ホントのトコロ、交際してるんですか?
「そろそろ切り上げて終わりにするか」
「はーい」
両腕を上げて体を伸ばしながら言った大河くんに、私は返事をすると、辺りの物を手早く片付ける。
「誰か残っているヤツはいるか?」
「二十分ぐらい前に鈴木さんが帰って、他にはいません」
戸締まりや、いろんな機器の電源を切りながら大河くんと二人で片付けていくのが、だいたいの毎日のバイトの終わり。私はその日のうちに帰る範囲で雑用をするようにしている。雑用って、やろうと思えば、いくらでもあるんだよね。やらずに済まそうと思えばいくらでも手を抜けるけど。
いつも最後に会社を出るのは大河くん。だから大抵二人で最後に会社を出る。会社を立ち上げて、ようやく軌道に乗ってきているのだとかで、いろいろあるそうだ。夕方から出てくる雑用のバイトがいる理由が、ほんの少しだけ分かった気がした。
意外と面倒だよね、会社出る前の後始末って。「終わったー!」って思った後の雑用。
私はというと、大河くんのことが好きって自覚してからも、生活に特に代わりはなく、いつも通りにバイト生活は順調だ。
大河くんが絡んでくるのは楽しいし、側にいられるのもうれしい。イケメンさんだから見ていて楽しいし、相変わらず良い筋肉しているし(最重要項目)。大河くんはスキンシップが好きらしく、ときどき触れてくる大きな手や、筋肉質な腕の感触に、きゅんとする。それが更に、好きな人の手だって言うんだから、興奮して鼻血が出そうです(出たことないけど)。
いつまでも大河くんが私を彼女ネタにするとも思えないけど、大河くんに本当の彼女が出来るまでは楽しもうかなって思う。
幸せは、堪能しなきゃもったいないしね!
いつまでかなんて考えると辛いし、こんなに側にいて辛いのを我慢できるかなんて思う気持ちはあるけれど、その時はその時。
彼女ネタを引っ張っているうちに、いい女になって、本当に大河くんを落とせたらいいなーとか夢見たりもする。
結構やる気満々。ネタじゃなくって、ホントに恋人みたいに触れてもらえるように、と言うのが、今の目標。
ふと、自分の姿を見下ろして、どこをどうしたらいい女になれるか考えてみたけど、分からなかったことは忘れることにした。
私はフロアの点検を一通り終えると、また背筋を伸ばしている大河くんの元に歩み寄る。
「お疲れ様です」
そう言うと、「おう」と、くったくない笑顔が返ってくる。
「んじゃ、メシでも食いに行くか」
早めに終わる時は用事がない限り、二人で食べてから帰るのが恒例になってきている。
度重なるお誘いでいつもおごってくれる大河くんに、断っていた私だけれど、「一人で食うの味気ないし」と言われると、ついつい甘えて、すっかりと日常の一コマになっている。まあ、最近じゃ帰っても私の分の晩ご飯作ってくれてないし、すごく助かるんだけどね。
「でも、連日おごりは気が引けるので、たまにはおごらせて下さい!」
と、時折言ってみる物の、いつも適当に躱されながら、結局食べさせてもらっている。ちなみに、割り勘も却下された。そりゃ、大河くんから見たら私は子供だけどさ。でも、子供は子供なりに気を使うんだよ。
「そこは、「私がご飯作ります」って言う選択肢はないか?」
大河くんがにやにやと笑いながら私の顔をのぞき込んでくる。
ないです。
マジでそんな選択肢を持ってこないで。料理は別に苦手じゃないけど、得意でもないし、作り慣れてもないです。
いつも母上様の作ってくれるご飯を美味しくいただいております。お母さんの料理最高!
という事で、せっかく女子力をアピールする美味しいフラグが立ったけど、これはなんとしてでも阻止しなければいけないのです。
「こんな時間に帰ってから作っていたら九時過ぎてしまいます。太るじゃないですか。それに、私、料理は作り慣れてないし、仕事終わってから作るとか、無理です」
と、心の中で血の涙を流しながら断腸の思いで力説したら、
「深月に聞いたのが間違いだった……」
そう、大河くんがうなだれた。
なんてこと!
