(1)
ペッタンペッタン!
拓斗はそんな変な音が耳に入ってきたため、ゆっくり目を開ける。
目を開けた先には沈む夕日によって真っ赤に染まった空、バサバサと空を飛ぶ鳥、そして夕暮れに影響されて真っ赤に染まる遊具の姿がそこにはあった。
その中、砂場で遊ぶ一人の少年の姿。いや、それは幼い頃の自分だと気付くのに時間はかからなかった。
なぜなら、今回はスゥに幻術をかけられた記憶があったからだ。
『なんで一人なんだろ?』
その理由は分からないものの、砂場で一人山を作ろうと砂を集め、ペッタンペッタンと小さい手で一生懸命叩いている。時折、両手で目元を擦り、鼻を鳴らしていることから泣いている事だけは分かった。
「たっくーん」
その時、やって来る一人の幼女――楓が息を切らしてやって来る。
「か、かーちゃん……」
楓の声に反応して少年拓斗は顔を上げる。が、すぐにプイッと顔を逸らしてしまう。
その様子から何かに拗ねていることが分かるも、やはり理由を思い出せない拓斗。
「ごめんねー、おかあさんにとめられちゃって……、おこってる?」
「おこってないもん」
「うー、おこってるよー」
「おこってないったら、おこってないもん!」
「……うん。あたしもまぜてー」
「ん」
拗ねた状態を続けながらも少年拓斗は楓の言葉に頷くと、場所を少しだけ移動して向かい同士になるように位置を調整する。そして、二人は仲良くペッタンペッタンと山を強固にしていく。
拓斗も二人の仲間に加わるように近付くと、二人に倣い、その場で膝立ちになる。
もちろん、拓斗は砂遊びに加わるつもりはない。というより、姿も見えないのに加わっても意味がないからだ。
二人も拓斗がいることに全然気付いていないらしく、二人で会話を続けていた。
「きょーこそ、できるといいね!」
「できるもん! きょーこそはつくってみせる」
「うん、がんばろーね!」
「うん!」
そこで拓斗は二人が何を作っているのか、ようやく理解することが出来た。
それはトンネル。
砂で山を作り、下の真ん中に穴を掘って、ただ繋げるだけの簡単な遊び。いや、現在ではくだらないものだった。
しかし、目の前にいる頃はなぜか夢中になって作ろうとしていた。単純に山を作って、穴を掘って向こう側と繋げるという行為が純粋に楽しかったのだ。
『でも結局、この時はトンネルなんて完成しなかったような……』
ふと、そのことを拓斗は思い出す。
トンネルを作ろうにもこの砂はトンネルを作るには適していないほど、サラサラな砂だからだ。それは今、拓斗から見ても分かること。もし、トンネルを作ろうと思うのであれば、絶対に水が必要な状況だった。
にも関わらず、二人はバケツがないどころか、水を汲みに行く素振りすら見せない。ただ、必死に山を作り、それを固くして簡単には崩れないようにしているだけ。
これでは失敗するのは目に見えていることだった。
「もうだいじょうぶかな?」
そう楓に少年拓斗は問いかける。
楓も「むー」と唸り、
「もうちょっとだけ、だめかな?」
と、不安そうに答える。
そして、二人はまたペッタンペッタンと砂を叩き始める。
砂を叩く行為と確認の言葉を何回か繰り返した後、
「もうだいじょうぶだとおもう」
と、楓が不安そうにそう言った。
「うん。だいじょうぶだよね」
それに答えるように少年拓斗もまた頷く。
「じゃあ、ほるよ?」
「うん。ぼくもこっちからやる」
「うん、わかった」
こうして二人は緊張した顔で左右からおそるおそるトンネルを作り始める。
だが、最初はなんとか上手く惚れているかのように見えたが、奥になるに連れて、徐々に上に乗っかっている砂は二人の掘る手に被さっていく。しかし、二人は掘ることに必死になっているらしく、そのことに気が付いている様子はない。
「もうすぐ、たっくんのてにあたるかな?」
「うん、もうすこしだから、がんばろー」
「うん! あ、あのね……きょーはおくれて、ごめんね?」
「ううん、いいよ。もうおこってないよ」
「よかったー! あっ、これ、たっくんのゆび?」
今にも崩れそうな山の中で二人の指が接触したらしく、楓が嬉しそうにはしゃぐ。
それに影響されるように少年拓斗もはしゃごうとした途端――非情にもドサァと砂の山は崩れてしまう。二人の手を砂の中に埋めるようにして。
『あー、タイミング悪いなー』
拓斗は自分の昔のことながらそう思うことしか出来なかった。
しかし、そのことが悲しいのか、少年拓斗の目にはうっすらと涙が浮かび始める。が、楓がいるせいで必死に泣かまいと頑張るも、涙はその意思さえ乗り越え、あっさりと流れ始めてしまう。
「……た、たっくん、ごめんね……」
「くっ……か、かーちゃんはっ、わるくない……よ……」
「だ、ったら、なかないで……よぉ」
「な、ないてない……ッ!」
「ないてるもん!」
「……ないてないもんッ!」
少年拓斗の泣いている様子に感化された楓もまた目に涙を浮かばせ始める。
こうして、二人は砂の中に手を埋めたまま、グスグスと泣いた。一生懸命頑張って作った山が、一生懸命掘ったトンネルがあと少しというところで崩れてしまったことが悔しくて。
拓斗は二人の様子を見守ることしか出来なかったが、この頃に持っていた純粋な気持ちが羨ましくなっていた。
『こうやって素直に言えたら、今の僕も苦労してなかったのかもなー』
素直に自分の気持ちを言葉にも感情にも現すことが出来ない自分の醜さを噛み締めるには十分な場面だった。
二人はしばらく泣いた後、ようやく崩れた砂の塊から手を抜いた。
そして、少年拓斗はそのまま涙で濡れた顔を拭こうとした時、
「だめだよ!」
慌てた様子で楓の注意が飛ぶ。
少年拓斗は大きな声で注意されると思っていなかったらしく、びっくりしたせいで再び目に涙を浮かんできてしまう。
「ご、ごめんね、たっくん。でも、きたないてで、かおをふいたらだめだよ」
「……う、うん」
「て、あらいにいこッ!」
そう言うと楓は少年拓斗の手を握る。
「うん……」
少年拓斗は手を握った途端走り出した楓の後を追い、走り始める。走力はこの頃は楓が上なのか、こけないように必死に。
拓斗はそんな二人を見て、和んだ気持ちになりながら、二人の後を追った。




