閑話・Ⅴ『モキカvsライアン』
モキカとハヤットコは二ヶ月の旅路を終えて、ヴァルンへと辿り着いた。
「ようやく着いたな...ヴァルン。ライアンはここにいるんだろ?」
モキカはやや興奮気味に聞く。
「あぁ。さっき冒険者ギルドで聞いたから間違いない」
(ハヤットコがいればライアンくらいどうってことはない筈だ。夢のあいつが何者かはわからないが、嘘をついてる雰囲気はなかったし、ライアンを殺せば約束通り俺は日本に帰れるだろう...)
「そうか...遂にか...」
モキカが感傷に浸っていると、ハヤットコが不満気な表情でモキカに言った。
「なぁ、そろそろ僕にもなんでライアンに会いたいのか教えてくれないか?」
モキカは顎に手を当て、考える。
「......ライアンは、俺の人生を狂わした奴なんだ。だから、殺さなければならない」
「......言葉で解決はできないのか?」
「できない。少なくとも、俺は殺す以外の方法を知らない」
(そりゃそうだ。夢のあいつが殺せって言ったのだから殺すしか方法はないのだろう)
「そうか...」
ハヤットコは何か言いたげな顔をしつつも、黙ってしまった。
「すまないな、ハヤットコ」
「いや、いいんだ。ひとまず今日は休もう」
そのままモキカとハヤットコは宿を一つ取り、戦いに備えてぐっすりと眠った」
翌日。
モキカとハヤットコが宿で食事をしている時。
「なぁ、情報を集めるならやっぱり冒険者ギルドかな。どう思う?」
「......」
「ハヤットコ?」
「モキカ、僕はモキカが困っている以上、力も貸すし敵も倒したいと思っている。でも、人を殺す時にはそれ相応の気持ちが必要だと思っている」
モキカの問いに答えずにハヤットコはそう切り出した。
その言葉にモキカは動揺しつつも、返答する。
「あ、あぁ。それは、分かっているが...ハヤットコは何が言いたいんだ?」
モキカは嫌な予感をしつつも、ハヤットコの言葉を待つ。
「僕とモキカはここでお別れだ。モキカの力にはなりたいと思っているが、目的も詳しく話さないなら、人を殺す手伝いはできない」
「...え?...ま、待ってくれ。俺にはお前の力が必要なんだ!だから、別れるなんて言わないでくれ!」
「......」
「なぁ、ハヤットコ。頼むよ...」
モキカは焦燥しきった顔で頭を下げた。
「ダメだ。知っているだろうが、僕は戦うのが嫌いだ。殺すのならば僕がいない時に一人で殺してくれ」
「そんな......」
「ライアンを殺すのは手伝えない。だが、ライアンの宿の場所についての情報は昨日の晩のうちに集めておいた。健闘を祈る」
そう言ってハヤットコは情報が書かれた紙をテーブルの上に置き、去っていった。
(どうしよう……安心材料のハヤットコがいなくなってしまった…いや、狼狽えるな。旅の途中にハヤットコに稽古もつけてもらった。今の俺ならライアンくらい殺せるはずだ。だからハヤットコがいなくたって……)
モキカは肩を落としながら食べてる最中の料理をちびちびと食べ始めた。
ーーーーーーーーーー
ハヤットコが宿を出て数時間後、街を歩いている時。
(少し強く言い過ぎたかな……まさかモキカがライアンを探している目的が殺すためだとは思わなかった。僕が戦うのが嫌いだと知っていたのに……なんでもっと早く教えてくれなかったんだ……ん?)
目の前をあるものが通り過ぎた。
ハヤットコは足を止め、その人物を目で追い、耳を傾ける。
「ライアン、次の依頼はどこだっけ?」
「ん?あぁ。次はこの街の下水道らしい。そこでまた影を見たって奴がたらしい」
「へぇ」
そこには、ライアンと呼ばれる金髪の男と四人の女がいた。
(あいつがライアンか!)
