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 ぽっかりと空いたテーブル。グループの少女たちに遠巻きにされるなか、ひとりで食事をとりつつセシル嬢を観察をしていた。

 セシル・ルフ・ガラナー。

 父は一代で財を成した豪商、母は貴族の一人娘。爵位を金で買ったと陰口を叩かれているガラナー男爵の愛娘だ。彼女が「歩く葦」と呼ばれる由縁は情報通なところにある。商人の父の影響か、巷の噂で知らないことはあるのだろうかというぐらいくわしい。またファッションの流行にも敏感だ。わたしのグループでも一番おしゃれで豪華なドレスを身に着けている。

 容姿は可愛らしいという表現がぴったりだ。淡い金髪はくるくる渦を巻き、空色の瞳はぱっちりと大きい。白いドレスを着せたなら、間違えて人間に生まれてしまった天使かと思うだろう。

 視線に気づかれたらしく、セシル嬢はきつい一瞥をくれた。隣のミランダ嬢とユリアナ嬢に耳打ちすると、いっせいに席を立ってしまう。

 ……近づくどころか顔も見たくないほど避けられているので、心配はいらないぞペコ。

 一気に味気なくなったパンに溜息がこぼれる。人に嫌われるというのは憂鬱なものだ。




 +++++++++++++++




 だから晩餐会の夜、セシル嬢が訪ねてきたのは予想外だった。

 わたしと関わりたくないにちがいないと思っていたから、「一緒に参りましょう」と誘われて面喰らったが、断われる時間じゃない。晩餐会の参加を短時間で終わらせたいとギリギリまで部屋にいたのが仇になったようだ。

 グループの少女たちはすでに広間に向かった後なのだろう、静かな廊下をセシル嬢と連れ立って歩く。


「殿下にお逢いできるのもあと二回……少ないと思いませんこと?」


 “――噂を流しているのは彼女のようなの”

 同意も否定もできず、わたしは黙って歩を進めた。

 少女たちは二回しか殿下と会っていない。いずれもお茶会の場で、一対多数の関係でしか彼と接したことがないのだ。ベンチに並んで話をしたこともなく、誇らしげに義姉自慢をする顔も、大人びた彼がときどき子どもっぽい感情を表すことも知らない。

 意地悪なところさえ憎めない、身内想いでまっすぐな少年。いつの間にかわたしは、殿下に好感を抱くようになっていた。

 スタートは同じ、国中から集められた花嫁候補の一人だったはずなのに。贅沢にも殿下とお茶ができなくなったことが寂しいと思っていたわたしは、少女たちに恨まれるのも当然の存在だった。


「もっとお逢いできたらいいのに。それか、わたくし以外の人間が会えなくなってしまえばいい。そんな風にも考えてしまいますの。わたくしのこと、可笑しいと思いまして?」

「……殿下をお慕いする女性なら皆考えてしまうことではないかしら?」

「あなたもなの? テレサさん」

「いいえ、わたしは……」


 空気が肌を刺す温度にかわった。セシル嬢は冷ややかな声で「さすが、余裕がおありですこと」と吐き捨て、ドレスが触れ合うほど身を寄せてきた。


「あなたからいつもこの香りがしますね。父は香水も扱っていますが、かいだことのないものですわ。どこの香水をお使いですの?」

「これは売りものではなく、わたしが作った匂い袋です。リロットの花を使っているんですよ。よろしければひとつお作りしましょうか?」

「いいえ、結構ですわ」


 愛想よく申し出たはずが、返ってきたのは嫌悪もあらわな答えだった。


「――わたくしこの香りが大っ嫌いですの」




 本当はわたしのことが嫌いだと言いたかったのだろう。察せられないほど鈍くはないつもりだ。

 足を早めたセシル嬢に取り残され、最後に広間に入ったわたしの席は殿下から一番遠い位置だった。セシル嬢の隣に小さくなりながら腰を下ろす。彼女はつんとそっぽを向き、話しかけるなというオーラをまとっていた。

