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Phase010『エルフさんと壊れた街 July 15, 2012』



「なんだこれ…」



テレビに映る非現実的な光景。非現実とはいえ、最近ではそこまで珍しくなくなってきている。


死んだはずの親友がエルフの少女になって戻ってくるわ、でっかい蛇の化け物が暴れるわで、すっかり現実と非現実の境界が曖昧になってしまった。


だから、テレビの臨時速報で大混乱に陥っている街を上空から映したライブ映像も、もはや珍しいものではなくなりつつある。


それが、自分の住む街の繁華街で、しかもそこにその親友とその妹、さらには俺の恋人が遊びに行っていると知らなければだが。


俺は思わず箸を落とした。目の前で一緒に昼飯を食べていた姉貴は、溜め息をついて立ち上がる。



「タカシ。あいつら、今あそこだな」


「ああ」


「一応は止めるぞ」


「アンタが行く気満々じゃないか」


「止めても無駄だからだろ」


「正解だ」



こういう時は、姉貴の性格が頼もしい。姉貴は車のキーのついたキーホルダーを指でチャラっと音を鳴らして回す。



「準備はいいのか?」


「問題ない。急ごう」





Phase010『エルフさんと壊れた街 July 15, 2012』





「詠え、唄を、響け、声よ、届け、意志よ」



巨大な球状の光の籠が弾け、流星のように筋を描いて弾け飛びとる。空間がたわみ、透明な波動が球状に広がった。


それは3日前に図書館で『彼女』が見せた技を拡大したものだった。


すると、先ほどまでの、上下すらおぼつかなくなるような、まるで大地が失われ底ぬけて落下し続けるような、天が崩落して押しつぶしてくるかのような不安感が和らいだ。


そして、



「ん…、はえ?」



気絶していた春奈ちゃんが私の膝の上で寝ぼけたような声を上げる。なんとか目覚めてくれたようだ。


特に怪我はないと『彼女』は保証してくれたけれど、やっぱり目を覚ましてくれないと不安になる。良かった。


そして、私は粉塵で真っ白になった街を改めて眺める。そして、思わず笑いが漏れてしまった。


このままだと、この街が更地になってしまうのではないかと、ちょっと冗談交じりで考えてしまったからだ。


周囲や近くからようやく泣き声や悲鳴が聞こえてきた。先ほどまでの静寂が嘘のよう。きっと、『彼女』の魔法の効果だろう。


声すらも出せないほどに不安で押しつぶされた人々が、それが緩和されたことで動けるようになったのだ。



「なに…、何これっ!?」



春奈ちゃんが惨状を見て悲鳴を上げる。私は必死にそれをなだめ、落ち着かせようと抱きしめる。



「落ち着いて、春奈ちゃん」


「お、お姉ちゃ…」



春奈ちゃんはガタガタと震えながら私に強くしがみついてきて、こっちが痛いほどだ。仕方ない。周りは怪我人だらけだ。



「酷い…、酷いよ、こんなの」



百メートルも離れていない位置で、高層建築が崩壊した。『彼女』曰く、閉所恐怖症が誘発されたのだろうとのこと。


唐突に、おそらくはエレベーターか何かの狭い空間でこれに巻き込まれたのだろう。際限のない不安の増幅は、閉鎖空間において最悪の結果をもたらした。


出られなくなるかもしれない。落下するかもしれない。そんな、普段は気にもしない不安が無制限に増幅された。


そして望んだのだろう。早く外に出たいと。目の前の壁が、扉が、外と自分を分け隔てる全ての邪魔者を消し去りたいと考えるほどに。


通常、そんな非現実的な望みは実現しやしない。けれど、もし、その近くに、そんな妄想を実現してしまう何かが落ちていたりしたら?


