(6)
「ええーい! ワシのことは本当にどうでも良いのじゃ! 一番は小僧の相談であろうがッ!」
これ以上弄られたくないのか、スゥは右前足で拓斗を差す。
「うん、そうだねー。けど、行動そのものは決定したんだから何も問題ないはずだよね?」
スゥの言葉に従い、美雪も拓斗を見つめる。
拓斗も先ほどの行動のことを思い出すも、美雪の言葉に頷くことは出来なかった。謝罪するにも、ついでに告白するにも大事なものが足りていないからだ。
それは何をするにも大事なもの。
『勇気』だった。
「どうした? なぜ、頷かぬのじゃ?」
美雪の問いに対してなかなか返事を返さない拓斗が焦れったいのか、スゥが嫌らしく追及し始める。しかし、それは拓斗の気持ちを理解しておらず、純粋に返事がないことに苛ついている様子のみ。
対して、質問した本人である美雪は何も言わないのは、拓斗に足りていないものが分かっているからだった。だからこそ口を閉ざし、拓斗が自分から言うのを待っているのだ。
どっちにしても言うしかないのか。
急かすスゥは放っておくとしても、美雪の方からは言ってくれないと気付いた拓斗はそのことをはっきりと口に出す。
「勇気がないです」
「なんじゃと?」
それに反応したのはスゥ。
「だから勇気がないんだ。お姉さんに行動は教えてもらったけど、それを実際に実践するような勇気が僕にはないんだよ。だって怖いんだ! 告白したら、現在の幼馴染の関係も崩れそうな気がして!」
「美雪は言っておったじゃないか! 楓とやらも小僧のことが好きじゃと!」
「それはあくまでお姉さんの見解だろ? 信じたいけど、信じられないのが普通じゃないか! それが人間なんだよ!」
「猫をバカにするのか!!」
拓斗の『人間』という言葉に反応するように、スゥは威嚇のポーズを取り、「フー!」と猫特有の唸り声を上げ始めるも、
「はいはい、二人とも落ち着いて!」
パンパン、と手を二回叩いて、二人の注目を自分に集めるように仕向ける美雪。
拓斗とスゥはそれに釣られるように美雪を見た。
「拓斗くんの回答が焦れったいのは分かるけど、いちいちスゥが反応しないの。そんなんじゃ話がうまく進むわけないでしょ?」
「美雪もそう思っておるじゃろうて。なぜ、はっきり言わんぬ」
「思うのとそれを理解するのは別問題なんです。っと、拓斗くんごめんね。今のはちょっと酷いこと言っちゃったね」
スゥの本音に乗ってしまったことに対し、美雪は拓斗に素直に頭を下げる。
しかし、拓斗は首を横に振って否定する。
それは拓斗自身、分かっていたことだったからだ。もし、自分がこんな風に誰かから相談受けた場合、こうやって行動まで決めたのに気持ちが決まらず、動くことが出来ない。そんな相手を見た場合は間違いなくイライラする自信があった。下手をすれば怒鳴りつけるかもしれない。いや、文句を言っているに違いない。
「あっ……」
そこであることに気付き、拓斗は声を漏らす。
美雪とスゥの視線は自然と拓斗へと集まる。
「どうしたの?」
そう尋ねたのは美雪。
「いえ、ちょっと気付いたことがあって」
「気付いたこと? どんなの?」
「スゥの気持ちが分かっちゃったんです」
「スゥの気持ち、ねぇ……?」
美雪はクスッと笑みを溢す。
その笑みは今まで通りの全てを見透かしたような笑み。
「ほう、なんじゃ。答えてみよ」
そして、スゥもまた先ほどまでの苛立ちがどこかに行ってしまったかのように、なぜか伸びをしながら拓斗へ促す。
「人間だろうが猫だろうが、行動が決まったのにウダウダと言うのは焦れったいんだなって。だから、スゥの気持ちは間違ってなかったんだなって」
「そうか、それが分かったなら良いのじゃ」
「ごめん、スゥ。失礼なことを言って」
「別に構わぬ。下等な人間の戯言など気にしておらぬのじゃからな」
相変わらず失礼なことをあっさりと言い放つスゥ。今までの様子が本当に演技だったとでも言うような落ち着きぶりを見せながら。
そんなスゥを見ていた美雪はスゥの頭に右手の人差し指でチョップを振り下ろす。
「フニャ!?」
「何を偉そうに言ってんのよ。その下等な人間のチョップを入れられるのはどこの猫――妖怪よ」
「そこは言い直さなくてもよい! そもそも、ワシにこうやってチョップを入れられるのは美雪だけじゃ、と何回言ったら分かるのじゃ!」
「ふーん」
「う、疑っておるのか!?」
「うん、そりゃあね」
その瞬間、拓斗が美雪と同じように背中にチョップを入れようと手を振るう。
チョップを繰り出したのは美雪から「やってみて」という手で小さな合図があったからである。
しかし、スゥもそのことに気付いていたのか、テーブルの上からソファーに軽くジャンプすることで、そのチョップをあっさりと躱す。そして、拓斗をキッ! と睨む。
拓斗はその視線を受けた途端、ピキッ! と身体が意思になってしまったかのように動かなくなってしまう。
か、金縛り?
恐怖から動かなくなってしまったのではなく、物理的な何かで動かなくなってしまったように感じた拓斗は心の中で思う。
スゥ本人は否定しているものの、存在そのものは妖怪。妖怪になる条件が『妖力を持つこと』だった以上、金縛りは普通に出来ると思ったからだ。
しかし、その硬直も約三十秒でなくなり、拓斗は大きな安堵の息と共に身体の硬直がなくなる。物理的なものだったせいか、妙な息苦しさと身体のダルさを感じた拓斗はソファーに凭れかかる。そして、その息苦しさを胸から吐き出すために盛大に息を吐いた。
「美雪、お前が仕向けたのじゃろう?」
呆れ返った様子で、視線を拓斗から美雪へと移す。
それを誤魔化すようにスゥを見ないようにして、口からちょっとだけ舌を出す美雪。
「バレバレじゃからな? ったく、小僧に変なことをさせおって。思わず殺してしまうところじゃったわい」
躊躇うことなくスゥは言い放つ。
それは冗談でもなく、本気だと拓斗は感じた。
その言い方が冗談で言うような明るいものではなく、ほんの一瞬だったが無機質で目から光が消えたような気がしたからだ。
もちろん、そのことに美雪も気付いており、
「こーら、物騒なことを言わないの。っていうか、妖怪だって分かった時点で攻撃行動を普通の人間が取るはずがないでしょ? まー、撫でることぐらいはあるだろうけどね」
物騒なことを言ったスゥに注意を促す。
「そんな風に仕向けた美雪がそれを言うのか? まったく困った主人じゃな」
「ごめんごめん。拓斗くん、平気?」
何かされていたことを分かっていた美雪は拓斗に尋ねる。
「大丈夫です。スゥ、ごめん」
「今回は美雪が悪いから許してやるのじゃ」
スゥに殺気はないものの、ジッと拓斗を見つめながら、そう注意するのだった。




