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「それは知らんかったなー。予想外だった。なんか早とちりしてすまん」
申し訳なさそうに謝る田中。しかも、その回答に対する反応が上手く取れないのか、髪をガシガシと掻いていた。
拓斗の方も謝られても困るため、困ったように苦笑いを溢すことで誤魔化す。
「クラスの大半が、拓斗は浅田さんのことが好きだと思ってるんだが……ちょっとだけ火消しした方がいいかな」
「別にそんな面倒なことをしなくてもいいよ」
「そうか? 変な誤解は解いた方がいいと思うんだけど」
「んー、そうかもしれないけど……。今のところ実害はないから」
「確かに実害はないけど、さっき話してた噂のせいでこれから大変なことになるかもしれないぞ?」
「その時はその時で考えるしかないと思う」
「拓斗がそれでいいって言うなら、それに従うけどさ」
「ん、ありがとう」
ここまで気を使ってくれる田中に感謝すら拓斗は覚えた。
なんかすごい悪いことをしてるかも……。
現在思っている自分の気持ちを田中には伝えようか、と思ってしまうほど心が揺れる拓斗。だが、すぐにその考えは取り消すために自分の拳を見えないように握りしめる。
その理由は、自分の本当の気持ちをこれほどまでに身近な人物に教えた結果、事態がもっとややこしいことになりそうな気がしたからだった。何よりも恋愛事ほど他人はお節介を焼き、その人物の幸せを望むよりも自分がそれを楽しむパターンがあることを拓斗は知っている。だからこそ、簡単には言えなかった。
「まー、とにかくだ! 午後の授業は無理に出なくてもいいと思うぜ?」
「だねー。こんな風にサボる機会を貰ったんだから、サボるのもいいかもね」
「……やっぱりなかったことにしよう。それはちょっとズルい」
「メンタルブレイクしかけているんだけど?」
「それは気のせいと言うことにしとかないか?」
「その言葉のせいで、さらにメンタルブレイクしそう」
「大丈夫、拓斗には俺がいるじゃないか!」
「…………僕にはそんな趣味ないんだけど……」
「なんで、そんな卑屈な方に受け取るんだよ!? つか、俺はそっちの人間じゃないし!」
「あ、あれ? そうなの!?」
「『意外!?』みたいな反応するなよ! そんな趣味がないのは一番、拓斗が分かってるだろ?」
「そうだっけ?」
「なんで疑問になるんだよ!」
「大声で突っ込んでるけど、周りの目は気にならないの?」
「なっ!」
田中は慌てた様子で、周囲を見渡す。
そこには冷めた目と引いている目、ごく少し関心を持ったクラスメートの視線が田中へと突き刺さっていた。
自業自得ではあるものの、その視線の的になってしまっている田中は青ざめた顔で少し後退る。が、背後にあった椅子に引っ掛かってしまい、床に盛大に尻餅をついてしまう。
「大丈夫?」
「大丈夫に見えるか?」
「見える」
「おい、こら」
「そうやって言えるだけ大丈夫だと思うよ。今日は大丈夫でも今後のことは分からないけど……」
「その不安要素をどうにかしてくれないか?」
「僕に出来たら、僕はきっとクラスで弄られ役になってないと思う」
「それもそうだ。こうなったら、ほ――」
「保健室行かない方がいいと思うよ? だって授業中も寝てるんだから、場所が変わった所であまり大した意味ないし。っていうか、下手をすればあの事件が再び起きるのがオチだと思う」
「……」
「……」
「――あの悪夢の再来が来るのがオチか……」
「うん」
しみじみと語る田中に、拓斗はあっさりと頷く。
過去、授業をサボるために保健室に入り浸っていた田中は、一度だけ教科担任の先生のお出迎え経験があった。もちろん、その間に教室で真面目に授業を受けていた拓斗たちは一時自習にされて。そのことが拓斗たちに迷惑と言うものではなかったが、田中にとっては地獄だったことは間違いなかった。お出迎えされるという羞恥心でしかない行為、教室に入るなりクラスメート全員から向けられる視線。拓斗からすれば絶対に味わいたくない光景だったのだ。
それ以降、田中は授業を真面目に受けるかどうかは別として、ちゃんと授業だけは出るようになった。
田中はその時のことを思い出したのか、身体をブルッと震わせて、
「そうだな。よっぽどじゃないと保健室に行かないと決めていたのに、これぐらいで揺らぐなんて俺もまだまだってことか」
がっくりと項垂れる。
「どんまい」
「ま、俺の代わりに拓斗がゆっくり休んでくれ」
「それを聞いて、ゆっくり休めるかどうかは分からないけど」
「休めなくてもいいから、休んできてくれ」
「もう言ってる意味が分からないよ」
「うん、俺も分からん。でも、こんなくだらない話で元気になってくれたみたいだから、それだけでも俺は満足だ」
田中はフッと格好つけたように笑う。
が、言われて初めてさっきよりも気分が楽になっていたことに気付く。
「あ、ありがとう。でも、その格好つけ方は似合わないから。じゃあ、行ってくるよ」
拓斗はそれだけ言い残して、椅子から立ち上がる。
まだ昼休みとしての時間は十分ほど残っていたが、拓斗は寄り道もせずに保健室へと向かう。
田中のおかげで少しだけ気分は楽になっていたがそれは会話をしていたからであって、一人になった途端、その苦しみはすぐに蘇って来たからだった。




