いや、俺はノーマルカップリング派で…」


「いいかね君。百合、古くから少女同士の恋愛とは、すなわち二人の女が永遠の童貞を誓うという意味において、ある意味別格の扱いを受けてきたのだ。中世キリスト教圏においても男同士の性愛はソドミィとされ最大の悪徳として扱われたが、女同士のそれの多くはおおよそ自慰相当とされてきた。またその歴史は古く、最古の記録としては紀元前6世紀の古代ギリシャに遡り、日本においては13世紀に物語としての描写が成立している」


「はあ」


「つまり何が言いたいかというと、美少女同士の秘め事というのはそれほど昔から世の男どもを魅了してきた分野だという事だ。別に俺は男同士のそれに昨今の女子が傾倒することを否定しているわけではない。ただ俺たちは男であり、そして多数派としての性嗜好を持っているとしても、それに一種の憧憬を覚えずにはいられないというだけの事だ。分かるかね?」


「は、はあ」


「そうして俺は思うのだよ。美少女同士の恋愛事、秘め事は見ている分には美しいと。君も想像したまえ。君が懸想しているのは春奈だったな? 春奈が見知らぬ男とそういう関係にあるのを想像すれば怒りを覚えるだろう? だが、その相手が男ではなく美少女だったとしたらどうかね? 一種の背徳的な美を覚えないかね? 俺はさらに踏み込んでこう思うのだよ。美少女同士の秘め事は尊いのだと」