そんなご都合主義な偶然なんてあってたまるかと言いたいところだけれども、アレはそれを可能にするのだと『彼女』は語る。


と、唐突に携帯電話の着信音が鳴り響く。手に取り確認すると、タカシ君からの電話らしい。心配になって電話をかけてきたのだろう。



「もしもし、タカシ君?」


「佳代子っ、無事か?」


「ルシアちゃんのおかげでなんとかね。でも、あまり良くない状況みたい」



彼の必死な声も私の言葉を聞いて少しずつ落ち着いていく。手短に『彼女』から受けた状況の説明を話し終わる頃には、いつもの彼に戻っていた。



「とにかく、迎えに行く。今は姉貴の車で近くまで運んでもらっているが、裏道使ってもすぐに渋滞にかかって動けなくなるはずだ」


「どうするの?」


「チャリを積んでいるから、それで合流したい」


「分かったわ。じゃあ…」



合流地点、咲さんの車が待つ予定の場所、私たちの現在地を確認し合う。とにかく、なんとかここから離れるのが優先されるべきだ。



「絶対に迎えに行くからな」


「うん、頼りにしてるわ。でも、無理しないで」


「ここで無理しないわけにはいかないな」


「ふふ、でも、怪我はしないでね。こっちには、可愛らしい魔法少女がついているから大丈夫よ」


「そうか。じゃあ、また後で」


「ええ」



電話を切る。普段はとても変なヒトだけれども、いざとなったら頼りになる。その辺りの安心感というか信頼感は『彼女』よりもあったりする。


まあ、『彼女』はヘタレで迂闊で、信用はするけども絶対の信頼を置けなくて、私が助けなきゃという思いが優先してしまうからだけど。


そして二人に電話での話を言って聞かせる。



「とにかく、まずは後藤と合流するのが先決か」


「そう…だけど。ルシアちゃん、これ、なんとかならないの?」


「したいけど、まずはお前らの安全確保が優先だな。アタシ、前衛職じゃねえし」


「紙装甲だものね」


「おいカヨ、今、私の胸を見て言わなかったか?」



本当に紙装甲なのだから仕方がない。それに比べて春奈ちゃんの装甲は分厚く、私はそこまでではないが、平均的な厚みは持っている。


春奈ちゃんは苦笑いし、私はなんとなく鼻で笑うような仕草をしてみる。紙装甲のルシアちゃんは私を睨み、プルプルと怒りをこらえているご様子。



「ぐぬぬ…。そ、そんなん別に羨ましくなんてねぇし。ねぇし!」


「ルシアちゃんは薄い分、攻撃に当たりにくいタイプだものね。足手まといはいない方がいいわ」


「そっか…。ルシアちゃんは薄いから仕方ないよね…」


「なあ、これ虐めなのか? 虐めだよな? 虐めかっこ悪い」



気分も少し落ち着いたところで、私たちは移動を始める。少し歩くと人だかりが見えて、混雑している様子が見て取れる。


普段ならば、いや、災害に遭ったとしてもある程度秩序だって行動するだろう彼らだが、今や互いを罵り合ったり、我先にと割り込んだりと烏合の衆となっていて、その眼には焦燥と狂気すら見て取れた。



「これも、妖精文書の力かしら?」


「さぁ…、こんなのは向こうの世界でも良く見たから何とも言えないけど、影響はデカいだろうな。放っておくと血が流れるぜ」


「どうしてこんな……」



老人を突き飛ばし、はぐれた子供が泣き叫び、辺りで喧嘩と怒号が満ち溢れる。一変した街と人々に春奈ちゃんは絶句し、また顔色を悪くする。


私もどこか心が浮ついて、悪いことばかり考えてしまう。また何か良くない事が起きるんじゃないか。無事にタカシ君はここにたどり着けるだろうか?



