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 そんな拓斗の怒りを察知したのか、楓は、


「たっくんが私の心配をしてくれるのは分かるけど、それを手伝うって言ったのは私なんだから、長谷部先輩を怒らないであげて」


 と、勇のフォローの発言を付け加えた。

 その言い方が拓斗の怒りを察知したからしたフォローではなく、前もって準備していた言葉のような落ち着いた言い方だったため、拓斗は楓の言葉を信じるしかなくなってしまう。

 だが、なぜ、そんなことを楓から言い出したのか、拓斗には分からなかった。


「なんで、そんなことを?」

「私たちと同じで幼馴染なの。まだたっくんのように目立ってないならまだしも、長谷部先輩は目立っちゃって、ファンが多いでしょ? だから、放っておけなかったんだよ」

「……あれ? なんか僕のことをバカにされた気がする」

「気のせいだよ」

「……それなら良いけど」

「とにかくね、そんな状態だからちょっと気になっちゃってしょうがなかったって話。あ、それとたっくんに謝らないといけないことがあるんだー」

「え、何?」

「長谷部先輩と出かけてた時のこと、たっくんに話してたでしょ?」

「あー、あれね」

「たっくんはきっと良い気分じゃないって分かってたのに、自慢するように話してごめんね? あれは本当の彼女さんとのデートを隠すために私も一緒に遊びに行ってたに過ぎないの。それが羨まして、私からしたら愚痴だったんだ。たっくんの気持ちを知ってたのに、傷つけてごめんなさい」


 楓は拓斗の腕に抱きついたまま、頭をずらしてペコンと頭を下げて、謝罪した。

 その内容を聞いた時点で拓斗はもう許す気になっていたのは言うまでもなかったが、その頭を反対の手でペチッと叩き、そのまま置いた状態にして頭を撫でた。

 自滅してどうするのさ。

 楓の優しさで勇たちが助けられたことは言うまでもないが、自滅した楓のことを思うとそう思うことしか出来なかった。


「お人好しもほどほどにしないとね」

「……うん。そうだね、ごめんね」

「お疲れって言っとくよ」

「あは、ありがとう」

「もうしないんだよね?」

「うん。さすがに彼氏さんが出来たからね。嫉妬しちゃいそうだし。あっ、ダブルデートなら行けるかな?」

「……長谷部先輩とのあれがあったから、僕は気まずいんだけど……」

「私も仲介するし、長谷部先輩もたっくんに同じように気まずいと思うよ。例の噂の件で傷付けてて、自暴自棄になってたのは説明したから」

「あ、そうなんだ」

「だから、たっくんもそんな気負わないで」

「頑張る」


 そう言われたところでやはり拓斗の中に生まれた恐怖を簡単には拭い切れなかった。

 それは現実のことよりも幻術の方の記憶が拓斗の中で一種のトラウマのようになっていたからである。「所詮、幻術での出来事」と言われようと簡単に忘れられるような記憶ではなかったからだ。


「ねーねー、たっくん」

 そんな拓斗の不安を読み取ったのか、楓がそう拓斗を呼びかけられたため、


「ん? なに?」


 と、楓の方へ振り向くと、拓斗の唇に冷たくて柔らかい感触が数秒訪れる。

 そして、近付いていた楓の顔が離れ、


「大丈夫だよ、私がいるから。安心して」


 顔を真っ赤にしながらそう言って、拓斗を励ます。

 き、キスされた……。

 昔のことを見てきた拓斗にとって、そのキスはファーストキスではないものと分かってはいたものの、それでもその『キスをされた』という衝撃が拓斗の脳を突き抜ける。

 そのせいで拓斗も顔を紅潮させてしまう。


「成長してからのキスは初めてだね」

「……ッ! 覚えてたの?」

「うん、覚えてるよ。っていうか、昔は私がキス大好きだったから、好きな人にはキスしちゃう癖があったんだよ。間違いなく、たっくんがその一番の被害者だと思う。覚えてないの?」

「……んー、そこら辺のことはあまり覚えてないなー」

「恥ずかしいから、別に覚えてなくていいんだけどね……」


 楓は掴んでいた腕から離れて、少しだけ距離を取る。そして、本当に恥ずかしかったらしく、気持ちを落ち着かせるように何度も自分の髪を撫でていた。

 その時、不意に楓の電話が鳴る。


「あ、間違いなくお父さんかお母さんからだね」


 着信音から判断したらしく、楓は困ったように笑う。

 もうちょっとこのまま拓斗と一緒に居たい。

 楓からそんな雰囲気が出たのは分かったが、門限の時間を越えるこの時間帯に外出しているため、拓斗はそれを引き止める言葉を発言することは出来なかった。

 楓もそのことを分かっているのか、しぶしぶスマホをポケットから取り出す。そして、画面を見つめる。


「お母さんからのメール。内容は知ってる通りだけどね。電話じゃなかったのが、唯一の救いなのかも」

「うん、そうかもね。とにかくもう帰ろうか。家まで送るよ」

「送ってくれないと、いくらたっくん関連のことでもこの時間帯の外出禁止になっちゃうよ? 下手したら、門限が短くなるかも」

「うわー、それは大変だな」


 楓の脅迫の言葉に拓斗は少しだけ焦ってしまう。

 大学生になれば、さすがにその門限ももうちょっと伸びるだろうが、残りの高校生活で門限が短くなることは一つの地獄を意味する。そのため、拓斗は元から送るつもりではあったものの、一つの義務感が心の中に生まれてしまう。

 拓斗が立ち上がると、それにつられるように楓も立ち上がり、すぐに拓斗の手を繋ぐ。来る時に行った導くためのものでなく、カップルが行う握手。


「帰ろっか、たっくん」


 そう言って、拓斗へ笑顔を向ける楓。

 それにつられるように拓斗も笑顔を作り、


「うん、帰ろう」


 と答えて、二人は歩き出す。


「今年のクリスマスは楽しみだねー。ちょっと無理言ってみようかなー」


 すでに今年のクリスマスデートの願望を口にする楓に拓斗は苦笑いを漏らす。


「許してくれなさそうだけど」

「そしたら、どっちかの家でお家デートすればいいかな」

「前向きだなー」

「去年みたいに『リア充爆発しろ』って言わなくて済むから」

「言ってないじゃん」

「心の中では言ってたの!」

「はいはい」

「あ、信じてない」

「どっちでもいいよ。今年はリア充確定だし」

「うん、そーだね!」


 二人はそんな会話をしながら、楓の家に向かって歩いていく。

 幼い頃、夕暮れに染まる公園から家に帰る時と同じように。


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