(8)
「じゃあ、次の質問聞いてもいいかな?」
あらかじめ次に聞く質問を考えていたように、拓斗へそう尋ねる美雪。
「はい、大丈夫です」
拓斗はさっきの質問を上手く答えられた自信から美雪の質問に元気に返事を返す。
そんな拓斗を「バカな奴め」とスゥが見ていたが、拓斗は気付く様子がなかった。
逆に美雪はそんな目でスゥが見ていたことに気付いていたが、構わず質問する。
「これに上手く答えられたら、拓斗はもう大丈夫だと思うの。だから、告白して成功したとしても失敗したとしても自信を持って生きて欲しい」
「そ、そんなに大げさに言わなくても……」
「それぐらい大事な内容だって思ってくれたらいいかな。ちょっとヒントを言っちゃうけど、初心にかえるって感じ?」
美雪は右手の人差し指を立てて、ウインクして軽く言った。
しょ、初心にかえるがヒントって。
言葉の意味は拓斗も分かっていたが、それがどう意味するのかが分からず、頭を悩ませてしまう。
分かっていることはそれが深く関わってくる質問が飛んでくるということだけだった。
「ほーら、拓斗くん、ヒントに頭を悩ませてる場合じゃないよ。っていうよりも、ヒントが質問じゃないんだから。あくまで謎を解くためのヒントなんだからさ」
「はい」
「拓斗くんに質問です。拓斗くんは楓ちゃんのことをなんで好きになったの?」
「なんで、好きに……なった……かぁ」
「うん。これって一番大事なんだよね。あ、さっきの質問との違いも説明しておくね? さっきの質問は『良い所』だけに着目した質問、今聞いたのは『きっかけ』かな」
「それはなんとなく分かりましたけど……」
拓斗は少しだけ言い淀む。
言い淀んだのは、『好きになったきっかけ』について必死に思い出していたからである。それほど、そのきっかけは昔のものであり、気が付けば自然と目で追っていたような感じだった。
美雪とスゥは必死に思い出そうとしている拓斗を急かすつもりはないらしく、拓斗の様子を見守るばかり。
見られているだけなのだが、その空気に耐え切れなくなった拓斗は、
「すみません、きっかけについては思い出せないです。けど、きっかけになった近い言葉が、実はあるんです」
と、切り出す。
それは今まで誰にも言わなかった言葉であり、美雪も忘れている可能性のある言葉だった。
美雪はそれに関心があるらしく、
「話してみてくれる?」
そう言ってきたため、拓斗はコクンと頷く。
「関係上、ありきたりな話なんですけど、ある約束してたんです。まぁ、子供の時の話なんですが……。『大人になったら結婚しようね』ってやつです」
「確かにあり得るねー。そんなに仲良かったんだ」
「良かったですよー。今はそうじゃないですけど、あの頃はお互いに人見知りで、そのせいで、二人で遊ぶことの方が多かったですし。ただ、お姉さんが言う『きっかけ』の一つではあると思うんです。けど、違いますよね?」
「ヒントには十分に近いけど、それは気持ちを長続きさせた要因の一つだねー。もうちょっと深いヒントを与えるとすると、『好きになっちゃった一番のきっかけ』について、私は知りたいんだよ」
「ですよねー、分かってます」
拓斗は深いため息を漏らす。
いくら考えても美雪が望む解答を見つけ出せそうになかったからだった。好きになったのがつい最近ならば話は別だったのかもしれないが、幼少期の話になると記憶はうろ覚え。思い出すには記憶が薄れすぎているせいで曖昧だった。
あの頃の体験をもう一度出来たらなー。
拓斗はそう望まずにはいられなかった。
そうすれば、美雪の言う大事なことが分かるはずだから。
その時、先ほど幻術をかけてくれたスゥの存在を思い出した拓斗は、スゥをギロッと睨み付けるように見る。
「なんじゃ?」
スゥは拓斗の視線に気付き、拓斗を見つめ返す。
拓斗の頼みたいことはすでに分かっているらしく、面倒くさそうな雰囲気を隠そうともしていない。
しかし、拓斗は構わず続ける。
「スゥって幻術で僕の過去をそのまま体験出来るように出来る?」
「やはりか。出来るには出来る。が、面倒だからしたくないのじゃ。さっきのは特別ということじゃな」
「そこをお願い!」
「嫌じゃ。面倒だからのう」
「お願いします!」
拓斗は深く頭を下げて、必死にお願いした。
こうすることでしか、あの時の気持ちを知ることが出来ないような気がしたからだ。
が、スゥの返事は相変わらず、
「嫌じゃ。小僧の相談相手は美雪じゃろう? ワシが手を出すことではない」
と、冷たい返答だった。
これ以上、頼んでもダメだと悟った拓斗は頭を上げる。
ここまでしてスゥの協力を得られないとなると、自力で思い出すしか出来ないと判断したからだ。
今までその様子を見守っていた美雪がガタッと無言で立ち上がる。
ヤバッ、他力本願過ぎて怒られる!?
自分の力で何とかしようと思ったのではなく、スゥの力を借りおうとしたことに対して怒られると思った拓斗は、目を閉じて身を強張らせる。
「なッ、離せ! 離すのじゃ!」
拓斗の予想を反して声を上げたのはスゥ。
何事か!?、と思って拓斗が目を開ける。
拓斗の目に入ってきたのはスゥの首根っこを掴み、持ち上げている美雪の姿だった。
苛立っていることを隠す気がないのか、身体全体からピリピリとしたオーラが舞い上がっていた。
標的が自分に向いていないことに少しだけホッとする拓斗だったが、慌てて気を引き締める。いつ、自分にそれがやってくるか分からなかったからだ。
そんな拓斗を無視して美雪はスゥの首根っこを掴んだまま、ドアの方に向かって歩き始める。
「ちょっ、何をする気じゃ!?」
「邪魔だから追い出す」
「そ、それは殺生じゃ! ここまで話を――」
「だったら、猫のふりをしてればよかったよね? 勝手に喋りだして、好き勝手に幻術かけて、あげくの果てに頼まれれば断る。邪魔なだけだよね?」
「うっ……それは……」
「私だってスゥみたいな便利な能力を持ってる人――スゥは猫だけど。がいたら、間違いなく頼るから。それを自分からバラしておいて断るような畜生はこの部屋に入りません」
「分かった分かった! ワシが悪かった! 協力するから許してくれ!」
「……本当に?」
「本当じゃ!」
「私と拓斗くんが何か頼んだとしても、ちゃんと受けてくれるの?」
「受ける受ける!」
その言葉を疑っている美雪は自分の顔の位置までスゥを持ち上げる。
疑いの眼差しで見つめる美雪と信じてほしいと必死に訴えるスゥのにらめっこがしばらく続き――。
「しょうがなく信じてあげる。ちなみに、これは拓斗くんに言った自分の返答と同じことだと思って」
「分かった」
「よろしい」
美雪はスゥの承諾を得て、床にゆっくりと下ろす。
そして拓斗を見つめた後、さっきのような万人受けするような雰囲気に戻り、
「良かったね、拓斗くん。スゥが協力してくれ――したいって!」
わざわざ言い直して報告した。
こ、怖いよ、お姉さん。
なんでこんな力関係になっているのか分からない拓斗は、そう思いながら、
「よ、良かったです。ありがとう、スゥ……」
と、同情の目をスゥへ向けながら空笑いをすることしか出来なかった。