「ルシアちゃん、さっき使った魔法だけれど、ちゃんと効いているの?」


「完全には打ち消しちゃぁいねぇな。こっちも装備とか準備が完全じゃねぇし、文字通り緩和させただけだ」


「そっか。じゃあ、ちゃんと落ち着いて動かないとね…」


「だな。とにかく、術の中心から出来るだけ離れねぇと」



目の前の渋滞はなかなか引かない。どうやらこの通りは抜けられないかもしれない。そう判断し、別ルートを模索し始めた時、再び異変を感じ取った。



「気温が…下がってる?」


「うん、ちょっと肌寒いかも……」


「おいおい、またかよ…。さっきの場所に走れ、こいつはシャレにならねぇ!」



肌寒さは肌を刺す冷たさへ変わっていく。そして停車する車に霜が降り始め、道路が凍結を始めた。


原因は説明を受けなくても分かる。『彼女』は私たちにそう指示した後、一気に跳躍して、ビルの壁を蹴りながら群衆の向こう側へと駆け抜けていってしまう。


そうしている間に、前方の群衆が悲鳴に飲み込まれ、そして津波のようにこちらに押し寄せてきた。


こちらの方へ逃げ惑う群衆。私たちはそれに飲み込まれる。人と人の合間から、遥か前方に凍結を始め動けなくなる人々を見た。


怖気が全身を駆け巡る。このままでは、私たちも氷漬けだ。


焦燥感がこみ上げ、頭が真っ白になり、私は何も考えられずに悲鳴を上げながら後ろに向かって走り出した。







「まったく、あの馬鹿が来てからこんなのばかりだな」


「アイツの運の悪さがこっちにも感染したのかね?」


「それは嫌すぎるな。寺にでも行って祓ってもらうか?」



姉貴のワンボックスは残念ながらここで立ち往生。携帯電話もあれから一度も通じない。ここらあたりから、車を降りるしかないだろう。


渋滞の原因は交通法規を無視した車による事故の多発だ。逆走、信号無視、歩道を走る、一時停止無視。これ以上は歩いたほうが速い。



「しかしなんだ。あれは、どうやって浮いてるんだ?」


「俺に聞くな。どうせ体重が軽くなりたいとか神様にお願いしたんじゃないのか?」



前方をぽっちゃり系の女子が、助けを求めながらポーンポーンと月面を歩くように跳ねまわるのを、俺たちは呆れて見送る。あんなことも可能にしてしまうらしい。


有効活用できれば物凄い便利なのだろうが、制御できないのでは全く意味がない。というか、問題は脂肪の量であって、重さではないのだが。



「痩せるじゃなく、軽くなりたいか…。救いがないな」


「姉貴、俺、こっから降りていく」


「気を付けなよ。この先、常識は通じないみたいだからな」


「アレ見たせいでもう俺の常識のヒットポイントはゼロよ」



ぽっちゃり女子のムーンウォークは流石にインパクトがあり過ぎた。まるで現実感がないが、その分、想像力を働かせれば、あれがいかに厄介かが理解できる。


もう少し、例えば空気の重さよりも軽くなっていたらどうなっていただろうか?


生身で上空7000メートルなんて高度を超えて飛び上がったらどうなるだろう? 


