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(6)

 拓斗は身体をビクンと振るわせて、目を覚ます。


「小僧、起きたのか?」


 その声の主の方へ視線を向けるとそこにはスゥの姿があった。先ほどの世界が壊れる様子を見たせいで、喋る猫の存在に驚いてしまう。

 遠慮のない絶叫。


「うあああああああ――」

「うるさいと言うておろうがッ!」

「――ああああぶっ!」


 スゥが喋り、驚いた時と同じように――むしろ、先ほどより短いタイミングで拓斗の顔面に猫パンチが繰り出される。

 拓斗は先ほどと同じようにソファーに深く沈み込んでから、反動で身体を『く』の字に曲げて起き上がる。


「い、いったあああ」

「ったく、大声を出すなと言う取るじゃろうが」

「ご、ごめん。……って、あ……あれ?」


 拓斗はスゥに謝罪しながら、現状がうまく掴めず、周囲をキョロキョロと見渡し始める。

 ついさっきまで見ていた部屋、猫又という妖怪のスゥ、現在いまはこの部屋にいない相談に乗ってくれることとなった美雪。

 現状を理解した時、拓斗はようやくスゥに幻術をかけられたことを思い出す。それから、スゥを睨み付ける。


「なんじゃ?」

「――すっごい最悪な幻を見たんだけど……」

「容赦せんと言うたじゃろう?」

「それは言ったけど、あそこまでキツいのを見せなくても……」

「キツいのを見せた方が小僧の心には響くじゃろうに。手加減なんぞしてみろ。勇気なんて出て来ぬぞ? それでも良かったのか?」

「い、いや……それは……ッ!」


 スゥの言葉が的を射ていたため、拓斗の文句はそこで終了してしまう。

 スゥの言う通り、拓斗の気持ちの中には『幻術で見せられたような後悔をしたくない』という気持ちが強くなり、告白する勇気が生まれていた。きっかけはどうであれ、そういう気持ちになっている以上、揺るがない自信があったからだ。

 そんな拓斗の気持ちが分かっているらしく、意地悪な笑顔を浮かべている。


「うぐ……、分かった。その気持ちに関しては認めるけどさ、『幻術だってことを忘れさせてくれ』なんて一言も言った覚えはないんだけど……」

「そっちの方が臨場感あったじゃろう?」

「ありすぎて、死にたくなった」

「それぐらいで死んでどうするのじゃ」

「それぐらいショックだったってことだよ。あー、もう、汗びっしょりだし……」


 拓斗は自分の制服の胸元を掴み、未だにあの時の恐怖のせいで火照っている身体にパタパタと空気を入れ始める。

 その様子を見ながら、


「じゃろうな。それに唸り声もうるさすぎじゃ。起きるまで、強制的に黙らせなかったワシを褒めてもよいぞ?」


 と、暴力を振るわなかったことを自慢するように拓斗へ知らせるスゥ。


「誰の幻術のせいなのさ」

「頼んできたのは小僧じゃ」

「そうだけどさ……」


 その言葉には勝てないと分かっているスゥにそう言われて、拓斗は思いっている不満を心の中に引っ込めることしか出来なくなってしまっていた。

 それはスゥの言う通り、「幻術をかけてくれ」と頼んだのは拓斗自身だからだ。内容に関しても、最初にスゥの忠告もされていた。にも関わらず、許可を出したのは拓斗自身。つまり、スゥは何も悪くないのだ。

 が、それでもあの理不尽な幻術に関して、どこか納得いかず、なんとかしてスゥを言い負かせてやろうと拓斗が考えていると、コンコンとドアのノック音が響く。

 そして、入ってくるのはトレイを持った美雪の姿。

 美雪は入って来るなり、拓斗の方を見て、ちょっとだけ驚いた顔をした後、スゥを軽く睨み付ける。


「おかえり、拓斗くん」


 しかし、すぐに何事もなかったように笑顔を拓斗へ向ける。


「た、だいま?」


 幻術の世界から帰ってきた言葉がそれでいいのか、スゥをなぜ睨み付けたのか、それが分からない拓斗は首を少しだけ傾けながら美雪を見つめる。


「はい、これどうぞ。たぶん身体が火照ってると思ったから、アイスにしてみたよ」


 そう言いながら差し出す紅茶を拓斗は素直に受け取り、


「ありがとうございます」


 と、頭を下げて、ちょうど喉がカラカラだった拓斗はそれを飲み込む。

 美雪の言う通り、火照っている身体にはちょうどいい温度だったせいか、拓斗はそれを一気に飲み干してしまう。


「もうちっと味わって飲まぬか!」


 拓斗の一気飲みを注意するスゥ。

 そのスゥに向かって、美雪の鋭い視線が飛ぶ。


「一気飲みはいいの。きっと辛い幻術を見せているような気がしたから、それなりに喉も渇くと思って、アイスにしたんだし。それよりね、もっと大事なことがあるの覚えてる?」

「……ワシは悪くない」

「約束の内容をまず言おうか?」

「…………小僧が起きたら呼ぶ、約束じゃなったな……」

「呼ばれてないんだけど?」

「呼ぶタイミングがなかったんじゃ。小僧が――」

「なに、その言い訳?」

「いや、言い訳じゃなく――」

「別に中断することぐらいは出来るでしょ?」

「……そ、それもそうかも知れぬな……」

「ここで言う言葉があるよね? まだ言われてないんだけど?」

「…………」

「…………」

「…………すまぬ」

「嫌々許してあげる……」


 スゥは謝罪に対して、頭を下げることはなかった。むしろ、睨み付けられているせいか、視線を逸らしたままの状態だった。

 お、お姉さんはすごいなー……。

 スゥにあんな態度を取れる美雪を拓斗は感心してしまう。が、同時にスゥでさえあんな態度しか取れないのだから、本当に怒らせてしまった場合、どんな風になるのか分からない。その想像が出来ない恐怖に、拓斗は背筋に走った寒気を逃すために身体を一度ブルッと震わせる。


「そ・れ・で、どうだった?」


 美雪は拓斗の方へ向き直ると、にっこりと笑いながら、拓斗へ尋ねる。


「幻術のことですか?」

「それ以外に何があるの?」

「ですよねー。とにかく辛いものでした」

「だよねー。分かってたけど……。ごめんね、スゥが容赦なくしちゃって……」

「い、いえ……問題ないです。おかげで覚悟が決まりましたし」

「覚悟?」

「はい。幻術の世界では後悔することしかなかったから、この本当の世界では後悔しないようにちゃんと告白しようと思います」


 美雪はここまではっきりとした言葉を拓斗が言うと思っていなかったらしく、一瞬目を丸くするも嬉しそうに微笑む。


「そっか。じゃあ頑張ってね」

「はい!」


 行動そのものは美雪に決められていたものであり、最終的には絶対に行うことは決められていた。そのことを拓斗はちゃんと理解していたが、それでもまるで自分の考えが認められたような錯覚を覚えてしまい、嬉しくなってしまう。


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