だから、交際なんだって。
「また、大河くん……。その冗談はそろそろ……」
私は、切ないような気持ちと、ちょっぴり大河くんが恐いような気持ちから逃げるように、この話を切り上げようとした。
なのに大河くんは、少しいらだったように溜息をつくと、隣にどさっと座った。
私側の手をソファーの背もたれにのせ、大河くんは体をこっちに向けた状態で、じっと見つめてくる。
「だから、それが、ガードが堅いって言ってるんだよ。おまえは、ガードしてるつもりないだろうけどな、そこまで無関心に、おまえからこっちの気持ちを完全否定されると、大抵の男は、言い寄りたくても、出鼻をくじかれるんだよ。これ以上ない拒絶と、対象外宣告だろうが。しかも、ことあるごとにそういう対象外として対応されてみろ。ほとんどのヤツが自信をなくす。言い寄る隙をおまえが与えないどころか、全てたたき落として踏みにじっているんだよ。彼氏が出来るわけがないだろうが」
まくし立てる大河くんを、呆然と見つめる。
「え、ちょっと、意味が分からない……」
私はパニックを起こした。そんな、あり得ない仮定で話をされても……。
「深月、おまえ、俺が付き合おうって言ったこととか、俺がおまえを彼女だって言ってることとか、どれも本気にしてないだろ」
詰め寄ってきた大河くんに私はひるむ。でもそれ以上に動揺しているのが、大河くんの真剣な表情だ。
「そりゃあ……、だって、大河くんみたいな大人で、社長さんするような人で、更にイケメンさんな人が私と本気で付き合うとか、ネタにしか思えないでしょう……」
気圧されながら、何とか答えるけど、大河くんがそれを鼻で笑う。
「何で、俺が、深月に惚れたからって、ネタ扱いされないといけないんだ。おまえ、相当ひどい事言ってるの、分かっているか?」
大河くんの眉がひそめられる。
それを見ていると、すごく切なくなってきた。
そんな事言われたら、本気にしたくなる。もしかしたら、本気で大河くんが私の事を好きなのかなぁって、期待したくなる。
これ以上期待させるのはやめて欲しかった。
「ひどいのは大河くんじゃないですか!」
「なんでだ」
そう返してきた声は、本当に訳が分かってないみたいで、腹が立つ。腹が立って、胸が痛い。
「こんなふうにからかわれたら、私だって傷つきます」
そっぽを向きながら言うと、大河くんが苛立った様子で返してきた。
「だから、からかってないと言っているだろうが。本気で好きと言っても、ネタにしか見えないとか言われた俺の方がよっぽど傷ついてると思うぞ」
「嘘。だって、大河くんが私好きになる理由が分からないです」
私の言葉に、大河くんが、疲れたように溜息をついた。でも、その表情は、どこか怒っているみたいに真剣なままだ。
「だから、否定すんなよ」
「じゃあ、大河くん、私のどこが好きなんですか」
言えるもんなら言ってみろ。ちくしょー。聞きたくないけど。
どうだと言わんばかりに言ったのに、大河くんは、あっさりと即答してきた。
「そういうとこ」
「はい?」
意味が分からずに、ぽかんとする。大河くんはふっと表情を和らげた。
「そうやって、駆け引きとかなくて、表裏がないところ」
「な……! 私だって、裏ぐらいあります。表に出したら、裏の意味がないから隠しているだけです」
「おまえの裏なんて、表みたいなもんだよ」
ははっと、大河くんが笑う。
なんだとぉ!
涙ちょちょ切れそうだったけど、吹っ飛んだ!
「バカにした! 大河くん、今、私をバカにしましたね! 底が浅いと言外に言いましたね?!」
「深読みしすぎだ。そこまでは言ってない。だけど、おまえの裏は底が浅そうだな、それは否定しない」
「傷つきました!」
底が浅そうって言うのも傷ついたけど、一番傷ついたのは、やっぱり、笑うネタだったことだ。
そう思った私を、まるで大河くんは見越したように、すごく優しい顔して言葉を続ける。
「うん。でも、そういうところが、俺は好きだけどな。深月と、こうやって話をするのは楽しい。無理をする必要もないし、腹を探る必要もない、駆け引きなんか気にしなくても良いし、全部ひっくるめて、深月のそういうところが好きだ。深月が遠慮なく好き勝手言うのを聞きながら一緒にいると、心底落ち着く。深月の側は、居心地が良いから。俺は、おまえがここにいるだけで幸せになれるし。俺は深月と一緒にいたいと、本当に思っている」
大河くんが、すごくすごく優しい顔して、私を見ていた。見てるだけで幸せになりそうな、そんな、優しい顔。
どきどきと心臓が鳴る。
え、ネタ、じゃ、なかったの……?