 しかし、わたしに嫌味を言いたいがために遅れたのなら、ずいぶん割に合わない席になったのではないだろうか。早く来ていれば殿下の顔や声が聞こえる位置に座れただろうに。

 広間の奥の扉が開き、騎士や従僕を従えてイクタ殿下があらわれた。

 一瞬上がりかけた黄色い悲鳴は、広間を揺るがすことなく消えていく。少女たちも学習しているのだ。彼好みの女性になるためにむやみに騒ぎ立てることはひかえている。

 料理が運ばれ晩餐会はとどこおりなく進んで行く。

 セシル嬢は食べるのもそこそこに、じっと殿下を見つめていた。他の少女たちも同様だ。かくいうわたしもあまり手が動かず、数日会わなかっただけなのに殿下をちらりと盗み見てしまう。

 なにを話しているんだろう? 殿下が冗談でも言ったのか、席の近い少女たちはクスクスと笑っている。

 父がご機嫌伺いを欠かさない理由がわかった。直接挨拶に行かないと声も届かないような下座では、王族に顔を売り込むどころではない。このまま何事もなく終わるのかと思っていたら、さすがに花嫁を探すための晩餐会、殿下と話をする時間が与えられるらしい。

 場所が移され、立食形式にかわる。といってもテーブルに並ぶのはデザートやワインのつまみだが。

 暗黙のルールが定められたらしく、晩餐会の勝者、殿下に近い席を勝ち取った者から順番に殿下へ挨拶にいけるようだ。


 所在なく飾られた絵画を眺めたり果物をつまんで時間をつぶしていると、セシル嬢に「参りますわよ」と促された。わたしたちの順番が回ってきたらしい。

 華やかなシャンデリアの光を受け、髪を後ろに撫でつけた殿下はこれまでで一番大人っぽく見えた。さらけ出された耳から顎にかけてのラインに精悍さが漂う。宝首環の重々しい輝きが彼に落ち着きと威厳を与えていた。

 わたしとセシル嬢は殿下の左右にはべり、礼をとった。


「わたくしは、セシル・ルフ・ガラナーと申します。殿下とこうやってお話しできるなんて、夢のようですわ!」

「本当に、セシル嬢と同じ思いです。わたしはテレサ・ルフ・ダルトンと申します」

「あなた方にお逢いできたことが夢なら、覚めてほしくはないものですね」

「わたくしも同じ夢を見続けられるなら、一生朝が来なくてもかまいません。わたくしに魔法が使えたら、国中の朝告げ鳥の嘴をみんなくくってしまいますのに」


 いやいや、太陽が昇らないと植物が育たないから困る。

 賛同しかねる微妙な表情に気づいてか悪戯っぽく笑った殿下は、わたしとセシル嬢の片手をそれぞれすくい取った。

 殿下の動きにふわりと鼻先をかすめた芳香。

 あれ? この匂いは……。


「夢はいつか覚めるもの。やはり現実でお逢いする方がいい。夢の中では触れられませんからね」


 さらりとタラシな真似ができるのは誰に似たのか、彼は順に指先に口づけるふりをした。

 せ、背中が痛い。他の少女たちからやっかみの視線がビシバシ飛んで来ているんだが……。

 顔が引きつるわたしと違ってさぞ喜んでいるだろうと見やったセシル嬢は、なぜか表情をこわばらせていた。怪訝に思っているとハッとした様子で、「まあ殿下、お戯れでも嬉しいですわ」と微笑みを浮かべた。

 殿下に向けた微笑みはとろけそうに甘いのに、わたしに向けられた眼はゾッとするほど酷薄だった。

 殿下もこれ以降周囲を刺激する言動は慎んでくれたらしく、あたりさわりのない会話が始まった。

 さすがセシル嬢、話題の豊富さで右に出る者はいない。彼女が可愛らしく表情を変えながら話す感心したり思わず噴き出すようなエピソードの数々に、わたしも殿下もすっかり聞き入ってしまった。

