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月曜日がやってきた

作者: イナエ

月曜日がやってきた。

時計の針が十二時を刺す、日付が変わると共に、机の横側の窓を、硬いものでカツカツ叩く音が微かに聞こえる。読んでいた猫と少年の話を書いた小説を机に置き、開きの悪い窓を開けると、月曜日が甘い鳴き声を出しながら入ってきた。

月曜日は、日曜日の日付が変わる十二時ぴったりにやってくる三毛猫。だから月曜日と呼んでいる。

誰かに飼われているのか、首には赤い首輪が巻いてあり、毛並みは毎日しっかりと櫛で梳かしているようで、いつもサラサラだった。

ゴロンと机の上に仰向けになり、腹を撫でろと言ってくる。そっと手を置き、毛並みを整えるように撫でる。

少しすると、前足で撫でる腕にパンチをかまし、指をあま噛みし「もういい止めろ」と言うように攻撃をしてくる。猫は何時だって気まぐれなのだ。

立ち上がる月曜日の首輪に紙が結び付けてあるのに気がついた。

「何をつけてるんだお前?」

紙を解いて取り、折りたたまれ結ばれていた紙を開いて見る。

『月が綺麗ですね』

女の子の字なのか丸びを帯びていて、可愛らしい字で書かれていた。

窓から空を眺めてみる。確かにまん丸太った綺麗な満月だった。

誰に見せるために書いたのか分からないし、元に戻した方がいいのかな。

けれど、頭にふと好奇心が顔を出した。この人に返事を書いてしまおう。

『私も好きです』

月を眺めるのは、私も好きだったので素直な感想と、ウサギが餅をついてる絵を添えた。

かまわなかったから暇なのか、眠たそうな月曜日の首輪に手紙を結びつけた。



深夜の三時になろうとしていた。どんよりした空気を入れ替えるために窓を開けると三毛猫が入って来た。

人になれているのか、全く逃げようとする素振りがなく、むしろ、ふてぶてしく机の上に寝転がり始めた。

猫は嫌いだ。気分屋で好かれているのか嫌われているのか全く分からない。

小学生のとき、捨てられている子猫を見つけた。母親に飼っていいか聞いたが、「カブトムシの世話も宿題もちゃんとやらないあなたに猫の世話なんてできるの?」とぐうの音も出ないほど言い負かされてしまった。

しかし、飼えないからと言って、捨て猫のことを放っておけることもなく、学校が終わると、給食の残りをあげに毎日通った。

僕が顔を出すと、捨て猫は甘い声で鳴いた。「好かれている」そう思うには十分の要素だった。

ある日、いつものように捨て猫に会いに行くと、捨て猫の側に知らない親子がいた。

子供のほうが捨て猫を抱き上げて「今日からお前は僕ん家の子だ!」と笑った。それに返事をするように、捨て猫は甘い声で「にゃ~」と鳴いた。

絶望するには十分な声だった。その一声で、世界に僕一人残らされたかのように気分が遠くなった。そんな僕の横を、猫を囲み、笑いあう親子が通りすぎた。

ふつふつと怒りに似た感情が湧き上がった。

悔しい。取られた。僕の猫だったのに。僕が毎日世話をしていたのに。あいつも僕以外に甘い声で鳴きやがって!!

それから、猫を見るたび、あの時の気持ちを思い出して、嫌な気持ちになった。

傲慢で我が儘で、ただの嫉妬だってことはわかっている、それでも僕は、猫が嫌いなのだ。


さて、この三毛猫をどうしたものか。床を叩いて大きな音を立てても、本でぐいぐい押しても、まったく動く気配がなかった。

三毛猫が自分の腕を舐めるついでに、下敷きにしている紙を舐めた。

「あ!おまえ、やめろ!」

焦った僕は、三毛猫を抱き上げた。と、同時に腕には鳥肌が立ち、ゴキブリを素手で触ったような嫌悪感が、腕の先から頭の先まで電気のように走った。

しかし、ここで放す訳にはいかない、下には書き進めている小説の原稿が置いてあった。

「う、う……」とうめき声をあげながら、なんとか三毛猫を床に下ろした。

原稿を取り上げ、目立って濡れていないのを確認すると、安心したのか、床にへたり込んだ。

「よかった、僕の小説……」

潤んだ瞳で原稿を眺めた。

「ほぉ……お前、小説を書くのか」

「まだ見習いみたいなものだけどね、将来は小説家になるのが夢なんだ」

「そうか、小説か、私は文字は読めないからな――」

ん?僕は今、誰と会話をしていたんだ?

