(4)
「それで、どこで話そうか? ここで話せるような内容じゃないんでしょ?」
美雪のその質問に対し、拓斗は頷く。
だからと言って、場所の指定を出来るほどの当てもなかった。
そのことが美雪の方も分かっているのか、拓斗には聞こうとはせずに思いついた場所を口に出してあげていく。
「んーと、ファミレス、ファーストフードぐらいだけど、どっちみち他人に聞かれるのは嫌だよね?」
「ま、まぁ。もしかしたら友達に会っちゃうかもだし……」
「うんうん、友達だとしても聞かれたくない内容だってあるよねー。だからこそ、私が相談にのるわけだし」
「そうですね。っていうか、なんで僕の気持ちが分かるんですか?」
疑問に思っていた言葉を口に出す拓斗。
美雪はその発言に対して、速攻で首を横に振って否定する。
「そうなんじゃないかなーって思ってることを言ってるだけだから。そもそも、友達に話せる内容だったら、私に提案として出さないし、そんな風に苦しい顔をしてないと思うよ?」
「そんな顔してますか?」
拓斗はそう言いながら自分の顔を触り、美雪に尋ねる。
美雪はすぐに頷く。
「それは後で聞く悩みの内容で分かるから今は置いとこうよ。それで、場所はどこがいいかな?」
「んー、良い場所がないです。あ、カラオケとかどうですか?」
「カラオケ、ねー」
顎に手を置き、あまり同意出来ないように「んー」と唸り始める美雪。
珍しい反応だなー。
そういう反応を取ると思ってなかった拓斗は不思議に思ってしまう。
相談相手になってくれることをあっさりと承諾してくれたからこそ、女性が好きそうな場所を上げたのだが、あまり納得してなさそうな雰囲気に何かあるのかと思わず拓斗は勘ぐってしまっていた。
「歌とか嫌いなんですか?」
「嫌いではないよ。むしろ、好きな方」
「じゃあ、なんでそんな反応なんですか?」
「拓斗くんはそこでいいの?」
「え?」
「だから、その場所で良いの? ってこと」
「え、あ……まぁ……」
「ふーん」
自分から提案した場所なので、異論があるはずのない拓斗だった。が、美雪にそういう反応をされると、何か間違った選択をしてしまったような気になってしまっていた。
「あの……不満そうですね」
「不満そうというか、拓斗くんが本当にそこで良いのかなって思ったんだよ」
「え?」
「別にカラオケの場所が悪いとは思わないけど、あそこでゆっくりと話せるのかなって」
「……考えてみれば、話しにくいかも」
「でしょ? 個室だから今の私たちにはちょうどいいけど、なんとなくカラオケって歌う場所ってイメージが強いでしょ? だから、自然とそういう……歌を歌う流れになるんじゃないかなって思っちゃってね」
「相談どころじゃなくなるかも」
「ストレス発散とか悩みを一時的には忘れることは出来るとは思うけど、根本的な解決にはならない気がするんだよね。それでなくても騒がしい場所だから、相談に乗る場所にはふさわしくないと思うんだけど……」
「――お姉さんの言う通り、向かないですね」
「っていうより、お金あるの? 私は大丈夫だけど」
「あっ……」
美雪にそう聞かれた所で、拓斗は自分のポケットに入っている折りたたみの財布を取り出し、中身を確認し始める。
月末のせいで札はすでになく、あるのは小銭ばかり。無駄遣いを控えれば、なんとか今月は持つ程度のお金しか入っていなかった。
つまり提案しておきながら、その場所は自分のお財布事情から否定する方向へとなってしまう。
美雪は拓斗の表情から察したのか、呆れたように腰に腕を置いて、小さく息を吐いていた。
「拓斗くんの様子を見た限りではファミレスやファーストフード系も駄目みたいだね」
「ドリンクバーだけになっちゃいますね」
「ね。まぁ、元から拓斗くんの希望で行かない方向なんだけど……」
「じゃあ、他の場所って言ったら……公園とか?」
「社会人の私にはちょっとそれは辛いかな。現在は暑いけど、夜が更けていったら寒くならないとも限らないし……。そのせいで風邪を引いたら、会社の人たちに迷惑かけちゃうから」
「ですよねー」
そう考えると拓斗の中では相談に乗ってもらうことが根本的に駄目だということに気付いてしまう。いや、そもそもこんな風に大事なキーホルダーを拾ったぐらいでこんな風に相談に乗ってもらおうと思ったことが浅はかだった、と思い知らされるには十分な状況になっていた。
だからこそ、改めて遠慮しようと思って口を開く。
「やっぱり――」
「じゃあ、しょうがないね。私の家で話を聞いてあげるよ」
しかし、拓斗の遠慮を裏切るように美雪は笑顔でそう答える。
「ヴェ!?」
拓斗自身、今までに発音したことのないような言葉が口から漏れる。
それほど完全に予想外な発言だったからだ。
「なに、今の声?」
今までに聞いたことのない発音だったのか、美雪の方も目を丸くさせて、拓斗に問いかけるも、
「そ、そんなことよりも、今なんて言ったんですか?」
その質問をスルーして逆に質問を繰り出す。
質問を質問で返されたことに少しだけ不満そうに唇を尖らせるも、もう一度先ほど言った台詞を言う美雪。
「しょうがないから私の家で話を聞いてあげるね、って言ったの? 分かった?」
「そ、それは分かりますけど、いいんですか?」
「『いいんですか?』 って何が?」
「だから、お姉さんの家に行っても」
「うん、いいけど……? あ、それとも拓斗くんの家に行った方が良い?」
「絶対に無理です」
財布とは反対のポケットに入れてあるスマホを取り出して時間を確認すると、時間はすでに六時半になろうとしていた。この時間帯は共働きにしている両親がそろそろ家に帰ってくる時間。同級生や先輩ぐらいならまだしも、見た目からして年上の女性であることが分かる美雪を家に招くということは、さすがに両親に何を言われるか分からない。そのため、拓斗は『絶対』という言葉を付けて否定したのだ。
「じゃあ、やっぱり私の家しかないね。そういうことで私に付いて来てねー」
美雪は拓斗の返事も聞かずに歩き始める。
さすがに警戒心がなさすぎなんじゃないか?
そう思わざるを得ない拓斗は、美雪の後を追うことに迷ってしまい、足が動くことが出来なかった。
そもそもなんでこんな流れになってしまったのかも分からなくなっていた。
「ほら、早く付いてこないと置いて行っちゃうよー」
付いて来ていないことに気付いた美雪は振り返りながら、そう拓斗へ促す。
その言葉を聞いた拓斗には『付いていく』という選択しか取れなくなり、心で思った疑問を隠して、美雪の後を追いかけ始める。