 セシル嬢はハンカチで額を押さえ、しゃべり通しののどを潤すためだろう、給仕を呼び寄せた。

 ワイングラスが三つテーブルに並ぶ。


「こちらのワインはリオニアのレグレア地方で作られたものですわ。ほとんどが王宮に献上されるため、市場に出回るのはごくわずか。わたくしの父も扱っておりますが、人気が高くていつも品薄の状態です。レグレアワインの芳醇な香りは他のワインと一線を画しますわ」


 ひとつ差し出されたグラスを受け取り香りをかぐが、もちろんなにもわからなかった。

 我が家は王室御用達のワインを手に入れられるような位になく、わたし自身もお酒を飲まないため、「いかが?」と聞かれても「はあ、ワインですね」と間の抜けた返事をするしかない。もったいない、父なら泣いて喜ぶだろうに。

 乾杯を前にグラスをテーブルに戻すと、二人の視線がわたしに向いた。


「召し上がられませんの?」

「希少なワインなのに申し訳ありません。父はワインに目がないのですがわたしは体質に合わないらしく、飲むと酔って記憶がなくなるのです。殿下の前で醜態をさらすわけにはまいりません。こちらの果汁をいただくことにします」

「大変、それなら仕方ありませんわね」


 苦笑したセシル嬢は「殿下には改めてご説明する必要はないでしょう」と、そっとグラスを手に取った。

 あっ、それはわたしの置いたグラスじゃないか?

 口をつけていないが、殿下に渡るのは不敬だろうと制止する。


「殿下、それはわたしが手にしたグラスです」

「申し訳ありません殿下! わたくし取り違えてしまったようですわっ」

「かまいませんよ。ダルトン嬢の前で幸いといっていいのか、ワインで酔ったことはありませんから」


 そう言ってくるりとグラスを回す腕の動きに、またも香る嗅ぎなれた芳香。

 リロットの花にわずかにハーブが混ざった香りはとてもわたし好み、というよりもわたしが調合した匂い袋と同じもののような……。

 いち早く止められたのは、無意識に殿下からの香りを気にしていたためだろう。

 先ほどワインをかいだときにはなかった違和感。揺れるワインの表面に浮かぶ小さな塵。

 ワインの香り? ちがう。

 匂い袋の香り? ちがう。

 これは――ルーディの香りだ!!


「飲むな殿下っ!!」


 殿下の手から払ったグラスは弧を描き、甲高い音を立てて砕け散った。

 床にワインとグラスの破片が飛び散り、キャアッ!と悲鳴があがる。


「なにをなさいますの!?」

「飲んではいけないっ、これは毒だ!」

「毒ですって!? なにをおっしゃるのっ!?」


 駆け寄ってきた騎士と従僕を殿下が押しとどめ、「テレサさん、毒とはどういうことですか?」と問われた。


「殿下が手にしていたワインにはルーディと呼ばれる植物が入っていました。薬にもなりますが、直接口にすれば体に害を及ぼします。多量に摂取すると死に至ることもあります」


 青ざめたセシル嬢と殿下に説明しながら、わたし自身、もし殿下が飲んでいたらと考えて血の気が引く思いだった。

 薬草と毒草は表裏一体。使い方を誤ればおそろしい結果になる。ルーディは血の巡りをよくする軟膏の原料になる植物だ。外用薬として使われるのは、口にすれば胃を荒らして吐血し、多量に摂取すれば意識を失って死んでしまうこともあるからだ。さらに酒精と相性が悪く毒素が強くなる。乾燥させると独特の香りが薄れ、他の薬草と間違える危険があるので扱いに注意しなければならない。

 ワインに浮かんでいた量では体調を崩す程度で死にはしないだろうが、問題は量の多少ではない。

 ことは王族の暗殺未遂だ。

 わたしの説明に騒然となる周囲をなだめながら、殿下は証拠としてワインと砕けたグラスを丁重に片づけるよう指示した。念のため、テーブルに残っていた二つのグラスも下げられていく。


