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 連れて来られたのは王宮の外れにある塔だった。せかされながら階段を上り、天辺の小部屋に押し込まれた。後ろ手に縛られたまま椅子に座らされる。隊長がわたしを睥睨して言った。


「訊ねられたことには正直に答えよ。偽りを吐けばさらに罪が重くなるだけだ」


 花嫁候補から一転、王族暗殺を謀った容疑者だ。父には胸中で詫びるしかない。

 犯行の動機、ルーディの入手経路、混入方法、土壇場で気を変えたのはなぜか、等々。ときにやさしく、ときに恫喝をもって尋問される。


「わたしは殿下を害そうなどと考えたこともありません。ルーディは確かに栽培しておりましたが、適切に管理をしております。ワインに入れたのはわたしではありません。気を変えたもなにも、殿下が口にされないようにグラスを払っただけです。わたしが仕組んだことではありません」


 どんなに言葉を変えて訊ねられようとも、身におぼえのない容疑を認めることはできない。それよりもセシル嬢を調べてほしいと訴えれば「他者に罪をなすりつけるのか」と言いつつ、隊長は部下を向かわせてくれた。信じてもらえたとは思わないが、調べてもらえるだけでも有難い。感謝を述べると怪訝な眼で見られた。


 何時間経っただろう。

 暴力は振るわれないものの、延々尋問を受けてひねられた腕には血が通わず痺れるし、座りっぱなしで尻が痛い。答える声もかすれてきたころにようやく縄がとかれた。


「あんたも強情だな。それに媚もせず、同情をひくでもなく、俺に礼を言うとは」


 厳めしい顔を崩して呆れたように呟いた隊長に、そういえばこの人を見たことがあったと気づく。

 薬草園で見かけた騎士だ。両殿下付きの王宮騎士には上位貴族が登用されるという。意外に伝法な口調に驚いたが、男爵令嬢のわたしよりも身分は上だ。気安い空気にのってしまわないよう表情を戒める。


「やっていない罪を認めることなどできません。隊長も無実の人間を尋問するほど無駄な仕事はなかったと、いつかお気づきになりますよ」

「言ってくれるが、いつかでいいのか?」

「……できれば早急に。体力が持ちそうにありませんので」


 フッと鼻で笑った隊長は、部屋の隅にたたまれていた毛布を投げてよこした。


「俺個人の勘じゃシロだがね。休める間に寝ておけ。明日はもっと長くなる」

「安心して眠れる言葉をありがとうございます」


 皮肉に片手を上げて応え、隊長は去って行った。しっかり扉の鍵をかけて。

 唯一の窓は自殺防止か鉄格子がはまっており、地上はめまいがするほど遠かった。鉄製の扉に取りついてどうにかしようとする気力も体力もなく、投げられた毛布にくるまって床に倒れこむ。

 ああ、両腕が痺れて痛いし、床は固すぎだ。

 ドレスの胸元をさぐり、合わせになっている生地の間から栞を取り出した。

 証拠となるハンカチに包まれたルーディを見つけたからだろう、騎士たちの身体検査は武器を隠し持っていないかにかぎられていたようだ。手のひらにおさまるほどの小さな栞は見つかることはなかった。


「今ごろわたしの部屋はめちゃくちゃになっているだろうな……」


 帽子は無理だったが、これだけでも持っていてよかった。

 栞には殿下からもらったリロットの花が挟んである。水を替えてもしおれてしまうのがもったいなくて押し花に加工した。花びらは色あせてしまったけれど、脳裏に焼きついた鮮やかな青色はいつでも重ねられる。

 ――最後に見てはくれなかったな……。

 合わなかった視線を思い出し、チリチリうずく胸にぎゅっと栞を抱き込んだ。温度などないはずの花があたたかい気がして、肩の力が抜けたわたしは疲労にまかせて目を閉じた。




「――レサ、テレサっ、テレサってば!」

「……ちがう、わたしはアネッ、って、~~ペコか!?」


 夢うつつに答え、まさかという思いで目が覚めた。

 あわてて顔を上げると、鉄格子のはまった窓に黒髪の少女がはりついていた。

 外を覗いたから塔の高さは知っている。外壁は足がかりとなるひさしもなく飛び降りたら確実に死ねる高さだったが、ペコはまるで足場があるようにしっかりと立ち、鉄格子を握りしめて棒と棒の間に顔を押しつけて部屋の中を覗いていた。むにっと変形した頬がちょっとおもしろいご面相になっているのは指摘しないでおこう。


