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第三節:優しい手、こぼれた涙





気が付くと私は、階段の前で、足が止まっていた。




今日、祠に行くのはやめておこう……。




人も多そうだし。


秘密がバレちゃ、困るしね。




仕方ない、と心に言い聞かせ、


1日に2、3本しか通らない電車の線路をまたぐ。




もう少しで、ばーちゃんの家だ。







「ばーちゃん、ただいまー」


「ほっちゃん、おかえりぃ」




裏の勝手口を開けて中に入ると、予想通り台所で作業するばーちゃんが笑顔で迎えてくれた。




(よわい)87歳とは思えぬ、素早さで近付くばーちゃんは、見るからに元気そうだった。




「ほっちゃんが帰って来てくれて、嬉しいわぁ」




その言葉通りに喜びを露わにするばーちゃん。


私は嬉しくなって、ばーちゃんに抱きついた。


腕の中にスッポリ埋まるばーちゃんも、手を私の背中に回してポンポンと優しく叩いてくる。




あんなに大きく見えたばーちゃんを、私はいつの間にか追い越してしまったんだよな。




その時、ギュッと胸が締め付けられる思いがした。


私は急いで話題を探す。




「あ、あれ? お父さんとお母さんは?」


「あぁ! 今日の秋祭りの手伝いに行っとるよ」


「そうなんじゃ」


「ほっちゃん、先に挨拶して来んさい」


「お、そうじゃね」




私はばーちゃんから離れると、奥の客間へと向かった。




十畳間ずつある客間と仏間が連なる部屋。


そこに足を踏み入れる。




畳の良い香りが広がり、客間と仏間をぐるりと囲む廊下に連なる窓からは、温かな陽射しが差し込んでいた。




奥に行くと、立派な仏壇がひっそりと佇んでいる。




その横の床の間には、たくさんの写真が置いてあり、その中には、じーちゃんの映る写真も見える。




仏壇の前に置いてある座布団に正座をして、蝋燭に火を灯し、線香を手に取ると、その火にかざす。


だんだんと香ばしい香りが広がり、ふっと火を消すと、ゆらゆらと線香の煙が立ち上ってゆく。


線香立てに線香を差し込み、両手を合わせて目を瞑る。




『じーちゃん、秋月家のご先祖様方々、穂風です。お久しぶりです。この数日、お世話になります』




心の中で挨拶をして、近況報告をする。




今まで出来ていなかった長年の報告をし終えて、顔を上げて仏壇を見上げた。




一つ肩の荷が降りた気がした。


きっと私の心の中のどこかで、じーちゃん達に挨拶が出来ていなかった事が、気掛かりだったのだろう。




少しスッキリした気持ちで、畳の上に寝転ぶ。




やっぱり、良いなぁ。


この家は、落ち着く。




「ふぁ〜、最高だ〜」


「あらあら。ほっちゃん、眠いん?」


「ばーちゃん」


「長い合掌じゃったね」


「見とったんじゃ」




私が苦笑すると、ばーちゃんは、手に持ったお盆を客間の机に置いて畳に座った。




「色々報告しとったんよ」


「ほうなんね。おじいさんも、喜んだじゃろうね」




そう言ってばーちゃんは仏壇を眺めた。




「さつまいも(ふか)したけん、食べんさい」


「わぁ! ありがとう」




私は勢いよく身体を起こすと、机に向かって正座をした。




小ぶりの皮付きさつまいもが小皿に乗せられている。その小皿もばーちゃん手作りの平皿。


その横には淹れたての緑茶もある。


もちろん、湯呑みもばーちゃんお手製。




これだけで、()える……!!




