激高
女は屋根を蹴り、二人に頭上から襲い掛かった。
「! 危ねぇ!!」
ユミルをドンと突き放し、自身は反対方向に跳んだ。
「きゃっ…!」
その丁度真ん中に女が降ってきた。
「…なんで分かった?」
女が不服そうにブラックに訊く。
「なーに、ふと下を見たときに円形の影が映ってたからな。上から来たのは失敗だったな、通り魔!!」
ユミルが態勢を立て直して女を見る。
「え…。」
ユミルは硬直した。
「お母さん…?」
「何…!?」
ブラックが驚く。
女は自分の顔を触り、仮面がないことに気付いてにやりと笑う。
「そうよ?ユミル、お母さんよ…?」
ゆらりと立ちながらユミルに向かって言う。
「う、嘘…、なんで…?なんでお母さんが通り魔なの…?」
「なんでって、楽しいからよ。」
「だ、だって!お父さんは通り魔にやられて…!」
ブラックがまた驚く。
父親のことを聞いたときに暗い顔をしていたのはそういうことだったのか。
女はさらに笑みを広げて話す。
「ユミル、私はね?毎日毎日家事をするのも、上辺だけの人付き合いをするのも嫌になっちゃったの。
だから記憶喪失になったフリをしてたの。
そうすれば、家事は全部あなたとお父さんがしてくれるし、
ベッドから動かなければ人付き合いも気にしなくて済むわ…。」
ユミルは目を見開いて固まっている。女が続ける。
「でもね、毎日そんな生活するのも疲れちゃったの。刺激がほしかったの。
何か無いかと考えたら、人を殺せばいいんだって気づいたの。
試しに一人刺してみたら、これがまた気持ちいいの。今まで満たされなかった物が満たされた感じ…。
私が求めていたのはこれだったのよ…。
調子に乗って何人か殺ってたら、いつの間にかお父さんも殺しちゃってたの。
ふふ、可笑しいでしょう?」
ユミルは涙を零した。
ブラックが怒って言う。
「てめぇ…!ユミルはお前のために一生懸命がんばってたんだぞ!
お前はそれを見てて何も感じなかったのかよ!?」
女は真顔になって言う。
「ええ、感じたわ。娘の私への愛と…。」
ブラックに振り向いて続ける。
「夜遅くまで帰ってこないから、その間刺し放題だったことを感謝してるわ…!」
ブラックの怒りが頂点に達した。
「てめええええ!」
ブラックが二本の剣を抜き、斬りかかろうとしたその時、女はユミルを盾にした。
「ふふ、斬りなさいよ、さあ!さあ!!」
「性根が腐ってやがる…!」
ユミルは目が虚ろで震えていて、とても抵抗できる精神状態ではない。
女はブラックが一瞬踏みとどまったのを見て、ユミルを離して地面に潜った。
「!?」
「ふふ、私は影の中を自在に動くことができるの。あなたは恐怖の中で死んでいくのよ…!」
女の高笑いが響く。
「影の中、ねぇ…。」
剣を構える。
「『龍陣』、発動…!」
「ふふふっ、さあ、行くわよ?刺すわよ?」
ブラックは女の声を無視して、
「属性エンチャント、火+火…。」
と呟き、二刀を振りぬく。
「『炎龍之架橋』!」
ごうっ、と道の左右に炎の壁が作られ、影の中にいた女が地上に弾き出される。
「ひっ…!影、影ええぇ!!」
女は影を探すが、炎の光で全ての影は色を褪せている。
ブラックが女に少しずつ歩み寄る。
「ま、待って!も、もう刺さない、刺さないからああ!」
女はブラックに懇願する。
「…本当か?」
「あ、いや、でもあと三人くらい…。」
ブラックは右手に持つ剣をしまい、右手を握りしめて拳を振り上げる。
「あ、ま、待って!じゃあ、あと一人に…!」
「豚小屋で懺悔しろ!!くそ野郎!!」
ゴッ!!
鈍い音が周囲に響いた。
ユミルはその姿を虚ろな目でじっと見つめていた…。
翌日、通り魔が捕まったという新聞が刷られていた。
「ユミルさん、大丈夫かな…。」
宿屋の一室でイールが呟く。
「心配だね…。」
ルリィも賛同するが、ブラックは違った。
「あいつなら大丈夫だよ。」
そう言うと立ち上がり、
「さぁ、次の町に行くぞ!」
と言い、部屋を出て行ったため、慌てて二人は後を追った。
ブラックが宿屋を出ると、入口の横にユミルが立っていた。
「どうした?」
何か迷うような仕草を見せて、決心したように言った。
「あ、あの!私も連れて行ってください!」
後から出てきたイールとルリィが頭に?マークを浮かべる。
「イール、付いて来たいんだってよ。どうする?」
「も、もちろん構いませんよ!」
ユミルが満面の笑みを見せる。
「ふ、不束者ですが、よろしくお願いします!」
「おう、よろしくな。」
こうして、旅にユミルが加わった。
理由としては、生きる目標を見失ったからとのことだが、
本人はもう一つの理由は言わなかった。
ユミルの視線の先にはブラックがいた…。
彼らがこれから向かうのは情報屋の町、カルテッサ。
腕に刻印のある男の情報を探しに行くのだった…。