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拓斗の返事に満足したらしく、
「そんなに拓斗くんに朗報があるよ」
と、自分のことのようにちょっとだけテンションが高いテンションで、ウインクしながら拓斗に笑いかける。
朗報?
朗報とは、良い知らせがある時に使われる言葉だと拓斗は知っている。が、現時点で朗報なことなど一つもない。なのに、何が朗報なのか分からず、拓斗は首を傾げることしか出来なかった。
「楓ちゃんは拓斗くんのこと好きだと思うよ」
拓斗は一時沈黙した後、
「はい?」
と、意味が分からずに聞き返す。
いきなりのこと過ぎて思考が追いつかなかった結果だった。
「だから、楓ちゃんは拓斗くんのことを好きだと思うよ。だから、頑張って告白しちゃいなよ、YOU!」
「どこのジャニーさんですか?」
「海堂家のジャニーさん、かな?」
「すみません、聞いた僕がバカでした」
「……遠まわしに私にもバカって言ってない?」
「…………気のせいです」
「今の間は何? 何なの?」
「……さあ? ノリ、ですかね?」
「話を戻そうか」
「崩したのはお姉さんです。っていうか、いったいどういうことですか!? なんで楓に会ったこともないお姉さんにそんなことが好きって分かるんですか!?」
「んー、女の勘……かな?」
「お、女の勘って……」
美雪の回答を聞いて、顔を押さえながら深いため息を溢す。
一番当てにならない回答だったからだ。
なのに、美雪は自信満々と言わんばかりに親指を立てて、拓斗に見せつける。
「大丈夫だって! お姉さんを信じなさい!」
「いや、信じなさいじゃなくて……。女の勘以外の根拠ってありますか?」
「拓斗くんに対する行動かな?」
「即答!?」
「女の勘ってのは半分正解で半分その場のノリで言ったに過ぎないからね」
「半分ノリ!?」
「うん、そうだよ。っていうか、私が根拠もなしに言うわけないでしょ?」
「……今までの発言は真面目でしたけど、いきなり『楓ちゃんは拓斗くんのことが好きだよ!』って言われて、誰が真面目って思うんですか? 場を和ますための冗談にしか思えませんよ」
「そうかな? 相談に乗ってる時は真面目モードなんだけどなー。でしょ、スゥ」
ここでなぜか拓斗ではなく、スゥに同意を求める美雪。
スゥは「ニャー」と美雪の質問に答えるように鳴きながら体を起こす。そして、一回伸びをした後、美雪の方に歩き出す。
「うんうん。ほら、スゥだって『美雪は無駄なことはしない』と賛同してくれてるよー。さすがはスゥ! 私のことをよく分かってるー!」
近寄って来たスゥを抱き上げながら、嬉しそうに拓斗へ報告。そして、賛同してくれたご褒美をするかのようにスゥを膝の上に乗せると、顎を掻き始める。
そのやり取りを見ながら、拓斗は沈黙していた。
今の「ニャー」にここまで会話があったのかよ。
そんなことを考えながら突っ込むことは諦めた。もはや、どこから突っ込んだらいいのか分からなかったからだ。その代わり、カップを手に取って、残っていた紅茶を全部一気に飲み干す。
逆に美雪は拓斗からツッコミがないことに少しだけ寂しそうにしていた。いや、寂しそうな目を拓斗へと向ける。
が、拓斗はその視線をプイと逸らしてツッコミを入れないことを行動で示す。
「小僧、これぐらい突っ込まんでどうするのじゃ。これだから、最近のガキどもは……」
突如として聞こえてきた低い声。
拓斗は慌てて周囲を見回すもそれらしき人の姿はいない。逆にそんな人物がいる方がおかしいのだ。なぜなら、この部屋には二人だけが正解なのだから。
ま、さか……ッ!?
この場にいるメンバーの中で唯一、そんな低い声を出せる人物に気付く。いや、気付きたくはなかったが気付かされてしまった。
そして、拓斗の背中に走る悪寒。驚き過ぎて不自然に開いた口から漏れるのは渇いた笑いだけだった。
「ほう、気付いたのか。ま、気付かぬ方がおかしいのじゃがな」
そう言って、拓斗の視線が見据える先にいる人物もとい猫――スゥが拓斗を見ながら話しかける。
スゥは猫らしく「ふにゃふにゃ」と気付いてもらったことが嬉しいのか、低い声で笑っていた。
逆に膝の上に乗せている美雪は「あちゃー」と言わんばかりに目元を押さえている。完全に予想外だったらしい。
「なんで喋り出すかなー。お客さんがいる時はなるべくは話さないように、って言ってるのに……」
「しょうがなかろう。この小僧が悪いのじゃから」
「別にあそこでのツッコミ待ちはしてなかったんだから――」
「そこじゃないのじゃ。問題なのは小僧のワガママな性格じゃ! 先ほどからなるべくは聞かないようにしていたが、ウダウダとうるさい。昼寝も出来んわ!」
「もう夜だからね?」
「そういうツッコミはいらん!」
「じゃあ、どういうツッコミ待ち?」
「ツッコミを入れるな! それよりも美雪よ」
「ん? 何?」
「小僧が置いてきぼりになっておるが平気か?」
「置いてきぼりにしたのはスゥのせいです。こうなるから喋らないで、って言ってるのに……。絶対に分かってないでしょ」
「ふん。なぜワシが人間の言うことを聞かなければ――」
「膝の上に乗せないよ?」
「すまぬ、参った。ほら、それより小僧の方をなんとかせい」
「はいはい。おーい、拓斗くん大丈夫ー?」
美雪は身を乗り出して、拓斗の前で手を振り始める。
立ったことにより、スゥは自然と美雪の膝の上から落ちることになるが特に気にしていない様子で床に着地。しかし、すぐにソファーの上に登り、礼儀正しく座る。
その様子をずっと思考停止で見守っていた拓斗は、美雪の手に振られたことにより意識が覚醒。同時にこの現実を受け入れたくないため、大きく息を吸う。
スゥはその様子から拓斗が何をするのか、予想が付いたらしく、
「ふん」
と、鼻でバカにしたように笑った後、ブゥンという音を立てて、透明な幕が部屋を一瞬で包み込む。
直後に拓斗の絶叫が部屋に響き渡る。
「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
「キャッ!」
美雪は拓斗の絶叫に一瞬反応に遅れてから、慌てて耳を塞ぐ。
対して耳の良い猫であるスゥは、拓斗の絶叫に対して何の防御姿勢を取ることはなかった。防御姿勢を取るどころか、ソファーから飛ぶと、
「うるさいんじゃ!」
声を枯らしかけながらも絶叫を続けている拓斗に向かって、体当たりを食らわすのだった。