私はポケットに入れていた携帯ですぐさま写真を撮る。


それを見てばーちゃんは「あらま」と驚いた。




「こんなん写真に撮って……」


「いや、ばーちゃん。


 これがええんよ。癒しの映えじゃわ」


「へぇ。勉強になるねぇ。


 ほっちゃん、それアイフォーンかいね?」


「え? うん、そうじゃけど」


「じゃあ、ばーちゃんのアイパッドとエアードロップしてや」


「ば、ばーちゃん……エアドロ、知っとん?」


「知っとるよー」


「さすがじゃわ」




私は拳を作り親指を立てて見せる。


ばーちゃんも真似をして同じように親指を立てた。




私は吹き出すように笑ってしまった。


ばーちゃんもそれを見て優しく微笑む。




その後、私は、さつまいもを堪能して、きっちりエアドロして写真を送ってあげた。


ばーちゃんは早速、家族と従兄弟LINEに写真を送っていた。




『撮影:ほっちゃん』というコメントと一緒に。







今夜は、秋祭り。




夕方頃には、提灯が先についた長い竹竿を持った人達がこの町を練り歩いて、祭りの開催を知らせてくれる。




それまでは、ばーちゃんと二人でテレビを見て笑ったり、最近ばーちゃんがハマっているというパズルのアプリを二人でうんうん悩みながら完成させて過ごした。






何も考えず、のんびり過ごす。






この連休、


ばーちゃんの家を選択したのは、間違いなかった。


私は心の底から、自分を褒めまくった。






まさに、私の求めていた"癒しの時間"。




至極のひととき。




……泣きそうだ。




私が幸せに浸っている時。




正面の玄関がコンコンと叩かれる。




ばーちゃんが玄関に向かい姿を消すと、すぐに戻って来てにっこりと笑う。




「ほっちゃん、お祭り、行こうかぁ」


「はーい」




すぐに身支度をして、ばーちゃんと玄関を出る。


すると、目の前の道には、提灯の大行列が出来ていた。




「わぁあーーっ」




薄ら暗くなる中、たくさんの提灯がオレンジ色に輝いている。その大行列には大人、老人だけでなく子ども達も混じっていた。




高さの違う提灯行列は、1匹の龍のようにも見えて、とても幻想的だった。




「綺麗じゃねぇ」




ばーちゃんもうっとりとその光景を眺めている。


二人で感動していると、こちらに手を振ってくる影が見えた。




「お父さんとお母さんもいたんだ」




父と母も楽しそうに近所の人たちと話しながら行列に混じっている。


私はその光景を、どこか遠くを見ているような感覚で見つめていた。




「ほっちゃん、なんか、悩んどんかね?」


「え?」




突然、図星を突かれて、驚いた私はばーちゃんを見た。


優しく微笑むばーちゃんが、目に飛び込んでくる。




「ここに来てから、ずっと気になっとったんよ」


「そ、そうなん?」


「ほっちゃんは、いつも抱え込んじゃうけんね」


「な、なんで……」


「ん? なんじゃろうね……見とったら、なんとなくわかるんよね」




さすが、ばーちゃんだ。


じーちゃんもそうだったけど、孫の心情を敏感に感じ取ってくれる。




「わ、私……会社に、行くのが、今怖いんよ」


「ほおね」


「上司に、怒られてばっかりでね」


「ありゃあ」


「頑張っても、頑張っても…周りに置いていかれてる気がして……」


「うん」


「好きな仕事、してるけど……嫌いになりそうなんよ」


「ほうなんね」


「どうしたら、ええんかね……」




心の内をばーちゃんに曝け出す。




こんな弱音ばっかり吐いて、会社の上司みたいに呆れられるかな。


そう思っていると、背中を優しく撫でられる感覚がした。




「ほっちゃん。


泣いたらええよ。


ここじゃけえ、泣いてええんよ」




穏やかに、全てを受け入れてくれるような笑顔を見せるばーちゃん。




その瞬間。


無意識のままに涙が溢れた。




頬を伝う涙が、止まらない。




「……ばーちゃん……ッ」




顔は歪み、声が震える。


すると小柄なばーちゃんが私を包み込んでくれた。




「ほっちゃんは、頑張っとるよ。十分頑張っとるけんね」


「うっ……うぅ」




最初抱きしめた時、小さいなと思っていたばーちゃんは、全然小さいなんて事はなかった。




やっぱり、昔みたいに大きな存在だった。




私はオレンジ色に照らされながら、


ばーちゃんに抱きしめられながら、


人目を気にせず泣きじゃくる。




柔らかく、静かな風が山の方から吹いた。








暫く泣いた私は、オレンジ色の光が少し遠くに行ってしまったのに気付いた。




「ばーちゃん、ごめん。私……」


「もう泣かんでええんかね?」


「うん。ばーちゃん」


「ん?」


「ありがとう」


「どういたしまして」




ばーちゃんが笑う。


私はホッとした。




「うわぁ……化粧取れちゃってるよ」


「化粧なくても、ほっちゃんは美人さんよ」


「ば、ばーちゃん……!」




さらりと恥ずかしい事を言ってくれる。


思わず照れる私。


すると、ばーちゃんが思い出したように私を見て来た。




「そういえば、ほっちゃんが小学4年生の時に、東京へ行ったでしょう?」


「え、うん。そうじゃね」


「それから暫くしてね、家に男の子が来たんよ。『穂風、いますか?』ってね」


「え? 誰だろう……」




私は当時の同級生の顔を思い出す。




「確かね、『"風少年"って言えばわかります』って言っとったよ」


「か、風少年!?」


「ありゃ、大きな声出して」




そりゃあ、大きな声出るでしょ!


って言うか……。




「ば、ば、ばーちゃん! 風少年、見えたの!?」


「あぁ。見えとったよ」


「えー!? 風の化身って子供だけに見えるんじゃないん!? あ、いや、『風の又三郎』も普通に見えとんだっけ?」


「ふふふ。なんか(せわ)しないねぇ」




ばーちゃんは、のほほんと笑う。


そんな呑気に言われても……。




私が呆気に取られていると、ばーちゃんが私の手を取った。




「ほっちゃん。お祭り行くよ」




そう言って私の手をギュッと握る。


ばーちゃんの手は、温かかった。




「行こうか、お祭り」




私が言うと、嬉しそうに微笑む。


ばーちゃんと私は手を繋いだまま、お祭りへと繰り出した。






ばーちゃんに感謝しながら、今夜は祭りを楽しんだ。


オレンジの光に包まれ、たくさんの人で賑わう神社。


同級生や近所の人たちも大勢いて、屋台のご飯やゲームを楽しんで、小さい頃のことを思い出した。




こじんまりした神社なのだが、今日は大勢の人たちに囲まれ、どこか大きくて堂々とした神社に見えた。






明日は絶対、秘密の祠に行ってみよう。






そう心に誓ったこの日は、久しぶりに深い深い眠りについた。




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