忍び寄る影
宿屋の予約を終えたイール達。
彼らはブラックにそのことを伝え終え、図書館前の坂を下りていた。
時計を見ると午後4時、今から宿屋に居ても暇で仕方ないだろう。
するとイールは、
「ねぇ、時間あるし町見て回らない?」
とウキウキしながら言う。
「うん、行こう!」
と元気よく答えるルリィ。
二人は存分に魔法使いの町を楽しんだ…。
一方ブラックは…、
「なあ、この本とかどうだ?」
「あ、それの下巻あります?まだ読んでないんです。」
「下巻…、これか。はいよ。」
ユミルの手伝いをしていた。
帝立図書館と言うだけあって、記憶に関する情報の本だけでも途方もない冊数を有している。
一月そこらで読破できる量ではない。
あれから話を聞くと、ユミルは学校に通った帰りに毎日ここに来ているそうだ。
母親のためにそこまで頑張るユミルにブラックは心を打たれ、手伝っているというわけだ。
真剣に手伝ってくれるブラックに対し、ユミルは心が温かくなるのを感じた…。
時刻は午後8時、遊び疲れたイールとルリィは宿屋に向かって夜道を歩いていた。
「あー、楽しかったー…。」
「しっかり満喫しちゃったね♪夜になっちゃったけど…。」
だがその時、笑いながら歩く二人の後ろから黒い影が迫っていた。
「!?」
イールが振り返る。
「どうしたの?」
「今、殺気が…!」
「! まさか通り魔…!?」
二人は剣を抜いて構える。
辺りに人はおらず、物音一つない。
ランタンの薄明かりに照らされた石畳が妙に薄気味悪く感じる。
「…。」
気を引き締めて左右を確認する二人。
「マスター、後ろだ!」
ルリィの剣が大声で言う。
すぐさま後ろに剣を振りぬくルリィ。
イールが後ろを向くと、そこには黒い服を身に纏った仮面を付けた女が立っていた。
先ほどの一撃は躱したようだ。
イールは女を睨み付けて言う。
「お前が例の通り魔か…!」
女は軽い口調で答える。
「あらあら、ばれちゃった。喋る剣なんて珍しい、それさえなければ今頃ぶすりと行ってたのに…。」
女が鈍い光を放つナイフを見せつける。
すると、ふふっと笑い、イール達に向かって走り出した。
イールは剣を握りしめる。
「『空を翔る刃』、発動!」
剣を振り、斬撃を放つ。だが、なんと女は地面の中にすっと消えてしまった。
「なっ…!?」
女の声だけが聞こえる。
「これは私の能力、『闇からの急襲』。私は影の中を自由に移動することができるのよ…。」
するとイールの右方からナイフを持った腕が飛び出てきた。
かろうじて剣で防ぎ、飛び退く女を追撃しようとしたがまた影に潜ってしまった。
「くっ…!」
いつ、どこから来るか分からない恐怖と焦りでイールは平静を保てなくなっていた。
「イールさん。」
ルリィに呼ばれて少し冷静になるイール。
「次攻撃して来た時に捕まえるから、そこを叩いて。」
「捕まえるって…。」
「任せて。」
自信満々な顔を見てイールは強く頷いた。
ルリィは腰に巻いていた布を手に取り剣に話しかける。
「アイドゥ、伝達速度最速でお願い。」
「了解した、マスター。」
アイドゥと言うのは剣の名なのだろう。
伝達速度とは何だろう、と思ったが、今は考えている余裕なんてない。
再び辺りが静まり返る。
女の気配は全くない。
すると、女がルリィの左方から襲い掛かる!
だが、ルリィは待ってましたと言わんばかりの笑みを浮かべていた。
「何…!?」
女が驚く。そしてルリィが叫ぶ。
「『自由自在の布きれ』、発動!」
すると、ルリィの持っていた布が意志を持つように女の腕に絡みついた。
「ぐうっ!?何よこれ!」
女は腕を封じられ、身動きが取れなくなっていた。
「イールさん!」
掛け声に反応し、体当たりの構えを取って高速移動歩法を使った。
「『楼影打』!!」
技が命中し、女の体を吹き飛ばす。
吹き飛んだ先で、女は呻き声を上げながら悶え苦しんでいた。
「まだ意識があるのか…!」
イールとルリィは再び動きを封じようと駆け出す。
女の付けていた仮面が、からん、と音を立てて地面に落ちる。
「お、お前らの顔、忘れないからな…!」
そう言うと女は俯いたまま影の中に消えて行った。
二人は辺りを見回す。
「…逃げられた!!」
その頃、ブラックとユミルは彼女の家に向かって並んで歩いていた。
「もうすぐ私の家です。」
「おう、了解。」
そんな二人の様子を、通り魔の女は屋根の上からじっと見ていた…。