イールの力
時刻は午前8時、旅の支度を済ませたイールとブラックは、まだ準備中のルリィを家の前で待っていた。
「おーい、まだかー?」
二階にいるルリィに声を掛けるブラック。
「も、もうちょっとー…。」
バタバタと音が聞こえる。
女の子はいろいろとやることがあるらしい。
数分後、階段を下りる音が聞こえ、家のドアが開いた。
「お待たせー。」
イールはドキッとした。
昨日は普段着の長いスカートを履いていたが、今は足を露出している。
腰には白地にピンクで花の模様が描かれた布を巻いていて、片方の端は膝辺りまで垂れている。
その下には黒い短いスパッツを履き、膝から踝にかけて布を巻いている。
イールは目のやり場に困り、視線を逸らした。
「よし、じゃあ行くか!」
ブラックが元気よく言う。
「…の前に、町はずれの空き地にね。」
ルリィが言う。
「ああ、そうだったな。ついて来い、イール。」
ブラックに連れられてしばらく歩くと、周りを木に囲まれた広い空地に着いた。
そこには人型の的のような物がいくつか置いてあり、それが何かをルリィに聞くと、
「あれは 再生人形って言って、
壊れてもすぐに元通りになる特殊な魔法がかけられてるの。
技の練習やファカルティの試行にはもってこいでしょ?」
ふふっ、と笑った顔を見てイールは頬を赤らめた。
空地の真ん中で足を止め、ブラックが話し出した。
「よし、それじゃあファカルティについてもう一度説明するぞ?
ファカルティっていうのは自分のイメージしたものを魔力で具現化するものだ。
ルリィは 命無き者との対話、俺はと言うと…。」
話を中断し、ブラックは背中の二本の剣を取り出して構えた。
一瞬淡く光ったかと思うと、彼の剣は炎を纏っていた。
「ふっ!」
再生人形に向かって剣を振り下ろすと、人型をあっさりと両断した。
その切り口は黒く焦げ、めらめらと燃えていた。
振り返って続きを話し出す。
「これが俺の能力、『龍陣』だ。
火、水、風、土の四つの属性を剣に纏わせることができ、二つの属性を同時に使えば複合属性。
例えば火と土なら溶岩、水と風なら氷って感じで使うこともできる。
一本の剣に纏わせられるのは一属性だけ、そのための二刀流ってわけだ。
ちなみにちゃんとした技もあるんだが…、まぁいつか見せてやるよ。」
(僕にもこんな力が…。)
イールは心臓の鼓動が高鳴るのを感じた。
「それじゃ、次はお前の番だな。場所は丁度そのあたりでいい。」
ブラックはイールに歩み寄りながらそう言った。
さきほど切った人型は、地面に落ちた上半分がふわりと空中に浮き、元あった場所に戻りぴたりとくっついた。
「僕の能力はどういうものなの…?」
ドキドキしながらブラックに問う。
「かなり強い力だ。前にお前と模擬試合をやったときもまるで歯が立たなかったしな。」
(僕がブラックを圧倒していた…?)
イールは信じられないとばかりに目を見開いた。
「いいか、まずは魔力を剣の根元から切っ先へと素早く移動させるんだ。」
ブラックが言う。
(あれ…、この言葉、どこかで…。)
イールの視界にモノクロの風景が広がった。
(これは…?)
男と少年、不鮮明な映像の中で読み取れたのはその二点。
少年の方は自分だとすぐ分かったが男の方は…。
(父さん…?)
その男は先ほどのブラックと同じ言葉を口にした。
「いいか、イール。まずは魔力を剣の根元から切っ先へと素早く移動させるんだ。
完璧にこなせるようになったら、今度は剣を振りながら同じことを何度も繰り返すんだ。」
映像の中のイールは、毎日言われたことを練習していた。
やがて…、
「イール、それだ!よくやったぞ!」
父親と思しき男に褒められ、笑顔になるイール。
そこで映像が切れた。
「…イール、どうした?」
はっ、と我に返る。
「大丈夫か?」
「大丈夫、ちょっと離れてて。」
「? あ、ああ…。」
ブラックは首を傾げ、イールから離れた。
「まずは魔力を…。」
ぶつぶつと何かを呟くイール。
ルリィとブラックは顔を見合わせ首を傾げた。
するとイールは先ほどの映像の中で自分が行っていたことをやり始めた。
何度か同じことを繰り返し、そして…、
「行ける…!」
イールは剣を構え、振りぬいた。
すると剣から出た斬撃が人型を真っ二つにした。
ルリィとブラックは口を開けて驚いた。
すると、再び父親らしき男の言葉が聞こえた。
「それこそが斬撃を飛翔させる能力…。」
イールはその続きを自らの口で言う。
「『空を翔る刃』…。」
新たに力を取り戻したイール、だが全ての記憶を思い出したわけではない。
イール達は記憶に関する魔法やファカルティを探すため、
パースの北にある魔法使いたちの町、エルビナントを目指す…。