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どう考えても交際に思えない件。

 今日は大河くんのコーヒーを入れに行ったら、社員のお姉さんにコピーを頼まれた。何かいかにも雑用っぽい仕事っぽかったので、そっちを先にすることにした。

「……おまえ、俺の雑用だろ。何で他の奴らの雑用を優先してるのかなぁ?」

 と、大河くんにからかわれたので、

「常識的に考えた優先順位です」

 きりっとして答えてみた。うん、なんか私、かっこいい。

「……なじむの早すぎだろ……」

 なぜそこで苦笑い。

「使ってくれるのは、うれしいですよ。給料泥棒は気分悪いですし。でも、私が出来る事なんてたかがしれてるし。自分で考えて仕事できたらいいけど、全然その辺りのことはまだ分かってないし。こうやって、やる事をはっきりと言ってもらえる物は、出来るだけちゃんとやりたいです。はっきり言ってもらえたり、教えてもらえるうちが花だって、父に言われました」

 だからがんばります、と言うと、大河くんは笑って私の頭を撫でた。

 また子供扱いしている。と思って、むっとしてその手をつかむ。つかんでからはっと我に返り、身もだえる。あああ。骨張った大きい手。きゅん死しそうです。

「深月は、ちゃんと周りを見ているもんなぁ。教えてもらえるのが当たり前って感じじゃないのは、良いよな。ちゃんと見て学んでるし、分からなかったらちゃんと聞くし」

「え、それは当たり前だと」

「そうでもない。それが邪魔にならずに当たり前に出来るのは誰でも出来るもんじゃないからな。タイミングが良いから、仕事の邪魔にならないし、さりげなく助かるって、みんな褒めてたぞ」

 ん? それは、褒めたって言わないのでは。

 当たり前というか、さりげなく助かる程度で給料もらってていいんですかね。

 私、ちょっと不安になりました。

「それだけのことだけど、意外とそれだけのことが出来るのには、才能と相性と、訓練とがいるんだ。以前も人づてにバイトを雇ったことがあるけど、確かに仕事はそれなりにしてるんだけど、とにかく邪魔になったこととかもあるからな」

 仕事をしてるのに邪魔になる??

 よく分からなかったけど、ちゃんと役に立てていると、皆さんに思ってもらえているのなら、それが何よりなので、よしとすることにした。

 とか思っていると。

 ちゅっ。

 ………………。

「ぎゃーーーー!! どこの外人さんですか! あり得ないです! 会社でキスとか、そんな挨拶みたいにするだなんて、日本人の風上にも置けないと思います!」

 私が大河くんを押しのけて叫ぶと、大河くんはにやっと笑った。

 か、かっこよくても許してあげないんだからね!

 コピー室は、ちょっぴり奥まったところにあるので、会社のみんなから見えないところだったにもかかわらず、自分で叫んだせいで、私、会社の皆さんに、大河くんからキスされたことがばれてしまいました。

 自分のバカさ加減に、ちょっと泣けた。

 でも、大河くんがあんなにキス魔なのが悪いと思う。

 実際、本当に大河くんはキス魔だったりする。

 会社でされることはまずないけど、終わった後に、よく食事とかおごってもらっていて、そのたびに、割と頻繁にされるから、ちょっと慣れてしまってたり。

 日本人でも、頻繁にキスされると、挨拶みたいになれるもんなんですね、とか、思わないでもない。

 でも、会社はいただけません。後、人前!! それは、耐えられないぐらい恥ずかしいです!

