(10)
「――というわけです」
最後まで話した拓斗の気持ちには「死にたい」と思えるほどまでの恥ずかしさが湧き上がってしまっていた。しかし、先ほどのようにスゥは拓斗の膝の上にはいない。そのため、拓斗は俯きながら、膝を擦り合わせることでその恥ずかしさを消そうと頑張ることしか出来なかった。
さすがにここまでの展開は予想していなかったのか、美雪もまた苦笑いを溢していた。
「いやー、青春してるねー。私はそんな青春を送って来なかったから、ちょっとだけ羨ましいかな」
「そんなフォローはいらないです」
「ごめんごめん。さすがに私もそこまでの展開は予想してなかったからね。お姉さんもびっくりしちゃったよ」
「ですよね。普通はありえない展開だって分かってます」
「楓ちゃんが追いかけてくる展開は読めたんだけどなー」
「あ、僕はそこも考えてませんでした」
「拓斗くんの場合は考える余裕がなかった、っていう方が正しいでしょ?」
「その通りです」
「ま、先輩の出現はすごいなー。何よりも心配だから追いかけてきた、って噂の真偽は私には分からないけど、好きなのは本当なのかもね」
「……かもしれないです」
美雪に言われるまでもなく分かっていた拓斗。だが、それを自覚しつつもやはり他人に言われるとその事実は心を突き刺すほどの痛みがあった。
だからこそ気持ちを落ち着かせるためにカップを手に取り、残った紅茶を飲み干す。温度は完全に冷え切っており、美味しいとはもう言えない状態。だが、その冷たさが逆に気持ちを冷静にするには一役買っているような気がした。
その様子を見ながら美雪は、
「紅茶のお代わりいる?」
と提案を出した。
「いいんですか?」
「うん、いいよ。美味しい紅茶作るのに時間はいるけど、どれくらい相談に乗るかも分からないしねー」
「そうですよね。現状を話したに過ぎないですしね」
「そうなんだよねー。時間もすでに一時間経とうとしてるし、私が紅茶を作っている間に親にでも連絡したらいいと思うよ?」
そう言いながら拓斗の背後にある時計を指差す。
拓斗も時間を確認するように時計を見ると、八時になろうとしていた。
楽しい時間はあっという間に過ぎるというけれど、現状を話しただけでこんなにも時間を過ぎていたことに拓斗はちょっとだけびっくりしてしまう。
「早いですね、時間が経つのって」
「集中する時ってそんなもんだよ。じゃあ、どれくらい時間がかかるか分からないから親に連絡しておくこと。いい?」
美雪はそう言いながら、隅に置いていたトレイに二人のカップを置いて立ち上がる。
「はい、分かりました」
拓斗も美雪の指示に素直に従おうとスマホをポケットから取り出そうとすると、
「あ、そうだ」
と、美雪の声が聞こえたため、自然と美雪の方へ顔を向ける。
「もし、電話がすぐ終わって暇だったら、そこの棚の上に置いてある猫じゃらしでスゥの相手でもしてあげてて」
「え? でも嫌われて――」
「嫌われてないと思うよ。本当に嫌いな相手が居たら、この部屋から出ていくだろうしね。その時はこのドアに向かって鳴くから、素直に出してあげてね」
「はぁ……」
部屋の隅で丸まっているスゥを見つめる拓斗。
スゥは拓斗の見つめられても何の反応も示さそうともしない。そんな調子のスゥに猫じゃらしを向けたところで反応するのか、ちょっとだけ不安になってしまう。
「じゃあ、あとはよろしくねー」
美雪はそんな拓斗の気持ちを知ってか知らずか、部屋を出て行く。
残された拓斗はしばらくの間スゥを見つめていたが、両親に電話しないといけないことを思い出し、スマホの電源ボタンを押してディスプレイを着ける。すると、画面には電話とメールが届いた通知が入っていた。電話とメールの主は母親であり、メールの内容に関しては心配をするもの。
そのため、拓斗は慌てて電話するのだった。




