(3)
楓は拓斗に言われた通り、カーディガンを羽織っており、ちゃんと厚着で来ていた。
それは本人の判断によるものかもしれないが、美雪に言われた約束したことを守れたと思い、少しだけ安心する拓斗。
逆に楓の方が拓斗の制服姿にびっくりしていた。
「なんで制服なの? 寒くない?」
「ちょっ、ちょっとだけ待って。息を整える、から……」
楓の質問にすぐ答えてあげたかったが、脇腹の痛みと息が切れているため、上手く話せないことから一次中断を申し入れる。
すると、楓は「うん」と頷くも、相変わらず心配そうな表情を浮かべていた。が、このままではダメだと判断したのか、拓斗の手を掴み、
「ゆっくりで良いから付いて来て」
と、拓斗の返答を聞く気すらない様子で、拓斗が無理をしない程度に歩き始める。
拓斗もそれに逆らうのも気が引け、素直に楓に付いて行く。
手、ちょっと冷たい。
夜風のせいで少し冷えているのか、拓斗の手を掴む楓の手は少しだけ冷えていた。
なんとかしてその手を温めてあげたいと思いつつも、手袋一つない状態で楓にしてあげられることは一つしかなかった。それは自分の手の体温で温めるということ。なので、拓斗は少しだけ恥ずかしかったが、中途半端に握られた手を無理矢理離すと自分からしっかりと握り締める。
「え? 何?」
拓斗の行動の意味が分からなかったのか、楓は振り返る。
「いや、なんでもない。中途半端に握られてたから、しっかり握られるように直しただけ」
「あ、痛かったってこと?」
「そういうわけじゃないって」
「……たっくんの手、温かいね」
「走って来たからね」
「そんな焦らなくても良かったのに。どれくらい遅れるか分からないけど、ちゃんと私待ってたよ?」
「女の子を待たせる男にはなりたくないなー」
「自己申告してきたくせに」
「一応だよ、一応。遅刻しないって自信があるならまだしも、ちょっと遅れる自信の方が強かったからさ」
「そっか。でもあれだねー?」
「あれ?」
「昔みたいだよね、こうやって手を繋いで歩くの」
楓は昔のことを懐かしむようにそう話す。こうやって一緒に歩けることが嬉しそうに笑みを溢していた。
もちろん、拓斗はそのことだけはしっかりと覚えている。
なぜなら、昔からこうやって楓がお姉さんぶって拓斗の先頭を歩こうとしていたからだ。拓斗自身、それが嫌だったわけではない。嫌ではなかったが恥ずかしかったし、何よりも楓を守りたかったのに逆に守られているような感じがして、そっちの方が嫌だったのだ。それが今でも変わっていないのは、あの頃と何も成長していない、と拓斗は感じてしまっていた。
「なんでか私がこうやって先頭で歩いて、たっくんが後を付いて来る。あ、違うか。私が無理矢理引っ張って行くんだよね。たっくんも嫌がらないで付いて来てくれて、意外と嬉しかったんだよ?」
「嬉しかった?」
「うん。たっくんはどう思ってたか分からなかったけど、嫌がらずに言うこと聞いてくれたのが嬉しかったんだよ。私のことを守ってくれてる王子様みたいな感じがして」
「……下手すれば家来だけどね」
「そういうこと言わないでよ。せめて、王子様ってところに突っ込んでほしかったんだけど……」
「ごめんごめん。ちょっと予想外でさ」
「え? 何が?」
「いや、楓がそんな風に思ってくれてたなんて」
「あー、そういうことね。『今、考えると……』って感じかな?」
「なるほどね」
「――っと、到着! ちょっと待ってて!」
楓が拓斗を連れて来た場所は、この公園に唯一設置してある自販機の前だった。隣にはトイレとベンチが設置してあり、休憩所として作られている場所。
楓はズボンのポケットから小さい財布を取り出すと、自販機に小銭を入れ、飲み物を二つ選ぶ。そして、出てきた一つを拓斗へと差し出す。
「はい、どうぞ」
「あ、ありがとう。お金はあとで払うよ」
拓斗は差し出された缶コーヒー―拓斗が好きなカフェオレを素直に受け取ると、
「これぐらい気にしないでいいよ。前のお詫びの件もあるしね」
楓はちょっとしょんぼりとした口調で言い、隣のベンチに座る。
前のお詫びで思いつくのは、あの噂の件からの一連のことだと分かった拓斗はすぐに「気にしないでいい」とは言えなかった。
元気なはずの楓が影を落とすぐらい気にすると思っていなかったからだ。
拓斗は沈黙を保ったまま、楓の奥側へ回り込むようにして奥の方へ座る。それは、影が落ちた楓になるべく光を与えたかったからだ。
「なんで、そっち側なの?」
「なんとなく。コーヒーありがとう」
「ううん、どういたしまして」
拓斗は楓に改めてお礼を述べ、缶を開ける。
自販機から微かに聞こえる駆動音の中、缶を開けた際に出る独特の解放音を響かせ、拓斗はそれを軽く飲む。が、周りが熱すぎるせいで、ほんの少ししか飲めなかったが、カフェオレの甘ったるさが口の中に広がる。
拓斗が缶を開けるタイミングと被らないように、楓はタイミングをわざとずらして缶を開け、同じように軽く飲む。
楓が買ったのは紅茶花伝。
冬限定ではあるが、楓がよく飲む飲み物だった。
「好きだね、それ」
「冬は美味しいからね」
「そっか」
「うん」
そこで二人の会話は止まってしまう。
拓斗も楓もお互いタイミングを見計い、口を開くタイミングを探っていたからだった。だからこそ、二人はチラチラとお互いの方を見ては顔を逸らす、を何度も繰り返しては苦笑し合うことしか出来なかった。
そして、その沈黙を最初に破ったのは――。
「あの時はごめん」
拓斗だった。
美雪に相談して自分から口を開かないといけないのは分かっていたし、何よりも女の子である楓に気を使わせたくなかったから。
何の事かも話さずに言い出した謝罪に楓はちょっとだけ困惑様子を見せるも、
「ううん、平気だよ。だって、たっくんは悪くないから。悪いのはタイミングだったと思うよ」
と、相変わらずの気遣いのある返事だった。