エベレストではその頂点の高度において、生身で長時間いることは致命になるらしい。そこでは血液から酸素が抜けていくのだそうだ。


いくら呼吸しても、酸素を血に取り込めない。そんな高度に酸素ボンベなしで放り込まれたなら、きっと命に係わるだろう。



「行ってくる」



車から自転車を引っ張り出して跨り、力を込めてこぎ出す。合流予定の場所までは自転車でも20分はかかるだろう。本来はバスを使うような距離だ。


渋滞で動きを止めた自動車の群れを追越し、騒然とした街を駆け抜けて一路繁華街の中心部へ。


そしてふと、顔に冷たいものを感じた。はらりはらりと小さな、白いふわふわとしたものが舞い、それが頬に当たって溶けて消えた。



「雪…、もうわけが分からないな」







「たいへんだ…、たいへんだ……」



僕の眼前で平静さを失った群衆が秩序なく逃げ惑う。悲鳴と怒り、様々な感情を混ぜ込んだ声が通りを埋め尽くす。


いまだ粉塵が舞いあがり視界は煙っていて、遠くには火災によるものでああろう黒い煙が上がっているのが見える。


先日からメディアを賑わすテロに関するニュースが脳裏に浮かぶ。これはきっとテロリストによる攻撃に違いない。


なんて卑怯な奴らなんだ。この前の図書館でも、恐ろしいネズミの群れを操って僕たちを攻撃してきたばかりだ。


あの時は気絶してほとんど彼女の役には立たなかったけれども、彼女はなんとか無事だった。神様に感謝しなければならない。


だけれども、神は自ら努力する者を助けるっていうじゃないか。僕だって出来ることをしなくちゃならない。


それに、彼女が困っているところに颯爽と登場して救い出したりしたら、もしかしたら彼女の心を射止めることだってできるかもしれない。



「ふへ…、へへへ」



とはいえ、早く彼女を見つけ出さないと何の意味もない。取らぬ狸の皮算用なんて、そんなオチは認められないのだから。


人込みをかき分けて、懸命に彼女を探す。確か、さっきの逃げ惑う群衆に流されてあっちの方に行ったはずだ。



「あ…」



人込みの中に長い黒髪の女性を見つける。あれは…、あれは彼女の先輩の女の人だ。美人だけれども、怖いヒトだ。以前、僕の邪魔をした怖い人だ。


さっきまで、彼女はあのヒトと一緒に買い物をしていたから、近くにもしかしたらいるかもしれない。


しかし、目を凝らして探しても見つからない。はぐれたのだろうか? だとしたら大変だ。きっと一人になって心細い思いをしているに違いない。



「っ!?」



先輩の女の人と一瞬だけ目が合ったような気がして、僕はとっさに顔をそらして人込みに紛れる。あの人は怖い。


僕は彼女を危険から守っているだけなのに、まるで犯罪者呼ばわりして僕を責めたのだ。酷い人だ。でも、あの時は怖かった。


僕はそのまま歩いて、彼女を探し回る。そうして、いくつか十字路を過ぎた頃だろうか。とうとう彼女を見つけた。


彼女はモニュメントの前でうずくまって、自分の身体を抱きしめるようにして震えていた。早く声をかけて助けてあげなければ。


しかし、僕が声をかけようとしたその時、



「ようやく見つけたぞ、巨乳」


「へ、後藤せん…ぱい?」


「心配させるな。というか、合流地点になんでこないんだ。ったく」



自転車で現れた男。たしか、あの先輩の人の恋人だったはず。そして彼女はその男の胸に飛び込んだ。



「先輩っ」


「まったく、アイツにこんなの見られたら殺されるだろうが…」



苦笑いしながら彼女の頭に手の平を載せる男。そんな光景を見せられて、僕の心の中で息苦しさにも似た何かが沸き起こり増大していく。


なんなんだあの男は。あそこには僕がいるべきだろう? なんで横取りされなきゃいけないんだ。


まずい。あんな風に助けてしまったら、もしかしたら彼女はあの男に心を奪われてしまうかもしれない。


春奈さんが、僕の春奈さんが奪われる。


そんな不安はどんどんと増大し、まるでもっとも確実な未来であるかのように僕の心を占有していく。


だめだ。なんとかしないと。あいつはもう恋人がいるじゃないか。二股とか最悪だ。僕が守らないと。あんな奴から春奈さんを守らないと。


僕は春奈さんを守るためにネット通販で購入したナイフをポケットから取り出した。







「ほら、いい加減泣き止め。ただし、もう少し大胆に抱き着いていいんだぞ」


「せんぱいのへんたいぃぃ~~」



先ほど佳代子と合流することが出来たのだが、この巨乳がはぐれたらしく、すぐさま捜索活動をする羽目になったのだが、実に役得である。


お腹のあたりに当たる、かなり大きめの2つのマシュマロさん。佳代子よりおっきくてムチムチプニプニである。すばらしい。


つるぺたには侘び寂びがあるが、巨乳には触感がある。乳に貴賎なし。故に今ここにある乳を私は愛そう。

 

とはいえ、いつまでも役得に浸っている場合ではない。奴に見つかったら、また電撃とか食らわせてくるに違いないのだ。


俺は別にドМではないので、痛いのは勘弁である。


まったく、あのヘタレエルフ、すっかりシスコンになりやがって。俺はそう心の中でぼやきながら、抱き着いてくる春奈を引きはがす。大変に遺憾ながら引き離す。



「ふっ、お嬢さん。俺に惚れると火傷するぜ」


「…先輩、私の感動を返してください」



俺のカッコイイセリフに対し胡散臭そうなものを見るような表情を返してくる巨乳。なんと失敬な巨乳だ。


と、その時、春奈の表情が一瞬で驚いたような表情へと変わる。視線は俺の後ろの方へ。まるで何かを訴えるような。


視線を背後に回すと、中学生ぐらいの少年がナイフを持って俺に襲い掛かってくるのが見えた。


ナイフを両手でしっかりと固定し、腰に据えて、まっすぐに俺の胴に突き刺そうと迫ってくる。


どうする、俺?

