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(2)

 受け止めていた田中の手を放し、そのまま深いため息を漏らす拓斗。忘れていたとはいえ、信じたくない現実がそこにある今、拓斗はこれから楓とどういう風に接したらいいのか、まったく分からなくなってしまっていた。間違いなくさっきのような会話だけは出来ない。それだけは間違いない事実。

 そんな拓斗を見た田中が、


「そんなに落ち込むなよ。あんなの誰が見ても落ち込むって」


 と、フォローを入れる。


「誰が見ても、って。いったい誰が落ち込むのさ」

「そんなの周囲の女子たちを見れば、一目瞭然だろ?」

「周囲の女子たち?」


 拓斗は今までより小声で話す田中の言葉の意味を確認するように周囲を見回す。

 そこには教室のドアをチラチラとこっそり見ている女子たちがいた。気にしていない風を装いながら、実は気にしているのは間違いなかった。雰囲気から殺気が飛んでいたり、羨望が溢れていることさえも拓斗は感じ取ることが出来た。

 相手が相手だからか……。

 拓斗は田中の言葉の意味に気付き、空笑いが漏れてしまう。


「お、分かったみたいだな」

「まぁね」

「それでも拓斗とは違う点がいくつかあるんだけどな。だから、女子たちはそんなには後悔してないんじゃね?」

「僕とは違う?」

「おう、根本的なものがな。というより、浅田さんと長谷部先輩が付き合ったとしても後悔しないように自分で歩んだってことかな」

「……田中らしくないね。そんな真面目なこと言うなんて……」

「ほっとけ! って、そういうことはどうでもいいんだよ!」

「それで田中が言いたいことって何なの?」

「その茶々を入れてきたのはお前だろうがよ!」

「ごめんごめん。んで、それで?」

「ったくよー、まぁいいや。んで、俺が言いたいのはだな。ちゃんと気持ちを伝えてるってことだよ」

「気持ちを伝えてる?」

「そう、振られちゃったけど、ちゃんと告白してるってこと」

「なるほど……」


 拓斗は再び周囲にいる女子たちを見つめる。

 ドアの方をチラチラと見る女子たちを見ると、田中の言う通り、そこまで根に持っていないような気がした。田中の言葉を真に受けてしまった影響なのかもしれないけれど。


「だからさ、手遅れだけど告白しちゃえよ。それで気持ちが晴れるならいいじゃん」

「っていうか、なんで好きってことになってるの? 僕、そんなこと言ったっけ?」

「…………え?」

「……え?」

「拓斗の反応を見てたら、浅田さんのこと好きだって分かるからな。つか、心が痛む理由なんてそれ以外ないだろ」

「……そうなの?」

「いや、俺はまだ誰も好きになったことがないから知らんけど……」

「当てにならない言葉だね」

「なんか心にグサッ! ってくる発言だな、それ」

「ごめんごめん」


 そんなことを話していると、教室の中に入ってくる楓。

 田中は背中を向けているため、そのことに気付く様子はなかったが、拓斗はばっちりとその姿を確認することが出来た。が、周囲の視線から楓が教室の中に入ってきたことに気付いたのか、後ろを振り向きながら、


「おかえりー、浅田さん。朝から長谷部先輩とイチャつくなんて、本当に仲が良すぎだろー。マジで羨ましいんだけど!」


 さっきまで拓斗と話していたことがまるでなかったかのような話し方で楓へと話しかける。

 楓も帰って来るなり、田中にそんな風に話しかけられると思っていなかったらしく、顔を紅潮させて、


「い、イチャイチャはしてないよ! 普通に忘れ物――落し物をしちゃったから、それを届けて来てくれたんだよ!」


 手の中にはあるヘアピンを田中ではなく、拓斗に見せつけるように差し出す。

 その行動から楓は田中より自分に信じてほしい、と気付く拓斗。が、拓斗にとってそんなことはどうでも良かった。勇と付き合っている事実は変わらないのだから。

 しかし、それを信じていないらしく、田中が追撃をかけた。


「その割には帰って来るの、遅かったけど……」

「そ、それは勇……長谷部先輩が話しかけてくるから」

「ほうほう、それで思わず付き合って話しちゃったと……」

「『教室だから止めてほしい』って言ったんだけど、部活関連だから仕方なく……」

「なるほどね、それならしょうがないかー」


 さすがに田中もここまで聞いて、やっと納得したらしく、腕を組んで頷いていたが、


「ここで終わると思ったか!」


 なんて、さらに追撃をかけることを止めない。


「え!?」


 安堵していた楓の表情が絶句した表情になり、「何かおかしいこと言ったっけ?」とあわあわし始める。


「長谷部先輩のことを一瞬『勇』って言ってるのが聞こえたぞ! つまり二人っきりの時はッ!」

「え、あ、いや! そのね! これはね! せ、先輩がそう呼べって言うから! 私からじゃないんだよ!?」

「そんなに動揺しなくてもいいじゃん」

「だ、だって……私が自分の意思で呼んでるのと、言わされて呼んでるのって結構違わない?」

「流れが甘すぎて、結構お腹がいっぱいだから実際はどうでも良かったり?」

「じゃあ、なんでそこを問い詰めたの!?」

「興味本位」

「なら聞かないでよ!」

「ほら、二人っきりの時はなんて呼んでるのか気になるじゃん。拓斗だってそう思うだろ?」

「……うん、そうだね」


 いきなりそう振られた拓斗は、ちょっとだけ困った風を装いながら作り笑顔でそう頷く。


「たっくんもそんなこと言わないでよー」

「ごめんごめん。ほら、幸せそうな人間を見るとからかいたくなるのが人間だからさ」

「たっくんのバカ! もう知らない!」


 楓はこの話題から逃れるように、自分の席へと移動した。しかし、すぐに違う友田落ちに話しかけられる。

 困った反応をしていることから、また勇との話題だと拓斗はすぐに理解する。


「あれが有名人と付き合う代償ってやつか……」


 田中も気付いたらしく、申し訳なさそうに呟く。


「こればかりはしょうがないよ」

「悪いな、心を抉るような会話しちまって。ああでもしないと拓斗の様子に気付くだろ、浅田さん。幼馴染のせいか、そういうの気付きやすいし」

「うん、そうだね。ちゃんと分かってるよ。ありがとう」


 田中の配慮に拓斗は素直に感謝の言葉を述べる。

 しかし、ここで一つだけ田中は読み違いしていた。それは田中がそんな配慮をしてもしなくても、楓はきっと気付いているということである。それが『幼馴染』のせいなのかは拓斗にも分からなかったが、拓斗の中では『絶対に気が付いている』という確信があった。それを楓が言ってこないのは、自分が原因だと分かっており、心配したところで傷を深めるだけだと分かっているからだった。


「おっと、そろそろ時間だな。席に戻るわ」


 田中は時計を確認し、そう言うと素早く自分の席へと戻っていく。

 直後になるチャイム。

 そして入ってくる担任。0

 始まるホームルーム。

 担任のお知らせを聞きながらも、拓斗は心に圧し掛かってくる気持ちをなんとかしようと思ったが、全然晴れることはなかった。


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