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(1)

 拓斗と美雪は外に出ると、吹き抜けてきた風のおかげで寒さを感じ、身を縮こまらせる。

 美雪に至っては風のせいで顔の前にやってきた髪を耳にかけながら、


「夜は寒いねー」


 と、拓斗へ話しかける。


「そうですね、これは長時間外では話すのは厳しいなー」

「それでもなくても女の子は低体温だから、ちゃんと気遣ってあげてね?」

「分かってますよ。お姉さんも暖かくしてください」

「言われなくても……っていうか、家の前だからすぐに暖かく出来るよ」

「それもそうですね」

「うん。いやー、しかし、スゥが羨ましいよ。寒くなさそうだし」


 二人をすり抜け、門の上に乗り、二人を見守っているスゥを見ながら、美雪はそうぼやく。


「しょうがないじゃろう。ワシの妖術で暖かくしてやることは出来るかもしれんが、さすがに今日はもう嫌じゃぞ」


 スゥは美雪の言いそうな言葉を潰すかのごとくそう言って、プイッと顔を逸らす。


「分かってますーだ。そんなこと言わないもん」

「どうだかのう」

「何でもかんでも妖術には頼りません。って、ほら、拓斗くんは早く行かないとね」


 何度も繰り返された美雪とスゥのケンカもといじゃれあいを見ていた拓斗に、美雪はそう促す。

 それはこの間にも刻々と時間は過ぎていたからだった。

 拓斗はスマホを取り出し、ディスプレイに映し出される時間を確認。

 時刻は午後九時四十分前。

 楓の家の門限時刻まで二十分しかないことから、ここからは少し駆け足で行かないと悟った拓斗は、


「そうですね。本当に今日はお世話になりました! お礼には今度来ますね!」



 美雪への今日最後となるお礼のためにもう一度だけ頭を下げると、その場から軽く走り始める。


「ちょっと待つのじゃ」


 しかし、門の上にいるスゥに声をかけられたことより、拓斗はすぐに動きを止める羽目になってしまう。


「え、何?」

「ちょっと小僧に最期の妖術をかけてやろうか、と思っての」

「最後の?」

「うむ。最期のじゃ」

「えっと、何の妖術?」

「『勇気が長持ちする術』じゃ。ありがたく受け取っておけ」

「あ……うん。ありがとう。スゥも今日はありがとう」

「それは良いから、早くワシの目を見ろ」

「うん」


 拓斗はスゥに言われるがまま、スゥの目を見つめる。

 すると、幻術にかけられた時と同じようにスゥの目が一瞬、ピカッと光る。しかし、あの時と違うのは拓斗の意識が飛ばなかったことだった。拓斗自身、自分の意識がちゃんと保てているのか、自分の服や景色、美雪やスゥを一度見てしまうほど。

 そうやって確認する拓斗に向かって、


「大丈夫じゃろ? ほら、早く行け。小僧。今日一日持つだけじゃからな」


 スゥは拓斗の確認する様子が少しだけ気に入らなかったらしく、少しだけ不満そうに漏らす。


「分かった。じゃあね、スゥ! またです、お姉さん!」

「じゃあの、こぞ――拓斗」

「バイバイ、拓斗くん!」


 拓斗はそのまま振り返ることなく、来た道を戻り始める。

 スゥが小僧から名前を呼んでくれたことも拓斗はしっかりと聞こえていたが、それに反応しなかったのは、それより大事なことをしなければならなかったからだ。それに今日の報告をするためにまたここに来るつもりでいたからこそ、振り返るという行為はしなかった。


「いつもご苦労様。ありがとうね、スゥ」


 住宅街を駈けて行き、すでに闇夜に完全に紛れ込んで見えなくなったタイミングで、美雪はスゥにお礼を述べた。

 そのお礼に対し、スゥはあまり納得していない様子で美雪へ振り向き、


「本当にあれで良かったのか? いや、行動としてはいつも通りなのじゃがな」


 と、改めて美雪へ問う。

 その問いに対し、美雪は迷うことなく「うん」と答えた。


「――これで良いんだよ、きっと。彼女が出来る拓斗くんに私の存在は必要ない。それに、考え的には私と同じ解答こたえに至った。だから、自分の力で道を切り開けていけると思うんだ」

「それには同意するがのう」

「私より寂しいのはスゥでしょ? 珍しく口を聞いたと思ったら、あんな風にお節介まで焼くんだから。そんなに気に入ったの?」

「……かもしれんのう。ワシ的にはそんなつもりはなかったんじゃがな」

「そう思うなら、記憶を消さなくても良かったんじゃない? あんなウソまでついて。……本当に勇気が長続きする妖術もしたのか、私には分からないけど」

「そんな妖術など加えておらぬよ。したのは、美雪をワシの存在の消去とこの家の所在の消去のみじゃ。いつも通り、寝て起きたら、ほとんど忘れておるという仕組みじゃな。一週間もすれば完全に忘れておろう」

「あ、そこは変わらないんだ」

「変わらぬ、変わらないのも問題ではない。ワシの主人は美雪じゃろう。ワシはその指示に従うのみじゃよ。傍観探偵さん」


 スゥは「傍観探偵さん」のところに嫌味を含めるように言うも、美雪は大して気にする様子はなかった。気にする様子がないわけではなく、言われ慣れているせいで、もう気にする隙もなかった、が正しい表現なのかもしれない。

 しかし、今回だけはちょっとだけ物思いにふけっているのか、空に浮かぶ月をぼんやりと眺めていた。

 そのことに気が付いたスゥも同じように月を眺め始める。


「小僧が心配なのか?」

「相談に乗った相手を心配しない日はないよ。その日だけはね」

「それもそうじゃのう」

「次の日には心配しなくなるのが酷いところだと思うけどね」

「美雪が気にし続けたところで解決するわけではないからのう」

「うん、そーなんだよ。だから、『自分に対する謎は自分が解答を見つける』スタンスを取り続けてるんだけどね。というわけで、家に入ろうか? 寒いしね」


 そう言って、美雪は門の上に乗っているスゥに近寄ると、腕を広げる。

 スゥもまたその行動の意味に気付き、美雪に向かって門の上から飛び降りながら抱きつく。

 それを慣れたタイミングで腕を閉じて、無事にスゥを抱きかかえることに成功する。そして、寒さをしのぐかのようにスゥの顔に自らの顔を擦りつけ始める。


「今日はありがとうね、スゥ。いろいろ楽が出来たよ」

「ああいう漫才は勘弁じゃがのう」

「じゃあ、勝手には話しかけないこと」

「分かっておる。もうその話は終わりじゃ」


 美雪とスゥはそんな会話をしながら、家の中に入っていく。拓斗との別れを少しだけ惜しむかのような寂しさを背中から出しながら。


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