① ハンサムの後藤隆は突如反撃のアイディアが思いつく。

② 仲間が助けに来てくれる。

③ かわせない。現実は非常である。



「ヴァカめ、ここは①一択だろう!」



右足を後ろに振り上げる。回し蹴りの要領で少年の手元を一撃、ナイフを弾き飛ばす。俺カッコイイ。



「痛っ」


「あ、足つったかも」



ナイフを弾き飛ばされて、痛みで手元を抑える少年。俺はというと、足がツーンと痛み始め、痙攣して硬く膨張した感じ。激痛でうずくまりそうになる。


が、ここで動かなければ右足の犠牲が無駄になってしまう。俺はそのまま少年に掴みかかり、そして押し倒してマウントポジションをとった。



「お前、誰だ?」


「くそっ、離せっ、離せっ!」


「ふっ、お前に俺を倒す事はできん。このシステマを極めた俺にはな」


「な、何が…」



小生意気な少年の顔面にパンチを寸止めでくれてやる。すると、怯えたような声を漏らして大人しくなった。


中学生ぐらいの、特に特徴のある容姿ではない普通の少年に見える。体は細く、鍛えている感じではないが、けっこう日焼けはしている。



「後藤先輩…、すごい。っていうか、システマってロシアの?」


「ふっ、こんなこともあろうかとって奴だ」



同人即売会で購入した『萌えっ娘と学ぶ軍隊格闘術』全5巻を読破し、実践的(中二病的)な訓練を積んだ俺に隙などないのだ。


元第二独立特殊任務旅団出身のツンデレ幼女軍曹アンナたん、感謝します。貴女のおかげで俺はこの戦いに勝利できました。



「くそっ、離せ、この二股男!」


「んあ?」



悪態をつく少年。しかし二股男ときたか。ロマンであるが、佳代子にバレた際のペナルティの大きさを考えて身が凍る思いになる。


すると、横で巨乳が冷ややかな視線を俺に浴びせてきた。やめて癖になる。



「先輩、お姉ちゃんに謝りなよ。初犯なら10本ぐらいで許してくれると思うから…ね?」


「え、10本って何?」


「爪の間に刺す爪楊枝の数」


「何それ怖い」



ほんとにもう、佳代子さんってばバイオレンスなんだから。佳代子のバイオレンス伝説にそんなのあったんだ知らなかったなー。


俺が知ってるのは、相手の手の平をコンクリートのブロックに広げさせて、カッターで指の間の空間をランダムで超高速で突いていく遊びだったよなー。


ハンド・ナイフ・トリックは自分の手でやるもので、他人の手でやるものじゃないんだけどなー。


最終的に虐めの主犯をそいつの取り巻きに取り押さえさせて、『笑いながらやった』って話。うん、実話なんだあれ。


取り巻きの連中全員泣きながら取り押さえててさ、主犯さんは最後に失禁して気絶するし。あんな地獄絵図、あの時初めて見たわー。正直、ぞくっときた。


あれでも、眼球系よりはマシなんだよな…。



「いやいやいや、俺、そんな自殺願望とか持ってないから!」


「ほんとにー?」


「マジだマジっ。誓って二股なんてしてない」


「騙されちゃダメだ春奈さんっ、こんな男に心を許しちゃいけない!」



俺が巨乳と命を懸けたフランクな会話をしているのを、少年が意味の分からない事を叫んで割り込んでくる。


ふむ。こいつ、もしかして勘違いしているのか? 俺と春奈がデキていると? それを二股と勘違いした? ついでに、コイツは春奈に惚れていると…。


ルシアによれば、この一帯で不安をとかく増大させる魔術が用いられているらしいから、そうであれば過激な行動にも理由はつくか…。



「ということなんだが、納得したか?」


「えー、そうなんだ。でも、私、この人のこと知らないよ」


「ぼ、ぼ、僕は君の事をずっと陰から守ってるんだよ。へへへへ」


「ストーカーみたいな発言だな」


「僕の事をストーカーって言うな! 僕の思いは純粋なんだ!!」



ストーカーという言葉に怒り狂う少年。そして春奈はコイツのことを知らないと。ますます犯罪臭が漂ってくる。


俺は少年の持っているスマホを無理やり奪い取り、春奈にポンと投げて渡す。



「えっと?」


「写真とかアドレス帳とか見てみろ」


「い、いいのかな?」


「何もなきゃ携帯番号交換してやれ」


「や、止めて!!」



暴れる少年を押さえつけて、春奈に携帯電話を調べるように促す。しぶしぶ了承した春奈はスマホを操作し、そして次第に表情が嫌悪へと変わっていく。



「キモっ」


「どうだった?」


「私の盗撮写真ばっかり。なんか私の携帯番号とか自宅の番号とかも載ってるし…」