「はあ」



俺の素晴らしい芸術的トーク技術によりイケメソはジリジリと後ろに下がっていく。そのたびに俺は一歩ずつ踏み込んでいく。


その眼には一種の怯えすら見て取れるが、真理を前にした者は怏々としてそういった態度をとるものだ。


これは思想と思想の衝突だ。この素晴らしい百合豚思想をもってこの中二病患者を蒙昧な思想を塗り替える思想戦なのだ。


他に何か目的があったような気がするが、この崇高な目的の達成、マニフェスト・デスティニーに従うこと以上に重要なものなどあろうはずがない。



「いや、それでも浮気は…」


「百合は浮気には入らない。いいね」


「アッハイ」



さあ、精神的優位はこれで確立した。これからじっくりとこのイデオロギーでこの男を染め上げていこうか。


この後、滅茶苦茶再教育した。





「キマシタワー!」


「キマシタワー!」



百合の素晴らしさ、尊さを胸に信仰を告白するための言葉を二人で五体投地しながら唱える。なんと美しい言葉だろう。


我々百合豚の本願である世界中にキマシ塔の建立を実現するための、いや、その実現を誓う祈りの言葉。


女性同士の絡みに男が混ざってはならない。ハーレムなんてもっての外だ。男など外野で良いのだ。


百合カップルの尊さを汚さない程度に、世界設定の矛盾が生じない程度につつましく登場すればいいのだ。


あー、世界の平和を守るって大変だなー。


と、



「お前、何やってんの?」


「ん?」



振り向くと、一人のエルフさんが耳を垂れ下げひどく疲れた表情でこちらを見つめていた。いや、お前こそなんでそんなに呆れた表情なのか。



「俺はこの青年に百合の素晴らしさを説いていただけだ」


「目から鱗でしたですセンパイ、尊敬するっス!」



このようなイケメソでも心から心理を説けば信仰に目覚めることが出来るのだ。なんと尊いことだろう。


何か本来の目的を忘れているような気がするが、そういったものは状況によって刻々と変化していくものなので問題はない。


目的が方便となり、手段が目的にすり替わる事など世の中ではごく当たり前だからだ。


例えば役所。本来ならば仕事に応じて組織の規模を決定するはずが、最終的に連中は組織の規模を維持したり大きくするため自ら仕事を作り出すのである。



「あー、うん、もうどうでもいいや」


「そうかそうか」



ルシアは溜息をついて肩を落とす。と、ここでイケメソが口を挟んできた。



「センパイ、この子も佳代子さんの愛人なんですか?」


「あー、まあ、そうだな、うん」


「は、何言ってんのお前ら」


「でも、お前、佳代子のことまだ好きだろ?」


「なっ、いきなりなんだよ!?」


「ツンデレの真似か?」



顔を真っ赤に、エルフ耳を赤くて声を荒げる。それだけで続きを聞かなくても、真実を察することが出来る。



「さ、さすが木之本佳代子…。春奈だけでなく、こんな外国人の女の子まで毒牙にかけるとは」


「んあ、なんでそこに春奈の名前が?」



おや、話の流れが…。はっ、しまった! 俺はこのイケメソを惑わすために言葉を弄していたんだった! この流れでは俺の口から出まかせが…。



「そうか君はまだ知らないのか。木之本佳代子と前川春奈の禁断の関係を」


「いや、あいつらそういう関係じゃねぇし」


「おい、それ以上は…」


「え?」


「え?」



イケメソとルシアの視線が俺に集まる。俺は誤魔化し笑いをしながら後ろへ下がることとした。


そうだ、コイツが来るまでの時間稼ぎだったんだから万々歳じゃないか。俺のスマートな頭脳が生み出した話術で目的を達成したんじゃないか。何も問題はない。


俺はタイミングを見て駆け出し、ルシアの背中の後ろへ。



「さ、さあルシア、やっちまえ!!」


「なあ、お前、それやってて恥ずかしくない?」


「適材適所という言葉がある」


「はん、このスットコドッコイが。呆れて物も言えねぇぜ」



半眼でこちらを睨んでくるルシア。俺もこれはどうかなと思うところがあるが、現実的な意味でこれが正しいのだから仕方がない。


相対する中二病野郎はプルプルと体を震わせ、怒り心頭といった表情。どうやら、俺のエクセレントな話術の種に気付いてしまったらしい。



「オノレ…、どこまでも見下げはてた男だな貴様は! この俺を巧みに騙し、あまつさえ女の影に隠れるなど!! 万死に値する!!」



微妙に時代がかった口上を述べると、イケメソは姿勢を低くして構えをとった。まるで一昔前に一世を風靡したバトルものの漫画のキャラのような構え。


具体的には右膝を曲げ左足を真っ直ぐに前に突き出し、両腕は軽く曲げた状態で猫が爪を立てているような中国拳法っぽい構えだ。特に深い意味はないだろう。



「その身に刻め! 狼牙ふうふ「ていっ」ふぉぁっ!?」



えらく懐かしい必殺技の名前を叫ぼうとした中二病君。しかし、そうはさせまいとルシアさんは容赦なく電撃をぶつけた。最後まで言わしてやれよ。



「無茶しやがって…」


「いやー、ほら、なんか見てて痛々しくてさ。これでアバンストラッシュだったらさらに容赦はしなかった」


「ネタが古いな…」



そんなにダメージは重くなかったのか、イケメソはなんとか再び立ち上がる。そしてその顔には驚愕の表情。


まあ、確かに自分だけが選ばれた存在だとか調子に乗っていたのだろうから仕方がない。これで鼻っ柱が折れて…、



「まさか今のは精霊魔法!? そうか、貴様も真の力に覚醒した選ばれし存在だったのだな!!」


「だめだこいつ、なんとかしないと」


「前半だけならあながち間違いじゃねーんだけどな」



そして同類認定を受けるルシアさん。まあ、TS転生とかエルフとか魔法とか連中が好きそうな設定だから仕方がない。


つまり、この場にはリアル中二病の二人が相対している事になる。ごく一般的かつ模範的な男子高校生には辛い状況だ。



「何故だ! お前のような選ばれし力の持ち主が、何故そんなクズを守ろうとする!?」


「良かったな、お前、クズだってさ」


「美少女にクズって言われるのはいいけど、男にクズって言われるとムカツクよな」



まるで意味が分からないと嘆くように呼びかけるイケメソ。だめだ、奴は完全に設定に酔っている。まあ、現実離れした力を得た以上、それはある意味において正しいのだろう。



「はぁ、いいか力有る者よ。お前はまだ覚醒してから時が浅く、こちらの世界の過酷さを知らないからそんな事が言えるのだ。お前は何もわかっていない」


「何を…?」



と、唐突にルシアが語り出す。おお、あれこそは奴が小学校の時とかにノートに書きためたブラックヒストリーの智慧に違いあるまい。


俗世に染まり、心が歪んだ後に聞けば悶えのたうち回る事になるという、聖なる魂の預言である。



「選ばれたなどというのは聞こえはいいが、実際はそんなに良いものじゃない。こんなものは呪いだ。一度その呪いを身に受ければ、二度とあの平穏な日常に変えること能わない、一方的で理不尽な呪いに過ぎないのだ!」