「テレサさん、あなたが気づいてくれたおかげで助かりました」

「いいえ、殿下が口をつけられる前でようございました」


 両手を胸に重ね、礼をとる。

 緊張の抜けきらない身体はまだ指先まで冷たい。ほうっともれた安堵の溜息が指先に熱く感じた。


「――わたくし、ひとつ納得がいきませんの」


 バタバタと気忙しい雰囲気の中でセシル嬢の声はよく通った。

 まっすぐ背筋を伸ばし、彼女はひたりとわたしを見据えていた。


「どうしてテレサさんは毒が入っていることにお気づきになれたのかしら? 犯人はどんな手を使って毒を入れたのか不思議じゃありませんこと? わたくしがどの給仕に声をかけるかなんてわからないでしょう。もちろんどのワイングラスを取るかもわかりません。もし違う方の手に渡っていたら、殿下よりも先にそれを飲んだ方がいたら、毒が入っていることに気づかれてしまいます」

「……それで、なにに納得がいかないんですか? ガラナー嬢」

「一番確実な手は、殿下に渡ることがわかってから毒を入れることだとお思いになりません?」


 周囲の視線がわたしに集まった。

 殿下が手にしたグラスは、わたしが香りをかいだグラス。口をつけなかったからとテーブルに戻し、それが殿下の手に渡った。給仕が持っていた段階では毒が入っていなかったと仮定したら……?


「どうして毒が入っていることにお気づきになれたの? どうして毒の種類まで言い当てられるの?」

「セシル嬢、まだ毒だとはっきり判明したわけではありません」

「ええ、殿下のおっしゃる通りです。たとえ毒ではなかったとしても、テレサさんはなにを根拠に毒だと判断されたの? こんな騒ぎになってあなたの思い違いではすまないわ。確信をもって動かれたのでしょう?」


 じっとりと嫌な汗がわいてくる。

 セシル嬢の眼はねずみをいたぶる猫のように光っている。

 凛とした声の追及で周囲の動揺は疑惑に変わり、わたしに無言の糾弾が飛んで来た。


「香りがしたのです。それにワインに塵のように黒い物が浮いていました。ルーディは乾燥させると黒くなり、保管するときは粉末状にして瓶に詰めますから」

「香りと塵、ね。あなたは乾燥させたら香りが薄れるとおっしゃったのではなかったかしら? それに保管方法までご存知なの? ずいぶんお詳しいこと。そんな知識をどこで得られたのかしら?」


 いよいよまずい方向に話が進んでいる。けれど、どうしようもない。セシル嬢は“わたしがした”説明をくりかえしたに過ぎないのだから。皆固唾をのんで事の成り行きを見守っているようだ。


「納得がいかないのは、あなたがまるでその毒を扱ったことがあるように見えるからですわ」

「――わたし知ってますっ! テレサさんはサロンに顔を出すこともなく、毎日コソコソとどこかへ行かれるんです! それは王宮の薬草園だったわ!」


 ユリアナ嬢の叫びに、ざわっとどよめきが起こる。

 後をつけられていたのか……。苦い思いで唇を噛んでも今さらだが、黙っていれば犯人にされかねない。


「ユリアナ嬢は誤解をなさってるのではありませんか? 王宮の薬草園にはルーディはありません。王宮庭師のブルーノ氏に確認をとってもらえればわかります。ルーディは寒い地方に生える植物です。王宮では栽培しにくい品種ですわ」

「でも、ダルトン男爵の領地は北にあるのでしょう? あなたの趣味は庭の手入れ、植物を育てることだとおっしゃっていたのではないかしら? あなたたちも聞いたわよね? ミランダさん、ユリアナさん」

