第2話 十人隊長の戦い方
最初の突撃は、狭い隘路を更に狭めた荷車が受け止めた。
木が裂け、車輪が砕け、積み荷が飛び散る。
盾を構えた魔物たちが怒号を上げて押し寄せたが、隘路が狭いせいで一度に前へ出られる数は限られた。
「今だ! 突け!」
アルトの号令で、九本の槍が一斉に伸びた。
先頭の魔物の喉が貫かれ、次の一体が倒れ込み、その後ろがつかえる。
昨夜の雨で地面はぬかるみ、重い装備の相手ほど足を取られていた。
だが、それでも数の差は埋まらない。
「隊長、右から登ってきます!」
「投槍だ! 伏せろ!」
黒い槍が飛び、新兵の肩をかすめた。
別の一本が荷車に刺さって震える。
アルトは一瞬で周囲の地形を見直した。
正面だけでは持たない。
右斜面は草地で若干勾配があり、進むには向いていない。
左は斜面から落ちた岩が多く、視線も通りにくい。
敵が本気で抜くなら、そのままの圧力をもって崩しに来る。
「ガド、油壺を持ってこい」
「火を使うんですか?」
「右斜面だけ燃やす。全部には広げるな。煙で見えなくなる」
「了解!」
左翼の炊事用と火矢用に積んでいた油が、まだ近くに残っていた。
アルトは折れた旗竿を拾い、部下二人に投げる。
「それを持って右の丘へ上がれ。予備の黒布を巻いて振れ」
「黒布?」
「敵に後続がいると思わせる。数秒でいい、迷わせろ」
「そんなので」
「走れ!」
二人が斜面を駆け上がる。
ほどなくして右斜面の草に火が入った。
炎は大きくないが、人も獣も嫌がるには十分だった。
煙が低くたなびき、右から回ろうとした魔物たちの足が止まる。
同時に丘の上で、黒布を巻いた旗が振られた。
前列の魔物たちに迷いが走った。
味方の合図か。
後続への指示か。
ほんの数秒、視線が散る。
「石を投げろ! 槍は一歩下げて、足を狙え!」
地面に転がしておいた石や折れた木片が飛ぶ。
岩場も多く、小石が多いこの狭隘地に足を取られた魔物が転び、そこへ後ろの列がぶつかる。
アルトはさらに叫んだ。
「伝令役を落とせ! 大きい狼に乗ってるやつだ!」
敵後方で、狼騎兵が左右へ走っているのが見えた。
あれが本隊の動きを繋いでいる。
彼らの足を止めれば、連携は少し鈍る。
アルトは落ちていた短弓を拾った。
「隊長、撃てるんですか!?」
「当たれば十分だ!」
一射目は外れた。
二射目も逸れた。
三射目の直前、ガドが投げた短槍が狼の脚を貫いた。
狼騎兵が転がり落ち、後続が慌てて避ける。
「やった!」
「喜ぶな! まだ来るぞ!」
荷車は半ば壊れ、こちらの槍も二本折れていた。
それでも最初にあった『飲み込まれるだけ』の空気は消え始めていた。
その時、後方から駆けてきた百人隊長が叫んだ。
「おい! まだ持ってるのか、お前ら!」
「持たせています!」
アルトは怒鳴り返す。
「右は火で遅らせました! 左は岩場で回り込みにくい! いまのうちに後ろへ防衛第二線を作ってください! 広く受けたら裂けます、狭めるべきです!」
百人隊長は一瞬だけ呆けた顔をした。
だがすぐ後ろを振り向き、吠える。
「聞いたな! 後ろへ寄せろ! 岩場の後ろに第二線! 弓持ちはこいつらの頭越しに撃て!」
兵たちが動き出した。
ばらけていた左翼前線が、アルトたちの後ろへ再編されていく。
狭い場所へ敵を誘い込んで時間を稼ぐ。
たったそれだけだが、崩れかけた王国軍には十分に効いた。
矢の雨が谷の向こうへ降る。
さっきまで勝手に下がっていた兵たちも、後ろに新しい防衛線ができたことで踏みとどまり始める。
「あの十人隊長、誰だ?」
「アルトとか言ったか?」
「まだ持ってるぞ、あいつら!」
そんな声が周囲から上がる。
だが状況が楽になるわけではない。
アルトの腕は痺れ、喉は血の味がした。
隣では新兵が震えながら槍を握り、ガドは額を切って血を流している。
「隊長……そろそろきついっす」
「知ってる」
敵も馬鹿ではない。
次は押し合いではなく、潰す気で来る。
実際、大きな角兜をかぶった上位の魔物が前へ出て、後方へ何か指示を飛ばした。
長槍持ちが前に出て、投槍と弓の列が左右へ散る。
正面を固定し、遠距離で削り、最後に騎兵で押し切るつもりだ。
「全員、次で一度下がる」
「えっ」
「下がるふりをするだけだ。真ん中を空けろ」
「そんなことしたら抜かれます!」
「だから右に火を入れた。左は岩場だ。馬や狼がまともに走れるのは真ん中だけだ」
アルトは地面に散乱している壊れた荷車や折れた槍を見た。
「あれを使って拒馬槍もどきを作って足を弱まらせる。勢いが死んだところを、後ろの第二線で叩く」
賭けだった。
だが、ただ耐えるだけでは先に潰れる。
すぐに地面へ乱雑に槍や荷車の部品を使って簡易的な拒馬槍を設置していく。
敵の角笛が鳴る。
騎兵が前に出る。
アルトは剣を高く掲げた。
「退くなよ。退いたふりだけだ」
九人が息を呑む。
「ここで時間を稼げば、本軍が勝つ。本軍が勝てば、この戦は終わる」
アルトは迫る黒い波を睨んだ。
「なら俺たちは、終わらせる側だ」
そして剣を振り下ろした。
「道を開けろ!」
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