(3)
その時、拓斗はこの時の気持ちをふと考えた。
自分はこの時、楓のことを本当に意識していたのか、と。
自分の幼い頃の様子をそのまま見せてくれていることを疑わないことが前提になるけれど、きっとこの頃はそういうことはなかった。でも、少なくとも好きという気持ちはあったのだろう。だからこそ、こうやってほとんど毎日のように楓と遊んだ。純粋な気持ちが強いからこそ、嫌いな相手とは毎日遊ばないはずだから。
それに『結婚』という意味の分からない言葉を言われたとしても、本当に嫌だったら納得しないはずなのだ。信頼し、信用していいと本能的に思ったからこそ、その言葉を受け入れた。
その時、拓斗の頭の中にある一つの答えが生まれる。
『答え、なかったなー。どこが好きとかじゃなくて、『浅田楓』っていう存在が好きだったのか……』
拓斗は少しだけ笑みを溢し、今まで色々と考えてしまっていた自分がバカらしく思えた途端――。
「「こたえはみつかった?」」
と、少年拓斗と楓にそう尋ねられる。
拓斗はまさか二人が自分に向かって話しかけてくるとは思っていなかったため、盛大に噴き出してしまう。
『なっ、なんで僕の存在に気が付いてるのさ!』
そう尋ねると、二人はクスクスと笑い出す。
「だって、ここはげんじゅつのせかいなんだよ? あのしろねこのおかげで、そういうふうになってるだけ」
そう言うのは少年拓斗。
「たっくんはおおきくなっても、たっくんのままだってことだねー」
少年拓斗と拓斗を交互に見ながら、楓はクスクスと笑い続けている。
「ぼくはちがうもん! こうはならないもん!」
「でも、おおきくなったすがたが、こっちのたっくんだよ?」
「むー! おおきくなったぼくが、しっかりしないからいけないんだからね!」
少年拓斗はそのことを不満に思い、目力が全くない可愛い目で拓斗を睨み付ける。
そう言われると拓斗は反論する余地などなく、
『ごめんごめん』
と、顔の前に右手だけ置いて、素直に謝罪した。
不意に楓の楽しそうな笑いが止まる。
それにつられるように、今まで可愛らしく睨んでいた拓斗の目も真剣なものへと変わる。
「たっくん、もうだいじょうぶだよね?」
そう尋ねてきたのは楓だった。
その言葉はまるで現実世界にいる楓が本当に言い出しそうな言葉。励ましているのに、本人が一番不安を隠しきれていない言い方でもあった。
『大丈夫、もう大丈夫だよ』
「ほんとうに?」
『うん、本当に。今まで待たせたみたいでごめん』
「ううん、だいじょうぶだよ。……と、おもう」
『幻術の中の楓だから、現実の楓の気持ちは分からないか』
「うん。でも、なかみはかわってないとおもう。だから、ちゃんといってね?」
『分かってる。ちゃんと自分の気持ちを伝えるよ』
楓の身長に合わせるように屈むと、拓斗はその頭を撫でた。
不安に満ちた楓をなんとか元気にしてあげたかったから。
「それはかっちゃんはかっちゃんでも、ちがうかっちゃんにしてあげてよー」
ここにいる楓は自分の物と言わんばかりにふくれっ面になっている少年拓斗。が、すぐに笑い、
「んっ!」
そう言いながら、右手を突き出す。
『それって……』
拓斗はその突き出された拳の意味にすぐに気が付く。
それはこの頃にアニメでやっていた約束をする時に行うポーズだった。
やり方はものすごく簡単で、突き出された拳を約束する側がその拳に拳を会わせるというもの。
ここで約束しろってことか。
拓斗はそう思い、少年拓斗の拳にあの頃よりも成長した右手をくっつける。
「ちゃんと、かっちゃんをまもるんだぞー」
『分かってる』
「きもちもつたえなきゃ、だめなんだからな!」
『それもちゃんと伝えるよ』
「なら、だいじょうぶ……かな?」
『うん、心配かけてごめん。思い出の存在なのに。まさか、ここまで心配されるとは持ってもなかったけど……』
「ぼくもだよ。おとなのぼくに、こんなことをいうなんて、おもってもみなかった」
ここで大人ならばきっと、「そんなことない」と言うと思うのだが、少年拓斗は自分の思ったことを躊躇うことなく口にした。呆れた表情を隠すこともなく。
楓もまた同じように呆れているような表情を浮かべつつも、
「それじゃあ、あたしたちはいくね」
と、手を振り始める。
さっき味わった幻術とは違い、今回はちゃんとした終わり方に拓斗は少しだけホッとする。さっきみたいな世界にヒビが入るような終わり方は心臓に悪いからだ。
「じゃあね、ぼく! いこっ、かっちゃん」
「うん!」
二人は手を繋ぎ、こちらを何度もチラ見しながら、手を振り、拓斗から離れていく。しばらくすると、二人の姿は完全に見えなくなる。
『任せて、もう本当に大丈夫だから』
姿が見えなくなった二人に、自分に言い聞かせるようにそう呟く。
その言葉がきっかけとなかったのか、拓斗の目の前はどんどん白い靄が湧き出し、それに包まれると拓斗の意識は眠気に誘われるように自然と目を閉じる。そして、そのまま、その何とも言えない眠気に拓斗は意識を託すことにした。
これが幻術から目を覚ますために必要なスイッチだと気付いたからだ。