「な、なんだと…?」



ルシアの厳かなる言葉にイケメソは狼狽えるように声を上げた。ノリノリだなコイツら。なんか楽しそう。俺も右手が疼きだしそう。



「私がこの男を守るのは、この男が私にとっての日常の象徴であるが故。本当に大切なものというのは、失ってから初めて気づくものなのだよ。お前はまだ間に合う。私はもはや元の在り方に戻ることは叶わないが、私の精霊魔法を以てすれば、お前の身に宿った闇の力を払うことも不可能ではない」


「闇の…力」


「そうだ。国へ帰るんだな、お前にも家族がいるだろう…」



ドヤ顔でそう言い放つルシアさん。そして同じ波長を持つ相手との出会いに感動に打ち震える中二病患者。


でもルシアさん、そこでドヤ顔でネタに走るのはどうかと思います。



「さあ、日常へと帰るのだ若者よ」


「すまないが、それはできん。例えこの力が呪いなのだとしても、俺はもう逃げるわけにはいかないのだ!!」


「な…に?」



うわぁ、案の定、そっちの方向に突っ走りやがった。ルシアさんが心なしか助けを求める視線をこちらに送ってくる。


いや、お前が煽ったんだからお前が全部責任持てよ。俺は知らん。



「ば、馬鹿なっ、お前が行こうとしているのは茨の道だぞ! 暗い森と冷たい沼とどこにも通じることのない獣道をあてもなく行くようなものだ!」


「それでもこの右腕が、力が語りかけてくるのだ。《とき》は来たのだと」



おいやめろ。それ以上心が痛くなるセリフを吐くんじゃない。右腕は勝手に語り掛けてなんかこないし、そもそも刻をトキって読むとかどうしよう。


もうルシアさんが半泣きになってこっちに助けを求める視線を送ってきている。だからその世界に俺を巻き込むな。



「いいだろう。だが、試させてもらう。貴様がその力を手にするに相応しい魂の器足るかをな!!」


「待てっ、俺はお前と戦う理由はっ」


「捨て置けんのさ。その力は個人が保有するには規模が大きすぎる。強き力は時に救いをもたらすが、時には滅びと災いをもたらすものだからな!!」



人差し指でイケメソを指してそう言い放つルシアさん。どうやら、いいかげん痺れを切らしたらしく、実力行使に出るようだ。


つーか、その中二病的な話し方は維持し続けるんですか?


