(2)
拓斗がその噂を知ったのは、現在から四日前のことだった。
いつも通りの登校。
いつも通りの面倒くさくて、眠たくなりそうなつまらない授業。
いつも通りの友達とのどういいような会話、最新の話題の会話、ちょっとだけふざけてみたり、ちょっとだけいじられてみたり、そんなどこにでもあるような日常。
そんな日常をその日も送るはずだった。
なのに、そのことが変わったのは昼休みの時間のこと。
その日もいつも通り、よく話す友達――田中と話しながら食事をしていた。
「それでさ、やっぱり今度の引き継ぎはどんだけ変わるんだろうなー」
ある有名な某ハンティングゲームの話。
ハードの問題上、続編として初めて出る作品であり、全員が気になっているであろう引き継ぎのことについて華を咲かせていた。
「いやー、あまり期待出来ないって。前作もチケットだったし」
「そうだよなー。そのチケットって何に使えたっけ?」
「んー、そこまでは覚えてないかな。覚えてない=そんなに使い道がなかったってことかもしれない」
「だよなー。まー、でも今回はちゃんと修正されてると嬉しいよな」
「あー、今回は酷いのは酷かったしね」
「そう。ちょっとあれは不満がなー」
「ウソッ! その噂って本当!?」
そんなくだらない会話をしていた時、割り込むように近くに居た一人の女子が大きな声を上げて驚く。
しかし、そこまで大きな声ではない。近くに居たら、反射的にそちら側を見てしまうレベルの声の大きさ。教室全体の声にしてみれば大したものではなかったはずだった。
が、拓斗にはそのグループを見てしまう理由があった。
それはそのグループに幼馴染の浅田楓がいるから。
『ちょっ! 優理っち、声が大きいよ!」
慌てたように楓が大きな声を上げた髪をツインテールにした女の子――大久保優理に注意し始める。
同時に周りの様子を伺っているのか、弁当箱に向かっていた箸の動きを止めて、周囲を見回し始めた。
そして、その視線は拓斗と合ってしまう。
少しだけばつが悪そうにして、箸を持っていない左手を垂直に上げて、ほんの少しだけ頭を動かす。
拓斗もそれに応えるかのように左手を上げて、「気にするな」と無言の合図を送る。
それに楓はそれに応えるように笑顔を見せた後、女の子たちとの会話に戻った。
「今のビビったなー。何があったんだろうなー」
そう小声で言う田中に、
「さぁ、きっと大した話じゃないと思うけど?」
拓斗はあくまで興味がなさそうに返答。
「でも、意外と俺は女子たちの会話に興味がある。そういうわけでさ、盗み聞きをしないか?」
「それを言う必要があるんだろうか……」
「まぁまぁ、細かいことは気にするなって」
「おいおい」
そんな会話をしながらも、すでに拓斗の耳はそのグループの会話に集中していた。いや、楓がいる以上、気にならないはずがなかったのだ。
「そんなことを知ってるなら、優理にも早く教えてくれてもよかったじゃん」
驚きの声を上げた優理が一緒に食べている三人の一人――松下絵美にそう不満を漏らす。
絵美は絵美で冷めた目で優理を見ながら、小さく「はぁ」とため息を隠す様子もなく漏らす。
「あたし自身、そのことを知ったのは今日だったんだけど? だから、教えるも何も教えられるようなタイミングがこの時にしかなかっただけ。分かった?」
「あ、そうなんだー。じゃあさ、そのことの真相を知ってるのは――」
「そだねー」
二人はタイミングを揃えたように楓に視線を向ける。
楓はビクッとして、空笑いを溢し始めていた。
「んー、話の流れが掴めん」
田中は流れが掴めないことに少しだけイライラした様子で、ご飯を口に放り入れる。
「盗み聞きしたいなら黙って聞けばいいだろ」
田中以上にイライラしている自信のある拓斗は、その雰囲気を誤魔化すように冷めた目でそう注意を促す。
その注意に従うように田中は口を閉じ、弁当を食べていることを集中しているような素振りを見せ始める。
一方、楓はそのことについて、優理と絵美からの追及が始まっていた。
「さあ、本当のことをゲロっちゃえば少しは楽になるよー」
食事中にあっさりと優理はそう言い、
「優理、食事中に『ゲロ』とか言わないで。ご飯が不味くなるから。でも、それは一理ある。だから、かっちんも本当のことを教えてよ」
優理にそう文句を言いながらも、優理と同じように楓にそう促す。
ちなみに『かっちん』というのは楓のニックネームである。
拓斗からすれば、なんでそんなニックネームになるのか、未だに分からない謎の一つ。
「こんな大勢のいるところで言う話じゃないと思う。ううん、このタイミングで説明したくないんだけど……」
「――とか言いながら、後でも絶対に教えてくれないよね?」
「うっ」
楓の細やかな抵抗に絵美がそう冷静に返す。
それに賛同するように頷く優理。
「付き合いながらかっちんの考えなんてすぐに分かるからね」
「そうそう、そういうわけで今すぐ言いなさい」
「あ、あのさ……、優理っちも絵美っちもなんでそんなに食いつくの?」
楓は少しだけ怯えながら二人に尋ねると、
「「相手が相手だから」」
ほぼ同時に二人はそう返す。
その時点で会話の内容の意図に拓斗は気付く。
楓に好きな人がいる!?
今までそんな浮いた話を聞いたことがなかった拓斗は、それが信じられずに箸が止まってしまう。
「なんだ、いつもの恋愛話かー」
田中もその内容に気付いたらしく、あまり興味がなさそうに話すが、
「しかし、浅田さんの恋愛話ってのも珍しいなー。大久保さんの恋愛話は結構聞くけど……。拓斗は聞いてねぇの? 幼馴染なんだろ?」
そう付け加えた。
拓斗はその質問に対して、首を横に少しだけ振って、
「幼馴染だからそんなことまで話さないって。そもそも、最近はそんなに話してない」
現状を伝える。
「そっかー。部活、大変そうだもんなー」
「らしいね」
「今度は県大会だっけ? うちの学校のバスケ部は本当に強くなったもんだ」
「初めての県大会ってのは分かるけど、気合が入りすぎだと思う」
「でも、初めての県大会だから分からないでもないがな。ま、そんなことはどうでもいいか。問題なのは、『浅田さんが誰を好きなのか?』ってことだな。そう考えると興味が湧いてきたかも」
「くっくっく」と少しだけ嫌な笑みを溢しながら、田中は再びを三人の会話に耳を澄ませる。
聞きたくない。
そんなことを思いながらも、拓斗もまた田中と同じように三人の会話に耳を集中させる。その集中力は周囲の音が聞こえなくなるほどのものだった。