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 美雪が指差した家は二階建ての一軒家。

 築五十年は経っていそうな古びた家であり、昔ながらの石で造られた門まであった。

 その一軒家を見た拓斗は美雪の家族の存在を思い出す。

 ここに来るまではアパートあたりで一人暮らししていると思っていたため、何の遠慮もなくここまで付いて来ることが出来た。が、一軒家ともなると両親と一緒に暮らしている可能性が高い。

 美雪はあっさりと門を通り抜ける中、拓斗は門の前で足を止める。


「あの、本当に良いんですか? 家族の人に迷惑じゃないですか? ここまで付いて来ておいて言うのもなんですが……」


 美雪にそう尋ねる拓斗。

 美雪はまた「え?」みたいな顔をしながら、にっこりと微笑む。


「大丈夫だよ。私はここで一人暮らししてるんだから」

「ひ、一人暮らし!?」

「うん、何かおかしい?」

「お、おかしいというか……、こんな一軒家にですか?」

「そうだよ。こんな大きい一軒家に一人暮らししてるの。だから、夜は寂しかったりするんだよねー」


 鞄から取り出した鍵で玄関のロックを開錠しながら、そんな雰囲気で言う美雪。

 絶対、ウソだ。

 美雪がそんなことを言う人間ではない、と今までの道のりでの会話からそんな確信が生まれていた拓斗はそう心の中で呟く。

 美雪は玄関のドアを開けて一度家の中に姿を隠す。隠した途端、玄関口の明かりを点けると再び顔だけを玄関から出し、


「早くこっちに来てよ。まだ虫が多いんだから、早く来ないと中に入っちゃうでしょ?」


 そのことが不満そうに唇を尖らせ、拓斗を急かす。


「あ、はい!」


 拓斗はその表情が可愛く思ってしまい、言われるがまま家の中に入る。


「お邪魔します」


 その一言をもちろん忘れずに言いながら。


「いらっしゃい、拓斗くん」


 美雪も美雪でその言葉を拓斗へかける。

 玄関から見る家の中は特に変わった物はなく、人が住むために必要最低限の靴箱や白色の蛍光灯がある程度になっていた。

 普通だったら女の子らしい装飾がされていると思い、その感想を考えていた拓斗にとって、目の前に映っている光景は予想外のもの。だけど、何か感想を言わなければならないと思い、高速で回転させた頭の中に思い浮かんだ言葉は、


「この家って買ったんですか?」


 という家の感想とは全く別のものだった。


「さすがに私にそこまでのお金はないよ。この家はお爺ちゃんの家だよ。お爺ちゃんとお婆ちゃんが亡くなって、私のお父さんが遺産として引き継いだの。それで私がワガママを言って、この家で暮らさせてもらってるの」

「へー、羨ましいなー。こんな家で一人暮らし出来るなんて」

「拓斗くんぐらいの年齢なら憧れるかもしれないね。社会人になったら大変なことばかりだけど……」

「大人の感想ですね」

「大人だからね。現実を知りすぎたよ。そんなに生きてないけど。あ、うん。偉いね、それがちゃんと出来るのって」


 そう言って拓斗の行動を褒める美雪。

 拓斗が行ったのは靴の向きを玄関の方へ向けるという行為である。

 その作法は家で教えられて育った癖であり、拓斗からすれば特別な行為ではない。だからこそ、美雪の発言に対して首を傾げてしまう。


「普通じゃないですか? 靴を反対に向けるの」

「その普通がなかなか出来ない子が多いんだよ。私の年代でもね」

「あ、なるほど」

「しかも、礼儀正しい作法でやれてるでしょ? 普通だったら後ろを向いて靴を脱ぐ人が多いのに、拓斗君は脱いでから手でしてる。小姑とかじゃないから細かく言うつもりはないけど、それが出来てるだけで十分だよ」

「言われてみればやれてる人は少ないですね。僕の周りでも今お姉さんが言ったように、後ろを向いて脱ぐ人が多いかも……。ちなみに細かく言うと何がダメでした?」

「……それ、聞いちゃう?」

「今後のために」

「そう言われたら答えるしかないかー」


 面倒くさいという雰囲気を崩さんばかりに美雪を自分の髪を軽く触りながら、


「ちょっと私の行動を見ててね」


 と、拓斗と立ち位置を入れ替える。

 そして、再び靴を簡単に履いてから再び拓斗の方へ向き直る。そして靴を脱ぎ、身体の側面を見せるように屈んで靴の向きを変えながら、端っこへ靴を移動させた。

 そこで「あっ!」と違いが分かった拓斗は声を漏らす。


「違い分かった?」

「靴の位置ですね」

「あと、お尻も他人ひとに見せないように。こうやって側面を見せるようにするんだよ?」

「はい、ありがとうございます。これからは注意します」


 拓斗はそうお礼を述べながら頭を下げる。

 頭を下げる拓斗の肩を軽くポンポンと美雪は叩くと、


「礼儀作法を教えるためにここに来たんじゃないんだから、早く部屋に行こうよ。時間が遅くなったら、拓斗くんのご両親が心配するしね」


 そう言って、美雪は部屋の奥へ進んでいく。


「そこまで過保護じゃないんで大丈夫だと思いますよ。早く帰ることに越したことはないと思いますけど……」


 拓斗もそれに従い、美雪の後ろを付いて歩こうとしていると、美雪はすぐに足を止めて、再び振り返る。


「飲み物は何が良い? 一番奥が台所だから聞いておきたいんだけど……」

「何でもいいですよ。そもそも相談する側なんですから、そんなことを言えた立場じゃないですし」

「そっか。その言葉に甘えて紅茶を出すね。好きな味とかある?」

「あまり飲んだことないので、お姉さんにお任せします」

「ん、任せて。えーっと……」


 美雪は玄関から近い左右のドア、奥にある階段への入口をチラチラと見つめた後、何かを確認するかのように「うん」と声を貰いながら頷き、


「じゃあ、この部屋で待ってて」


 と、左のドアを開けて、拓斗に中に入るように指示を出す。

 拓斗は美雪の部屋の確認とその頷きの行動の意味が分からないまま、指示を出された通り、部屋の中に入る。

 部屋の中は家の外見とは違い、完全な洋室になっていた。

 薄いベージュ色をした壁、青い絨毯。その上には紫の高級感のあるソファーが茶色のテーブルを挟むように設置してある。そして、窓際には左右に観葉植物があり、他にも様々な物が置いてあり、こだわりのあるインテリアになっていた。


「すごっ……」


 家の外観とのギャップに加え、友達の家でもここまで客室として準備してある部屋を拓斗は今まで見たことがなかった拓斗にとって、その言葉が自然と出てしまう。

 こんな部屋に招かれていいのか?

 そんな風に思ってしまうほど、拓斗からすれば立派な部屋だった。


「褒めてくれてありがとう。じゃあ、大人しく待っててねー。すぐに戻って来るから。あ、ソファーに座ってていいからね」


 美雪はそう言って、部屋のドアを閉めて、部屋から離れていく。

 その足音を聞きながら拓斗は、


「なんかすごい人の家に来たような気がする」


 なんて小さく呟く。


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