執事と海賊のパーティータイム
「この旅船はすでに百人からなる我輩の配下どもが占拠したである。武器ひとつ持たない貴様らには勝機など万にひとつもあるまい」
いやらしい笑みを浮かべる隻眼の海賊船長が言う事は事実だった。
帆柱の上からは甲板の様子がよく見えた。今まさに銃や剣を手にした荒くれどもによって大切な船客たちが取り囲まれている。
だが船執事のカロンは依然、涼しげな顔を保ったままでいた。
「この船は旅客船です。目当ての積荷などどこにもありません」
「無論、船客から巻き上げるのである」
「お客様には指一本触れさせません」
「見上げた忠心。執事の鑑である。だが余計な小細工は止した方がいいのである。下から部下が長銃で狙っている」
隻眼の船長が嫌味なほど紳士的に振舞うのは王手をかけた気でいるからだ。この先は盤上でもひっくり返さない限り、状況を挽回する術はないと思っているのだろう。
「ところで疑問なのだがな、旅客船が何故この海域にいる?」
確かに近海の船乗りでもいれば海賊船長と同様に思った事だろう。
ここは海流がきつく岩礁も多い。海すらも忌避し『海の墓場』よばれる場所だった。
なればこそカロンは逆に問うた。
「海賊殿こそ何故こんな場所に?」
「……」
「答えては頂けませんかね?」
「それはこちらの台詞。……まあいいである。そろそろ降伏してもらいたい。仲間に呼びかけ、すべてを引き渡すのであれば命までは見逃してやるのである」
「果たしてそれは本当でしょうか」
「本当である、ついで略奪が終わったら港まで護衛してやる」
「あなたは十年前にも同じ台詞を吐いている。結果、抵抗を止めた全員が皆殺しにされた」
「……」
「あなたがこの海域を利用する理由は後始末の為。襲撃した船をこの海流に流せば藻屑となり消せる。何ひとつ犯罪の手がかりを残さなければ、海軍に目もつけられず、ひっそりと略奪稼業が続けられる」
「我輩の手口を知っているのかである」
「嫌と言うほどにね」
「……生き残りがいたであるか。まあいい。どちらにしろ今日が命日だ」
「貴方たちのね」
カロンは懐から素早く何かを取り出すと振る。それは呼出し用のハンドベルだった。
――ちりん。
突如、上空に暗雲が立ち込めだし、太陽が消え始め、まるで夜が訪れたようにあたりが静かに暗くなる。
同時にそれまで怯えていた船客たちにも異変が起きる。海賊たちを尻目に彼らは仄暗く輝きだし、身体の輪郭を曖昧にさせ、風で揺れる絹のような異形へと変貌していく。
「ど、どうなってやがるである」
「冥土ノ土産ニ教エテヤロウ」
船執事のカロンの姿も先ほどとは別のものに変わり果てていた。皺ひとつなかったはずの黒の燕尾服はまるで何年も雨風に晒されたように朽ち汚れ、元々細身だった手足は枯れ枝のようだ。何より執事にしておくには惜しいほどの美貌が失われ、代わりに虚ろな髑髏となっている。その双眸は悪魔的で禍禍しいまでに爛々と赤い。
「モハヤ、コノ海流ニイタ理由ヲ答エルマデモアルマイ。コノ船ハ、オ前ラ二、殺サレタ者ノ怨念デデキタ幽霊船ナノダ」
どこからともなく楽団の音楽が始まり、それが合図となって、船のあちこちから悲鳴、命乞い、断末魔、楽しげな歓声があがる。
世にも恐ろしいパーティーは三日三晩続き、百名の海賊と隻眼の船長は朽ちた海賊船だけを残し、その消息を絶ったという。