【一万字ラノベ】 肥満薄毛汗っかきのおじさんは、人気アイドルに慕われる敏腕マネジャー
「皆、準備できてる~~!??」
――「うおぉぉぉ!!」
センターのアイカの笑顔に1万人以上の観客が熱狂的に応えます。
アイドルなんて時代遅れだと、誰が言えたものでしょうか。
「まだ声小っちゃいんじゃないの~!??」
――「う゛お゛お゛おぉぉぉ!!!」
ダンス担当、ショートのリンが煽り、これまた会場が応えます。
ここ、舞台袖までもが揺れているようです。
「ちょっとヒナのライト少ないんだけどぉ~~!」
不満げに言うのは、ロリっ子キャラのヒナでありまして。
ドヨっと笑いに包まれてから、黄色のペンライトが局所的に増えました。
眩しく歌うアイカ。
キレよく踊るリン。
表情で魅せるヒナ。
そして万を超えるファン。
どれも、彼女らの夢に見た、正真正銘のトップアイドルの様です。
それなのに私は……
私は舞台袖に立てかけてあった全身鏡を見て、溜息を吐きます。
だらしのないよれたワイシャツに、パツパツのパンツ。
まだ30代だというのに禿げあがった頭頂と、でっぷりと膨らんだ腹。
「私だけが…ふさわしくありません…」
*****
アストラというグループ名は、彼女らがまだ下積み時代だった頃に話し合って決めたもので、どこかの言語で星という意味らしいです。
その時から私はマネージャーとして、各面々に頭を下げて回っていたのですけれど、もちろん、彼女ら3人からの風当たりは強かったわけなのでして。
「ねぇ、新しいマネはまだなわけ?」
「本社の方にも確認しておりますがまだ…すみません…」
私は癖からか、彼女らにもペコペコと頭を上下させます。
「うー….確かに私らがそんなこと言える立場じゃないのは分かってるんだけど…」
「リン、それはうちだって分かってるよ。だけどこのアストラのリーダーとして、いや、1人の女の子として、この人とずっと一緒ってのは…」
「そうだ! どうせヒナの練習中に服をクンクンしてるんだろ!」
「いえ…決してそんなことは……」
「…っはぁ……愚痴言っててもしょうがないか。うちらには他にやることいっぱいあるしね」
「すみません…すみません…」
フルーツカンパニーと言うのは、アイドルやらタレントやらの業界で、人気の逸材を多く輩出してきた大手の事務所なわけなのですけれど。
とは言いましても当然、顔が少しばかり良くて、多少の歌唱力とダンス力に秀でた者ならいくらでもいるようでして。
中々、思うようにいかない時期が長かったのは、どのグループでも同じことでしょう。
この、男優のような見てくれの私がマネージャーとして付けられていることも、そんな彼女らにとっての理不尽の1つなのでした。
。。。
「今日もありがとう、おじさん」
「うん、皆喜んでくれてた」
「ヒナのグッズが一番じゃないとお仕置きなんだから」
ライブ終わりの3人が、興奮冷めやらぬ様相で向かってきます。
あの頃の警戒心なんてものは今は感じられない、そう、感じられます。
「えっと…次は…申し訳ないのですが…明日の午前中に取材がありまして……」
「おっけおっけ!」
「んじゃ、帰るか!」
「おじさん、タクシーよろ~」
こうも頼られては、応えないわけにはいきませんので、早速キンキンのドリンクを渡してから車のカギを探し始めます。
「ねぇ、そろそろダイエットでもしたら?」
そう聞いてきますのはセンターを務めるリーダーのアイカでして。
マネージャーの変更ではなく、私自身の変化を提案してくれていることには、どこか嬉しく思います。
「えぇと…そのうち…」
「ったく、一緒にいるとうちらが余計細く見えちゃうんだから。って、それならいっか!」
ケロっと笑った彼女が、私に対して"よそゆき"ではなく、"普段"で接してくれているのかは、到底分かりません。
「ちょっと、3周年生放送終わってんじゃん!」
スマホを横に持ち、ゲームの画面を見ながら、リンが口にします。
「はぁあ!?? ヒナの売り上げが最下位だぁ?? ほんとにその集計あっとるんか!」
威力の低い地団太を踏んだヒナがぷんすこと怒っています。
ライブの関係者や他のゲストの方々もやって来て、楽屋はすっかり昼休みの教室のような騒がしさです。
「その.準備はいつでも大丈夫ですので……」
「そう? じゃあ2人連れて行くから、先待っててもらえる?」
「あっ…それはもちろんです……」
遠回しに、「邪魔だな、空気読めや」と言われました私はそそくさとバンの運転席へと乗り込みます。
ケチ臭い私はタバコも酒も貪りませんし、飽きっぽい私は好きなゲームもマンガもありません。
なんとなく見ていたWebニュースに、アストラの記事を見つけます。
もちろん、スキャンダルなどでは当然なく、改めて私の場違い感を思い知らされます。
それからふと、育毛の広告バナーを見て、スマホの電源を切りました。
バンッ…!