どこに出しても恥ずかしいストーカーでした。まあ、この巨乳は見てくれも悪くないからモテるだろうとは思っていたが。


まあ、佳代子というドS魔人がお守役をしているせいで、ヤツの伝説を知る人間はおいそれと手を出さないので、今までそこまで問題にはならなかったのだろう。



「ぼ、僕は君のためを思って…」


「止めてください。貴方のことは必要ないです。もうこういう事しないでください。気持ち悪いです」


「ま、待ってっ、僕の話を…」


「まあ、諦めろ。これ以上は警察に突き出すことになるぞ」



足の状態が治ってきたので、俺はストーカーの上から退いて、ナイフを回収する。ストーカー少年は頭を抱えてうずくまり、嘆き叫びだした。



「僕は違う…、春奈さんはそんな事言わないっ、うわぁぁぁぁぁぁっ!!」


「重症だな」



ストーカー少年はそのまま叫びながら走り出して、どこかへ行ってしまった。まったく、人騒がせな奴だ。


本当は警察とかに連絡して突き出したかったが、正直今はそういう暇はない。携帯電話はこちらが確保しているので、ヤツの居場所はすぐに分かるだろうが。



「さて、気を取り直して、他のと合流するか」


「うん。佳代子おねえちゃんは…」


「無事だ。今は合流予定の場所で待ってるはずだ」


「そっか…、良かった」



春奈が安心したように笑みを浮かべる。本当に仲がいいなコイツら。俺は呆れ交じりで肩をすくめる。


まあ、ほとんど姉妹みたいに育ってきたし、アイツの訃報以来、精神的に依存しあっていたので当然といえば当然なのだろうが。



「しかし、厄介ごとばかりだな」


「ルシアちゃんの世界の宝石のせい…なんだよね?」


「らしいな」


「あの…、もしかしてなんだけど、お兄ちゃんの事故も…」


「どうかな」



しらばっくれる。実際にはその通りだとアイツは明言している。でなければ、異世界に転生するなんて馬鹿げたことが起こるはずがないのだと。


魂なんて在るかもわからないモノを扱い、世界と世界をまたぎ、世界を滅ぼすかもしれない災害を何度も引き起こす。


厄介ごとばかりだ。


だけれども、一番厄介に思っているのは俺自身の感情についてだ。アイツが無事で、帰ってきて、もう一度会えたことについては本当に喜んでいる。


でも、同時に、アイツのせいでこんなワケの分からない事態に巻き込まれているんじゃないか、なんて思ってしまう自分もいる。


アイツはその事で酷く悩んでいるし、苦しんでいる。だから、アイツを大切に思うのなら、それだけは思ってはいけないのに。


感情がクサクサして、気持ち悪い。



「バカか…、躊躇してたアイツを自分の家に呼び込んだのは俺自身じゃないか……」



イラついているのだ。何もできない自分に。アイツを引き止めたのも俺だ。アイツを家に招き入れたのは俺だ。


それでアイツを苦しめて、その責任をアイツに負わせようだなんて反吐が出るほど醜悪な思考だ。


そして、もっと最悪なのが、佳代子の笑みがアイツにばかり向けられることに、恋人を奪うかもしれないアイツに苛立っているという事実だ。


ただの嫉妬じゃないか。



「かっこ悪いな、俺」


「? 先輩、何か言いました?」


「いや、なんでもない



たまに最悪なことを考えている。アイツはいずれ向こうの世界に帰らなくちゃいけないから、佳代子とは絶対に結ばれないから安心とか。


最悪だ。死ねばいい。


一番悔しいのはアイツだろうが。分けの分からないモノのせいで死んで、女になったあげく、親友に彼女とられても、それを祝って笑わなくちゃいけないとか。


しかも、自分が近づいたら好きな相手に良くない事が起きるからって、それで俺たちを、佳代子を、家族を遠ざけなければならないとか。


そもそも、佳代子がアイツをまた選んだって、結局のところ元の鞘に戻るだけじゃないか。佳代子が俺に本当に惚れているわけないだろう。


だいたい、俺、楽しんでいるだろう? アイツとまたバカみたいな事を話して、ゲームしたりからかったりして。


他にもつるんで遊ぶ奴もいるけど、やっぱりアイツとが一番楽しい。何でも言い合えて、思いっきりバカを出来る気がする。


アイツが苦しんでいるのを見ると、俺も苦しい。何とかしたいって、同情じゃなくて、自然に、まるで当たり前のように思ってしまう。


アイツの境遇を知った時に抱いたのは怒りだ。もし誰かがこんな事を仕組んだのだとしたら、俺は絶対にソイツのことを許さないだろう。


