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「話は聞いたけど、拓斗くんに聞いてなかったことが一つだけあったよね」


 美雪は開口一番に尋ねたいことが決まっていたのか、拓斗にそう向かって言った。

 え? そうだっけ?

 なんとなく大事なことは話したつもりでいた拓斗は首を傾げてしまう。


「気付いてない……?」

「はい」

「そっかそっか。こればかりは言われないと気付かないかー。というより、相談だけじゃなくて雑談も入ってたから仕方ないね。私が拓斗くんに聞きたいのは一つだけだよ。『これからどうしたいの?』」


 美雪は拓斗が気付いていないことを悪く言うつもりはなく、ただ笑顔でそう聞いた。

 そう言われて、今後の方針について話していなかったことに気付く拓斗。

 しかし、拓斗の中での今後についてのアイディアは全く決まっていなかった。

 それは自分自身どうすればいいのか、分からなかったからだ。一番良いのは『あの噂』についての真偽を尋ねること。が、その日に楓を傷付けてしまっているせいで、現在は話しかけにくい状態になっている。お互いがお互いのことを気にしていることはなんとなく雰囲気で気付いている拓斗だったが、その一歩を踏み出すことが出来ない状態だった。


「この調子じゃ何も考えてなかったみだいだね」


 拓斗の様子から察した美雪はそう言って、少しだけ困ったように唸り始める。美雪もまた拓斗がどういう風な行動を取ったらいいのか、それについて悩み始めたのだ。

 そのことが申し訳なくなってしまった拓斗は、


「すみません。なんか僕のせいでお姉さんまで悩ませてしまって」


 と、謝罪した。


「あ、ううん。悩むのは別にいいんだけど……拓斗は最終的にどうしたいと思ってるの?」

「どうしたい?」

「うん。極端な話で言うけど、現時点での導き出される行動って二つしかないでしょ?」

「二つ……っていうと、やっぱり」

「たぶん、その想像通りのことだと思うよ?」

「で、ですよ……ね……」

「うん。単純明快、『仲直り』or『告白』の二つです」

「……ッ!」


 拓斗がなかなか言い出そうとしない二つの選択肢を美雪がわざと口にする。

 それを言われた瞬間、拓斗の顔は一気に紅潮し、体温が一気に上がったのが分かるほど身体は熱くなり、心臓はバクバクと高鳴り始めた。


「これぐらいでそんなに動揺してどうするのー」


 拓斗がここまで過剰反応するとは思っていなかったらしく、美雪は困ったように苦笑いを溢す。


「だ、だって……こ、告白ですよ!? は、恥ずかしいに決まってるじゃないですか!」

「そりゃあ、告白だからね。告白ってそういうものなんじゃないの?」

「すごくあっさり言ってますけど、僕からしたら結構大問題なんですからね!?」

「うん、分かるよ。否定はしてないけど……。っていうかね、拓斗くん」

「な、なんですか!?」

「現時点で言うとね、『仲直りする』って選択肢の方も同じぐらい大変だと思うよ?」

「……え?」


 拓斗は美雪の言っている意味が分からず、きょとんとした顔になる。

 告白と同じぐらい大変なわけがない。

 そう思ってしまうほど、拓斗の心の中では『告白』というものは特大イベントだからだ。


「何よりも現時点で、『話しかける』という行為が拓斗くんには簡単に出来るの?」

「無理です」

「即答したね」

「だって、無理ですから」

「でしょ? 仲直りにするにしても告白するにしても、その段階はまず踏み出さないといけない。だったら最初の立ち位置は両方の選択とも同じじゃないかな?」

「……言われてみればそうですけど……やっぱり気持ちを伝えるにはちょっとだけ抵抗があります」

「そうだよねー。でもなー、実際は仲直りも怖いよ?」

「怖い?」

「うん、怖い」

「そう……ですか……?」

「拓斗くんは怖くないの?」

「いや、最初の一歩……『話しかける』ということさえ、なんとか出来たら大丈夫だと思いますけど……」

「そっかー。拓斗くんは強いんだね」


 美雪はカップを両手に持ち、軽く紅茶をコクッと飲む。

 その行為はまるで自分の心を落ち着かせるようなものだった。

 拓斗にとってみれば、美雪がなぜそんなにも恐れるのか分からない。そのため、拓斗の心を少しだけざわつき始める。


「少なくともお姉さんよりは強くないです」

「そんなことないってー。その一歩が成功したら、上手く出来ると思える拓斗くんが本当にすごいと思うよ?」

「いったい何が言いたいんですか?」

「私はね、謝罪する人の気持ちが分からないから怖いの」

「謝罪する?」

「拓斗くんの場合では楓ちゃんだね。その楓ちゃんの気持ちが分からないから怖いんだー」

「それは他人だからでしょ?」

「そうだよ。他人だから怖いんだよ。何を考えてるのか分からない。口だけではなんとでも言える。でも、心の中は分からない。分からないからこそ、何を思っているのか分からない。だから怖いの」

「そんな……心の底からの許しをもらうなんてこと……」


 予想外過ぎる美雪の言葉に拓斗は愕然としてしまう。

 拓斗からすれば表面上だけで許しをもらえれば、それで全ては終わるという考え。元の関係に戻れることは少しだけ時間がかかるかもしれない。しれないけれど、いつかは元の関係に戻れると信じていた。

 が、この考えは多少のデメリットがある。

 それはその場だけの許しである可能性もあるということ。表面上は許していたとしても、それをいつまでも引きずられてしまったり、それが原因で再びケンカになってしまうことだってある。

 下手をすれば諸刃の剣なのだ。


 しかし、美雪の考えは内面から許し。心の底からの許しを請うことで後腐れのない状態で関係を元に戻したいということだった。どんな謝罪をすればいいのか、どんな風に相手の怒りを受け止めたらいいのかも分からないほど、真に相手の気持ちに寄り添うもの。

 この謝罪は最初のデメリットが高いものの、相手に一度でも許しをもらえたら、きっとケンカした内容でケンカが再発することはない。しばらくはそのことを冗談で話すことは出来ないが、将来的には笑い話で話が出来る。

 つまり、誰もが望む理想的な謝罪だった。


「どうしたの? 何かおかしいこと言ったかな?」


 美雪は愕然とする拓斗に向かって、ちょっとだけ意地悪な笑みを向ける。

 全て分かって言ってる……ッ。

 その意地悪な笑みを見て、拓斗はそう思ってしまう。

 いや、そう思うように仕組まれているという確信があった。


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