「って聞いているのか見習い、おい!」

声のするほうに顔を下げると、三毛猫がギリシャ文字のオメガに似た口をパクパク動かして、流暢な日本語を話していた。

「人と話すときは相手の顔をだね――まあ私は猫なんだけどね。しかしだ、アイコンタクト、目で語る。など、眼とは非常に大切なものなのだから、会話してる時くらい目を見たまえ」

呆然とする僕をよそに、三毛猫は一人、いや、一匹? で会話をしていた。しかも、自分のボケに自分で突っ込みを入れながら。

「ちょ、ちょっと待って!」

「何だね、見習い」

「な、なんで猫が喋って……あと見習いって」

「猫が会話をしちゃいけない法律があるのかい? それに自分で、僕は見習いだ。と言ったんだろう。」

猫に法律のことをとやかく言われる筋合いはない、お前、国民年金払ってんのかよ?

猫にそんなこと言ったって仕方がない。それに、僕は小説家志望、こんな摩訶不思議な出来事そうそうないし、あわよくば次回作のネタにできるかも。

「見習い、小説を書いているなら頼みがある」

「頼み?」

「文字の書き方を教えて欲しいんだ」

三毛猫は、土下座のつもりなのか、頭を下げ、前足を突き出して「伸び」に似たポーズをした。

文字の書き方……まずは、ペンの持ち方から、だな。


「清楚で、可愛らしい娘なのだ」

あの日から何日か経ち、何回目かの褒め言葉を三毛猫は興奮気味に言った。噂の「あの娘」は日曜日の夜中になると必ず電気を点けて待ってくれているらしい。妄想もここまでいくと褒めたくなる。

三毛猫は、夜中の三時を過ぎると毎日現れ、ペンを持つ練習をし、昨日ようやく字を書く練習に辿り着いた。初めてペンを持てた時は、一人と一匹で手放しで喜び、コンビニで買ってきた、猫缶とカップラーメンで祝杯をあげた。

「見習い、礼を言うぞ」

ひらがなの「あ」の練習をしながら、三毛猫は呟いた。猫に礼など言われても、嬉しくなんかなかったが、少しだけ照れた。

「そういえば、お前、手紙には何て書くか決まってるのか?」

「もちろん、決まっている」

「なんて書くんだ?」

「まだ教えぬ」

グルグルと喉を鳴らしながら三毛猫は浮かれたいた。余程その女の子のことが好きなのだろう、猫は嫌いだが、好きな子を思って、頑張って文字を書く奇妙な猫を、応援しない気にはなれなかった。


数日経つと、もうひらがなは大分書けるようになっていた。まるっこくて、まるで女の子が書いてる文字のようだった。もちろん、指導していた僕は、最初から気が付いていた、けど、面白そうなので、黙っていることにした。

書けるようになったお祝いに、コンビニで猫缶とカップラーメンを買って食べた。

「よし大分書けるようになった、次は漢字を教えてくれ」

「漢字?もうひらがなで良いだろ?」

「見習い、私は漢字が書きたいんだ」

「漢字ってのは、人間が何年もかけてやっと覚えるものなんだよ」

「ふむ、ならば仕方ない」

目に見えて落胆し、ひらがなの練習をし始める三毛猫が、少し可哀想になった。

「しょうがない、使いたい漢字だけ教えてやる、言ってみろよ」

勢いよく顔をあげ、瞳をキラキラ光らせ「信じていたぞ見習い」と喜んだ。

「何て書くんだ?」

前にも聞いたことがあるが、その時は、秘密だと言われた。今回は言ってくれるだろうか。

「月が綺麗ですね、と書きたいのだ」

少し照れて、前足で耳をかきながら呟いた。

「月が綺麗ですね」夏目漱石が「I LOVE YOU」を訳した時に使った台詞だと言われているけど、三毛猫は、それを知っているのだろうか。

「漱石のこと知ってるの?」

「漱石?知らんな、誰だ?」

深く考えすぎたみたいだ、猫が夏目漱石を読めるわけないしな。

「あの娘の部屋は月が綺麗にみえるのだ、まずそこを褒めて、仲良くなり、文通相手をしてくれれば嬉しい、そして、後に会話など――」

三毛猫が永遠と語るのを止め、それからは、その文字だけを集中して練習をした。飲み込みが早いのか、やはり数日で書けるようになってきた。例の如く、コンビニの猫缶とカップラーメンでお祝いした。


今日も、猫を待ちながら、小説を書いている。そろそろ小説の終わりが見えてきた。三毛猫といると不思議と筆が進んだ。

窓を開け、準備を整える、虫の鳴き声だけが響く、遠くで走ってる車の音が微かに聞こえるほどに、静かな夜だった。

気がつくと、三毛猫といる時間は苦痛ではなくなっていた。猫嫌いも少し良くなった気さえする。むしろ、僕は、あいつといるのが楽しみになっていた。くだらないことを喋りながら、文字の練習をし、小説を書き、夜食を食べたり、お祝いしたり、すべてが楽しかった。

