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烙禍ノ彗星  作者: 雨宮麗
エデン追放編

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11/14

11 『ゲヘナを照らす光』

 

 ルーガンと二人で、食料庫に備蓄されていた酒が無くなるまで飲み明かしてから、部屋に戻ったシュカ。


 レイドが「ぐおぉ」と呻く声を聞きながらも、どこかスッキリした気分で、シュカはベッドに潜った。


 眠りにつく前に、シュカは自分がここに来てからのことを振り返る。


 ルーガンの言葉は、どこか重みがあり、ついつい聞き入ってしまうところがある。


 彼は完璧主義ではなく、言うなれば自由人だ。


 しかしそれは、このアステリア旅団の名の通り、本気で自由を手にしようとしている者の覚悟や、意志を強く感じさせる。


 シュカ自身が、今まで認識していたゲヘナや、烙禍(らっか)に対する知識とは違っていた。


 ――危険で、無秩序で、血に飢えた者たちの巣窟。

 エデンで教え込まれてきたのは、そんな一面的な姿だけだった。


 だが、実際にここで過ごしてみると、違う。


 誰かを守ろうとする者がいて、誰かの居場所を作ろうとする者がいて。


 そして「自由」を、言葉だけでなく行動で掴み取ろうとする者たちがいる。


 その中心に立つのが、ルーガンだった。


(……まだ、よく分からないけど、あの人達の傍はあたたかい)


 胸の奥にあった得体の知れない恐怖は、確実に薄れていた。


 ✻✻✻


 低く響く鐘が、ゲヘナの朝を告げる。

 シュカは、ゆっくりと目を開けた。


「……ん……」


 頭は少し重いが、気になるほどではない。

 むしろ、心が妙に澄んでいる。


 隣から聞こえてきたのは、


「ぐおぉ……う、頭が割れるぅ……」


 という、完全に生気の無い声だった。


「レイド……、大丈夫?」


 ベッドから半分落ちた状態で転がったままのレイドは、布団を半分剥いだ状態で呻いている。

 その頭には昨夜シェリンに殴られて出来たたんこぶがあった。


「……毒だ、毒が盛られてたんだぁ……、ルーガンさんに伝えてくれ……、俺は、もう……」


 そう言ってパタリとダウンしたレイドを見て、シュカはくすりと笑う。


「朝ごはん、食べれそうにないね」


「ううぅ〜……悪い…………俺はパス」


 レイドはそう言い残すと、再び布団に顔を埋めて動かなくなった。完全に沈没だ。

 シュカは少し心配しながら、毛布を掛け直してあげると「じゃあ、行ってくるね」と声をかけた。


「ゔゔー……ん゛」


 シュカはその声を聞いてから、苦笑しながら部屋を出た。


 ✻✻✻


 食堂に向かう旅団の本部の通路は、時間に関係無く、変わらず薄暗い。


(……それでも、ゲヘナの人からすれば、ずっとこれが普通なんだ)