私だって、その言葉を嘘だって言うほどバカじゃない。
もしかして、今まで言ってたことも、全部、ホント……?
今までの大河くんの言葉が、ぐわっと脳裏を駆け抜けて行く。
大河くんが、私を、好き?!
意識したとたん、ぐあっと体中血が巡って、頭の中破裂しそうに、顔が熱い。
「う……あ……」
私は言葉を失ってしまった。
どうしよう。うれしい。
ノックアウトだよ、大河くん!!
なんか大河くんが言ってること、すごくクサかった気がするけど、なんかすごく心にストンって落ちてきた。
まるで私の気持ちを言ってくれてたみたいに、ぴったりと私の心のに当てはまった。大河くんの言葉、私の気持ちをそのまま表したみたいに、ぴったりと同じで。
「……ホント、に?」
おそるおそる聞いてみる。
「ホントに。そういう素直なところも、めちゃくちゃかわいい。こうやって……」
というと、大河くんは急に私の方に体を寄せてきて、ぎゅうっと抱きしめた。
「抱きしめて、キスしたくなるぐらい」
「たたたたたたいがくん……っっ」
私は必死で叫んだ。
「なに?」
「どきどきして頭がパニックになるからやめて下さい!」
「……そういう深月が、かわいくてキスして、全部食べちゃおっかって、ときどき考えるんだけど、どう思う?」
といいながら、私は大河くんに押し切られるまま、ぐぐっと体勢が傾いてゆき、そのままソファーに押し倒された。
……押し倒された?!
「なななななななにをををををを!!」
「深月」
耳元で、大河くんのいいお声が囁かれる。ぞくぞくぞくぅぅぅっと鳥肌が立った。き、気持ちよくなんてないんだからね!!(涙目)
「おまえ、俺がキスしかしないの、俺にその気がないからだと思ってるだろ?」
え?
「……違うの?」
それ以外に何があると。見上げる私に、大河くんが苦笑する。
「違うの。深月が俺を受け入れる気になるまで、すごーく我慢して、待っていただけ。深月さえ、覚悟が出来れば、いつでも」
「……ただの、外人仕様のキス魔じゃないんですか?」
「誰がキス魔だよ。俺は、おまえがどう思おうが、おまえと付き合い始めてから、深月以外にキスした事なんてないからな」
え? わたし、だけ??
「えええええええ!!」
じゃあ、会社でキスばれたのとか、超恥ずかしいんじゃ……!!!
「そこは驚く所じゃない、感激するところだ」
むっとした様子の大河くんに、私は手を伸ばして肩をつかむ。
「たいがくん!!」
「なんだ」
「本気ですか!!」
尋ねて、どきどきする。今ウソって言われたら、私、死ぬ。
「……俺は、ずっと、最初から、本気だと言っていた筈なんだけどな……」
疲れ切ったように大河くんがつぶやいた。
うん、いや、そうなんだけど、ホントに、本気にしてなかった。ごめんなさい、ホントにごめんなさい。
しょんぼりして謝ると、大河くんが困ったような顔をして笑って、頭をくしゃくしゃっと撫でた。
いっつもバカにしてると思っていたその手の感触が、初めて気持ちいいと思った。
私は、覚悟を決めた。一世一代の覚悟ですよ。清水のどっかのなんかから飛び降りるぐらいの覚悟ですよ。行ったことないからどんな覚悟か分からないんだけどね!
「大河くん!」
私は、上に乗っかっている大河くんをにらむように見た。うん、にらむぐらいしないと、ちょっと勇気でないからね。
大河くんの肩をつかむ手にも力が入る。
「なに?」
大河くんはじっと私をのぞき込むように見た。
本当に、私好みのイケメンさんで、真正面からこうやってみると、耐えられないぐらい恥ずかしいな、なんて思う。
あああ、覚悟が萎えそう。萎えそうだけど、萎えたらダメだ。
気合いだー!
「大好きです!」
言った!! 私偉い! はっはっは!!
もう、後は野となれ山となれってヤツですよ。すごい恥ずかしいし、居場所ないぐらい動揺してるけど、すっきりした!
でも、穴があったら入りたい~~~!!
と、思っていると、穴に入ったみたいに、私の目の前が真っ暗になって、閉じ込められた。……みたいな気持ちに陥る、そんな大河くんの体の下。
すごく強く抱きしめられています。
でも、大河くんの逞しい体とソファーのサンドイッチです。顔は、大河くんの胸元に押しつけられて、私の顔はつぶされています。でも、今はちょっと顔を隠したかったので良い感じです。良い感じと言えば、相変わらず大河くんの肉体美はすばらしく、こう頬に触れる感じといい、私を押しつぶすがたいの良さといい、ちょっと遠慮してるであろう、ほどよい圧迫感の押しつぶされ方といい………全力で私は萌える!! 大河くん、相変わらず良い体していますね!!