「手紙が書けたらいなくなるんだよな……」

三毛猫には悪いけど、この時間がもう少し続けば良い、と願ってしまった。

――神様は、時に残酷なのだ。

遠くを走っていたはずの車が、いつの間にか近くまで来ていた。車の音が、僕の家の前を通ろうとしたとき、ドンッという鈍い音と微かに短い動物の鳴き声が聞こえた。車はスピードを下げる事なく通り過ぎて行った。

時計を見る。午前三時。秒針がリズムよくカチカチと音を鳴らしている。砂時計から砂が落ちるように、血の気が下がっていった。

まさかな。あいつは喋れて、文字も書けるくらい賢いし……。

考えとは裏腹に、僕は走りだしていた。

外に出ると、道のわきに、小さな影が見えた、恐る恐る近づいてみる、悪い予感は的中していた、三毛猫がぐったりと倒れていた。抱きかかえると、べっとりした温かいものが手にこびりついた。

「お、おい、三毛猫……?」

足が震えてうまく立てなくなってきた。震えは足から腕に、そうして脳まで浸透した。

「110番?違う、病院……病院に連れて行かなきゃ!?」

震える足に力を込めて、倒れそうになりながら、走り出した。


「安心しなさい、もう大丈夫だよ」

先生は、夜中に突然やってきた僕と三毛猫を心配して、快く診てくれた。

「出血は酷いけど、幸い大した怪我じゃなかったよ」

「よかった、本当に」

もう遅いから、と今日は帰るように言われて、短いお礼と、また明日来ますと言い、帰ることにした。


次の日、僕は早朝から病院に向かった、不安で一睡もできなかったし、小説を書く気なんて起こるはずもなかった。

病院に着くと、先生に再びお礼を言って、足早に三毛猫のもとに歩いた。

腕と頭に包帯を巻いている三毛猫は、もう目覚めているようで、歩いてくる僕を見つめていた。ゲージから優しくとりだして、抱き上げた。

「おい、お前、心配したんだぞ」

注意するように、しかし、笑顔で、眼には涙を溜めていた。

三毛猫はしっかり僕の目を見つめながら、ギリシャ文字のオメガに似た口を開いた。

「にゃ~」

飼い主に安心しきっているような甘い声で三毛猫は鳴いた。

苦笑いしか出てこない。悪い予感が頭のなかを駆け巡った。

「何ふつうの猫のマネしてんの、ちゃんと喋れよ」

「にゃ~」

喉をグルグル鳴らし頭を擦り付けてきた。

「おい、おい……喋れよ!!」

急に出した大声にびっくりしたのか、三毛猫はビクッと体を揺らし爪を立てた。固まる三毛猫の耳に、ポタリと滴が落ちた。僕はそのまま膝から落ちると、声を殺して泣いた。

三毛猫は、涙で濡れた僕の顔にパンチをかました。


あれから僕は、三毛猫と僕のことを小説にし、見事、小説家になった。

三毛猫は、僕の部屋で飼うことにした。赤い首輪を着け、プレートに「見習い」と書いた。

不思議なことに、ペンは持てないし、字も書けない、喋ることもなくなり普通の猫になったのに、散歩経路は事故前から変わっていないようで、日曜日の夜中二十三時頃散歩に出掛け、午前三時になると、机の横側の窓から帰ってきた。

今日も、そろそろ散歩に行く時間なのだろう、見習いが起き上がり伸びをした。

近頃練習していた「あること」がやっとできるようになったので、前々から練っていた計画を今日決行することにした。

それは、小さなメモ帳に女の子独特の丸っこい字で「月が綺麗ですね」と書いて、見習いが恋焦がれていた「あの娘」に手紙を出すことだ。

見習いを呼び、櫛で毛並みを整えてから、首輪に手紙を結びつける。

「さあ、いってこい」

窓から出ていく時に、見習いは振り返り、僕の目を見つめた。


「小説家、礼を言うぞ」


本当は「にゃ~」と鳴いたのかもしれない、けれど、僕には、あいつの声が聞こえた気がしたんだ。

――そして、僕はまた、真っ白な原稿にペンを走らせた。


ここまで読んでいただきまして、ありがとうございます。

とても嬉しいです。


私は、フンベルト・フォン・ジッキンゲン男爵が大好きで、恐れ多くも、男爵に近い感じの猫の話を書くつもりだったのですが……。

あれ……? おかしいな。遠い。


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