(2)
「しょうがないなー。だから、部活辞めるの、私も。これでもう大丈夫?」
仕方なくという雰囲気を出しながらも、聞き返してくれたことがやっぱり嬉しいらしく、のびのびとした声で楓は言った。
「なんで辞めるの?」
その理由が分からない拓斗は楓にそう質問を続けた。いや、そう質問することしか許されていなかった。
「三年生からは勉学に集中しないといけないじゃない? だからだよ。県大会っていう大きなイベントの後だから、私的にも区切りがいいかな、って思ったの」
「……本当は?」
「え?」
「それ、絶対に違うでしょ?」
「なんでそう思うの?」
「それぐらいで辞めるほど、楓は中途半端な気持ちで部活に入ってないと思うから。ブラス幼馴染としての勘」
そう言うと楓は「あ、あはは」と苦笑。
やっぱり隠せなかったかー、というオーラが楓の身体が溢れ始める。
「やっぱりたっくん。簡単には騙せないかー。他の人たちは納得してくれたのに……」
「当たり前だよ。それが分からないで、幼馴染なんて名乗れないと思う」
「それは違うと思うけどなー。まぁ、いいや。本当の理由はね、たっくんと少しでも長く同じ時間を過ごしたいからだよ」
「それが本音なんだー。恋は盲目と言うけど、それで本当に良いんだろうか……」
拓斗は盛大にため息を吐いた。隠す様子など見せず、大げさすぎるというほど頭を抱えながら。
それほど楓は自分と一緒の時間を作りたいと思ってくれていることは嬉しいのだが、ここまでする意味が拓斗には見出すことが出来なかったのだ。
しかし、楓本人には後悔の様子はない。それどころか、これからの明るい時間に胸を膨らませている。
「いいのいいの。たっくんにはそんなに迷惑かけないんだから。ぶっちゃけるとね、両親がうるさいのも本当だったんだし、ちょうどいいんだよ」
「そんな後付け設定いらない」
「後付けじゃないよ! 本当だって!」
「はいはい」
「あー、もうそうやってすぐに流そうとするんだから。なんで、そんな無駄なスルースキル付いちゃってるかなー」
「スルーしないと頭が混乱しそうなの。そういうことにしといて」
拓斗はまたため息を吐き、ゆっくりと歩き出す。
それに付いて来る楓。
その後も二人は学校での授業のことや部活のことを話しながら、家に向かって歩いていた。
そして、拓斗はある十字路に差し掛かったところで、
「んー」
と、声を漏らした。
それはこの三日間、この十字路に差し掛かるといつも止まってしまう一つの癖となっている行為。
楓もその行為に何回も出くわしているため、拓斗と同じように足を止める。
「――やっぱり無理だ。ここから先が思い出せない……」
拓斗ががっくりと肩を落とした。
思い出せないことは美雪の家までの行き方である。いや、現時点では美雪の顔や容姿、スゥの容姿までも思い出せない状況になっていた。スゥに至っては似たような白猫をたまに見かけるため、喋るかどうかを確認すればいいだけのはずだったが、「にゃ~」と鳴く猫しか遭遇していない。だから、すでに忘れていると断言していい状態になっていた。
そんな拓斗を見ながら、楓も顎に手を置いて、「うーん」と唸り始める。
「本当に不思議な話だよねー。恩人の家までの行き方を忘れるなんて」
「……ごめん」
「あっ、ごめんね!? たっくんって私と違って、覚えたことをすぐに忘れるタイプじゃないでしょ? それに方向音痴じゃないのは知ってるから、不思議すぎるなって思っただけだから!」
「……僕もそのことに関しては自信があったんだけどなー。今回のことでちょっと自信を失くしそうだよ」
「私からすれば意図的なものを感じるんだけどね」
「……意図的、ねー」
そう言われて、拓斗が思い付くのは最後の場面のこと。
スゥが拓斗に『勇気が継続する妖術をかける』とウソを吐いて、本当は美雪とスゥの存在、家への行き方の消去をした、としか考えられなかった。
「お礼だけはしかったんだけどなー。せめて忘れさせられるなら、お礼を言った後にでも……」
「え? 忘れさせられる? どういうこと?」
「あっ、いや……」
「何か隠してるよね、その相談した人関連で」
「うっ……」
拓斗は半歩後退り、楓の言葉が正解であることを行動で示してしまう。
が、楓はジト目のまま、
「まぁ、たっくんがそこまでして隠すってことは、そんなに言いたくないことなんだろうから、無理に追及しようとは思わないけど……なんか、納得行かないんだよねー」
と、諦めたため息を漏らす。
そんな物分かりの良い楓に少しだけ安心しつつも、やはりほんの少しだけ申し訳ない気持ちになってしまう。
秘密を持つということは、楓に秘密を作られても追及出来ないことを暗示しているからだった。が、スゥのことは絶対に言えないため、やはり秘密にしておくしか出来ないのだ。
「ごめん、本当に」
「いいよ、その代わりに初デートではいっぱい奢ってもらうから」
「あ、それを望むなら初デートは来月になるけど……」
「別にそれでもいいよ? 奢ってくれるなら」
「そ、そう……」
奢ってもらうつもり満々の楓に拓斗は思わず渇いた笑いを漏らした。
たぶん、本当に奢ろうとしたら怒るんだろうなー。
拓斗はそのことが分かっているためである。
楓は意外とお金に関しては厳しい。だからこそ、基本的には幼馴染とはいえ貸し借りはしない。貸し借りするというよりは渡す時は、あげるつもりで渡しているのだ。
だからこそ、口ではそうは言いつつも、実際にデートした時に奢られるつもりがない。冗談で言っていることが丸分かりだったからだ。
「なんか信じてないでしょ? 今回は本気なんだからね!」
拓斗の笑いからそのことを察した楓は、少しだけ意地を張ったように言うも、全然本気さが伝わらないため、
「はいはい、分かった分かった」
と、拓斗は流してしまうような返事しか出来なかった。