「どうしたんだペコ!? 危ないじゃないか!!」

「大丈夫! 保護者同伴だから心配ご無用です! それよりも聞いたよ、事件のこと。大変だったね……」


 気遣ってくれる黒い瞳に、不覚にもほろりときそうになった。年下の少女に心配はかけられない。「いや、そうでもなかった」とわたしは笑って首を振った。


「どんな風に聞いたのかは知らないが、わたしは犯人じゃない」

「あったり前じゃない!! 私があなたを犯人だと思ってるって、本気で言ってるんなら怒るよ!?」

「怖いなペコは。うなづいたらひどい目にあいそうだ」

「私の人を見る目は確かなんだからっ。テレサを信じられなくて、どうして友達だって名乗れるのっ」


 ぷりぷり怒っている様もまた愛らしい。胸が詰まって涙をこらえるのが大変だった。

 顔が熱い。ペコに負けず劣らず変な顔になっているんじゃないだろうか。


「あまり興奮するなよ、勇者。空中浮遊は三歩までだ」

「襟首咥えなくていいから! 加護って微妙なのが多いのはなんでなのっ?」


 ちらりと上の方に見えた黄金の毛の持ち主が保護者なんだろう。なんとも畏れ多い付き添いだ。


「ゆっくり話したいのはやまやまだけど、上のが目立って仕方ないの。さっそくだけど事件のことくわしく教えてくれる? 私も調べてみるから」

「ペコが動くのか? 隊長に頼んだのだが」

「ジャック隊長でしょ。もっとくわしく調べた方がいいってあの人が言い出したの。暗殺にしては致死量の毒でもなく、殿下に恩を売る気だとしてもお粗末な計画だからって。でもね、状況はテレサに不利だわ。証拠となるルーディの粉末を持っていたのが、あなたが拘束されている一番の理由よ。自宅での栽培も認めたでしょう? “作っているから使った”だなんてひどい暴論よねっ。だけど他に有力な手がかりがなくて困ってるの。なんでもいいから気づいたことはない?」


 隊長に話した推測をもう一度繰り返す。

 わたしの話を聞いていたペコは二、三質問をすると、「うん、調査の方向性がわかったかも!」とニッコリ笑った。そして格子の間から手を差し出してきた。


「指切りしよう指切り!」

「……痛いのは遠慮したいんだが」

「ちがうちがう、約束だよ。絶対守る約束」


 促されるまま、ペコの小指に自分の小指を絡める。

 指切りげんまん~と不思議な呪を唱え、最後に指切った!と離された。指を切られるのも針を飲まされるのもたいがい痛そうなんだが。


「安心してね、テレサ。私が必ずここから出してあげる。暗殺の疑いなんてリオノスの羽根より軽く吹き飛ばしちゃうんだから!」


 ペコの瞳は黒でありながら暗くはない。闇を払う強さを持ってわたしを見つめていた。眩いほどに煌めいて、夜明けを導くリオノスの星が瞳に宿ったようだ。


「わたしのことを、……信じてくれて、ありがとう」


 お礼をいう声が震えてしまって弱った。

 ペコの友情が――胸に刺さって弱った。


 彼女や殿下に「テレサ」と呼ばれるたび、偽りの仮面に隠した心が削られる。

 わたしはアネッサだ。駆け落ちした妹の身代わりに王宮にやって来ただけ。本来なら王宮に足を踏み入れることも、花嫁候補になる資格もない女なのだ。

 偽りの仮面をかぶることがつらい。仮面を外すと心はもっとボロボロで、今すぐ本当のことを言って家に逃げ帰りたいと悲鳴をあげている。


「待ってて、できるだけ早く迎えに来るから!」


 バイバイ、と手を振ったペコの頭がふっと沈む。落ちたのかと窓に飛びつくと、バサリと羽音が夜のしじまをやぶった。下から上に黄金と純白の風が吹いたと思ったら、元勇者と保護者の聖獣は姿を消していた。




