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 楓たちの話を聞いた日の放課後。

 拓斗は午後の授業を全部保健室で過ごすことに成功はしたものの、気持ち的に休むことは出来なかった。それは滅多に保健室に来なかったせいとお節介の担任が様子を見に来たせいである。肉体的なダメージならともかく精神的なダメージを気付かれたくなかった拓斗は、その状況を演技で乗り切る手段しか取れず、「バレてないか?」という不安から心はさらに傷付いてしまっていた。

 だから、放課後は一人で帰ることに安堵していたのだが、それもまたある人物によってそれは邪魔されてしまう。


「たっくん!」


 拓斗だから略して『たっくん』。

 そのニックネームを呼ぶのは現時点で一人しかいない。

 そのことが分かっていたにも関わらず、拓斗は一連の行動となっている『呼ばれた方へ振り返る』という行動を行ってしまう。自分の意思とは無関係に。


「楓?」


 振り返り、拓斗の視界に入ったのは浅田楓だった。

 本当だったら部活のせいでこんなまだ明るい時間にこの通学路を通るはずがない。なのに、背後には息を切らせた楓がいた。

 楓には姉妹はいない。

 そのため、本人以外はありえない。ありえるとしたらドッペルゲンガーぐらいなものだが、そんな非科学的な物を拓斗は信じていないのでそれは思いもつかなかった。

 楓は肩で息をしながら近付くと、拓斗の持っている中身が空の学生鞄を奪い取る。


「持ってあげる。体調悪いんでしょ?」

「え?」

「だって午後の授業、保健室でいるって聞いたよ? 田中君からだけど」

「……」


 余計なことしやがって。

 拓斗の頭の中ではピースをしながら『感謝しろよ』的な笑顔を浮かべている田中の想像が出来てしまい、思わず心の中で毒づく。

 この時、ようやく田中が保健室に行くように仕向けた理由――二人っきりの状況を作りかったことにも気付いた。

 そんな拓斗の気持ちも知らずに楓は拓斗へと話しかける。


「ねぇ、大丈夫?」

「ん、大丈夫。保健室でゆっくり休めたし」

「それならいいんだけど、まだ顔色悪いよ?」

「すぐに良くなるわけないだろ?」

「それもそうだね。家まで送るから安心してね! あ、ついでに晩ご飯も作ってあげようか?」

「そんなことまでしなくていいよ」

「遠慮しないで良いんだよ? 幼馴染なんだから。たっくんのお父さんたち、今日は帰り遅いんでしょ?」

「その通りだけど……」

「そんな日はいつもコンビニ弁当とか食べてるのも知ってるんだし」

「なんで知ってるのさ?」

「お母さん情報」

「さすがは親同士が仲良いだけはあるね」

「でしょ?」


 楓は落ち込んでいる拓斗とは正反対に元気に歩き始める。その様子は元気のない拓斗を励ますような感じでたわいのない話を続けながら。

 しかし、それが拓斗にとって辛いものでしかなかった。

 楓が元気な分だけ、あの噂の人物――長谷川勇の存在が拓斗の中で大きくなっていくからだ。今まで楓の隣にいるのは自分だったはずなのに、その居場所がなくなってしまった。代わりに勇が今まで自分がいた場所にいるような気がしてしまっていたから。

 同時に今まで自分が一番楓のことを分かっていたはずなのに、今ではその楓のことが分からなくなってしまったという消失感が拓斗の心を襲い始めていた。


「それにしてもこうやって一緒に帰るって久しぶりだねー。なんかいつもと違うから新鮮な気分になるよね」

「そう? 僕にはまったく分からないけど」

「それはたっくんがいつもと変わらない時間に帰ってるからじゃない?」

「それもそうだね」

「んー、やっぱりかなり調子が悪いの?」


 前を歩いていた楓は拓斗へ向かって振り返り、左右に持っていた学生鞄を左手だけで持つと、空いた右手を拓斗へと向かって伸ばす。そして、その伸ばされた右手は拓斗の額に触れる。


「ちょっ! 何して――」


 熱の確認をする時の定番行動を外でされると思っていなかった拓斗は慌てて、その右手を振り払おうとするも、


「しっ! いいからジッとしてて!」


 そう注意されたことにより、拓斗は振り払うことを止めた。

 本当だったら振り払うことが出来たはずなのに、なぜそれを止めたのかは現在の拓斗にも分からない。


「んー、熱はないと思うけど……」


 楓は右手を離しながら、そう心配した様子で拓斗を見つめる。

 案の定、分からなかったらしい。

 昔から何かのドラマの影響で、楓は拓斗の体調が悪いとこういう風に熱を計ってくれる。が、その的中率は低い。低いというよりも場数がなさ過ぎて成長していないのが事実だった。


「フラフラしてないんだから大丈夫だって」

「もしかしたら微熱はあるかもね。うん、きっと微熱あるよ!」

「僕に熱があってほしいみたいな言い方になってるし」

「まぁまぁ、細かいことは気にしない気にしない」

「――別に看病とかしなくてもいいから」

「え!? しちゃダメなの!?」


 その反応に意外そうに見つめてくる楓。

 かなり残念そうに唇を尖らせている。


「しちゃダメっていうか、部活は? 今日だって部活があるはずだろ?」


 ここでようやく気になっていたことを拓斗は質問した。

 逆に楓はそのことを聞かれたくなかったらしく、身体ごと回転させて、拓斗に背中を向ける。そして聞こえるギリギリの声で、


「け、仮病使っちゃった……」


 ばつが悪そうに言った。

 基本的に楓は真面目で通っているため、こういう行動に出ることは正直珍しい。珍しいがゆえに拓斗も悪い気持ちになってしまう。だからこそ、拓斗の取れる行動は一つしかなかった。

 楓が持っている学生鞄を自分の分だけ奪い取り、


「今なら気のせいとかで間に合うから、部活に戻ったら? みんな、心配してるだろうし」


 そう言って、楓をその場に置いていくつもりで歩き始める。

 が、楓も負けずと拓斗の後を追い、


「たっくんの調子が悪いのに、そんなこと出来るはずないでしょ?」


 再び持っている学生鞄を奪取しようとしてくる。

 しかし、拓斗はそのことが分かっていた拓斗は学生鞄を持っている手を上にあげることで躱す。


「大丈夫だって。っていうか、楓が心配する相手は僕じゃないと思うけど?」

「どういうこと?」

「分からない?」

「うん、分からない。体調の悪いたっくんを心配する以上に誰を心配したらいいの?」


 前にやってきた楓の目を見つめる拓斗。

 その目は本当に分かっていないらしく、「意味が分からない」と不思議そうに拓斗を見つめ返していた。

 自分の心をこれ以上傷つけたくなかったが、誰の心配をしたらいいのか、楓に分からせるためにその人物の名前を拓斗は出す。


「長谷川先輩に決まってるだろ。部活のエースで、楓が一番気を使ってる人物だよ」

「……それってまさか……」

「悪い、聞いてた」

「そっか……やっぱり聞かれちゃってたかー」

「やっぱり気付いてたよね」

「根拠はなかったけどね」


 二人の間に訪れる何とも言えない空気。

 その空気に耐え切れず、二人は自然と無言になってしまう。

 が、このタイミングで拓斗は真実を聞いておかないといけないと思ったため、そのことを口に出そうとした時、


「おーい! 浅田ー!」


 と、背後から男性の声が聞こえた。

 その声の人物に拓斗と楓は驚いてしまう。


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