「ハッピーバースデー!」
勢いよく開いたドアに負けないくらいの威勢で、彼女ら、トップアイドルの3人が突っ込んできます。
慌てた私はのけぞって、距離を取ります。
今の時代、アイドルに触れようものなら、どこでどう投稿されるか分かりませんので、というのもありますが、なによりも自分自身の体臭、口臭が気になるものでして…。
「おわっ…え…あっ…あ…ありがとうございます…」
「反応うっっすww」
「なんとなく知ってたけど…(笑)」
「ヒナたちが手作りしたんだから、もっと喜ぶところでしょ?」
「あっ……」
つい、涙が出て来てしまいます。
淀みの入った、ドロドロのそれです。
「え…キモ……」
「ちょっと引くかも…」
「これは裏垢行き決定っ!」
そんな罵倒も、耳に入って来ません。
このような温かみ、それが見せかけのものでも構いません、あの頃の彼女らを思えば。
この仕事以外、実りのない私生活なものですから、なんだか報われたように、傲慢にも感じてしまうのです。
「ってのは冗談で、いつも、いや、これまでずっとだね。ありがとうございます」
「うん。ありがとう…」
「へんっ。……へんっ……ありがと…」
声のトーンが変わった彼女らの、表情は見られません。
それは眩しすぎるからなのか、あるいは20歳近くも年下の子の至近距離に緊張しているからなのか、はたまた単に涙が邪魔をしているからなのか、恐らくその全部だと思っています。
「んじゃ、今日はうちが代わりに運転したげる」
「……それは大丈夫です」
「いいっていいって、うちらそんなに疲れてないから」
「…いえ…不安ですし……」
「うちの運転が!? うち、運動神経はいい方だよ!?」
「…では…」
実を言いますと、後部座席に座るのが躊躇われるからでして。
いくらバンと言いましても、本日は大きなライブの当日だということもありまして、荷物が多いのです。
必然的に、運転手以外の3人が詰め詰めで2列目に並ぶことになりまして。
「うひゃぁ~!! おじさん来ちゃぁ!!!」
なんだかおかしなテンションで、ヒナが迎えて(?)くれます。
リンは早速イヤホンをつけているのでなにも話しませんが、スッと端に寄ってくれました。
そして、一度、ヒナが車から降りるのです。
「え…っと…」
「そりゃ、おじさんが真ん中っしょ。今日の主人公なんだしぃ。うんうん、感謝してね~。こんな経験、もう二度と出来ないだろうから」
ヒナが顎に手を添えて、うんうんと頷きながら言います。
いつの間にかスマホをしまっていたリンも、イヤホンを外しながら座席をパンパンと軽くたたきます。
ミシィ……
お恥ずかしいことに、私が扉の縁に足をかけると、車がそれなりに傾くようです。
「おぉっ! アトラクションみたい!」
ハンドルを握るアイカが言います。
「やっぱ、アイドルは細くないとやってけないよね」
やれやれといった感じでその僅かな残りのシートに、ヒナが乗ります。
ふと、ルームミラーを見て思います。
まるで、どこぞの富豪が、売れない地下アイドルを金で買って、これからなにかいかがわしい事でもするかのようです。
それほど、彼女たちの前で、私はくすみますし、逆に3人は輝きます。
「そんじゃあ、出発しますよお客さん~」
「家までヨロ~~!」
これはあれです。
可愛い子が、謎にブサ女子と一緒にいたがるあれです。
自分を引き立てるための踏み台なのです。
だからこんな私でも、未だに彼女らのそばに……。
「はいっ、到着で~す」
着きましたのは、所謂タワマンというものなのでしょうか。
まだ上層とはいきませんが、12階。
都会では中々に値が張るようです。
「そんじゃ、おじさん。明日また朝ここ来てね~」
「はい…ゆっくり休んでください…」