「おい!」
ハヤットコがライアンに向かって声を上げる。
「ん?誰だ?お前」
ライアンたちは訝しげな表情を作る。
「僕はハヤットコだ。君がライアンで間違いないな?」
「そうだが……何か用か?」
「僕の友人の愚行を止めてほしい」
「愚行?」
ライアンが再度訝しげな表情を作る。
「君を殺す、という愚行だ」
「え!?」
声を上げたのはライアンではなく、翔子だった。
「こ、殺すって......なんで?」
「なんでも、ライアンが自分の人生を狂わしたとかなんとか」
「俺はそんな奴知らないし、人生を狂わせた覚えはない」
「ライアンは実質私たちの人生を狂わしてるけどね」
菜月がおちゃらけながら笑う。
「うるせぇよ」
「盛り上がっているところ悪いが、話を戻してもいいか?」
ハヤットコが少し不機嫌な様子で聞いてきた。
「あぁ、悪い。話を戻そう……それで、お前は俺にどうしてほしいんだ?」
「僕の友人……モキカ・ウカキチは君を殺すことを切望している。だから、君にそのモキカを助けてやってほしいんだ」
「?……なんで俺がやるんだ?俺は殺される側なんだろ?友人ならお前が助けてやれよ」
「それはそうなんだが……ついさっき仲違いしてしまってね、なかなか顔を合わせずらいんだ」
ハヤットコは分かりやすく凹んで見せた。
それを見たライアンはやれやれと言わんばかりにため息をつき、次の言葉を吐く。
「そいつはどれくらい強いんだ?」
「瞬刃流上級から聖級の中間といったところだ」
「ふむ……それなら楽勝だな。任せておけ、二度と俺を殺そうなんて考えなくなるくらいボコボコにしてやる」
ライアンはニヤリと笑い剣柄に手をかけた。
「殺さないでおくれよ?君がモキカを殺してしまったら僕が君を殺さないといけなくなる」
「お前に俺が殺せるのか?」
ライアンは自信満々と言った表情で言い放つ。
「僕はこう見えても二つ名持ちだから君くらいだったらどうってことないよ」
「なっ!二つ名持ちだと?ならなんでお前がそのモキカを止めてやらないんだ」
「僕は戦うのが嫌いだからね。モキカの目的が君を殺すことだって知ったのも、つい先日だったんだ」
「モキカを更生させるのはいいが、報酬はくれるんだろうな?」
「ちょっとライアン……」
紗季が呆れた様子で言った。
「なんだ?当然だろ?俺にこいつが依頼をしてきたんだ。それも命が関わる依頼だ。報酬がないと釣り合わない」
「分かったよ。前払いで金貨十枚、依頼達成で金貨三十枚。これでどうだ?」
ハヤットコは懐から出した金貨袋を手にそう言った。
「合わせて金貨四十枚……」
取り巻きたちはその膨大な金額に恐れ慄いていた。
「よし、依頼を引き受けよう」
「恩に着るよ」
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その後、ライアンと取り巻きたちはハヤットコから得たモキカの情報を頼りに、手分けをしてモキカを捜索した。
(あいつか……)
ライアンは冒険者ギルドの酒場で飲んでいるモキカを遠目に発見した。
(モキカが俺を殺したいと知ってるのは俺たちとハヤットコだけ……つまり俺がそれを知っている素振りを見せれば、ハヤットコが困るってわけか…二つ名持ちなんて相手にしたくねぇし普通に偶然を装うか)
ライアンはそんなことを思いつつ、モキカの横を通り過ぎる。
ーーーーーーーーーー
「え……」
モキカはチラッと目の端に映った金髪にまさかと思い、慌てて見る。
そこには、ずっと探し求めていた、自分が日本に帰るために殺さなければならない相手がいた。
傲慢なる金髪剣士。ライアン。
「ま、待て!」
「ん?」
「お、お前、ライアンだな!」
「あぁ、そうだが。何か用か?」
「あぁ!用がある。外に出ろ!!」
モキカが剣柄に手をかけてそう言うと、なんだなんだと周りの冒険者が興味津々に見てきた。
「お前を殺す!!」
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(そんな堂々と言うかね……)
ライアンはそう思いつつギルドから外に出て、ある広場で足を止めた。
「一応、なんで俺を殺したいのか聞いてもいいか?」
「お前は……お前が!俺の人生を狂わしたからだ!」
ライアンはその演技くさった言葉に疑問を覚えつつも、なるほどねと言い剣を抜く。
「だが、俺も殺されるわけにはいかない」
ライアンの剣が抜かれ、モキカは反射的に剣を抜いた。
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「二度と俺を殺そうと思わないことだな」
ライアンは去り際にそう言い、倒れるモキカの元から去っていった。
「クソッ!!」
(腕が痛い。足が痛い。背中が痛い。身体中が痛い。悔しい......!)
