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(3)

「だから、そんなに気にしないでよー。私からしたらもうとっくの昔の話なんだし……」


 拓斗の様子を敏感に察知した美雪はそう言って、フォローし始める。


「で、でも……」

「そりゃ、亡くなった当初は悲しかったよ? 寂しい思いもしたけど、現在いまはもう大人なんだから、いつまでも引きずっちゃ駄目なんだよ」

「そ、その理屈は分かるけど、僕が聞いちゃったせいでそのことを思い出しちゃったんじゃ……」

「思い出すというか、家に写真があるからそうでもないんだけどね。っていうか、拓斗くんは気にしすぎだよ。それにさっきのキーホルダーを拓斗くんが拾わなかったとしても戻ってきそうな気がするし……」

「戻ってくる?」


 美雪の言葉の意味が分からず、消沈している拓斗はそう尋ねる。

 すると、美雪は両手を前に出して手首を下に曲げて、手首から先を脱力させる。いわゆる幽霊を表現する時にするポーズ。

 瞬間、拓斗はドクン! と跳ね上がる。


「ま、まさか……」

「そうそう、そのまさか……なーんてことあるわけないでしょ」

「よ、良かったー! それはいくらなんでも怖すぎです!」

「でも、あながちそんな不思議な力が働いてるかもしれないんだよねー。過去に何回か落としたことがあったんだけど、警察署とか交番の落し物に絶対にあるから。一応、思い出の品だから警察署にも出向くだけであって、そこまで愛着があるわけじゃないし」

「一応とか、愛着がないとか……お父さんとの思い出なんだから……」

「確かに亡くなってるけど、私の心の中では生きてるからそうは思わないだけなんだけどね」

「……えーと?」

「思い出として生きてるから、物にこだわる必要がないってこと」

「なんか聞いたことがあるかも。『心の中で亡くなった人がいる限り、その人は生きてる。本当に死ぬ時は誰からも思い出されなくなった時』でしたっけ?」

「正解。よく知ってたね! 偉い偉い!」


 美雪は拓斗の頭の上に手を置き、ワシャワシャと髪を撫で始める。

 本来、拓斗は他人にこうやって髪を触られるのは好きではない。

 なのに、拓斗はそれを手で振り払うなどして嫌がる素振りを見せることが出来なかった。

 逆にこうやって褒められたことが嬉しい気持ちになってしまっていた。

 そんな気分になってしまったのは、なぜかは分からない。

 分からないが、拓斗の心はそう思ってしまっていた。


「じゃあ、僕はそろそろ帰りますね。時間とらせてしまってすみませんでした」


 美雪が撫でる行為を止めてから、拓斗はすぐにそう切り出す。

 もうちょっとだけ気分転換に世間話をしたかったが、それは自分の都合であり、美雪を巻き込むのは気が引けてしまったからだ。


「あ、ちょっと待ってくれる?」


 しかし、美雪から発された言葉は拓斗の予想を外れた言葉。

 通り過ぎるように歩いていた拓斗の足は自然と止まり、美雪の方へ身体を向ける。


「大事な物を拾ってくれたんだから、何かお礼させてくれないかな?」

「大事な物って……。さっきはそこまで大事な物じゃないって言ってましたよね?」

「それはちょっと右の方へ置いておこうよ」


 拓斗のツッコミに対し、美雪は古臭い行動の一つ――正面にある見えない荷物を両手で持ち上げて、右にずらす行動を行う。


「右へ移動させなくても別にいいですよ。それに落ちた物を拾ったぐらいでお礼を望んでませんから」

「そうなの?」

「はい」

「そっかー。でも、私の気持ちが納まらないから、何かお礼させてよ」

「なんとかして納まらせてください」

「無理」

「即答ですか」

「うん、即答する」

「そうは言っても、お礼にしてもらいたいことがな……」


 そう言いかけて、拓斗は口を閉じる。

 お礼にしてもらいたいことを思いついてしまったからだ。

 それは先ほども呟いていたこと。

 自分の悩みを聞いてくれる人を望んでいたことを思い出してしまったのである。

 しかし、いくらお礼をしてくれるからと言って、こんな面倒なことを頼むわけにはいかないと思いつつ、首を横に振って否定する。


「どうしたの?」

「あ、いえ……ちょっと面倒なお礼を思いついて否定しただけです」

「なんで?」

「え?」


 美雪はそれについてそう切り返してくる。

 追及する様子はまるでない。

 むしろ、「なんで否定するの?」と不思議そうに拓斗の目を見つめてくるだけだった。

 言わないことの方が罪。

 そう思わされてしまうほどの真剣な目。

 言いたくないはずなのに、言っては駄目なはずなのに拓斗の口からは先ほど否定したはずの考えを口が自然に出してしまう。


「聞くだけでいいです。とりあえず提案の一つとして聞いてもらえますか?」

「うん、いいよ」

「僕にはある悩み事があるんです。んで、その悩み事を誰にも相談することが出来なくて……、その相談相手をさっきまで望んでいたんです。だからその――」

「オッケー! じゃあ、どこで話そうか?」

「はい!?」


 美雪は拓斗の言葉を最後まで聞かずにそう言うと、腕を組みながら、話す場所について悩み始める。

 その行動もそうだが、発言に対しても拓斗は驚いてしまう。

 なんでオッケーになるんだよ!

 心の中でそう突っ込む――。


「なんでオッケーなんですか!?」


 驚き過ぎて口からも心の声が出てしまう。

 拓斗のツッコミに対して、美雪は不思議そうに拓斗を見つめた。


「だって相談相手が欲しいんでしょ?」

「そうですけど……」

「それを私が受諾したっていうのが今の状況だよね?」

「その通りです」

「何か問題あるの?」

「僕にはないです。僕じゃなくてお姉さんはそれでいいんですか? ってことです」

「うん、いいよ」

「見ず知らず……いえ、今知り合った人の話を聞けるんですか?」

「知り合いだから聞けるんだよ。自己紹介もせずにいきなり『相談したいことがあるんです』って言われたら、さすがの私でも拒否するよ?」

「そんなの僕だって拒否しますよ」

「うんうん、そうだよね。それに、私は拓斗くんに『何かお礼をさせて?』って言った側なんだから、今の拓斗くんが一番してもらいたいことがそれなら私は拒否する理由は何一つないの。これで納得してくれる?」

「は、はぁ……」


 丸め込められた感が拭え切れないまま、拓斗は頷く以外出来なかった。

 それだけ美雪の言葉には、意思みたいなものが感じ取れたからだ。

 悪く言えば頑固。

 こうして拓斗の願いは、本人の意図とは外れて叶えられるのだった。


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