「おじさんもね~」
「……あっ! ちょっと待った!」
慌てた様子で顔を見合わせたアイカとリンであります。
ヒナも、はっとした様子でなにやら思い出したようで。
「ちょ、ちょっと待ってて!!」
3人が、オートロックのエントランスの方へと駆けて行きます。
立っているのは疲れますから、植え込みの脇、ブロックに腰かけます。
「ちょっと、ヒナ! それしまって!」
「いや、見えてないでしょ!」
「2人とも声大きい!」
まるで3人4脚でもしているかのように、もつれながら彼女らが降りてきました。
「これっ! おじさん誕生日だからっ!」
リーダーのアイカが、先陣を切って小包を差し出してくれます。
綺麗な装飾もなによりですが、少し恥じらしく髪をいじりながら目線を落とす彼女が一番美しいと、そう僭越ながらにも感じます。
「私からも、お誕生日おめでとう…」
クールな様子ですが、ラッピングから少しはみ出る糸、傷のついた手を見るに、相当頑張ってくれたことは確かなようです。今が一番大事な時期で、忙しいでしょうに。
「はいこれ。別に、もらい物でいらなかったから」
一見拗ねた子どものような態度のヒナはいつものことです。
「皆さん……ぅ…ありがとう…ございます…」
「…...」
「......」
「......」
「うん」
キモイとは言いません。
優しく、そのたった2文字と沈黙で、彼女らの真意が読み取れるようです。
パチンっ...
「はいっ! じゃあ、終わり!」
いつまでも神妙な空気でいるわけにもいきませんから、アイカの一拍で解散の流れとなります。
3人、同じマンションに住んでいるわけですから、ここでお別れです。
コトッ......
アイカが渡してくれたのは健康用のストレッチゴムやらマットやらのセットでした。
本気でダイエットを望んでいるのかもしれません。
「う゛ぅっ...」
早速背中を伸ばしながら、思います。
彼女らに懐いてもらえるのはありがたいですが、私はそこまでなにかをしてやれたのでしょうか。
また明日になっても私は彼女らのマネージャーでいられるのでしょうか。
すぐにでも新任の、イケメンで有能な高身長が来るのではないかとか、不安にも見舞われます。
ですが...。
「マフラー......まだ10月ですけどね......(苦笑)」
彼女らのプレゼントは、それをも払拭するくらいに、嬉しいもので。楽しいもので。思い出にも宝物にも、容易になりえるようなもので。
「ははは...。ブランド物のバッグ...。本当に要らないから寄越したのですか...」
一瞬、空気が緩みましたが、そのバッグの内側、そのポケットに大量に詰まったレシート。
そしてその日付を見て、思います。
「ヒナはやっぱり素直じゃないですね...(笑)」
そして、また、いつもの通り、明日の彼女らのスケジュールを確認してから、各種SNSを動かし、パンフレットを作成し、クレームに返信し、ファンレターをチェックし、衣装案にコメントし、Zoomでライブの反省会をして......。
そして、ファストフードを貪り食ってから、足の折れたベッドの上で、電気も点いたまま、死んだように眠るのです。
翌朝、恐ろしい内容のメールが届いておりました。
いえ、当人らにとってはとても喜ばしいことなのかもしれません。
――「新人マネージャー育成にあたり......」
研修。そんなものは表面上のいち理由付けに過ぎないはずです。
だって彼女ら、アストラは今となっては大人気と言っても遜色のないレベルで売れているわけなのです。そのマネージャーをわざわざ新入りに任せる必要なんてないのですから。
冷静になれば、今更か、といった感じですよね。
シャアアァァ......
