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(5)

 拓斗がその話をし終わると美雪はカップを両手で持ち上げ、一息つくように紅茶を飲み込む。

 それにつられるように拓斗も少しだけ渇いてしまった喉を潤すために同じように紅茶を飲む。

 冷えるとやっぱり味が変わるんだなー。

 そんなに長時間話したつもりはなかったが、冷めてしまった紅茶を飲みながらそう思う。それ以上に気になっていたのは美雪の反応だった。

 美雪はカップを持ったまま、天井を眺めていた。どうやら考えがまとまらないらしく、紅茶をちびちびと口に含んでいる。

 その間、拓斗は何も言わずに美雪のリアクションを大人しく待つ。というよりも、美雪がどういう反応を取るのか分からないせいで、急かしたりすることが出来なかったのだ。

 待つこと三分。

 ようやく中身が空になったカップをソーサーの上に置くと、


「やっぱり温かい方が美味しいね」


 と、拓斗の話したことよりも紅茶のことへの感想を漏らす。

 拓斗も美雪の予想外の言葉の感想に、


「はぁ……、そうですね。やっぱり温かい方が美味しいですね」


 そう返すことしか出来なかった。


「だよねー。アイスにするなら、一気に冷やさないとあまり良くないね」

「はい。僕もそうだと思います」

「――というのはどうでもいいよね。ちょっと緊張してたみたいだから誤魔化すように言ってみたけど」

「やっぱり、バレてました?」

「うん、バレバレ。お姉さんの洞察力を舐めちゃいけないよ?」

「さすがです」

「ありがとう。でも、そんなに緊張しないでよ。そんなに緊張されたら、私だって言葉を選ばないといけなくなっちゃうし」

「そう言われると余計に緊張しちゃいますよ」

「そんなに酷いことを言うつもりはないんだけどね。というよりも、拓斗くんが望むような答えを私が持ち合わせてるとも限らないし」

「はぁ……」


 あっさりとそう断言する美雪の言葉に、拓斗は困ってしまう。

 しかし、美雪はそんな拓斗の反応を気にしていないらしく、


「その時の話を聞いたけど、拓斗くんはまだ何かを隠してるよね? ううん、違う。正確に言うと、まだ話してないことがあるよね? そんな気がするんだけど……」


 と、質問が向けられる。

 その質問に対して、拓斗は心臓が跳ね上がるほどびっくりしてしまう。


「な、なんで……そう思うんですか?」

「そう思うかー。確信的なものはないの。ないけど、話的にはあっさりしてる気がするんだよねー。何より一連の話の流れを聞いてる限りでは、楓ちゃんの性格からしてこれだけで終わらないような気がするの」

「会ったこともないのに、よくそんなことまで分かりますね」

「ほら、洞察力だけは鋭いから」

「洞察力の問題じゃない気がしますよ」


 拓斗は空笑いを溢しながら、耳たぶを指で触る。

 美雪に言われた通り、拓斗は話を全部話しているわけではなかった。何よりも全部話さなくても大丈夫だと思っていからだ。

 主に拓斗が話していないことは二つ。

 一つ目は、拓斗が田中にも隠した『好きで現すことが出来ない気持ち』のこと。それに関しては美雪には相談を持ちかけた時点で隠すことではないと判断したため、『好き』という言葉で終わらせたに過ぎなかった。

 二つ目は、今話した内容のその後。この時のことは拓斗にとって反省では足りないほどのことがあり、後悔に達していた。だからこそ、自分の立場の悪さを美雪に教えたくなくて言わないでおこうとしていたのだ。


「ほーら、隠してることもちゃんと教えてくれないと相談に乗れないよー?」


 自分の膝に両腕を置き、両手で頬杖を付くようにして、美雪は微笑む。

 美雪のその様子を見る限り、拓斗は美雪が現在の状況を楽しんでいるように感じてしまった。だから、少しだけムッとした様子で、


「本当に隠してることも言わないといけないんですか?」


 相談しておきながら、そう質問した。

 拓斗の質問に美雪は少しだけ驚いたように目を見開くもすぐに鋭い目付きへと変わる。まるで、いつかはその質問がされることを分かっていたように。

 同時に今まで拓斗の膝に乗っていたスゥも状況を察したらしく、いきなり立ち上がると拓斗の膝の上から飛び降りる。

 そのことから拓斗はスゥの機嫌も悪くさせてしまったことに気付く。同時に今まで自分の心の安定を保つ一つの要因としてあった行動が出来なくなってしまったことにより、拓斗の心に再び不安定なものへと変わってしまう。


「そっか。じゃあ、帰ってもいいよ」


 そして、美雪から発される言葉は拓斗にとって一番言われたくないものだった。


「え、あの……」

「安心してもいいよ。誰にも言わないから。ううん、言えないから。私には拓斗くんの友達とかも知らないしね」

「そういうことじゃなくて……」

「何かな?」

「なんで自分の不都合なことまで言わなくちゃいけないんですか? せめて、理由を教えてください」


 美雪の性格上、誰にも言い触らすことがないことは拓斗にも分かっていた。だから、その部分に関して疑う余地はない。あるとすれば、この部分だけだった。

 美雪は「ふぅ」と小さく息を吐いて、自分の気持ちを落ち着かせる。


「相談に乗る際に、一番大事なことってなんだと思う?」

「大事なことですか?」

「うん、大事なこと」

「えーっと、相手の相談を誰にも言わないことですか?」

「それもあるね。でも、それを含めたもっと大きな大事なこと」

「もっと大事なことですか?」

「うん、そうだよ。一番大事で、忘れちゃいけないこと。だからよく考えて」


 美雪の答えを一切教えてくれそうにない厳しい言い方に拓斗は脳みそをフル回転させて、美雪の言う『一番大事なこと』について必死に考える。

 が、いくら考えてもその答えに辿り着くことはなかった。

 何か頭の中に引っ掛かっているような感覚はあったものの、それを言葉として表現するには何が当てはまるのかが分からない。

 そんな状態になってしまい、


「すみません、言葉として上手く伝えることが出来ないです」


 と、拓斗は根を上げた。

 絶対に愛想を尽かされた。

 そう確信するには十分な証拠があったため、拓斗は隣にある学生鞄を持って立ち上がろうとすると、


「拓斗くんの提案に乗ったのは私自身だから気にしなくていいんだけど、『なんで相談しよう』と思ったの?」


 美雪にそう問われる。


「それしか思いつかなかったから」

「じゃあ、なんで付いて来たの? 拓斗くんは逃げることも出来たよね?」

「だって、それはお姉さんが強引に――」

「手を引っ張ったっけ?」

「いえ、してないです。自分の意思で付いてきました」

「なんで?」

「それはお姉さんならだい――」


 そう言いかけた時、拓斗は美雪が言いたいことにハッとして、


「もしかして、これが正解なんですか?」


 と、気付いたことを美雪に確認する。

 拓斗の答えが分かっているのか、美雪はにっこりと笑みを浮かべて、


「じゃあ、それを言ってみようか?」


 さっきまでの鋭い目はなくなり、柔らかい目でそう拓斗へ促す。


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