そして次の瞬間、ルシアの体が深く沈み込み、



「我は天馬、私の脚は万里を越える」



競技用の空砲のような、ターンッという破裂音という破裂音と共に少女の姿が俺の視界から消えた。


気が付けばその姿は男の懐に。男も俺も反応すら出来ず、ルシアはそのまま抉りこむように掌底を男の腹に叩きこんだ。



「かはっ!?」



そのままイケメソは身体を《く》の字に折り曲げて2,3mほど吹き飛び、仰向けになって倒れ込む。



「ぐっ、まだまだっ…、たはっ!?」



すると男に異変が起きた。まるで奇怪な踊りを踊るかのように、仰向けになった男の四肢や腰がビクリビクリと痙攣しながら妙な動きを始めた。



「あ、体がっ!? な、何をした!?」


「経絡秘孔を突いた。お前の命は後もって1分。敗北を認めるならば止めるための秘孔をついてやろう」


「経絡秘孔…、まさか、伝説の暗殺拳だと…っ」



勝ち誇るように宣言するルシア。いつの間に世紀末系バトルものになったんだ。というか、中二病バトル、まだ続いていたのか。



「さあ未熟者よ、敗北を受け入れるのだ。お前は良く戦った」


「くそっ、俺は…、俺はこんなものなのかっ」



悔し涙を流すイケメソ。両腕を胴に寄せ、手の平を上に向ける支配者のポーズで勝利宣言のルシアさん。あ、結局のところ同類なんですね。


ルシアは支配者ポーズのまま男に近づいていく。どうやらこの場はこれで収まるらしい。



「はぁぁぁ…、一時はどうなるかと思ったぞ。流石は我らがルシアたん」


「お前な…」


「さっさと片付けて帰ろう。俺もいい加減疲れたしな」


「アタシはさっさと風呂に入りたい。埃被って汚れちまったし」


「じゃあ帰って家で一緒に入ろう。全身くまなく俺が洗ってやる」


「死ねよ変態。お前は一人近所の銭湯にでも行って来い」



ビルの倒壊に伴い、この辺りには多量の粉塵が舞い上がっていて頭に埃をたくさんかぶってしまった。


確かにひとっ風呂浴びたいところである。


と、ここで男が控えめに口を挟んだ。



「あの」


「ん?」


「家で一緒に風呂とか…、もしかして、お前たち二人は、同じ家に一緒に住んでるのか?」



その言葉に俺とルシアは互いに視線を交わす。うわ、どうしよう。そうだ、ここは上手く誤魔化さないと。



「い、家が近所にあるのだよっ。だよな、ルシア」


「お、おう、そうそう、ご近所さん同士」


「それで一緒に風呂に?」


「入らないからっ。これ、ジャパニーズ・セクハラ・ジョーク。ユーノウ?」


「オ、オーイエイ、ヒーイズベリーHENTAI。オーケイ?」



二人でうさんくさい英語をまくし立てて必死に誤魔化そうとする。でも、イケメソ君は納得しがたいという表情。


とはいえ、完全に嘘とは見破られてはいない。このまま押し切ってしまえ。



「……まあ、そういうことなら」


「そうそう、俺たち正直者、嘘つかない」


「そうそう、エルフは正直者、嘘つかない」


「ところで」


「「ん?」」


「もう一分以上たってるような…」



俺はルシアをばっと見つめる。ルシアは「やべっ」と口を両手で押さえていた。俺は目の前の嘘つきエルフを追及せざるを得ない。



「おい」


「……」


「もう3分は経つぞ」


「……」


「ばーんって爆発して、こいつ死ぬんじゃなかったのか?」


「あ、えと、その、そうだっ、コイツの闇の力が予想以上にだなっ」


「その取ってつけたような言い訳は止めろ」


「…………てへっ」



ルシアさんはあざとい感じに舌を出して誤魔化そうとした。もちろん、その場の雰囲気は白けた。俺はイラッとした。



「何が経絡秘孔だ。期待して損しただろうがっ」


「ば、ばっか、勝手に期待して失望する手前ぇらが悪いんだろっ。アタシは悪くない」


「何がエルフは正直者、嘘つかないだ。お前、普段の言動からして嘘ばかりだろうが」


「嘘も方便って言うだろうがっ。お前こそ救いようのない変態のセクハラ野郎だろうが。この前咲姉から聞いたぞ。アタシが風呂入ってるの覗こうとしたってな!」


「ばっか、あれは同居人への礼儀って奴だろ。同じ屋根の下にいる女の子への当然の義務だ」


「はぁっ? じゃあ何か、同じ屋根の下で女が風呂入ってたら、お前、覗きに行くのかよっ?」


「当然だ。修学旅行にお泊まり会。佳代子の裸も春奈の裸もしっかりとマイ記憶のフォルダにしっかりとだな…、ん?」


「お?」



視線を交わし合ったあと、二人一緒に恐る恐るイケメソ君を見た。お怒りの様子で、右腕から黒い気炎が放たれていた。


そしておもむろに立ち上がる。幽鬼のごとく、ふらりと、そして俺を睨みつけた。



「リア充、死すべし」



その言葉と共に、黒い風が瀑布となって視界を満たした。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