際限なく湧き出る、べっとりとした汗。
頭部は寂しいくせに、胸に臀部に、もっさりとしたそれらが、石鹸をみるみる吸収していきます。
普段よりも泡の流れが悪いのは、シャワーの出が悪いのか、私が寝汗をかきすぎたのか、ともあれ時間が長く感じられます。
「おはようございます!!」
「おっ、おはよ~」
私とそれから、アストラの3人、そしてメイクさんら、その数人にしては広すぎるような楽屋に、意気揚々と入ってきましたのは件の研修生のようです。
「田村 健也と言います!
アストラの皆さん、本日から2週間、よろしくお願いします!!」
首筋までびっちりと閉めたワイシャツのボタンに、スラっと伸びる足、それでいて、キレよくお辞儀をする様子はまるで自分のふさわしさを私に見せつけているようでして。
気分が悪くなるような、安心するような、そんな、複雑な気分なのです。
「タムケンね~。知ってるかもだけど、うちがアイカね」
「私がリン」
「ヒナがヒナ」
「もちろん、お三方とも、大変よく存じ上げております!
あっ、早速、皆さんの好みのドリンクをお持ちいたしました!」
そう言うと、妙に手際よくクーラーバッグからドリンクを取り出すのです。
「アイカさんはこのブランドのアイスコーヒー、リンさんはこちらの天然水、ヒナさんは果汁100%のオレンジジュースです!」
「よく知ってるじゃない...!」
アイカさんが目を見開いて驚きます。
「水は南アルプス一択でしょ...」
「はっ...! 大変失礼しました! 以後、気を付けさせていただきます!」
「まあ、いいけど」
スマホを取り出しては、メモ帳のアプリにでも書き込んでいるようです。
「プハッ...! やっぱジュースは100%ストレート果汁に尽きるッ!!」
早速半分ほどに飲み干したヒナが口元を拭いながら言うのです。
「その...そろそろ記者さんが到着するようなので...スタジオの方に...」
「はーい」
「あっ、おじさんいたのか」
「こんな体積なのに、影薄いとか何事??」
ハハハと、いつも通りに笑いながら楽屋を出て行く3人です。
嫌には思いません。圧倒的な立場の差、以前に、彼女らは可愛いですから。
構ってもらえるだけ、負け犬にとってはありがたい事なのです。
「おじさんはもう、休んでていいですよ。
これからは僕が、このアストラを引っ張って行きますから」
嫌味なのか、天然ボーイなのか、それとも本社の差し金か、とにかく私に結果の分かりきった宣戦布告をしてから、田村君も後を追います。
兵総数は万超、片やこちらは数十といったところ。相手は最新式の火縄銃でありまして、私の軍はこん棒であります。そのような状態で、「絶対に勝ってやる!」なんて言われましても、情けも情け、惨めになるだけです。
「は......い...」
いつの間にか撤収していたメイクさん方。
廊下での彼女らの話声も消え、閑散のみが残ります。
本日の午後には、ルミネでのファン交流会も兼ねたプチライブがありますので、それまでは、言われた通り、おとなしくしていましょうか......。
「スペシャルゲストのアストラです~~! 皆、よろしく~~!!」
商業施設でのイベントには、シークレットなスペシャルゲストとして出演するわけですから、主な目的は新規ファンの獲得なわけなのですが。
――「おぉぉぉぉ!!! アイカ~!! リン~!! ヒナ~!!」
とはいえ、どこからか情報を聞きつけたコアなオタク様方はなぜだかフッと湧いて出るのです。
「スペシャルって自分で言っちゃう??」
「え? だってそう言われたし...」
ザワワッ...!!