「ええ、確かに聞きましたわ」


 異口同音に紡がれた肯定。

 グループの自己紹介で趣味はなにかと聞かれたから、軽い気持ちで答えた。

 刺繍に絵画に音楽観賞、彼女たちと話を合わせることは無理だとふんで、もう二度と王宮へ来ることもないだろうし、花を育てるのは淑女の趣味の範囲だろうと、テレサのふりを忘れて言った言葉。こんな風に自分に返ってくるとは思いもよらなかった。


「それで、あなたの趣味の庭にはございますの? ルーディとやらの毒草が!」


 言い逃れはできない。否定しても、家を調べればすぐにわかることだ。

 真っ青になる顔を自覚しながら、わたしはうなづくしかなかった。


「……ありますわ。でもわたしは犯人ではありません! 育てていただけで罪に問われることはないでしょう!」

「もちろんよ、それを殿下のワインに入れさえしなければね!」

「わたしが入れたわけではありません!」

「自分で毒を入れて自分で発見する、自作自演もいいところだわ! 殿下をお助けして恩を売るつもりだったのでしょうけれど、あなたの思い通りにならなくて残念ね!!」

「違う! わたしはやってない! あなたの言いがかりだ!」

「まあ怖い! 化けの皮が剥がれるとはこういうことねっ。殿下、早くこの女を捕らえてしまいましょう!」


 ダークブルーの瞳は憂いにけぶり、わたしにじっと注がれる。

 ――わたしじゃない、あなたを害そうとなんかしていない。

 捕縛しかけた騎士は彼を見て一瞬止まったが、声がかからなかったために職務に忠実に動き出した。

 両腕を捕らえられ、はたくように身体をさぐられる。「手荒な真似はするな」とだけ殿下が告げた。

 調べる手が腰のあたりに下がったときだ。ドレスの隠しポケットから二枚のハンカチが抜き出された。

 二枚? 一枚しか入れていなかったはずなのに。

 しかし、どちらもわたしのものだった。

 厳重に丸められたハンカチを広げ、騎士は血相を変えた。


「隊長っ! ハンカチの中に植物を乾燥させたものと思しき粉があります!」


 険しい顔で駆け寄ってきた一際立派な騎士は、ハンカチの中を確認し、わたしに突き出してきた。

 ハンカチには塵のような黒い粉末が包まれていた。


「女、これはお前が先ほど言っていたルーディの粉末か?」


 笑えそうだ。いや、泣けてくる。

 先ほどもワインにまじってかいだ香り。わたしは「ルーディに間違いありません」と答えた。


「このハンカチはお前のものか?」

「……わたしのものです」


 符号が次々に合う。点と点が結ばれていく。

 ルーディが包まれていたのは、嫌がらせで盗まれたと思っていたハンカチだった。

 ドレスに着替えたときは一枚だったのに、いつの間にかポケットに忍ばされていた。香りがもれないよう厳重に巻かれていたハンカチは、その場で包んだものではなく、前もって仕込まれていたのだろう。

 いつ、誰が?

 広間への道すがら、セシル嬢はドレスが触れ合うほど身を寄せてきた。わたしの匂い袋の香りを確かめるためだと思っていたけれど、推測通りなら? テレサは流行りのドレスが好きだった。隠しポケットの位置はセシル嬢なら見当がつくだろう。

 ワインにルーディを入れたのは?

 最初にかいだとき、おかしな香りはしなかった。ルーディが入れられたのはその後だ。

 わたしと殿下以外にグラスに触れる機会があった人物がひとりだけいる。ほとんどが加工品になって流通しているルーディを原材料で手に入れることも、彼女の家なら難しいことではない。


 ひねるように後ろ手に回された手首に縄がかかる。

 状況だけならわたしほど犯人にふさわしい人間はいない。

 わたしを取り囲む人々の眼はどれも蔑みに満ちていた。殿下は考え込むようにうつむき、視線が合わない。


「さようなら、テレサさん」


 心底嬉しそうなセシル嬢の声を背に受け、わたしは騎士に押されてよろめきながらその場を後にした。

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