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 そんな拓斗を見て、美雪はカップをテーブルに置きながら、クスクスと笑う。


「拓斗くんは表情に出やすいねー」


 先ほどまでの深刻なことを一瞬で忘れ去ったような明るさだった。


「そ、それは良いとして……! お姉さんはなんでそんな謝罪の方法を選ぶんですか?」

「そっちの方がわたし的には楽だから、かな?」

「でも、勇気がいりますよね!? 気持ちを伝えるのって、かなり難しいことじゃないですか!」

「そうだね、難しいね」

「それが分かってるのに、なんで!?」

「分かってるからこその行動だったり?」

「……ッ!」


 美雪はやはりあっさりとした物言いだった。

 自らが苦難の道を選ぶ。

 そのことが辛いのは拓斗にも分かる。だからこそ、人間は楽な方向へ逃げ出したいという気持ちを持つということも。そして、人間は自然と楽な道を選んでしまうのだ。自らが傷付いてしまう道を無理矢理選ぶ必要なんてないのだから。

 それが分かっているからこそ、逆に美雪がそんな行動を取ろうと思うのか分からなかった。


「そこまでして自分が傷付く必要なんてないじゃないですか」

「傷付く、かー……。でもさ、冷静に考えれば、『後か、先か』の違いじゃないかな?」

「簡単に言えばそうですけど」

「だからね、後から傷付きたくないから先に傷付く方を選んじゃうだけだよ? 順番をどっちにするか、その違いだけだし」

「お姉さんは逃げ出したいとは思わないんですか?」

「思うよ」

「即答じゃないですか。なのに、なんでそっちを選ぶのか、僕にはやっぱり分からないです」

「それが私の性格だから。そう言いきっちゃえば、それだけの話だし……。お互いにこれ以上、傷を深める必要なんてないと考えるからかもね」

「お互い……?」

「そう、お互いにね」


 拓斗はそう聞いて、空笑いを溢れさせてしまう。

 なんで、ケンカ相手のことまで考えてるのさ。

 ケンカした後なんて普通は自分のことしか考えないはずなのに、他人のことまで考える美雪の発言が信じられなかった。

 まるで、大人と子供の差を見せつけられているような感覚。

 そのせいか、拓斗は少しばかりイライラしてしまいそうになる。


「そんなにイライラしなくてもいいんじゃない?」


 やはり美雪は敏感に拓斗の状態を察知しており、そのことをワザとらしく口に出す。


「イライラするに決まってるじゃないですか。そんな僕には無理そうなことをどうやってやるんですか!」

「無理って何が?」

「他人を思いやるってことです。ケンカしてるんですよ? 自分のことだけ精一杯でいいじゃないですか!」

「誰も拓斗くんに『しなさい』なんて言ってないよ?」

「……ッ! い、言ってはないですけど、『そんな風な行動を取れ』って言われているような気がするんですよ!」

「あー、ごめんね。そんなつもりはないの。さっき言ったように『私』の場合ね? 拓斗くんは拓斗くんが思う行動をすればいいでしょ? なにより、今回の拓斗くんの場合はケンカじゃなくて暴走でしょ? だったら、拓斗くんは楓ちゃんの気持ちを汲んであげないといけないと思うんだけど」

「ぼう……そう……?」

「うん。少なくともケンカじゃないよね? 拓斗くんは同じレベルで解決しようとしてるけど」


 美雪にそう言われて初めて拓斗はケンカではないことを気付く。

 その瞬間、『自分勝手な解釈のせいで楓を苦しめていたのではないか?』と血の気が下がるような感覚さえあった。

 それが苦しくて、拓斗は頭を抱え込むようにして蹲る。ソファーの上に足を置くようにして。


「ぴ、ピエロみたいじゃないですか、そんなことを言われたら……。僕だけがその噂に振り回されて、それで楓に八つ当たりして、長谷部先輩に怒られる。どうすればいいんですか、僕は?」

「拓斗くんがしたいようにすればいいと思うよ?」

「こ、解答こたえをくださいよ。どうすることが一番の解決の方法なのか、それを教えてください」

「教えるのは良いんだけど……納得出来るの?」

「なっとく……ですか……?」


 拓斗はその希望にすがるように顔を上げて、美雪を見る。

 美雪は何も変わっていなかった。同情や軽蔑などのものはなく、理想的なお姉さんのように微笑んでいるだけ。


「うん、拓斗くんが私に言われた通りに行動出来るの?」

「……そ、それは……努力しますけど……」

「ちゃんと謝って、そのついでに告白するのがベストな選択だと思うよ」

「……そう、なりますか……やっぱり」

「そうなるね。ううん、そうする方が今の時点で楓ちゃんのためでもあるんだよ」

「楓のため?」

「分からない?」

「はい」

「じゃあ、教えるけど……。今回のことで拓斗くんの気持ちは気付いていると思うんだよね」

「うそ……」

「……なんで気付いてないと思うかな」


 ここで初めて美雪が呆れた表情と共にため息を漏らす。が、構わずに説明を続ける。


「状況的に気付いてない方がおかしいの。だって、その噂のせいで拓斗くんの調子は悪くなって、午後の授業はサボったんでしょ? その理由を盗み聞きしていたことにも気付いてるんだから、好意を持ってることぐらい誰でも分かるよ。トドメに先輩が来たせいで余計にね。じゃないと辻褄も合わないし」

「……バカすぎて、自分が嫌になってきた……」


 再び頭を抱え込む拓斗。

 今度は喪失感から逃れるためではなく、羞恥心から逃れるために。

 意図せずに行ってしまった行動が、まさか自分の首を絞めてしまい、自分の気持ちを楓に気付かれているとは思っても見なかったからだ。

 が、そう分かった途端、美雪の出した行動が正しいと思わされてしまう。いや、それ以外の選択が拓斗には思いつくことが出来なかった。気持ちに気付かれているのならば、はっきりと気持ちを伝えた方がお互いにすっきりするからだ。

 ここまで考えた時、初めて拓斗は『楓のためになる』という言葉の意味を理解した。


「元気だしなよー、拓斗くん」


 そんな落ち込む拓斗を励ましの言葉をかける美雪。


「大丈夫です。お姉さんの言っていた意味を理解出来ました」

「なら、良かった。じゃあ、私の言う通り……ううん、最初から拓斗くんの行動が決めてた通りのシナリオで運ばないとね」

「そうですね、そうします」


 あくまで強制的じゃない、と伝える美雪の発言に拓斗は頷くことしか出来なかった。美雪の言う通り、自分の行動のせいなのだから。


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