本当に救いようがないな。


俺、アイツのこと、まだちゃんと大好きだ。



「そういえば、後藤先輩とルシアちゃんって仲良いよね。先輩、変態だけど、あそこまでセクハラするのルシアちゃんだけだし」


「え、俺、そんな風に見える?」


「見えるよ。佳代子おねえちゃんにだって、あんな風に趣味さらけ出してないよ。…その、お兄ちゃん相手みたい」


「マジか…?」



いや、まあ、確かに。佳代子の前でもそういうのはたまにしか…、つーか、殆どしてないな。


佳代子は佳代子でサブカル系の趣味があるから、そのあたりでバカ話することはあるが、実際に佳代子を対象にしたセクハラな話題をふったことはない。


手を出したこともあんまりないな。命が惜しいから。



「先輩、私たち以外の前じゃ紳士だからねー。実態知るとドン引きだけど」


「うるさいな巨乳」


「だ・か・ら、私の事を巨乳と呼ぶな!!」



昔は春奈のことを『妹』と呼んでいた。アイツが居なくなった後は、しばらく『春奈』と呼ぶようにしていた。


そのうち、春奈が泣かなくなって、胸の装甲が凶悪になり始めたのをからかってから、今のように巨乳と呼んだりするようになった。


まあ、セクハラである。



「褒め言葉なんだが…」


「それで納得すると思うなよー」



分かり易くぷんすか怒る巨乳。笑いながら後ろを確認し、そして目を見開いた。うわぁ、また厄介ごとだぁ。



「春奈、そのまま後ろを振り向かずに走れ」


「ようやく名前…、って、え?」


「いいからっ…、くそっ!」


「えっ、えっ!?」



俺の言葉の意味を理解できずに戸惑う春奈を押し倒して身をかがめる。直後に肌を削るような突風が頭の上を吹き抜けた。


押し倒された春奈は目を白黒させて驚いていたが、その突風の原因が先ほど俺の立っていた場所の背後に着弾したことで事態を把握し、その表情が引き締まる。



「なに、あれ…?」


「俺が知るか」



立ち上がって正対する。男がいた。余りにも痛々しい姿だった。同時にその姿は男の厄介さを象徴しているように思えた。


髪は色素を失い白。前髪はうっとうしい程に長い。瞳はルビーのように赤い。不敵に笑い、斜め45度に構え、手には指ぬきの黒い革の手袋を装着していた。



「ふっ、今のを避けたか。まあいい」


「痛々し過ぎるぞ。昔書いた設定集を思い出すから止めてくれ」


「だが、そうでなくてはつまらない。簡単に倒れてもらっては困るからな」


「で、お前は誰だ?」


「貴様を倒し、俺は俺を刷新する。お前の墓標を俺の新たなる始まりのための記念塔としよう」


「だからお前は誰だって言っているだろう」


「とはいえ、ただ殺すだけでは面白味が足りん。どうだ、1分だけやろう。死に物狂いで生きあがいてみろ!」


「話を聞けよ!!」



男は前髪をファサァッと右手で書き上げ、ドヤ顔で笑みを浮かべる。どうしよう、会話が成り立たない。


だが、あれの顔には見覚えがある。相当のイケメンだが、その顔だちは確かに先ほどのストーカー男のそれの特徴を一部残していた。


内心で苦笑する。その痛々しい姿から、おおよそ何が起こったのかを類推する。


当たってほしくない予想。アレはきっと、ライトノベルとかゲームとか漫画のキャラクターが持っているだろう危険極まりない能力を保有している。


馬鹿みたいな話がここ最近では現実になっているのだから、当然、目の前のバカみたいな話も事実である可能性を想定して動くべきだろう。


だから、目の前の男が伝説の禁呪エターナルフォースブリザードの使い手である事を十分に考慮に入れるべきなのだ。



「俺には何か特典ないのかよ…」



愚痴を吐きながら、ゆっくりと春奈から離れるように横へと移動してみる。注意深く観察すると、その視線は専ら俺を追跡する。だから、



「モテる男は困るな。春奈、お前は一足先に合流場所に行け。それでルシアを呼んで来い!」


「先輩!?」


「ちっ、逃げるか軟弱ものが!」



声を無視して俺は一気に走り出す。案の定、イケメソは俺を追いかけるためにフワリと宙に浮かび、追跡してきた。


あ、浮くんだ。卑怯くせぇ。


さて、分は悪いようだが鬼ごっこの始まりだ。男と鬼ごっこなんて色気がなくてまっぴらだが、しばらく付き合ってもらおうか。



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