(9)
拓斗に同情の目を向けられていることを知りつつも、スゥはそれを無視して、テーブルの上に乗ると、
「小僧、頭を貸せ」
と、右前足でクイクイと動かして手招きをし始める。
「頭?」
「そうじゃ、頭を近くに持ってこい」
「別にいいけど、なんで?」
拓斗はそう言いながら、ソファーとテーブルの間に正座で座ると、頭のてっぺんをスゥに近づける。
目は自然とテーブルの方を見ることになるが、頭にスゥの片方の前足が置かれたのが感触によって拓斗に伝わった。
「思考を読むために決まっておるじゃろ。最近のことなら、ここまでしなくてもよいのじゃが、昔過ぎるからのう」
「なるほどね。もしかして、面倒って言ったのは――」
「思考を読むのが面倒だからじゃ。ったく、小僧の――」
そう言いかけた時、「コホン」とわざとらしく咳をする美雪。
瞬間、スゥの身体はビクッと震え、
「なんでもない。いくつか質問するぞ、良いな?」
言いかけた言葉を飲み込み、拓斗へそう言った。
頭に前足を置かれていることから、その震えが伝わった拓斗もそのことに対して何も言わず、「うん」と頷く。
「だいたい何歳頃じゃ? その約束をしたというのは……」
「んーと、たぶん幼稚園頃だったと思うから、五歳ぐらいかな?」
「ふむ、五歳頃じゃな」
「もしかしたらズレがあるかもしれないけど……」
「二年ぐらいならなんとかなるが、検索に時間がかかるだけじゃ。さらに検索範囲を絞るために質問するぞ。どこで約束したのじゃ?」
「たぶん公園だと思う。あ、いや……幼稚園かも?」
「曖昧じゃな」
「あまり覚えてないんだよ、場所はね。ただ、砂場でた時に言われた記憶があるから、その二ヶ所だと思うんだけど……」
「砂場か……。その歳の時は遊ぶ確率多いからのう、結構大変かもしれぬな。しかし、あれじゃな。ありきたりな展開じゃのう」
「うん、本当にそう思うよ」
スゥにそう言われた拓斗は賛同して、苦笑を漏らす。
あの頃はその時の言葉一つ一つが何も考えず発された言葉だったため、場所にこだわる必要がなかった。が、今になって考えれば恥ずかしくも良い思い出であることは変わりない。だけど、もう少しは捻りが欲しいとつい思ってしまうのは、あの頃よりも大人になったからだった。
「ありきたりな展開は良いとして、服装とか覚えておるか?」
「服装は……んー……」
「どうじゃ?」
「ごめん、分からないや。けど、イメージとしては幼稚園の制服だったと思うんだけど……」
「当てにならぬな。それはワシの言ったありきたりな展開のせいじゃ」
「そうかも」
「しょうがないのう。これだけでなんとかしてみるか。しばらくはその体勢のままになるが我慢せい」
「じゃあ――」
「体勢を立て直したいなどと言うなよ? 今、頭から手が離れれば最初からになるからのう」
拓斗の考えを先読みしたスゥはそう言って、牽制してきたため、拓斗は正座の状態で耐えることとなった。
先に言ってくれれば良かったのに……。
位置的なことを優先して正座をした拓斗はそう思わずにはいられなかった。
それはあまり正座にしなれていない拓斗の足は、すでに動かしたい衝動にかられていたからだった。まだ痺れが走る段階ではなかったが、その衝動が来始めた瞬間からそれが来ると分かっている拓斗の内心は少しずつ焦り始める。
「小僧よ、口に出さなくても脳で考えていることは今読み取れる状態じゃからな。そのことを忘れぬ方がよいぞ」
先ほど漏らした心の声に反応するようにスゥが呟く。
それにビクッと拓斗は震えて、必死に心の中で「無心無心……」と呟いた。そうでもしなければ、またスゥに対して愚痴を漏らしてしまいそうになかったからだ。
しばらく、その状態が続き、拓斗の足の痺れがそろそろやってきそうな限界ギリギリのところでスゥが、
「ようやく見つけたわい」
そう言いながら、拓斗の頭から手を放し、疲れたことを表現するように「ふぅ」と息を吐いた。
拓斗は正座から慌てて立ち上がると、倒れ込むかのような勢いでソファーに座る。
「はぁ……辛かった……」
「二人ともお疲れ。やけに時間がかかったけど、どうだった?」
それを傍観していた美雪がスゥにそう尋ねると、
「ふむ、あながち間違いではなかったのう。時間がかかったのは年齢の違いと砂場で遊んだ回数が多かったせいじゃ」
顔をクシクシと前足で撫でながら、そう答える。
「ふんふん。それで何歳?」
「五歳ではなく四歳じゃったな。ちなみに近くの公園じゃったぞ。家の近くのあの公園じゃ」
拓斗に伝えるようにスゥは話す。
「そっかー、あの公園かー。確かに小さい頃は現在みたいに携帯ゲームとか流行ってたわけじゃなかったから、あの公園でよく遊んだ記憶があるよ」
しみじみと拓斗はそう語る。
が、同時に昔と現在の公園の比較をしてしまい、少しだけ寂しいという気持ちが生まれてしまっていた。
なぜなら、現在の公演は色々な遊具が劣化して色剥げなどをしており、最悪無い遊具まであるからだ。
それが原因なのか、その公園で遊んでいる人も少ない。それはモンスターペアレントと呼ばれる存在たちによって、『公園が危険!』と変な誤解を生んでしまっているから、と拓斗は母親から聞いたことがあった。
だからこそ、寂しさを感じないわけがなかった。
そんな拓斗の様子を見た美雪は、
「しょうがないよ。時代の流れはね。それよりも拓斗くんにはすることがあるでしょ?」
と、そんな悲しみに暮れている暇はないように、拓斗へそう言った。
「そうですね、僕には僕のすることがありますよね。じゃあ、スゥ、頼むよ」
拓斗は美雪の言葉に同意し、スゥを見つめる。今度はスゥに注意されないように、あらかじめスゥの目を見るようにして。
「うむ、よく分かっておるな。準備は良いな?」
「うん、大丈夫。あっ、先に言っておきたいことがあるんだけどいいかな?」
「何じゃ?」
「さっきの幻術みたいに――」
「昔のことに対して、脚色する必要なんてなかろうに。先ほどのは小僧が思う最悪な未来を見せたに過ぎぬ。じゃから、安心せい」
「それが出来ないから――」
「うるさいわい!」
拓斗の一言が余計と言わんばかりにスゥは目を一瞬光らせると、拓斗の身体は先ほど幻術をかけられた時と同じようにソファーに身体を預ける。
「いってらっしゃい。ちゃんとその時のきっかけを思い出してきてね」
美雪は幻術に落ちた拓斗に向かって手を振りながら、優しくそう言った。