どこか、セリフ読みなアイカの"天然"に、そのトップオタ様方が、大袈裟に笑ってみせます。
会場の盛り上がりはこうして生まれるのだと、実際にステージ脇から降りてみて実感します。
「なあ、おじさん、あんたも知ってるか? ア・ス・ト・ラ!」
「え...えぇ...」
「そうっすか! 誰推し? 箱推し?」
「え...っと...推しとかでは...」
「もったいないって!! ほら、これがアイカのデビュー当時の――......」
隙あらば、アイドルに興味の薄そうな世代に布教しているようです。
そして見せられた写真は中々に懐かしいものでありまして、こんなにも前から知ってくれていたのだなと思い、つい、感傷にふけってしまいます。
「おぇえ?? おじさんどったの?」
「あぁ...すみません...つい涙もろくなってくる年頃でして...」
「だとしても泣く要素あったか...?」
ナヴィスの初代カーペンターだと名乗った若めな彼は今、他の仲間と戦果を報告し合っているようです。
ナヴィスと言うのは所謂ファンネームというやつでして、ラテン語で船という意味のようです。
初代だか、カーペンターだかがなにを意味するのかは分かりませんが、古参の役職持ちであることに間違いはなさそうです。
私は、大切なファンのことをなにも知らないのだなと反省しかけますが、もう、関係のない事なのかもしれません。
「おじさんが、新しいナヴィスですか?」
「え...あ...あぁ......」
カーペンターのお兄さんの話を聞いた数人が、こちらへ詰めてきますが、圧迫感はございません。
むしろどこか、温かい抱擁感のようなものも見出せるのです。
「リンリンの魅力はなんと言っても表現力...!」
「ヒナ様のあの頑張ってる感...! あれがなんと言っても堪らない!」
「いやいや、アイカの統率力あっての――......」
各々が自分の推しのプレゼンを始めます。
収拾がつきませんし、よくよく考えれば、つかせる必要もなさそうですので、のんびりと、話に耳を傾けながら主役のいないステージに目を向けます。
「えっと...それはこっちに! あ、違う! それは僕に渡してってさっき!」
ステージの上では、新人の田村君がせわしなく駆け回っているようです。
やる気があって、なんとも素晴らしいですね。
特段やることもない私は、本社の方に田村君の仕事ぶりでも報告しようかと思って、やめます。
そしてそのまま、初代ナヴィスの方々の話に頷いていたのですが。
「ちょっとおじさん~?」
いつの間にか、衣装を着替えた私服の3人が、私の、いえ、まだ他の観客もおります、観客席の方へと向かって来ます。
「うぉぅおっ!!?」
「あはひょッ!!?」
もちろん、初代ナヴィスの彼らは慌てふためきます。
確かに、見慣れた私でさえ、衣装と私服とのギャップというのには"萌"というのでしたっけ。そういったものを今でさえ感じてしまいます。
「次のお仕事はなんですか~?」
珍しく敬語のアイカが聞いてきます。
「えぇ...っと...今日はもう終わりです...ね...」
「うっひょ~! らっき~!!」
喜び飛び跳ねるヒナからも、横に持ったスマホをセカセカと叩くリンからも、なぜだか私のネクタイを直すアイカからももちろん、目線がくっついて離れない初代ナヴィスらです。
「おじさん......? あんた...」
「えっと......」
おじさんくさい柄のハンカチで額の汗を拭い取る私に向けられた彼らの視線は、今のところ"疑"が強そうです。疑問でも、疑念でも、疑心でも、疑惑でも。
「そんじゃあ、おじさんタクシー、行ってみよ~」
「あいあいさ~!」
どういうテンションかは分かりませんが、とにかく、袖にしがみついて来る2人なのです。
未だに声の出ない初代ナヴィスらには、アイカが機転でサインを書いてあげていました。
リンは、ダブったガチャガチャを。ヒナは使い終わったおしぼりを。
それで人を満足させられるんですから、アイドルってなんとも素晴らしい仕事なのだと思います。
「あっ...!!! ちょ、ちょっと待ってください!!」
駆けこもうとする田村君を、見て見ぬふりで、バンの扉を閉めるアイカです。
「じじいあんた! やってること誘拐だぞ!!」
ないやら騒いで、スマホをこちらに向けているように見えます。
「一旦止まっ――......」
「ダメ~! 進むんです~」
アイカに言われます。
「いえ...ですが大事になったら対処が...」
「私疲れたから、早く帰りたい」
リンがそんなことを言うのは初めてですので、本音ではなくて、アイカに賛同しているということでしょう。そして、例えヒナと田村君が出会ったのが今朝だとしても、彼女が田村君を嫌っているようなのは、すぐに分かります。
「でしたら......」
正直気は進みませんが、私だけが被害を被るのでしたらそれはそれでいいのです。
むしろ、実はこれは田村君との4人で、私を嵌めに来ているのかもしれません。
炎上商法みたいで気が乗りませんが、最後に私にもなにかお手伝いが出来るのなら、それもいいのかもしれません。
「アイカさん、リンさん、ヒナさん、昨日はありがとうございました」
「おっ、開けてみた~?」
後部座席からアイカが身を乗り出します。
リンがスマホをポケットにしまうのも、ルームミラーに映ります。
「や、やっぱおじさんにブランド物のバッグは似合わなかったよね~」
なんだか焦った様子のヒナです。
「いえ...いつかは使わせていただきます...」
「ふ、ふぅ~ん
まぁ? 別に人からもらったもんだし?」
「中にレシートが結構......」
「うぇっ!? マジで!?」
「...まじです」
「ま、まぁ?? ちょうど買い替えようとしてただけだから?