頭の中は完全に現実逃避中だったり。
せっかくなので、肩に置いていた手は、首に回しておきました。
うああああ! なんか、恋人っぽい! どきどきする!
「だから、反則だって」
つぶされた私の耳に、かすかに大河くんのつぶやきが聞こえた。
何が反則なんだろう。
「深月、かわいすぎ……」
えええええ!! なんか、幻聴聞こえた!!
ガチンと体が固まった私に、大河くんが少し体を離し、私の顔を見下ろしている。そして、チュッといつものように軽くキスをした。
「なあ、キスして、いい?」
「……え?」
え、事後承諾ですか。今更ですよね。そういうのはキスする前に言いませんか?
すると、私が答える間もなく、もう一回大河くんが私に顔を近づけてきて、チュッと……じゃ、ない……。
ふにゅっと柔らかい唇の感触がして、下唇が、大河くんの唇に挟まれて、ふにゅっと食べられているような……な、なんか、いつもと違う……。
大河くんに挟まれた下唇に、柔らかい濡れた感触がなぞるように動いて、なんだかくすぐったいような気持ちいいような感触に、ひゃわわわわ……っと私は身をすくめた。
「……いや?」
なんか、すごく色っぽい囁き声が聞こえて、私は更に身をすくめる。
大河くん、そんなエロい魅力を振りまかないでぇぇぇ!
でも、全然イヤじゃないけどね! ていうか、イヤじゃなくて、好きすぎて困ってるんだけど!
目をぎゅっと瞑っていると、口に柔らかい物が差し込まれて、唇を舐めたり、無意識に食いしばっていた歯列をなぞったり、ゆっくり、ゆっくりと動く。
にゃ、にゃんか、気持ちいい………。
思わず体の力が抜けて、はうっと息を吐く。
そぅっと目を開けると、大河くんがじっと私を見ていた。
「気持ちいい?」
すごく真剣な顔をしていたから、私は誤魔化さずに、「うん」とうなずいた。そしたら、大河くんが、ほわって笑った。すごく、すごく優しい笑い方で、胸が、きゅうんっと痛くなるぐらい幸せな気持ちになっちゃうような笑顔だった。よく分からないけど、大河くんの笑顔がうれしかったから、私も笑った。
そしたら、その後、なんだか突然そのまま押し倒されるように……ってすでに押し倒されているんだけれども、激しいキスをされました。
ディープキスのディープの意味を、私は実地で知りました。
ディープでした。
なぜそんな事になったのかは、今をもってまだ分かりません。大河くんのスイッチはどこにあるのか不明です。
そんなこんなで、私、大河くんの彼女になりました。
って喜んでたら、大河くんに、「俺はずっと前から付き合ってるつもりだったけどな」と、釘を刺された。
……そうだったね!!
とりあえず、笑って誤魔化すことにしました。
おしまい。
↓ 入れ損ねた、おまけの後日談。 ↓
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「社長、ずいぶん時間がかかりましたね」
社員さんが大河くんに声をかけた。
「そんな事はないよ」
大河くんがにやりと笑う。
「でも、深月ちゃんが会社に来て、もう三ヶ月……四ヶ月ぐらい経ちましたっけ?」
「こっから先の人生考えると、たった数ヶ月だ。短いもんだろ?」
「……まだ、学生さんですよ?」
社員さんが、苦笑いした。何の話だ。私に関係あるみたいだけど。そうか、もしかして就職させてくれるのか?!
「今すぐじゃないよ、ま、そのうち、な?」
のぞき込まれて、よく分からないまま、私は頷いた。
「はい、よろしくお願いします、頑張ります!!」
と、とりあえず応えておいた。
「……絶対、こいつ、意味分かってね―な」とぼやく大河くんの声は、私には届かなかった。
その後、こっそりと、社員さんにさっきの会話がどういう意味か教えられるという羞恥プレイをされた。
私はその足で大河くんがこもっている部屋に駆け込む。
「あ、ああいうことは、本人より先に他の人に、しかも人前で言わないで下さい―!!!!」 叫ぶと、大河くんが、にやにやと笑う。
「ん? プロポーズ?」
かぁぁぁっと、耳まで赤くなる。
「待ってるから、早く大人になれよ」
そういって、チュッとされた。
「ですから、会社では~~~!!」
本日も、平和です。