 +++++++++++++++




 監禁生活は、一日が長かった。

 初日に問い詰めてくれた隊長は、朝の挨拶がわりに訊ねましたというやる気のない質問をしたっきり、だらだらと雑誌を広げて読んでいる。見張りと尋問は彼ひとりでこなすのか、部下の姿はない。

 はじめは緊張していたわたしも肩透かしの空気に手持無沙汰だった。べつに鞭でぶたれたいわけではないが、やることがなくて暇だ。


「尋問はいいのですか?」

「あー……あんたがやったのか?」

「わたしはやってません」

「だろ? みんなそう言うんだ。だが調べればわかる。王宮騎士団は優秀だからな」


 信用失墜行為の見本はこちらの胡乱な視線に気づいてか、雑誌から目を上げて「ダルトン男爵が拘束されたぞ」と教えてくれた。


「お父様がですか?」

「ルーディの軟膏を持っていたらしいな」

「それはわたしのものですっ、わたしがお父様に渡したのです!」

「どちらのものだろうと変わらん。王子の暗殺未遂だ。女一人の犯行より、利権がらみの裏があるんじゃないかと調べるのがセオリーだろ? まだなにも出てないがな」


 父が拘束。叩いてもホコリが出るくらいで政治的に後ろ暗いことなどない我が家だが、身代わりの件がある。

 王族を偽った罪はどれほど重いのだろう。父の提案を了承し、実行すると決めたのはわたしだ。罰せられるのがわたしひとりならいいが……。


「わたしの部屋も調べられているんでしょうね」

「クッションの中綿から本のページ一枚一枚までな」

「……お願いがあるのですが、部屋にクリーム色の帽子があります。できれば乱暴に扱わないように伝えていただけませんか?」

「あぁ~、例のね」


 なぜか半笑いの隊長に首をかしげる。


「例の? 帽子が事件に関係していますか?」

「いんや、こっちの話だ。誰かさんに付き合わされて街に行ったことを思い出してね。わかった、伝えておく」

「よろしくお願いします」




 次の日も形ばかりの尋問が終わり、暇を持て余したわたしは隊長が読み終えた雑誌を借りた。可愛い女の子がいる酒場特集……?


「俺から借りたって殿下には言うなよ」

「殿下はどうしておいでですか?」


 わたしの言葉に「二日目か、賭けは俺の勝ちだな」とニヤリと笑い、「稼がせてくれるのはいいが、あんたは男心の機微をもっと勉強した方がいいぞ」と意味不明な説教をされた。