 コピーが終わって持って行くと、

「深月ちゃん、社長に愛されてるわね~」

 なんて話しかけられて、げっそりしている私は、力なく笑った。

「からかわれているだけです……」

「あら、でも、社長、こんな公私混同するような人じゃないわよ。見かけと言動はあれだけど」

「……あー。じゃあ、公私混同してないのかもしれません。社長、あんな事言ってますけど、私、彼女じゃないですから。本当にからかわれているだけなんです。仕事を申しつけやすそうだから雇われたぐらいですからね……。にしても、キス魔ですよね、あの人」

 ははっと笑いながら答えて、私は訳も分からず胸が苦しくなった。

 キスとか、本当に勘弁して欲しい。

 ……勘違いしたくなるから。

「そんな事ないと思うんだけどなー」

 お姉さんがにこにこと笑ってぽんぽんっと肩を叩いて励ましてくれる。

 でも、そんなんじゃないのは、私が一番よく分かってるから。

 だって、大河くんの態度は、どう見ても、付き合っている彼女を相手にしてるような物じゃないから。

 社員の皆さんからは、生暖かく私にセクハラする大河くんが受け入れられているけど、こう、公の場で、公認で口説かれていると、いかにも本気からは遠いところにあるなって感じる。冗談だって、痛感する。

 なんだか、すごく、切なくなった。


 私は、この時の何でもない会話をその日一日引きずることになった。

 胸が苦しくて、気持ちが落ち込んだ。

 頭の中で、社員のお姉さんとの会話を何度も繰り返し、違うんだよ、彼女なんかじゃないんだよ、と、心の中で何度も言い訳して、そして、私は訳も分からずへこんでゆく。

 がんばってそれは考えないようにして、いつものようにがんばって笑って、沈んだ気持ちに引っ張られないように、いつも以上に仕事をがんばって。

 なのに、ずっと、ずっとその事が引っかかって。

 そして、仕事が終わる頃、ようやく私は気が付いた。


 どうしよう。


 あんまり気付きたくないことに気付いちゃった気がする。

 私は頭を抱えた。なんか、ちょっと泣きたいかも。



 私は、大河くんが、好きだ……。



 最低すぎる。

 私と大河くんじゃ釣り合わない。付き合ってるなんて冗談の延長だし。本気になるとかあり得ない。身の程知らずにもほどがある。

 大河くんは私相手にいろいろしてくれるけど、絶対に恋愛対象として見ていない。キスはしても軽くするだけだし、それ以上は全然触れても来ない。「彼女」とか口ばっかり。


 大河くんが構ったりするから。

 大好きな私好みのイケメンの笑顔を思い出して、心の中でなじる。

 記憶の中の大河くんも、相変わらずイケメンで、かっこよくて、更に切なくなる。。

 私みたいな男の人になれていないようなのを構ったりするから。だから、浮かれて本気にさせちゃうんだ。責任なんてとれないくせに。

 大河くんのバカ。

 今更、もう、引き返しようがないくらい、私は大河くんが大好き。

 気付いてしまうと、その気持ちでいっぱいで。

 大河くんは優しいから。

 かっこいいし、大人だし、いろんな事に気がついて助けてくれるし、いっつもからかわれるけど、楽しいし。お給料くれるし。良い体してるし(萌えきゅん)。

 好きにならずにいられるはずがなかった。

 もう、ここへバイトに連れられてきてから、もう、こうなるしかなかったような気がしてきた。

 私が、大河くんを好きになるのは仕方ない。優しくする大河くんが悪い。

 自分の気持ちを自覚してしまえば、自分の中が大好きでいっぱいに埋め尽くされていることに気付く。

 初めての恋なんて訳じゃないけど、こんなふうに、身近にいて、いっぱい話して、いっぱい触れ合って、イヤなところも知っていて、なのにたまらなく大好きなんて、こんな恋、したことなくって。

 好きすぎて、どうしたらいいか、わかんない。

 大河くんのバカ。

 大好きな、大好きな笑顔を思い出して、私は心の中で、思いっきり、なじってやった。

 いっぱいなじって、なじって、ただの妹分扱いが悲しくて、でも、笑顔を思い出して、すごく幸せな気持ちになる。

 ずるいよ、卑怯だ。

 心の中に浮かぶのは、どうしようもなく私を引きつける、大河くんの笑顔。

 でも、そんなところも大好きだ。


つづく。

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