(9)
叩かれた……?
そう判断するまで一瞬遅れる拓斗の脳。
驚いたらいいのか、それとも怒り返せばいいのか、それすらも分からないぐらい反応に困ってしまっていた。
「どれだけ浅田のことをバカにするつもりなんだよ! 君は嫌かもしれないが、浅田は本当に心配してるんだぞ! 分かってるのか!」
勇もさすがに我慢の限界らしく、拓斗に向かって怒鳴りつける。
が、拓斗は何も答えない。いや、勇の言っていることが最もだからこそ、反論出来る言葉が見つからなかった。だから、沈黙してしまった。
「何とか言えよ!」
「……」
「何があって、浅田の優しさを無下にしてんだよ!」
「……」
「長谷部先輩! 私なら大丈夫ですから! たっくんは調子が悪くて、イライラしてるんですよ! だ、だから止めてください!」
今まで勇の行動に驚き、拓斗と同じく思考停止していた楓が慌てた様子で二人の間に入る。
怒りに満ちているとはいえ、拓斗とは違って勇は素直に胸倉を掴んでいた手を離して、拓斗から距離を取った。
「いくら体調が悪くてイライラしてるからって、こんな扱いされて良いわけないだろ。なんで、そいつをそんなに庇うんだよ」
「それだけの理由があるんです。だから、分かってください!」
「それだけの理由って……。分かるように教えろよ」
「……そ、それは――」
楓の口ごもった理由を拓斗は察することが出来た。
それは例の噂の件。
それで拓斗が傷付いていることを知っているからこそ、楓は言えなかったのだ。
「たっくん、無理に心配してごめんね。私が悪かったから、もう帰っていいよ。体調悪いんだし、早く家に帰ってゆっくりしないとね」
勇との会話を中断し、楓は拓斗に向かって弱々しい笑顔を向ける。傷付いているが、それを誤魔化すために気丈に振舞っている無理な笑顔だった。
拓斗はその笑顔を見て、さらに自分の心の傷を広げてしまう。が、それに対するフォローや慰め、ツッコミも何も出来なかった。
「……ありがとう」
何も出来ない拓斗に残されたのは、感謝の言葉を述べる。たったそれだけだった。
楓に聞こえたのかも分からないぐらいの小さな声で言った拓斗は、その場から全力で駆け出す。
勇から逃げるために。
楓の優しさからも逃げるために。
そのまま振り返ることなく家まで着いた拓斗は自分の部屋に直行。ドアを開けて部屋の中に入り、学生鞄を壁にぶつけるように投げ捨てると、ベッドに潜り込んで全力で泣いた。
自分の無力さ。
楓に冷たい対応しか出来なかった自分の幼さ。
勇の正論に反論すら出来なかった自分の情けなさ。
そんなぐちゃぐちゃになった感情を吐き出すように、拓斗は声を上げて泣いた。
両親の帰りが遅いことに感謝しながら。




