2月14日の心傷
2月14日、今日という日の憂鬱を何と表現しよう。
最初に言い出したのは僕だった。世界にはもっと慈悲があるべきで、神はもっと万人に愛を与える必要があると嘆いた。
カズは僕の主張を全面的に肯定して、世界が如何に不平等であるか。持たざる男達がどれだけ虐げられているかを説いた。
それは自分達の現状を見れば明らかだった。
そして僕らは決意する。
今日、2月14日の地獄に、聖戦を挑もう。
全ての持たざる者達に勇気と希望を。
バレンタインディ万歳。
*
僕がコンビニで買ったのは三ツ矢サイダーの味がする飴と、太めのマジックに画用紙だった。
僕らはコートにネックウォーマー、手袋という格好。それと右手には紙袋。傍からみれば変質者に見えるかもしれない。それで良いのだ。むしろそうで無くてはいけない。
駅の表口前を戦場に決めた。
時より、構内から流れてくる暖かい空気が、僕らを包む。そのせいか、それを殺す冬の風が、一層厳しく感じられた。
僕らは勇敢にも2人で仁王立している。
怪しげな格好に、首からはコンビニで買った画用紙をぶら下げた。画用紙には太めのマジックで簡素な文章が書いてある。
"Please give us chocolate!!"
さあ始めようか、持たざる者たちの聖戦を。
*
飴はチョコレートを恵んでくれた人達に渡した。一方的に貰うのは気が引ける。
30分も立っていると、思いのほか小さな紙袋は、ほとんど一杯になってしまった。本当に意外だ。カズは調子に乗って追加の袋を買いに行き、僕は1人になった。
1人ぼっちの祭りはつまらない。昨日ろくに寝ていないせいもあってあくびが出た。少しづつ、睡魔は猛烈になっていく。
喧騒がぼやけると、暗く冷たい奈落が待っていた。
*
パキリ、と音がした。
パキリ、パキリ、また同じ音だ。何度も何度も。
これ以上無いぐらい完璧なリズム。
真白い少女を見るまで、それが人の足音なのだと気づかなかった。
「楽しそうね」
彼女が踏むたび薄氷が小さくヒビ割れ、彼女が通り過ぎるたび、それを忘れたかののように亀裂は消えた。
“ここは湖の上?”
声にならない。
「よく知ってるじゃない」
何のこと?
「つまんないなぁ。ここは何にも無いんだもの」
何を言ってるの?
「愛は不平等だもの。愛はみえないもの」
何が言いたいの?
「君みたいなの、結構好きよ」
わけ分かんないよ。
彼女は笑って、
「分かって無いんだ。つまんない」
と言った。
*
カズの声がした。
「何寝てんだよ。こっからが本番だろ。この袋一杯に集めたら、絶対皆に自慢できるって」
何故だろう。カズのやろうとしていることが、急に馬鹿馬鹿しく思えた。
どうしてだろう。あんな夢に意味なんて無いのに。
僕は夜空を見上げる。右ポケットの飴が一つだけ無くなっていた。