(4)
拓斗は自分の意識に合わせて、ゆっくりと目を開ける。
すると、そこにはさっきまでの夕暮れだった公園の景色ではなく、ソファーに凭れてリラックスしている美雪とソファーの上で丸まっているスゥの姿がそこにはあった。二人とも拓斗の意識が現実世界に戻ってきたことを知り、姿勢を正し始める。
「ようやく戻ったか」
と、姿勢を正したかと思えば、眠そうに欠伸をしながら、スゥがそう拓斗に声をかける。
「おかえり」
美雪はちょっとだけ拓斗が導き出した答えに期待するような目で、ほんの少しだけ前のめりになって尋ねる。
「ただいま、でいいんですかね?」
「うん、いいんじゃないかな?」
「じゃあ、ただいま」
「おかえり、それで収穫はあった?」
「はい、ありました。その前に――」
今すぐにでも聞きたそうにしている美雪から顔を逸らして、スゥを見つめる。
スゥは「ん?」という感じで、拓斗を見つめ返す。
「最後の最後ので、おまけをつけてくれてありがとう。最初からやる気があったけど、それでもダメ押しありがとう」
「本当におまけじゃがな。自分と相手に言われると意外と堪えるものじゃろう?」
「堪えはしなかったよ。本当のことだったし」
「ふむ、もしかしたら最後のおまけはいらんかったのかもしれんな」
「かもしれないね」
拓斗とスゥがそんな風に会話していると、「ふーん」と興味深そうに美雪がスゥを見る。その表情はちょっとだけ意地悪をする顔になっていた。
その表情に気付いたスゥは、目を細めて、
「なんじゃ?」
と、ちょっとだけドキドキした声で美雪に尋ねると、
「べっつにー」
美雪は美雪で意味深な回答を繰り出す。
煽っていくスタイルですか……。
スゥに素直に聞いたところで素直に言わないと踏んだ美雪が、そうやってスゥが自滅する方向へ持っていこうとしていることに拓斗は気付く。
その考えは当たったらしく、スゥ自身が墓穴を掘り始める。
「その言い方はものすごく気になるんじゃがな……」
「あれ? 言ってもいいの?」
「何をじゃ?」
「だから、スゥも口ではなんだかんだ言いながら、本当は拓斗くんのことを心配してるんだなってこと」
「にゃっ!? そ、そういうことじゃない! そういうことじゃなくて、ああした方が小僧が傷付くかと思って――」
「何をしたの?」
「……」
「内容はいいけど、なんだかんだで拓斗くんが傷付くよりも感謝してるってことは、感謝されるようなことをしたってことでいいんだよね?」
「……け、結果的にはのう」
「でも、答え合わせは簡単だよね? だって、実際に体験した拓斗くんに聞けばいいんだし」
「……ッ!」
「ほらほら、自分で吐いちゃう? それとも他人から言ってもらう? さぁさぁ、スゥはどっちがいいかなー?」
「う、うぅー!」
スゥは真剣に困っていた。
自分がしたことに対して後悔はしていない様子だったが、それを口に出すには羞恥心が邪魔しているらしい。自分の口で言うにしても、拓斗から説明されるにしてもどっちみち恥になるため、迷っているらしい。
最初から素直になってればよかったのに……。
拓斗はスゥの様子を見ながら、そう思った。
が、最後のあれは拓斗にとって最終的はダメ押しになり、感謝していることは間違いない事実だった。だからこそ、拓斗はスゥを助けることにした。
「もうそれぐらいで止めてあげてくださいよ」
「え? あ、うん」
拓斗が止めに来ると想像していなかったのか、美雪は一瞬驚いた後、反射的に頷いてしまう。
スゥの方も同じく驚きつつも、安堵したため息を漏らす。
「すまん、助かったぞ」
「いや、ほら、僕のワガママを聞いてくれたりするからさ。そのお礼にだよ」
「そうか。ま、それでも礼は言わせてもらうぞ。美雪が怖いからのう」
チラッと美雪へわざと視線を向けながら、素直に頭を下げて、拓斗へお礼を言うスゥ。
そんなスゥを見ながら、拓斗は苦笑を溢すことしか出来なかった。
「そうやって一言余計だからいけなんだからね? 今回は素直にお礼を言ったってことで許してあげるけど」
嫌味を言われたことはあまり気にしていないのか、美雪は情けないと言わんばかりに「はぁ」と息を漏らすが、
「それで、拓斗くん、どうだった? 何か得るものはあった?」
と、話を戻す。
美雪の目は柔らかいものの雰囲気だけは真面目になっていることを肌で感じた拓斗も、自然と身体が引き締まり、真面目モードになる。
それに対して、美雪とスゥは「おっ」と声に出さないまでも驚きの表情へと変化したが、すぐに元の真面目モードになる。
「何か得るものがあったみたいだね。この家に来たときは気持ちがブレまくりで、私の真面目な雰囲気にも耐えきれなかったのに」
「はい、ありました」
「そっか。なら、相談に乗った甲斐があったというものだね」
「僕も相談に乗ってもらった甲斐がありました。お姉さんが望む解答かどうかは分かりませんけど、スゥに見せてもらった幻術で得た解答を言った方が良いですか?」
「んー……、どっちでもいいかな?」
拓斗の問いに美雪はあっさりとそう答えた。
「え? な、なんでですか?」
「聞く」と答えると思っていた拓斗にとって、美雪の答えは意外なものであり、驚きを隠しきれず、思わずソファーから立ち上がってしまう。
すると、美雪はにっこりと笑いながら、その疑問について答え始める。
「これね、結構哲学の話になるの。だから、拓斗くんが得た解答が私の思う答えとは限らないんだよ。だからね、『聞きたいか?』って問われると私は『うん』なんて言えないんだ」
「そ、そんな……」
「ごめんね?」
「じゃ、じゃあ! 言い直します!」
「言い直す?」
「はい! ボクの得た答えを聞いてくれませんか? もし、足りなかったら補足してください! もっと自信を得たいんです!」
「え? あ、うん。それなら良いけど……。もし、間違っていても自信失わないでね? きっと、その解答が拓斗くんにとって、『正解の解答』なんだから」
「大丈夫です。僕はもうブレないから」
「そっか。うん、分かった。じゃあ、その解答聞かせてもらうね」
拓斗は隠すことなくガッツポーズをしながら、再びソファーへと座る。
逆に美雪はそんな拓斗を不安そうに見ていた。
それは拓斗に言ったように自分の言葉で拓斗の自信を再び喪失させてしまうことがあるからだった。なるべくは言葉を選んで話すようにするものの、それでも可能性としてないわけじゃないからだ。
しかし、拓斗はそんなことは関係ないように、自信満々の様子で自分が得た解答を美雪とスゥに向かって話し始める。