「なんの賭けか知りませんが、それで、殿下は?」

「ピンピンしてるよ。花嫁選びも終盤で忙しそうだがな。グループをいくつかまとめて舞踏会をする予定だったが、この騒ぎで変更されたんだと。最終日に一括でするらしい」

「一回ですませるのですか? 一晩だけとなると、殿下と踊れない娘もでてくるのではないでしょうか」

「いいんじゃないか? 全員と踊りたいわけじゃなさそうだぜ」


 確かに。百人をこえる数と踊りたい人間はそうはいないだろう。

 納得していると「察しが悪いって言われないか?」と尋ねられた。


「特に心当たりは。あ、殿下に一度だけ」

「あーそう……青少年の突っ走り具合に期待ってところかね? ぼやぼやしてると朝告げ鳥の鳴き声まで聞かせられかねんが、頑張れよ」


 よくわからない励ましにうなづいておく。朝告げ鳥の鳴き声なら毎朝聞いているのだが。




 三日目は容疑が晴れたとして、父が釈放されたことを聞いた。一族ぐるみの企みではないと判断されたらしい。ホッと胸をなでおろした。

 四日目は進展がなく、「これを読んで勉強しろ」と隊長に押しつけられた乙女向けの恋愛娯楽本を読んですごした。

 五日目も進展がなく、「間違えた。こっちを読んで勉強しろ」と隊長に押しつけられた花言葉の本を読んですごした。


 六日目に事態は急転したようだ。

 朝一で飛び込んできた隊長は、「セシル・ルフ・ガラナーが捕縛された。ルーディの粉末を所持していたそうだ」と言い残し、また飛び出していった。

 ぽつんと取り残されたわたしは、隊長が戻ってくるまでやきもきしながら部屋をうろついていた。

 昼を回って隊長がやってきた。


「吉報だぜ。ガラナー男爵令嬢が犯行を語り始めている」

「セシル嬢が? いったいどういう状況なんですか?」

「あんたの推測にもとづいて彼女を張ってたんだ。暗殺の警戒を名目に警備を強化し、王宮の中にも外にも掃いて捨てるほど騎士を配置してな。そうしたら夜中にコソコソと庭に出て、あんたの部屋の前にルーディ入りの小瓶を埋めようとしたんだ。うようよいる騎士の目を盗んで処理することができず、あわよくばまたあんたに罪をなすりつけられるかもしれんと考えたんだろうが、俺たちは彼女が行動を起こすのを待ってたんだ」

「わたしの部屋の前に!?」

「心配するな、一部始終を監視していたからな」

「ですが……」


 ルーディを持っていただけで犯人になるなら、わたしとセシル嬢の立場は変わらない。

 不安を隠せないわたしに隊長は不敵に笑った。


「勇者と聖獣に犯行現場を見られて、どこのどいつが言い逃れできるっていうんだ?」


 ペコが動いてくれたのだ。隊長も、騎士たちも、多くの人が解決に向けて協力してくれている。


「ありがとうございますっ……! 勇者様にも、あなたにも、騎士の方々にも、本当になんとお礼を申し上げていいかっ……」

「俺は殿下付きの騎士だからな、礼は殿下に頼む。本来の護衛対象を放っておいて護れってんだから無茶苦茶だぜ? 翼があればなぁ……いいところはみんな義姉上サマにかっさらわれて不憫なもんだ。影の功労者もいるってことを忘れないでやってくれ」

「イクタ殿下も協力して下さったのですか?」

「ああ。外堀を埋めていく手腕は王太子を見習ってんのかね? 護衛と称して騎士を張りつけ周囲と孤立させ、機嫌伺いという名のありゃ尋問だよな。日に日にやつれていくガラナー男爵令嬢に、部下たちは「殿下には逆らっちゃだめですよ隊長」と報告してくるしな。殿下が自分に振り向いてくれるどころか疑われて、いいかげん証拠の品を持っていることが不安になったんだろう。行動に移したところを空から見ていた王太子妃…じゃなかった、婚約者様が捕まえたってわけだ。人間前後左右は気にしても、上空にまで注意を払う奴は少ないもんだ」

「でもどうしてわたしを?」

「動機は嫉妬だろ。女ってのは怖いねえ」

「毒となる植物はたくさんあるのにルーディを使ったのはどうしてですか?」

「こればっかりはあんたの自業自得だ。なんでも自己紹介で薬草の効能について力説したんだってな? 殿下との仲に嫉妬して、あんたが口にした植物を調べて使おうと思ったそうだ。庭自慢もほどほどにな」


 ぐうの音もでない。庭いじりが大好きで、植物のことになるを我を忘れて熱弁をふるってしまう。殿下にも庭いじりを熱く語った過去をもつわたしは、隊長の呆れ顔に身をすくめるしかなかった。

 自白の裏をとると去った隊長と入れ替わりにペコがやって来た。小指を立ててニコッと笑う。


「お、ま、た、せ! 約束通り、迎えに来たよ!」

「ペコっ……!!」


 感極まったわたしはペコを抱きしめた。


「ありがとうっ……! ペコのおかげだ! 大丈夫か? わたしのために危ない真似をさせてしまったんじゃないのか!?」

「魔王討伐の旅に比べたらぜんぜんだよ」

「それは比べる次元が違うっ。でも、本当に無事でよかった。ありがとう。なんてお礼を言ったらいいかっ……」

「ううん、当然のことをしたまでだよ。それよりも遅くなってごめんね? 早くここを出ないとね。舞踏会は明日だけど、支度は間に合う?」


 なんなら私のドレスを貸そうか、と申し出てくれたペコからそっと離れ、首を横に振る。


「舞踏会には出席しない」

「どうして? あなたが無実だということは皆に知らせてあるから心配いらないよ? なんなら私からもう一度説明してもいいし」

「父を拘束して調べたと聞いた。だったらもうペコも知っているんだろう? わたしは第二王子の花嫁候補として招かれたテレサじゃない。わたしはテレサの姉で、アネッサという。駆け落ちした妹の身代わりとして王宮に来たんだ」


