第二節:風少年との出会い
小学4年生まで、私はじーちゃんとばーちゃんと、父、母の5人で田舎に暮らしていた。
その時、最寄りの神社には、秘密の祠があって、生前じーちゃんがよくそこに連れて行ってくれた。
私は小さい頃から、あまりツラいこととか、イヤなことを言わなかった。
なのに、イヤなことがあった日、じーちゃんは私の心が読んで、『穂風。着いてきんさい』と笑顔で手招きしてくれる。
手を繋いで神社まで行くと、
その本殿の横にある獣道をじーちゃんが登っていく。
私も草を避けながらその後を必死に着いていく。
登った先に辿り着くと、そこには小さな祠が建っていた。
切妻屋根の平入りで、正面には小さな鳥居が建っている小さな木造の祠は、可愛く見えた。
そんな祠の後ろは、開けていて田舎の町が一望出来る。
初めて見た時は、感動したのを覚えている。
広がる青空。
連なる山々。
田んぼの中に点々と建つ古い家々。
そして神社を守るように生える森。
景色のちょうど真ん中辺りに我が家も見えるのだが、それが覗き見しているようで、ちょっとワクワクする。
『ええ場所じゃろぉ、穂風。ここは、じーちゃんの秘密の場所なんよ』
『そうなん?』
『おぉ。ここには"風の化身"が住んどって、イヤァな事も吹き飛ばしてくれるけぇね』
『風…けしん……?』
『ほぉよ。昔は"風少年"とも呼んどったわ。穂風にだけ、この場所教えちゃるけんね』
『え? ええの?』
『ええよ、ええよ。なんかあったら、ここに来んさい。風少年が、慰めてくれるけぇ。ここの事はじーちゃんと穂風の秘密じゃけんね』
『……うん!』
そんな会話をしたっけ。
それからというもの、
その秘密の場所へは、じーちゃんとよく行っていた。
そこへ行っては、
楽しかった事、
悲しかった事、
なんでもじーちゃんに話した。
私の憩いの場所。
そして、幸せな時間。
だが、
その場所を教えてもらってから2年後の秋――。
じーちゃんは、突然、亡くなった。
本当に突然で、家族も従兄弟も、みんな、悲しんだ。
私の事も、みんなの事も明るく照らしてくれていた、太陽みたいなじーちゃん。
私の心にポッカリ穴が空いた。
その時、『行かなきゃ』と、思った。
気力もない、何も考えられない。
ただ、足が勝手に、その場所へ向かっていた。
登る獣道が、いつもよりツラい。
息が苦しい。
心臓の音が、早く聞こえる。
足が重い。
『ええぞ。その調子じゃあ』
じーちゃんの声が、脳裏に聞こえた気がする。
じーちゃん。
じーちゃん。
じーちゃん……。
私の頬に、涙が伝っていた。
イヤだよ。
お別れなんて。
イヤだよぉ。
制服の白シャツの袖で、頬を流れる涙を拭う。
『風少年が、慰めてくれるけぇ』
いる訳のない、風少年とやら。
私を、慰めてよ……。
悲しくて、ツラくて……苦しいよぉ。
そして辿り着いた祠。
私は、驚いた。
先約がいた。
赤茶髪の少年の後ろ姿が見える。
艶やかな髪がゆらゆらと風に揺れる。
『風…少年……?』
私が呟くと、呼ばれたかのように少年が振り返る。
その瞬間、風が吹いた。
私は瞬時に目を瞑る。
そして、ゆっくりと目を開けると、少年と目が合った。
白い肌に、シュッとした顔。
こんな田舎では見ない、高い鼻。
そして、目を引いたのは、左右、色の違う瞳。
私は自分でもわかる程に、目を見開いた。
この世の者とは思えない姿。
風の化身だ。
そう思った。
背丈は私と同じくらいで、白いシャツに黒いズボンを履いた、風の化身。
『貴方が、風少年、ですか……?』
私が尋ねると、黒い瞳と青い瞳を見開く少年。
『そうだ、と言ったら?』
綺麗なアルトのような柔らかくも爽やかな声。
その声の余韻に浸っていると、
『なんで、泣いてる?』
少年が表情を変える事なく聞いてくる。
『これは……』
言われるまで、涙を流している事を忘れていた。
思い出した途端に、また止めどなく涙が頬を伝い始める。
悲しみが、また胸の中に押し寄せた。
苦しい……。
ギュッと胸の前で両手を握りしめた。
すると、向き合うように立つ少年。
『話なら、聞くけど』
『……え?』
その時、一陣の風が吹いた。
ざわりと森が揺れる。
これが、"風少年くん"との出会いだ。
「……あ、もう少しで降りなきゃだ」
見知った風景が目に映り、私は現実に戻される。
もう間もなくで、私の故郷だ。
私はバスの降車ボタンを押した。
*
「んーー! やっと着いたー!」
停留所の前で勢いよく伸びをする。
バスがぶるん…と揺れて、走り去っていった。
その背中を見送りながら、私は最小限の荷物を肩に掛けると、歩みを進める。
変わらない風景が安心をくれる。
道路は綺麗に舗装されているが、その脇には畑、田んぼが連なる。
実る稲穂や様々な野菜が目を楽しませてくれた。
すぐ近くの山から聞こえる鳥のさえずりが心地良く、金木犀が秋特有の香りを漂わせてくる。
私の鈍っていた五感が呼び起こされる。
東京の喧騒など、忘れてしまいそうだ。
「栗が落ちてる。デッカい……」
……いつもなら、探さないと見つけられない秋が、そこら中にあるなぁ。
そんな事を思いながら辺りを見渡すと、石段が見えた。
大きな灯籠が両側にどっしりと構える石の階段。
ここが例の秘密の祠のある神社だ。
長ーい階段の上の方から人気を感じる。
「秋祭り……もう、20年ぶりぐらいか?」
まだ続いてたんだ、と私は小さく安堵した。
"風少年くん"と出会ってからは、毎日この階段を登っていた。
行く度に彼は、必ずそこにいた。
その姿を見て、安心する私。
そして、その日の出来事をじーちゃんに伝えるように話す。
じーちゃんと違って、静かに話を聞く風少年くん。
とても心地良かった。
風が吹くタイミングもわかっていた彼は、やっぱり風の化身……宮沢賢治の『風の又三郎』だ。
私がそう言ったら、
彼は、『俺は、又三郎の弟だ』と言っていたのを覚えている。
本当かな……。
今もそれは疑っている。
だけど、出会って数週間して、
私は東京へと引っ越すことになり、
彼とはお別れもできぬまま、田舎を出た。
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