第3話 戦功一位の十人隊長
敵騎兵は見事に簡易設置の拒馬槍へ食い込んだ。
前が開いた瞬間、勝ったと思ったのだろう。
狼と騎獣にまたがった魔物たちは勢いよく突っ込み、乱雑に設置された槍やなんちゃって木槍が深々と刺さった。
次の瞬間、先頭が勢いよく転倒した。
一体が倒れ、二体目がそれにぶつかり、三体目が横へ弾かれる。
狭いこの狭隘地で勢いを殺された騎兵は、もはや突撃ではなく、後続を塞ぐ障害物になった。
「今だ! 突けえええ!」
アルトの叫びに、後ろへ下げていた槍兵と第二線が一斉に前へ出た。
倒れた騎兵の間へ槍が突き立ち、混乱した魔物へ矢が降る。
右斜面の火はまだ生きており、左の岩場は回り込みを阻んでいる。
狭隘地は一時的に、敵本隊の喉になった。
そこを、王国軍左翼が全力で締め上げた。
「押せ! 押し返せ!」
「まだ中央は落ちてない! ここで持てばいい!」
兵たちの声が変わっていた。
さっきまで潰走寸前だった者たちが、いまは『どれだけ持たせられるか』を考えて動いている。
それだけで戦場の空気は別物になる。
アルトは疲労で動きの悪い身体を無理くり動かし、剣で一体、二体と斬り払った。
勝っているわけではない。
ただ、通さないために自分を差し込んでいるだけだ。
その時、遠く中央の方角から、ひときわ大きな歓声が上がった。
尾根越しでもわかる大音声。
続いて王国軍の勝ち鬨。
さらに聖印旗が高く掲げられるのが見えた。
「勇者様が……!」
「中央を割ったぞ!」
「本軍が勝った!」
その声が、左翼全体へ走る。
勇者エルク率いる本軍が中央突破に成功したのだ。
つまり敵の中央は崩れた。
こちらを抜いて本軍の背後を衝くはずだった敵本隊は、逆に孤立しかけている。
アルトはその一瞬の揺らぎを見逃さなかった。
「角笛を鳴らせ! 左右から囲んだように吹け!」
左翼の角笛が、左右から交互に鳴る。
実際には囲めていない。
だが中央崩壊の報を聞いた直後なら、敵にはそう聞こえる。
黒い群れが揺れた。
「下がってるぞ!」
「敵本隊が退く!」
「押せ! 今だけ押せ!」
王国軍左翼は総崩れ寸前から一転し、退き始めた敵本隊を押し返した。
追い切れるほどの余力はない。だが十分だった。
敵に『ここは抜けない』と思わせれば、それでいい。
やがて戦場から角笛の音が遠ざかっていった。
狭隘地には、血と泥と焼けた草の臭いだけが残った。
アルトはその場に膝をついた。
「隊長!」
ガドが駆け寄る。
「生きてます?」
「その確認、失礼だな」
「口が悪いから生きてますね」
笑おうとして、二人とも途中で咳き込んだ。
九人の小隊は、無傷な者は一人とていない。
それでも全滅はしていない。
この狭隘地に立った時には、考えもしなかった結果だった。
夕刻、戦後の集計が始まった。
中央では勇者が敵の大将格を討ち、本会戦は王国軍の勝利とされた。
当然、陣中は勇者の話で持ちきりだった。
誰が見ても、表の英雄譚はあちらにある。
だがその裏で、司令部では別のざわめきが起きていた。
「左翼へ現れたのは本隊に近い規模だったらしい」
「もしあれが抜けていたら、本軍背面に入り込まれていた」
「最初に狭隘地へ防衛線を引いたのは誰だ?」
「火を入れ、伝令役を落とし、騎兵を誘い込んだ十人隊長がいると」
書記官たちが羊皮紙をめくり、将たちが報告を突き合わせる。
「名は?」
「第三列の……いや、左翼第三陣だったか?」
「若い歩兵隊長だという話だ」
「確認しろ」
やがて一人の副官が、傷兵名簿と部隊表を手にして顔を上げた。
「確認しました。左翼第三陣所属、十人隊長アルト・レグスです」
天幕の中が静まった。
「十人隊長だと?」
「はい。百人隊長による再編前に独断で狭隘地へ防衛線を引き、敵の連絡と進路を乱し、騎兵突撃を潰しています」
「その間に本軍が中央突破したのか」
「はい。左翼が持った時間が、本軍の勝利条件になったと見てよいかと」
別の書記官が、戦功の仮集計札を見て息を呑んだ。
「撃破数、遅滞時間、戦線保持、敵本隊阻止の寄与を加味した暫定評価ですが……」
誰かがごくりと唾を呑む音がした。
「本会戦全体で見ても」
そして、その言葉が落ちる。
「十人隊長アルト・レグス。戦功第一です」
その頃、当のアルトは包帯を巻かれながら、硬いパンを齧っていた。
「隊長」
ガドが妙ににやにやしている。
「なんだ」
「上から呼ばれてます」
「説教か?」
「たぶん逆です」
天幕の外には、将軍直属の伝令が立っていた。
勇者が魔物の軍勢を倒すその裏で。
王国軍左翼の端にいたはずの十人隊長の名は、その日初めて、将軍たちの口にのぼった。
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