ゴミを押し付けられてラッキーって感じってゆーか?」
特に聞いてもおりませんのに、ペラペラと言葉が出てきます。
レシートのことは隠しておこうとしてましたのに、面白くてつい、言ってしまいましたね(笑)。
「まあ? とにかく、よ。せっかくリンも不器用なのにマフラー編んでくれたんだから、ちゃんと働きなさいよね」
「...は...い......」
「言っとくけど、あの田村ってのはナシだから!」
「うん、それはうちも同感」
「私も」
「ってことで、そろそろ掃除して欲しいな~、ってね」
「分かりました......」
そうして着きました、彼女らの宅。
23区の1つ、都会と呼ぶにふさわしいビル群の一角。
その12階に三連続に並ぶ、3LDKの部屋々々。
「お...おじゃまします...」
「あはっw いつまで経っても変わらんね、おじさんは」
「もう何回目よ...」
「い、一応...です」
そうして、家事をする。
こんな見た目でも、こういった家庭的な仕事は意外と好きだったりもする。
「うげっ」
4人分の夕食を作っていたころ、リビングでアイカが発します。
ちなみにここは、ヒナの家ですが、私がお邪魔するときはこうして4人で集まるのです。
私を警戒しているのか...それか...。
「どったの~?」
「見てよこれ」
アイカのスマホに映るのは、真っ黒なバンを運転する、デブでハゲで、だらしのない、私。
もちろん、後部シートには人気絶頂のアイドル、アストラの3人です。
「こりゃあ、マズいね~」
ヒナが、他人事のように言います。
「う~ん......そう?」
「うん、大丈夫だよ」
なにかを閃いたようなアイカと、既に思いついていたようなリンです。
2人はキョトンとするヒナに耳打ちをしてから、顔をニンマリと歪ませます。
それなのになお、可愛らしいというのは、流石アイドルであると再認識させられます。
「とりゃっ!!」
3人が飛びついて来たかと思えば、パシャリとシャッター音が鳴ります。
――「これがうちらのマネージャー! 見た目によらず、しごでき!(笑)」
迷いなく公式のSNSに投稿したアイカが、自慢げに言います。
「これで、おっけ!」
「うん...!」
「まあ? 全部あの田村が悪いんだから」
他の2人も続きます。
写真を撮り終わっても、私のそばに落ち着く3人なのです。
まるで、父に懐く小学生のようですが、彼女らは立派な、人気アイドルだということは忘れようにも忘れられません。
。。。
月日が経ったのか、それとも経っていないのか。おじさんは、あの、輝かしい日々を、懐かしみます。
アイカにもらったストレッチゴムは切れてしまいました。
リンがくれたマフラーももう、ほつれています。
ヒナの大事にしていたバッグは、数年前、断腸の葛藤の末に、売ってしまいました。
「アイカ...。リン...。ヒナ...」
そうしておじさんは、自分の頭から縮れた毛をブチィと千切っては、お人形さんにベチョリと張り付けてあげます。
アイカと名付けたその愛娘を、レゴで作った車に乗せてから、満足気にぼそりと呟くのです。
「おじさん、うちらのマネージャーになってくれてありがとう...」
そこは明るい壁紙に巻かれ、どこかからか高級感のある香りの漂う、おしゃれなバッグや洋服で溢れた、3LDK、12階の、マンションの一室なのでありました。
(終わり)




