第二話『金髪の支配者、文化祭を統べる ― SH高校ライアンの華やかな日』
SH高校の文化祭。校舎のあちこちにポスターが貼られ、教室では飾り付けの準備が進む。
生徒たちが忙しく動き回る中、ひときわ目立つ男がいた。
金髪を揺らしながら歩くその姿に、誰もが一度は視線を向ける。
――ライアン。
高校2年。
金髪。
韓国と日本のハーフ。
一年前、他の生徒とのトラブルで停学となった男。
髪を染めるのは校則違反だが、指導を恐れるどころか、その金髪を今も堂々と維持している。
制服もネクタイをゆるめ、シャツのボタンは二つ外している。
態度は傲慢で、言葉は辛辣。
それでも、彼の周りから人が離れることはなかった。
今日も、いつものように彼の周囲には4人の女子がいる。
「ライアン、教室の飾り付け手伝ってくれない?」
声をかけたのは前髪ビンボーこと翔子。
相変わらず前髪が長く、何かをするたびに髪が邪魔になっている。
「は? なんで俺がやるんだよ。お前らでやれよ」
「でも、机運ぶの重いんだもん~!」
「重いとか言ってる時点で根性が貧乏なんだよ」
そう言いながらも、ライアンは渋々机を片手で持ち上げ、軽々と運ぶ。
その動作に、クラスメイトたちは思わず息を呑んだ。
「うわ……腕力すご……」
「やっぱ、金髪の人って筋トレしてるんだね……」
ヒソヒソと囁く声。ライアンは気にした様子もなく、机を置いて肩を回す。
「……チッ、右肩また痛ぇ」
それに気づいた服装ビンボーの真理が駆け寄る。
「大丈夫? 肩、まだ痛いの?」
「別に。俺の右肩は、金で治せる痛みじゃねぇんだよ」
「いや、治療費払えるのライアンだけでしょ……」
金銭ビンボーの菜月が苦笑しながら言う。
「そうだよ、私たち100円でも悩むのに」
と根暗ビンボーの紗季。
ライアンはふっと笑う。
「お前ら、100円の価値を大事にしてるだけマシだよ。金があっても、使い道知らねぇ奴よりマシだ」
その言葉に、一瞬だけ取り巻きたちの表情が和らいだ。
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文化祭当日。
クラスの出し物は「喫茶店風フォトブース」。女子がメイド服を着て接客する中、ライアンはというと。
「おい、なんで俺までメイド服着る流れになってんだよ!?」
翔子が笑いながら答える。
「だって、ライアンだけ制服のままだと浮くじゃん!」
「俺は存在自体が浮いてんだよ!」
結局、クラスのノリに負けて、黒いエプロンを着せられたライアン。
金髪にエプロンという異様な組み合わせに、来場客が次々と写真を撮っていく。
「きゃー! 金髪メイドだ!」
「やば、写真撮らせてください!」
そのたびに、ライアンは顔をしかめながらも軽くポーズを取る。
「……あと1枚撮ったら、撮影料500円取るぞ」
「え!? 本当に取るの!?」
「当たり前だ。俺の時間はタダじゃねぇ」
冗談なのか本気なのか分からない調子で言うと、女子たちは笑いながらお金を渡した。その光景を見て、紗季がぽつりとつぶやく。
「……本当に金持ちって、世界が違うな」
ライアンはコーヒーを一口飲み、淡々と答えた。
「金は便利だが、信用は金じゃ買えねぇんだよ」
その言葉に、取り巻きたちは思わず黙り込んだ。
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文化祭の最後は、体育館で行われるステージイベント。
ライアンのクラスは合唱を披露する予定だった。
マイクの前に立ちながら、ライアンは右肩を押さえる。痛みは昨日より強くなっている。
「ライアン、大丈夫?」
翔子が心配そうに見上げる。
「歌うだけだ。肩は関係ねぇ」
「でも、痛いなら無理しないでよ」
「お前らが心配することじゃねぇ」
そう言って立ち上がるライアン。
その金髪がライトに照らされ、体育館全体が一瞬ざわつく。
ピアノの音が流れ、歌が始まる。
彼は大声を出すタイプではないが、その存在感だけで会場を支配した。
1年の停学も、金髪も、傲慢な態度も。
そのすべてが、彼の中で一つの「個性」として光っていた。
歌い終えた後、観客席から拍手が起こる。取り巻きたちが笑顔で駆け寄った。
「ライアン、すごかった!」
「かっこよかったよ!」
ライアンは少し照れくさそうに鼻を鳴らす。
「当たり前だろ。俺はSH高校の金髪の支配者だからな」
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文化祭が終わり、夕方の教室。
片付けも終わり、取り巻き4人とライアンだけが残っていた。
菜月がぽつりと言う。
「ねぇ、ライアン。あたしたち、あんたの“取り巻き”って思われてるけどさ」
「思われてるんじゃなくて、実際そうだろ」
「ううん、そういう意味じゃなくてね」
翔子が笑いながら言う。
「ライアンがいなかったら、あたしたち4人、一緒にいることもなかったと思う」
ライアンは無言で窓の外を見つめる。
沈みゆく夕陽が、金髪を赤く染めた。
「……まあ、勝手にしろ。俺はお前らのことなんて、特別だと思ってねぇからな」
「うん、知ってる」
真理が微笑んだ。
だがその時、ライアンは左手でそっと右肩を押さえていた。
その仕草は、いつになく優しかった。




