(3)
「でも、まさか相手があの人だとは思わなかった。かっちんのことだから、もっと平凡な相手かと思ったよ」
弁当を食べ終わった絵美がそれを片づけながら、しみじみとそう語る。
「だよねー。私が考えてたのはもうちょっと頼りない人だと思ったよ」
それに乗っかるように優理もそう言った後、拓斗へその視線が一瞬向けられる。
タイミング良く、三人の方ではなく弁当の方へ視線を向けていたため、その視線に気付いたように顔を上げることで誤魔化す拓斗。偶然そうなったとはいえ、盗み疑義していることを気付かれなかったことにホッとしつつも、ちょっとその言い方にムカッときてしまう。が、そんなことを言える立場ではないため、「ん?」みたいに今頃気付いたような表情を作った。
しかし、優理は何事もなかったように視線を外して、楓の方へ顔を戻す。
「どんまい」
田中の小さなフォローが飛ぶが、優理の変わりにキッと睨み付ける。
八つ当たりなのは分かっているが、田中の方も特に気にしていない様子なのでその流れはなかったこととなった。
「そんなイメージあるかなー? 私としてはそんなイメージないけど」
楓は申し訳なさそうに答えるも、
「いやいや、かっちんは年上のお姉さんイメージが強いからね! 私的にはだけどさ!」
優理はあっさりと楓の否定。
「世話好きのイメージが強い。それに引っ張られるよりも引っ張っていくイメージ。まー、男からしたらそこが良いんだろうけどね。男子って基本的に子供のイメージが強いし……」
絵美は絵美で男子全員をディスり始める。
それを聞いた田中は食べていたデザートが喉に詰まったのか、ゴホゴホと咽っていたが無視して三人の会話に拓斗は集中し続ける。
「それでも、『かっちんと長谷部先輩と付き合ってる』って噂が流れても不思議に感じないのがすごいけどね」
優理は少しだけ羨ましそうに言う。
長谷部先輩――その名前と優理の言葉の口調から、拓斗が思い浮かぶ先輩は独りしかいなかった。
それは楓がマネージャーをしているバスケの先輩。学園でバスケ部を県大会まで連れて行ったと言われても過言ではない人物。それだけの実績がある状態で顔も整っている、いわゆるイケメンの存在――長谷部勇。
ま、じ……で……?
拓斗の中で一瞬、目の前がブラックアウトしそうになるも、必死にそれだけは駄目だと思って耐える。
そのショックの顔が思いっきり出ているのか、ワザとらしく田中が三人から見えないように椅子をずらして拓斗の前に移動してきた。どうやら盗み聞きをしていることがバレないように配慮してくれたららしい。
「おい、大丈夫か?」
そして、小声でそう話しかけてくる。
「大丈夫そうに見える?」
「いや、まったく。ま、幼馴染があんなイケメンと付き合ってるって噂聞いたら、そうなるわな。好きか嫌いかは別にしても」
「……だね」
「元気出せよな」
「……分かってる」
「――けど、浅田さんが長谷部先輩と付き合ってるって噂が流れても、俺も不思議じゃないと思うのは異常か?」
「いや、僕もだよ」
「拓斗もそう思うなら、普通なのかな」
「……かもしれない」
それほど楓と勇は親密に近い関係なのは拓斗も知っていた。
部活での交流はもちろんのこと、プライベートでもそれなりの交流があることを聞いたことがあるからだ。いや、一つの話題として楓から話を聞かされるせいだった。それを聞きながら拓斗は特に気にしていない風を出しつつも、実際は心に突き刺さるほど気にしていた。だけど、そんなことを表情に出してしまえば、楓に不快な気持ちにさせてしまう。そう考えるだけで拓斗には、その表情を表に出すことは出来なかった。それだけ楓が楽しそうに勇と出かけた場所を話すから。
「もうこの話は終わりにしようよ。っていうか、教室で普通に話す内容じゃないから」
そう言いながら、楓は立ち上がる。
それに合わせたように優理と絵美も一緒に席から立つ。
「ふふーん、逃がすわけないじゃん」
「うん、逃がさないからね?」
二人は楓をどこかの警察官のように楓を真ん中にするように移動して挟む。
「ちなみに今の発言だと、『人気のない場所』なら良いってことだよね?」
絵美の追及に、
「うっ、そういう問題じゃない……」
苦し紛れに言い放つ楓。
「私たちからしたら大問題だから逃がすわけないでしょ?」
それにさらに優理が突っ込む。
同時に二人の腕が楓の左右の腕を抱えるように掴み、絶対に逃がさない意思を見せつける。
「そういうわけで場所はどこがいいかな?」
「その選択肢はかっちんにあげる。だから、好きな場所をどうぞ」
「う、うぅ……」
楓は困った表情でしぶしぶという感じで廊下に向かって歩き始める。
それは意図してなのか、それとも偶然なのかは分からなかったが、拓斗の机の横を通り抜けるようにして三人は歩いた。だからこそ、拓斗と楓の視線は自然と合ってしまう。
拓斗の様子に気付いていたのか、楓の視線は心配そうなものになっていた。が、声をかけることはなく、通り抜けてしまう。
その視線の意味に田中も気付いたらしく、
「あちゃー、隠すのが遅れたか……」
なんて頭を掻いて、ため息を漏らす。
「それでもありがとう」
拓斗はそう言いながら、まだ残っている弁当を片づけ始める。
こんな気持ちで弁当を全部食べるなんてことは絶対に出来なかった。そもそも食欲という存在そのものがすでになく、これ以上胃袋に入れてしまえば吐き出してしまう自信があったからだ。むしろ、現時点でその兆候が少しだけ来ていた。
「昼休みからは保健室行き確定だな。ま、俺が上手くいっておいてやるよ」
「ん、サンキュー」
「そのよしみで教えろよ」
「何を?」
「お前ってさ、浅田さんのこと好きなの? いや、好きだろ?」
「好きじゃないかな。うん、好きじゃないよ」
「ウソッ!?」
迷うことなく答えた拓斗に、意外とでも言いたげな風に驚く田中。
その気持ちは分かるけどね。
田中の気持ちに、拓斗もそう思う。
けれど、拓斗の中で芽生えている気持ちはそんな簡単な表現で現すことが出来るような気持ちではないということだった。言葉では表現しにくいほど大事な存在であり、居なくなった自分の存在が消えるに近い存在。そういう状態の相手を『好き』という二文字で表現するには足りない。圧倒的に足りなすぎる。
だから、拓斗は否定しざるを得えなかっただけなのだ。