 食堂に入ると、すでにルーガンが席についていた。

 昨日あれだけ一緒に飲んだというのに、平然と食事を取っている。


「ルーガンさん、おはようございます」


「おう、元気そうだな」


「はい。少し頭は重いですけど」


 そこへ、シェリンとシンディがナヴァルから受け取ったパンを味見しながらやってきた。

 何やら存在するはずの無い者を見ているかのような表情だ。


「おい、生きてるぞ……?」と言うシェリンに続いて、「ピンピンしてる……」とシンディ。


 そして二人の声が重なる。


『化け物……!』


「おいおい、言い過ぎだぜ?酒は体に良いんだからな?」


 軽く肩を竦めてそう言うルーガンに、シェリンが「少量なら良薬、大量なら最早ただの劇薬だろ」と言った。


 シェリンのもっともな突っ込みに、ルーガンは肩を揺らして笑う。


「細けぇことは気にすんな。昨日は祝杯だ」と言うルーガンに、シンディが「祝杯にも限度ってものがあるでしょ」と返す。


「結果的に誰も死んでねぇんだから問題ねぇ」


 そんなルーガンの言葉に、シュカが苦笑いで続ける。


「あ、レイドは、『俺のには毒が盛られてたに違いない』って言ってダウンしてます」


 その一言に――

 一拍置いてから、食堂が爆笑に包まれた。


「ぶっ……はははははっ!」


「なにそれ、あいつ本気で言ってたの?」


「想像するだけで腹が痛いぞ!」


 シェリンは腹を抱え、シンディは肩を震わせ、朝食を作っていたナヴァルに至っては、笑いすぎてフライパンをひっくり返しそうになるほど吹き出していた。


「ひどい、めちゃくちゃ笑ってる……」


 シュカはそう言いながらも、つられて笑ってしまう。

 こんなふうに、誰かの失敗を笑い合える空気があることが、少し嬉しかった。


 エデンでも、自分に誰か手を差し伸べてくれてたなら――


 ルーガンは一通り笑い終えると、ジョッキを置いてからシュカに視線を向けた。


「にしてもだ。初めての酒で、あれだけ飲んで平然としてるのは大したもんだな。実はエデンでも呑んでたんじゃねーの?悪ガキめ」


「な、僕はとっても真面目な優等生でしたよ!」


「ユートーセイ?」


 優等生という単語に聞き馴染みがなかったのか、聞き返すルーガンに、シュカは優等生について張り切って説明する。


 そこで再び小さな笑いが起こる。


「へぇ〜っ、エデンにはそんな言葉があんのか。にしても初っ端から特殊能力ぶっ飛ばして、酒呑んでって……ゲヘナのシュカは随分ウチに染まってんな〜」


 ルーガンの言葉に、シュカは一瞬だけ言葉に詰まった。


「……染まって、ますかね」


「少なくとも、拒絶はしてねぇな」


 そう言って、ルーガンはパンをちぎりながら続ける。


「怖ぇなら、酒なんざ呑まねぇ。笑えねぇなら、ここには居られねぇ。ゲヘナってのはそういう場所だ」


 シュカはその言葉を噛みしめるように、手元のスープに視線を落とした。


 怖くなかったと言えば、嘘になる。

 最初は、何もかもが恐ろしかった。


 暗い通路も、荒い言葉も、力を誇示するような空気も。


 ――けれど。


(……今は)


 シェリンがナヴァルの料理に、「俺は甘口が良い」などと文句をつけ、シンディがそれを面白がって煽り、ルーガンが大雑把に笑い飛ばす。


 そんな輪の中心に、自分も「当たり前のように」混ざっている。


「……ここは、変ですね」


 ぽつりと漏れたシュカの言葉に、全員が一斉にこちらを見た。


「変?」とシェリン。

「どのへんが?」とシンディ。


 シュカは少し考えてから、正直に言った。


「ゲヘナって、もっと冷たくて、怖くて、息も出来ない場所だと思ってました。でも……」


 一度、息を吸ってから。


「笑っていい場所だって、思ってなかったです」


 一瞬、食堂の空気が静まる。


 だが次の瞬間、ルーガンが鼻で笑った。


「はっ。そりゃそうだ。笑えねぇ場所なんざ、それは本物の地獄だ」


「ルーガンさん……?」


「俺たちはな、シュカ。自由が欲しくてここに居る。自由ってのは、泣くことも、怒ることも、笑うことも全部含めてだ」


 その言葉は、昨夜よりもずっと真っ直ぐで、酔いのない分だけ重かった。


「だから、笑えるなら、十分だ」


 シュカの胸の奥で、何かが静かにほどけた気がした。


(……ああ)


 ここには、空も太陽もない。

 でも。


(光がないわけじゃないんだ)


 その時、食堂の奥から慌ただしい足音が響いた。


「ルーガンさん!報告です」


 駆け込んできたのはアステリア旅団の団員数名。

 その表情は、張り詰めていた。


 ルーガンは即座に立ち上がる。


「どうした」


「東一区で、何やら騒ぎが。近くにはエデンの紋章を確認しました。食糧争いで街中に被害が……」


 その瞬間、シュカの心臓が、強く跳ねた。


 エデン――

 自分が、いた場所。


 食堂の空気が、一気に張り詰める。


 ルーガンはシュカを一瞥し、静かに言った。


「……朝飯はここまでだな。仕事の時間だ」


 ゲヘナの“朝”は、今日も容赦なく動き出す。

 だがシュカは、不思議と――もう、震えてはいなかった。


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