仮にも大河くんは、私の好きな人だし、なんか、大河くんにショックを受けられたのがショックだったので、
「あの、じゃあ、大河くんが私に作ってくれても良いですよ……?」
と、我ながら、ナイスアイディアでフォローしてみたら、「何でだよ!」と、逆ギレされた。
「ええ?! 手作りを誰かと一緒に食べたいんじゃないんですか? 一緒に食べてあげますから!」
すっとぼけてみたけど、うまくいく筈もなく(自覚はある)、「人の手作りが良い」と、返された。
ちぇ。
ああ言えば、こう言う……。私だって、人の作ったものが食べたいんです。
なんかいろいろ切なかったので(主に自分の女子力とか)、責任転嫁して、大河くんはわがままだなぁ、と、思うことにしておいた。
「でも、大河くんの手作りとか、食べてみたいなぁ」
と、ふと思ってつぶやいてみると、
「……今度、うち来るか?」
大河くんの少し躊躇いがちな声がして、仰ぎ見ると、少しむっとした顔で、なのに耳が赤くなっている大河くんの顔が。
照れてる! なんだか、ツンデレっぽく照れてる! さては、得意料理があるんですね! 実は腕をふるいたかったとか!
「行きます……!!」
美味しいお誘いは、断らない主義です(ただしイケメンに限る)。
とか言いながら、今日も、なんだかんだとそんな感じで誤魔化されて、ごちそうになってしまったのでした。
……今度こそは……!!
で、今日はその話の流れで、本当に大河くんの家に招待してもらった。
冗談半分かと思っていたら、食事中に、大河くんがノリノリで計画してくれて、私は、遠慮なくお邪魔することにした。
大河くんのおうち! らっきー。
「お邪魔します」
という事で、早速その週の休日、大河くんのマンションにお邪魔しました。
きょろきょろと中を見て、意外と普通だなーとか思ったのは内緒です。
「パソコン、いっぱい……」
モニターがいくつかあって、配線がごちゃごちゃしてて、横とかにプリンタとかなんかいろいろあるっぽい感じ。
「仕事に使うから」
まあ座れよと勧められたのは部屋の割にはちょっと大きめのソファー。言われるままに座ると、これが思った以上に良い座り心地で感動する。
「うわぁ、気持ちいい」
「だろ。それだけは奮発して買ったから」
笑った大河くんの顔が、なんだか子供が無邪気に笑ってるみたいなくしゃっとした笑いで、どきっとする。
可愛いかも。
そう思ったら、自分の顔が、へにゃっと締まりがなくなったのが分かった。まあ、元々締まりなんてなかった気もするけどね。
「おまえ、ほんと、可愛いな」
大河くんがそう言って、いつものように頭をくしゃくしゃっと撫でて笑った。
「バカにしてる!」
私もいつものようにむっとしてその手を払った。
「私、可愛くなんてないですし」
そんなの、自分がよく分かっている。いっつも子供扱いして頭撫でて、可愛いとか言われても、うれしくない……事もないけど、いや、正直なところうれしいけど、むしろもっと言ってくれても良いんだけど、というか言って。でも、やっぱりなんか違うし。
こう……色気が欲しいよね!!
この際、自分にないことは棚の上に上げておきました。出来るだけ高い棚を頼む!
「深月はかわいいぞ」
大河くんが、ちょっぴり苦笑いみたいな笑い方をした。私は少しだけ拗ねて顔を背ける。
「大河くんが言うと、胡散臭いです。そもそも、かわいかったら、彼氏いない歴が年の数だけって事にはなりませんよ」
うん、ちょっと、自分で言って傷ついた。それを掬うように、大河くんが、いつものからかう口調とは違う様子で、なだめるように返してくる。
「本当に深月はかわいい。顔立ちもだけど、性格も取っつきやすいし、結構おまえ、もてるだろ」
「だから、もてないって言ってるじゃないですか」
何回も言わせないでっ と叫びそうになるのを堪える。
どっからもてるとかいう発想が。フォローの仕方にも、何というか、もっと、レベルにあった言葉を選んでもらえないと、むしろ傷つくんですが。
思わず睨み付けてしまった。
「じゃあ、言い方変えるか。おまえ、友達多いだろ。男女関係なく」
突然風向きが変わって、私はきょとんと大河くんを見る。
友達。ああ、友達ね。
思い浮かべると、好きな友達はたくさんいる。大河くんのいうとおり、男女関係なく、たくさん。みんないい人ばかりだ。
「ええ、はい、まあ。……多いのかな? 少なくはないと思いますけど」
「その中に、おまえに気があるヤツは、絶対に結構いると思うぞ」
真剣な顔して冗談言われた! なんかちょっと切ないけど、ここは笑っておく。
「ないない!! いっつもバカばっかりやってますし。そんな扱いされたことないですし」
「それは、おまえのガードが堅いからだ」
大河くんの顔が真面目っぽいのがちょっと気になるけど。でも、それはないから、もう、そこの所はイマイチ突っ込まれたくないから(軽く傷つくからね!)、しっかりと否定しておくことにした。
「えー。別に、ガードは堅くないですよ。普通に彼氏とか欲しいですし」
「俺がいるだろうが」
少し、怒ったような声だった。
……さっきまで以上に真剣そうに見えるのは、きっと気のせいだよね?