 黒い瞳は瞬いただけで、驚きはなかった。

 道化は最後まで踊らなくてもいい。恋愛娯楽本にも書いてあった。シャンデリアの明かりの下で踊るのは、王子とお姫様だと決まっている。身代わりもばれ、わたしは花嫁候補でもなんでもない部外者で、王族を騙していた罪人だ。

 床に膝をつき、両手を胸に重ねて頭を下げる。



「これまであなたを騙していたことをお詫びいたします。偽りの名を告げ、分不相応にも友人になろうとした愚かな女です。父も家族もわたしが言いくるめて実行した計画です。いかような罰であってもお受けしますが、どうか咎はわたしだけに……」

「――どんな罰でも受けるの?」

「はい」


 平坦な声だからこそ凄みがあった。衝撃を覚悟して目をつむると、頬に火が走った。


「いっ……!」

「ばか! なに他人行儀にしゃべってるの!? アネッサは忘れっぽいのを通りこして人の話を聞いてない! 私の人を見る目は確かだって言ったでしょ! 名前なんて関係ないよっ、あなたがエリザベスだってポチョムキンだって友達になったよ! アネッサは私が勇者だから友達になろうと思ったの!?」

「ひひゃうっ!」


 力いっぱいつねり上げられていた頬が解放され、わたしは真っ赤な顔で睨んでくる少女を見上げた。


「違う。ペコが好きだから、友人になりたいと思ったんだ」

「ねえ、私も同じ気持ちだから友達っていうんじゃないの?」

「…………そうだな」

「そうだよ!」


 当たり前のことだった。ニコニコ笑うペコにつられて、頬がゆるむ。


「で、罰なんだけど。政治的なことはよくわからないからおいといて、私からの罰は舞踏会に参加するっていうのはどう? アネッサの素性は一部の捜査関係者にしかバレてないよ?」

「そういう問題ではないだろう。これ以上罪を重ねるわけにはいかない。わたしは最初から花嫁の条件に当てはまらない歳なんだ。許されるなら一刻も早く王宮を去った方がいいだろう」

「王妃様のお触れかぁ……」

「歳も身分も申し分ない花嫁候補が集まっているのだから、殿下がお気に召す方もきっといるはずだ」


 確信をこめて言うと、ペコはぐるりと瞳を回し「靴を片方忘れて行ってくれない?」と尋ねてきた。ペコが欲しいなら両方渡すがと脱ぎかけると、「やっぱりいい。寝ぼけっぷりは眠れる森だから」と嘆息まじりに撤回された。


 塔を下りると、ペコから父はまだ王宮にいると聞かされた。陛下に蟄居を命じられ、わたしを連れて領地に戻る予定だったらしい。


「このままイクタ殿下と会わずに帰るの?」

「……とても顔をあわせることなどできない。殿下も自分を騙していた女と会いたくないだろう」

「それ、本心じゃないよね?」


 勇者は、勇気ある者だ。聞こえの良い言いわけなど断ち切る視線に目をそらしてしまった。

 身代わりをして親しくなったひと。

 自分が王宮にはいられない存在だとわかっていながら、殿下を騙し続けていた。向けられる視線も、交わした言葉も、リロットの花も、本来なら妹が受け取るはずのもの。


「……わたしが会いたくないんだ。嘘をついてそ知らぬ顔で接していた自分が恥ずかしい。情けなく、後ろめたい。それに、怖いんだ。殿下に蔑みの目で見られたらと考えると、とても怖い……」


 卑怯で臆病なわたしの告白を黙って聞いていたペコは、「他人が口出しすることじゃないって、こういうこと?」と溜息をつき、「隊長を呼んで来るね」とこちらの肩をポンと叩いて駆けていった。


 勇者に恐縮して青ざめる父と一緒に、用意された騎士団の馬車に乗り込む。逃亡防止のためか領地まで騎士が同行するらしい。

 ペコに見送られてわたしたちはひっそりと王宮を離れた。

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