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(5)

「ぶふっ!」


 スゥの体当たりを顔面に食らった拓斗はソファーに大きく仰け反った後、反動でガクンと前に跳ね返る。

 体当たりを食らわしたスゥは体勢を立て直し、テーブルの上に着地。そして、そのまま偉そうに、


「うるさい、小僧じゃの。ワシが結界を張らねば、周囲の人間どもが押し寄せてくるところじゃったぞ!」


 拓斗の心配ではなく、周囲の心配をし始める。

 ぜ、絶対ウソだ……、自分の心配だ……。

 顔を押さえながら、拓斗は指の隙間からスゥを怯えた目で見つめつつ、そう思った。

 その視線に気付いているはずのスゥだったが、敵意や殺気などの負の感情は一切出していない。どちらかというと大声を出したことに怒っているだけの様子で拓斗を見つめていた。

 拓斗とスゥがお互いに見つめ合っていると、


「まったくー。スゥがいきなり喋るからいけないんだってば! そんなの私だって大声出すよ!」


 美雪が拓斗とスゥの間を取り持つように話しかけながら、左側から拓斗に近寄る。


「大丈夫? ごめんね、いきなりスゥが話しかけて」


 顔を押さえている拓斗の手を無理矢理引き離すと、どこかケガを負っていないか、確認し始める。

 鼻が折れた様子や流血している個所がないことを確認した美雪は、安堵のため息を漏らした。


「お、お姉さん。こ、これは……」

「あー、スゥはね。猫又っていう妖怪なの」

「妖怪!? 猫又!?」

「うん、そう。まぁ、なんで私とスゥの仲が良いかっていうと、スゥの飼い主が私の曽祖父母だったらしいの。なんか私と曾祖母の雰囲気が似てるらしいんだって。まぁ、本人談だから詳しいことは教えてくれないけど」

「い、いやいやいやいや! そういうことじゃなくて妖怪なんですよ!? 驚かないんですか!? 怖くないんですか!?」


 普通に語る美雪に拓斗はそう突っ込んだ。

 どこにでもいるはずの猫がいきなり喋り始めたかと思えば、それが実は妖怪だったというオチに驚いてしまうのは当たり前の反応。


「付き合いが長いからねー。最初はやっぱり驚いたよ? やたらと私の家にやってくるから、気まぐれで猫缶上げようとしたら、『そんなものいらん。その種類は不味いから食いたくない』って言い出すんだもん」

「それはもうええのじゃ。蒸し返すでない」


 その話題はもうコリゴリと言わんばかりに、スゥは美雪のその発言に嫌そうにしていた。


「だって本当のことでしょ? 喋る猫なんて存在されたくないよ。時折、話し出す猫がいるのは知ってるけど、あれは一時的なものなんだし」

「あ、動画で上がってたりする『あれ』ですか?」

「拓斗くんも見たことがあるの?」

「はい。偶然、喋ったっぽく聞こえるやつですよね?」

「そうそう! とにかく怖いのは分かるけど、動画で見たことがある喋る猫が成長したものだって思えばいいよ!」

「わ、分かりました」


 拓斗は美雪の発言に頷きながら、スゥも見つめる。

 スゥは少しだけ不満そうにしながらも、尻尾をユラユラと揺らしていた。美雪のたとえ話の猫と同類にされたくないような感じで。

 が、そこで拓斗はあることに気付く。

 尻尾をユラユラと素早く動かしているせいで、二本に見えるのかと最初は思っていた。言ってみれば残像に近い現象。しかし、よく見てみれば本当に二本に増えていた。まるで、自分が本当に猫又であることを拓斗に知らしめるように。


「本当に猫又なんだ……」


 二つに増えた尻尾を見て、拓斗は思わず呟く。


「だから、美雪がそう言っておるじゃろう! なんで信じぬのじゃ!」

「ご、ごめんなさい」

「ふん!」

「いちいちうるさい老猫だなー。少しは黙っててよね!」


 偉そうなスゥに向かって、美雪がおもむろに手を伸ばすと遠慮なくデコピンを放つ。

 それを食らったスゥは「フニャ!?」と驚きの声を上げた後、蹲りながら叩かれた部分を両手で押さえる。


「な、何をするんじゃ!」

「相談相手を怯えせさてどうすんのよ。まったく、スゥはお呼びじゃないのに。こんなことなら部屋に招き入れるんじゃなかった」

「ひ、酷いのう! それでもご主人様の子孫か!」

「はいはい、子孫は子孫でも関係ないから。私は私だから。それを言うなら出て行く?」

「すまぬ。それだけは勘弁じゃ」


 今までの様子から拗ねて部屋から出て行くと思っていた拓斗は、スゥの見事な変わりように拓斗の中にある緊張が少しだけ溶けていく。

 それはきっと美雪の方が立場的に優位であり、ある程度の無礼を働いたとしても美雪の言葉で許してもらえる状況にあると思ったからだ。

 だからこそ相談も大事なのだが、拓斗は興味本位でスゥに話しかけてみることにした。


「あの……スゥさん?」

「なんじゃ、小僧。気安くワシに話しか――」

「スゥでいいよ」


 スゥの言葉をワザと遮るように、呼び捨ての許可を出す美雪。

 その言葉に不満を隠そうとせず、スゥは美雪を睨み付ける。


「じゃあ、スゥ。どうやって猫又になったの? あ、いや、動画の一時的に喋る猫との違いって何なの?」

「相談じゃなくて、ワシへの興味か。答えて欲しかったらお礼に――」

「はいはい、私が撫でてあげるから答えようねー」


 美雪が猫の弱点である尻尾の付け根辺りを撫で始める。

 スゥは「ふにゃふにゃ」と威厳の無い声を少しだけ出しながら、顔を一瞬だけ蕩けさせる。が、すぐにハッと意識を取り戻し、


「客がおる前でこれをするな、と言うておるじゃろう!」


 美雪の手から逃れるように移動。


「私との約束も破ったんだからお互い様。ほら、質問答えてあげなよ。気になって、相談の話に戻れないんだろうし。違う?」


 美雪はそう言いながら、拓斗にウインクを飛ばす。

 偉そうなことは言わせないから安心して。

 そのウインクにはそんな言葉が混ざっているような気がした拓斗は、「はい」と素直に頷く。

 スゥは大きなため息を溢して、


「分かった分かった。ワシが悪いことにしておいてやろう」


 未だに負けずにそう言って、拓斗の質問を答え始める。


「猫又になる方法は単純なものじゃ。いつの間にか手に入れていた妖力のおかげで、尻尾が分裂。そのせいで『猫又』などと呼ばれる妖怪になったにすぎん。ワシは普通の猫と同じつもりじゃ」

「どこが普通の猫なんだか……」

「うるさいぞ、美雪」

「はいはい、ごめんねー」

「次は『喋る猫』との違いか。あれは一時的な覚醒に過ぎん。というか、猫又になる素質を持つ猫じゃよ。それだけじゃ」

「なるほどねー。いやー、猫って怖いね」

「美雪は知っておろうが! いや、動画を見ながら説明してやったじゃろうに!」

「そうでした」


 スゥの説明に対して、美雪は茶々を入れ続けるも反省する様子は一切ない。

 完全に楽しんでるなー。

 自分の時の相談している様子と比べ、完全に遊び感覚で話している美雪を見て、拓斗はそう思った。同時に相談している時は、本当に自分と同じ目線で物事を考えてくれていることが分かり、拓斗は心の中で感謝した。

 ちなみに心の中で感謝したのは、まだ相談が終わっていないためである。


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