ライアンに完膚なきまでに叩きのめされたモキカは民衆の目を浴びつつ、涙を流していた。
(勝てる気がしなかった...俺のしたいことを何一つさせてもらえなかった...こんなことはハヤットコに修行をつけてもらっていた時以来だ...)
モキカは考える。
次はどうするべきか。
このまま修行をしたからといってあれだけの差を埋められるのか、と。
(無理だ......勝てない。俺じゃ、勝てない)
「ハヤットコがいてくれれば勝てたんだ...俺のせいじゃない」
いつしかモキカは思ってもいないことを口走っていた。
モキカは宿に戻り、回復魔法のスクロールを使ってライアンに蹴られてできた痣や打撲を治した。
(噂だと、ライアンは女の魔術師四人と常に一緒にいるらしい。そいつらを拉致して人質とするか......いや、常に一緒にいるのなら接触することすらできないだろう。どうしたものか...)
モキカはそんなことを考えつつ、ベッドに潜り込み目を閉じた。
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「ん、ふぁ〜......あ?あれ?」
次にモキカが目を開けた時、そこは宿の部屋ではなかった。
見覚えのある部屋。白い、モヤのかかった部屋。
この世界に転生する前に一度だけ来たことがある部屋だった。
そこには前に会った時とは違い、一人の人が立っていた。
外見はおぼつかない、白いモヤにかかっている。
男に見れば男に見ることができ、女に見ようと思えば女に見ることができる。そのような外見だった。
「久しぶり?もしくは初めましてか?」
モキカは開口一番にそう言う。
「お久しぶりです」
「そういや、名前を聞き忘れていたな。なんて言うんだ?」
「......私はハバノス。”運命“のハバノスです」
その人は少し不機嫌な表情をしそう言った。
「そうか、ハバノスか。それで、何か用か?生憎だが、俺はまだライアンを殺せていない」
「えぇ、知っていますとも。そして、そのあなたが帰るための条件の撤廃をしに来ました」
「撤廃?どういうことだ?」
ライアンは少し焦りながら言う。
「今のあなたはライアンを殺すことを諦めている」
「......ッ」
ハバノスの図星な言葉にモキカの言葉が詰まる。
「だから、あなたを始末しに来ました。私、無能な人間は嫌いなのです」
「ちょちょちょ、ちょっと待て!まだ俺は諦めていない。ライアンは必ず殺す!だから、待ってくれ!」
「いけません。あなたの”運命“はもうすでに決まっています。......では、さようなら。無能で愚かな人間よ...」
「まーー」
モキカは唐突な眠気に襲われ、意識が落ちた。
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冒険者ギルドの酒場にて。
「おい、ハヤットコ。例の件終わらせておいたぞ」
ライアンがハヤットコの前に座りそう言う。取り巻きたちは影の情報収集である。
「あぁ、ありがとう。殺さないでやってくれたかな?」
ハヤットコは金貨の入った袋をテーブルの上に置きつつ、そう言った。
「あぁ。いくら俺とてそんなにポンポン人を殺せねぇよ」
「ははは。そうかい、それなら安心だね」
そう言いつつ、ハヤットコは立ち上がる。
「もうどこかに行くのか?できれば何か影の情報について聞きたかったんだが...」
ライアンは名残惜しそうに言う。
「悪いね、僕はモキカを慰めてあげないといけないんだ。それに、影ならこの街の地下で目撃情報があったらしいよ」
ハヤットコはそれだけ言い残しつつ、その場を後にした。
「さすが、二つ名持ちと言ったところか、情報もてんこ盛りだな」
ライアンはニヤけつつ昼食を注文する。
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モキカが泊まっている宿。
その一室でハヤットコは呆然と立ち尽くしていた。
「も、モキカ...?」
目の前にはカラカラに干からび、ミイラのようになったモキカの死体があった。
(なんで...誰に?......ライアン?いや、ライアンにはこんなことできない。じゃあ誰が...?)
ハヤットコは死因及び誰が殺したかを調べるためにモキカの服を脱がした。
「...ッ!!」
モキカの胸の辺りに魔法陣のようなものが描かれていた。
(これは......呪いの魔法陣?じゃあ、これは仮死状態か!)
ハヤットコはそうと分かると、すぐさま魔法陣を別の紙に書き写し、モキカを抱えて宿を飛び出した。
ヴァルンには呪いの研究をしている、二つ名持ちがいる。
そいつの元に行き、呪いを掛けた相手を調べ、敵討をするため。
「絶対に救ってやる。待っていろよ。モキカ...!」




